TUJ180T-メフメト4世の御世 (1648-1687)

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用語辞典

The trap of Ticonderoga


Mehmed IV & the Empire in 1648 [See the Map ]

統治 5:外交 5:軍事 4:勝利 7,506
貴族 10:中央 10:革新 0:重商 1:野戦 6:陸軍 6:精鋭 8:農奴 9
陸技 18:海技 23:行政 3:経済 4
非道 33.1/48.0:年収 6,456.31$:騰貴 32.8%:貿易 30:設備 38



The Conquest of Mehmed IV

【カリーマ】  「あ、久しぶりに中核州が増えたね(1648年8月9日)。」

【オズレム】 「オスマン帝国の中核州が増えるのも、これで最後だけどね。」

【コレル】  「なるほど。オスマン帝国の領土が最大になったのは、このメフメト4世の時代だものね。」

【チャウラ】 「あ、そうなんですか。二つ名もアヴジュ Avcı (狩人)っていうくらいだし、メフメト4世はやっぱり勇敢なスルタンだったんですか?」

【コレル】  「残念ながら…。このあだ名が付いた由来を聞けば、納得してもらえると思うけど。聞きたい?」

【チャウラ】 「は、はい…、ぜひ。」

【コレル】  「ギリト Girit (クレタ)戦争と呼ばれる対ヴェネディク戦 Venedik (ヴェネツィア)での苦戦から生じた社会不安によって、先帝のイブラヒム1世が殺されて、息子のメフメト4世がわずか7歳で即位することになったわけだけど、」

【メルテム】 「7歳? へー…、7歳の子供の謁見ねぇ。見てみたいね。」

【コレル】  「メフメト4世の太母后として何とか地位を保ったキョセム・スルタンだったけど、さすがに前例がないことで、メフメト4世の母后トゥルハン・ハティージェ・スルタンとの権力争いに敗れて殺されてしまうのね。こうしてキョセムの跡をトゥルハン・ハティージェが継いで、 “ 女人の統治 ”が継続するかに見えたのだけど、1656年、まだ続いているギリト戦争でヴェネディクが再びチャナッカレ(ダーダネルス)海峡を封鎖するようになって、こんどはトゥルハン・ハティージェが身の危険を覚えるようになったの。」

【カリーマ】 「その対ヴェネディク戦、トップを変えたところでどうにかなるわけじゃないんでしょ? 仲間内で喧嘩してる場合じゃないと思うんだけど…。」

【メルテム】 「サイコロを振りなおすときは、たいてい次はいい目が出ると思って振るものだからね。」

【コレル】  「まあ、結果から言うと、いい目が出ちゃうんだけどね。キョセム・スルタンが殺されると、有力政治家たちが権力闘争を繰り返すようになるんだけど、その争いの中で1652年にトゥルハン・ハティージェが信頼していたキョプリュリュ・メフメト・パシャも中央から追放されてしまったのだけれど、1656年の危機に際して、彼女は彼に大宰相の地位を示して自分たちを助けてくれるようお願いするの。そこで彼が大宰相に就任するに当たって求めた条件は、スルタンといえど自分の統治に干渉しない、ということだったの。」

【チャウラ】 「それって…、自分を事実上の皇帝にしてほしい、ということですよね。オスマン家はこれを受けたんですか…。」

【メルテム】 「オスマン家は君臨すれども、統治せず、ということになるんだね。」

【コレル】  「このとき78歳だったキョプリュリュ・メフメトにどれだけの野心があったのかは分からないけれどね。でも、トゥルハン・ハティージェとメフメト4世はこのオスマン帝国史上類を見ない要求を受け入れた。キョプリュリュ・メフメトは意気に応じて、オスマン帝国を再建した。結果は幸いにも大正解。もっとも、キョプリュリュ・メフメトはこの約束をあんまり信じてなかったみたいで、彼が最初にやったことはメフメト4世にエディルネへの行幸を勧めて、狩りの楽しさを教えたことだったんだけどね。このとき15歳のメフメト4世は、喜んでバルカン半島の野山を駆け巡ったそうよ。」

【メルテム】 「それで“ 狩人 ”なんだ、スルタンじゃなくて。」


Koesem Sultana under Mehmet IV

【カリーマ】 「あ、よかったね。キョセム・ボーナスはまだ続くみたい(1648年8月9日)。」

【チャウラ】 「はい。38ヶ月っていうと、けっこうありますよね。それにしてもキョセム・スルタンって格好いいなって思ってたのに…。自分の権力保持のために孫を毒殺しようとするなんて、ちょっとがっかりです。」

【コレル】  「んー、あたしが知る限りではキョセムはメフメト4世を退位させようとしただけみたいだけど…、どういう形で退位させようとしたかまでは分からないな。7歳の子供を即位させなくちゃならないほど皇室の血が細くなっているときに、健康な男の子を殺しちゃうことはないとは思うんだけどね。もう一つ、トゥルハン・ハティージェがキョセム自身の暗殺を謀ったのに対して、キョセムはトゥルハン・ハティージェの権力の源泉であるメフメト4世の方を無くしてしまおうとしたことがちょっと解せないのよ。」

【カリーマ】 「キョセムによるメフメト4世廃位計画が、キョセムの暗殺後に捏造された話だったとか?」

【オズレム】 「実際にキョセムとトゥルハン・ハティージェの確執は深刻なものだったけど、トゥルハン・ハティージェはメフメト4世よりも自分の警護を優先してて、キョセムとしてはメフメト4世の方が狙いやすかったとか。」

【メルテム】 「でもまあ、キョセムはトゥルハン・ハティージェでもメフメト4世でも狙えるけれど、トゥルハン・ハティージェにしてみれば、キョセムを倒すしか手がないわけじゃん。キョセムもやっぱり自分に万全な警護をしてたはずだし、この点でトゥルハン・ハティージェが息子よりも自分の保身を優先した、ってけなすのはちょっとアンフェアな感じがするね。」

【チャウラ】 「アンフェアというならこのお話の方です。わたしは思うんですけど、太母后より母后の方が権力を握って当然、っていうコンセンサスが成立してるなら、キョセムがメフメト4世の代わりにオルハンを置いても同じことになると思うんです。元々、トゥルハン・ハティージェを母に持つメフメト4世の即位にキョセムが同意したのは、彼女がトゥルハン・ハティージェをコントロールできると信じたからだろうし。だからやっぱり、キョセムが自分の権力を保持するためにスルタンを挿げ替えようとした、っていう話は何だかずさんでキョセムらしくないと思います。」

【コレル】  「老いて耄碌する、ということもあると思うけど、キョセムが殺されたのは63歳のときだからね。うん、確かにキョセムらしくないかもしれないわね。まあ、誰でもいつも完璧ではないけれど。」

【チャウラ】 「でも、キョセムはこれまで完璧に暗殺を防いできてたはずです。あっさり殺されてしまったのは、キョセムにとってトゥルハン・ハティージェが全然ノーマークだったからなんじゃないでしょうか。」

【メルテム】 「あ、なるほど。キョセムがトゥルハン・ハティージェじゃなくてメフメト4世の命を狙った、ってされてることだけでも、少なくともキョセムはトゥルハン・ハティージェの命を狙ってない、ってことを示してるもんね。仮に、この話が捏造だったとしても、この点だけは当時の人も信じなかった、ってことか。」

【オズレム】 「まあ残った事実として、トゥルハン・ハティージェの方が謀略では1枚上手だった、ってことだけは確実なのかしらね。」

【チャウラ】 「む…。」

【カリーマ】 「でもさ、2人の間で言われるような暗闘がなくて、一方的にトゥルハン・ハティージェの方がキョセムを殺しただけだったとすると、もう一つの可能性が考えられると思うんだ。トゥルハン・ハティージェは、キョセムが怖かったんじゃないかな。この後、キョプリュリュ・メフメト・パシャにあっさり権力を譲っちゃうらしいし、あんまり権力を欲しがる人じゃなかったのかも。そう考えると、可哀想だよね。息子がたまたまスルタンになって、周りが勝手に取り入ろうとする人たちと敵対する人たちに変わっちゃって…。」

【オズレム】 「自分の身を守るために権力が必要だった、と。彼女も可哀想だけど、そんなことに利用されるオスマン帝国も悲しいわね。」

【チャウラ】 「そんなことに振り回される民衆はもっと可哀想です。」

【メルテム】 「一方その頃メフメト4世は、鹿狩りに夢中なのであった…。やっぱりバカって、明るくていいよね。」


冒険家フアトの死

【カリーマ】 「あ…、冒険家のフアト、死んじゃったね(1648年9月24日)。」

【オズレム】 「でも、12年間よく頑張ってくれたわ。彼のおかげで、シベリヤ以外の内陸地はすべて明らかになったんだもの。あと1人、冒険家が出てきてくれれば、内陸地の探検は完了するでしょう。」

【チャウラ】 「はい。フアトさんはとっても残念でしたけど、おかげで心残りがなくりました。」


戦争準備

【メルテム】 「心残り?」

【チャウラ】 「はい。もう中核州は増えない、ということですから、これで中核州が増えるのを待ってる必要はなくなったんですよね。ムラト4世の改宗事業、イブラヒム1世の探検事業も一段落したし、わたしは征服事業に乗り出して、アウルパ Avrupa (ヨーロッパ)に残っている中核州をすべて回収しようと思います。」

【コレル】  「どうりでさっきから槌の音が止まないと思った。」

【オズレム】 「キョプリュリュ家の将軍たちも出てくるし、確かにいい時期かもね。ただ、アウストゥリヤ Avusturya (オーストリア)やレヒスタン Lehistan (ポーランド)も絶好調の時代に入ってくるから、気をつけて。」

【チャウラ】 「はい、負けません。」


【チャウラ】 「1649年の改革は、農奴制を回復します。」


対フレンチ・カトリック戦争

【オズレム】 「じゃあ、わたしたちの中核州を占拠している国には、アウストゥリヤ、ヴェネディク、レヒスタン、ロドスの騎士たち、ハベシスタン Habeşistan (エチオピア)があるわけだけど、どこから手をつけるの?」

【チャウラ】 「いまちょうどアウストゥリヤとヴェネディクが、フレンチ・カトリックとモデナの4国で同盟を結んでいるので、ここから始めようと思います。通行許可を生かすためにフレンチ・カトリックかモデナのどちらかに宣戦しようと思うんですが、悪逆非道点の増加を抑えるために贈り物をするにあたって、フレンチ・カトリックの方がフランサ Fransa (フランス)を牽制してくれそうな気がするので、こっちに贈り物をしようと思います。」

【コレル】  「まあ、フランサに対抗するには微々たる額だと思うけど。」

【チャウラ】 「フレンチ・カトリックも何とか最高の関係になってくれました。それじゃ、宣戦します(1649年2月12日)。」

【メルテム】 「アウストゥリヤ、ヴェネディク、モデナ。全部乗ってくれたね。」


Meteor Sighted

【オズレム】 「戦況はどう?」

【チャウラ】 「はい。アウストゥリヤ軍は相変わらずの大軍ですが、いまのところヴィヤナ Viyana (ウィーン)攻略にほぼ全力を傾注してくれてて、ヴィヤナの城壁は帝国内でも最大のものですから、しばらく保ってくれると思います。対ヴェネディク戦は、9月28日にヴェネディク艦隊のすべてを壊滅させました。」

【メルテム】 「2回くらい艦隊戦で負けてたけどね。」

【チャウラ】 「はい、負けちゃいました。ヴェネディク海軍はやっぱり侮れませんでした。でも、陸軍はもう1万人を切ってるはずで、ヴェネディク本土を除くすべてのヴェネディク領がトルコ軍の包囲下にあります。ヴェネディク本土にも、いま4万の兵士を送っています。」

【オズレム】 「4万?」

【チャウラ】 「はい、ヴェネディク本土もヴィヤナと同規模の大要塞ですから。制海権も握ってるし、このヴェネディクの戦いでヴェネディク陸軍は壊滅です。」

【カリーマ】 「ト、トルコ軍、頑張れっ。」

【メルテム】 「あらら、負けちゃった(1649年11月26日)。」

【カリーマ】 「あ、流れ星(1649年12月8日)。」

【チャウラ】 「どうかわが軍の兵士たちが包囲する町に雪が降らず、敵軍の兵士たちに雪が降り積もりますように…。」


ヴェネディクとの講和

【メルテム】 「お、マインツがアウストゥリヤに宣戦してくれた(1650年7月16日)。マインツ一国だけだけど。勇気あるなぁ。」

【チャウラ】 「アウストゥリヤの大軍がヴィヤナの雪によって激減してくれましたから。わが軍はオスマン帝国の中核州であるカルパティア、ルテニア、スロヴァキヤ(ゲーム上 Pressburg )、ヤニク Yanik (ジェール。ゲーム上 Ödenburg )、エウリ Eğri (エゲル。ゲーム上 Magyar )、ブディン Budin (ブダ。ゲーム上 Pest )を占領してて、いまアウストゥリヤではイスウィチレ İsviçre (スイス)で大反乱が起こっているんですけど、ここより東のすべての州にだいたい1万の兵を置いて制圧中です。」

【オズレム】 「それは、中核州以外の余計な領土を得ないようにしてるのね?」

【チャウラ】 「はい。とりあえず外交団がそろう都度、割譲を申し出ているんですが応じてはくれないですね。でも、アウストゥリヤの安定度はどんどん下がってくし、ヴェネディク戦も終わってないので気長に待ちます。」

【コレル】  「なるほど、それでザクセンもアウストゥリヤに宣戦か(1650年7月23日)。」

【カリーマ】 「ミラノもアウストゥリヤに宣戦したね(1650年8月20日)。アウストゥリヤもずいぶん憎まれてたんだね。」

【コレル】  「まさに彼らからすれば、トルコ人は神の鉄槌、と言ったところかしらね。もっとも、どうにもアウストゥリヤの敵たちは分断されて弱体なんだけど。」

【メルテム】 「マントヴァもアウストゥリヤに宣戦して(1650年11月23日)、体よくヴェネディクとの属国関係から抜け出せたみたいだね。」

【カリーマ】 「ヴェネディクももうじき陥落…、と思ってからずいぶん経つね。」

【チャウラ】 「はい、こちらも大砲を120門以上揃えてるんですけど…。でも、ヴェネディクは雪が降らないから、ぜんぜん問題ないです。」

【メルテム】 「あ、ようやくヴェネディク陥落(1651年8月23日)。おめでと。」

【チャウラ】 「ありがとうございます。ヴェネディクが抱えているオスマン帝国の中核州のすべてを要求します。これが受け入れられると、ヴェネディクはヴェネディク本土だけになっちゃうけど…、よかった、受け入れてくれました。」


The Murder of Koesem

【メルテム】 「とうとうキョセム・スルタンも本当に死んじゃったね(1651年9月4日)。」

【チャウラ】 「対ヴェネディク戦争の勝利を見せてあげられてよかったです。」

【オズレム】 「これで外交能力下がっちゃったもの、…ね。」

【コレル】  「まあ、みんなのおかげでトゥルハン・ハティージェは可哀想な人かも、という新解釈を知ることができたけど、彼女もまだ24歳。のんびり頑張って欲しいわね。」

【カリーマ】 「え? 1651年で24歳なの?」

【コレル】  「うん、言わなかったっけ?」

【カリーマ】 「キョセムと張り合ってるし、イブラヒム1世の奥さんだしで、勝手にもっと年上かと思ってたよ。」

【メルテム】 「それにしても若すぎるよね…。メフメト4世が即位したのが1648年で7歳だったんだから、トゥルハン・ハティージェがメフメト4世を産んだのは13歳、チャウラと同じ年だ。」

【チャウラ】 「うゎ…、トゥルハン・ハティージェも可哀想だったんですね…。」

【メルテム】 「でもなるほど、それでトゥルハン・ハティージェには取り巻きがいて、キョセムの死を悼む者はほとんどいなかったのか。」

【コレル】  「舞台女優じゃないんだから。彼女たちが民衆や兵士たちの前に姿を表すことはなかったから、61歳で死んだキョセムにしても年齢が知られてるわけでもなく、彼女を支持する人たちには彼らが思い描く最高の美人と思われてたんだと思うわよ。」


Ottoman rule in the Balkans solidified

【メルテム】 「お、バルカン半島支配の確立、成る、か(1651年9月9日)。ヴェネディクをバルカン半島から追い払ったからね。」

【コレル】  「でもこれ、スカンデルベグも死に…、っていつの話よ。イスタンブル(ゲーム上 Constantinople )、アナドル Anadolu (アナトリア)、アイドゥン(ゲーム上 Smyrna )がトルコ文化になってスンニー派に改宗して、ルメリ(ゲーム上 Macedonia )がトルコ文化になったのか。なんかもったいなかったわね。」

【オズレム】 「幸運にもヴェネディクがアルナヴトゥルク Arnavutluk (アルバニア)を併合してくれたから、それで済ませちゃって、ずっとヴェネディクとの間に戦争がなかったからね。でも、イスタンブルに遷都したときにイスタンブル、アナドル、アイドゥンのトルコ化・イスラーム化は済んでるから、今回変わったのはルメリのトルコ化だけよ。」

【チャウラ】 「安定度も1こ回復して、キョセムの死で減った分がすぐに帳消しになったし、それだけでもよかったと思います。」


Chocaya flooded and Oruro exhausted

【コレル】  「チョカヤ Chocaya 鉱山が洪水で、オルロ鉱山は枯渇。ポトシ地域全体での銀産出量は激減、か(1652年3月3日)。まあ、予想はしてたけど。」

【オズレム】 「確かに大分減っちゃったけど、それでもポトシの産出量は圧倒的だけどね。それに、そろそろミナス・ジェライスの鉱山が発見されるはずだから。」

【チャウラ】 「ミナス・ジェライスってどこですか?」

【オズレム】 「ブレジリヤ Brezilya (ブラジル)の内陸部よ、…って、領有してなかったっけ?」

【チャウラ】 「してないみたいです。」

【オズレム】 「余裕ができたら可及的速やかに植民すること。」

【チャウラ】 「は、はい。」

【メルテム】 「この30年間放置してたの、オズレムとコレルじゃん。」

【オズレム】 「あ〜、わたしの時にはまだ発見できてなかったし…。まったくコレルにも困ったものね。」

【コレル】  「え、いや、だって、同時期の植民先の手を広げすぎると植民の成功率低くなるし。いま植民するのが順当だったのよ。」


アウストゥリヤとの講和

【チャウラ】 「ヴェネディク戦線が片付いたので、イスウィチレより西のアウストゥリヤ領を制圧しに行こうと思うんですけど、フレンチ・カトリックを制圧した方がいいんでしょうか? それともヴュルテンベルクとかに通行許可をもらった方がいいんでしょうか?」

【オズレム】 「そのイスウィチレより西のアウストゥリヤ領というのは?」

【チャウラ】 「いま、ベルンとイスウィチレが共にアウストゥリヤの反乱軍に包囲されていて、アウストゥリヤに残されているのはアルザスとバーデンの2州だけです。フレンチ・カトリックはフランサ東部にシャンパーニュ、ロレーヌ、フランシュコンテ、南部にプロヴァンス、ラングドック、西部にモルビアンを持っています。」

【オズレム】 「まあ、ヴュルテンベルクから入ってもフレンチ・カトリック軍の妨害は受けるだろうし、フレンチ・カトリックと講和するためにも戦勝点が必要だから、コーあたりから上陸して、フレンチ・カトリック領を制圧しつつ、アルザスとバーデンを目指したらいいんじゃないかしら。フランサ南部と西部は無視で。」

【チャウラ】 「そうですよね、そうしてみます。」

【コレル】  「モデナとも戦ってたんじゃなかったっけ?」

【チャウラ】 「モデナはミラノ軍に包囲されています。遠からず滅びるはずです。」

【メルテム】 「ミラノはうまいことやったね。」

【オズレム】 「どうかしらね。併合しちゃうと、当たり前だけどその相手を通じての講和は出来なくなるから、残りの同盟国とは白紙に戻って戦うことになるでしょ? ミラノが、わたしたちがアウストゥリヤを押さえている間にアウストゥリヤと講和できればいいんでしょうけどね。」

【メルテム】 「そうだね。でもやっぱりミラノはモデナを併合する、か(1652年1月1日)。」

【チャウラ】 「とりあえずはミラノ軍も北上してくれて助かります。ザクセン軍もアウストゥリヤからエルツ州を奪えそうだし。こうやってトルコ軍が占領はしてないけど制圧はしている州を他の国の軍隊に明け渡していけば、アウストゥリヤも参ってくれると思うんですけど…。」

【メルテム】 「だけど、1651年の2月か3月にはアルザスもロレーヌも制圧してたじゃん。うちも、シュタイアーマルク辺りは攻略し始めた方がいいんじゃないかな。かたち的に、まあ、ここならもらってもいいかな、と思うし。」

【チャウラ】 「そうですねぇ…。」

【カリーマ】 「あ、アウストゥリヤからの使者が来たよ。いまアウストゥリヤが持っているオスマン帝国の中核州6州のうち、カルパチアを除く5州を割譲してくれるそうだけど、どうする?」

【チャウラ】 「あ、これならいいです。受けます。これならちょうどいま反乱軍に包囲されてるカルパチアが孤立するので、6州もらうのとほとんど同じですから(1652年5月4日)。」

【メルテム】 「アウストゥリヤが同盟主だったから、これで戦争もきっちり終わったし、よかったね。おつかれさん。」

【チャウラ】 「ほんとうによかったぁ…。制圧っていうやり方はやっぱり間違ってたんじゃないかと、ずっと迷ってたんです。実は。」


ヒューロン侵攻

【メルテム】 「とは言っても、正規の戦いは終わったけど、あちこちで叛乱の狼煙が上がってるね。」

【チャウラ】 「全軍を集めていたので、ほったらかしでしたから。急いで各地域に守備隊を戻して、反乱を平定して、軍隊を再建して、次の手はそれからですね…。」

【オズレム】 「アルザスとロレーヌに駐屯していた軍隊を撤退させるのに、イスウィチレのどちらかのアウストゥリヤの反乱軍を撃破しなければならないのか…。ごくろうさま。」

【チャウラ】 「はい、ちょっと悔しいですね。」

【オズレム】 「全部を元通りにするのに、2年くらいかかるかしらね。」

【チャウラ】 「あ…、ほんとに2年かかっちゃいました。すごい…。」

【オズレム】 「経験知よ、ただの。」

【カリーマ】 「それで? 次の手っていうのは?」

【チャウラ】 「はい、とりあえず北米駐屯軍にウェンダト Wendat (ヒューロン)族の討伐に行ってもらおうかと思います。」

【コレル】  「 “ 部族 ” という言葉と近代以前の王朝による “ 国家 ”という言葉に本質的な差異は無くて、前者の場合、しばしば不必要に侮蔑の意味を添えかねないから、あまり使わない方がいいかもね。 “ 氏族 ”になると、血縁集団という意味があるんだけど。」

【チャウラ】 「…はい、ウェンダト国家に…、侵攻かな? します(1654年5月9日)。」


Colonial Dynamism in Kabylia

【カリーマ】 「あ、マグレプのカビル地方に冒険家が出てくれたね(1654年7月2日)。お名前はムハンマドだから、ムハンマド・アルカビーリーだね。」

【チャウラ】 「え…、いま、ですか…。」

【コレル】  「カビル人というとマグレプの山岳地方に住んでいて、アラプ Arap (アラブ)化に馴染まず、古代からの白い肌とカラフルな服装を保っている人たちね。海沿いのマグレプ人たちからは差別を受けることもあると聞いているけど。だから新天地を求めようとしたのかな。」

【オズレム】 「一口にアラプ人といっても、シャム Şam (シリア)の人たちとかは大分色白だと思うけど?」

【コレル】  「そうね、アラプ人っていうのは他の民族集団と違って大分広範囲な概念だから。現代アラビスタン Arabistan (アラビア)語にしたって、ペルシア湾岸、シャム、ムスル Mısır (エジプト)、マグレプの4大方言があるわけだし。まあ、マグレプ=アラプの人たちの褐色はだいたいムスル人に由来していると思うんだけど、トルコと同じでいろんな肌の色の人がいるからね。人間の交流があまり無かった辺地でしか、人種による区別って有効じゃないんじゃないかな。例えばこの山岳部で自分たちのスタイルを固守して暮らしてきたカビルの人たちとかね。」

【メルテム】 「アルマニヤ Almanya (ドイツ)人が聞いたら何て言うか…。」

【オズレム】 「まあ、とにかくこれでシベリヤ探検が無事にできそうね。」


ウェンダト国家の併合

【チャウラ】 「オシャワ、ナイアガラの2つの砦を、とくに困難無く急襲で奪えたので、併合しちゃいます。」


1654年8月24日、ウェンダト国家、滅亡。


Native Dispersion in Oshawa

【オズレム】 「ウェンダト国家は最後の北米先住民国家だったけど、オシャワでも無事に先住民が離散して、トルコ化してくれたわね(1654年9月2日)。」


Native Dispersion in Niagara

【チャウラ】 「ナイアガラもトルコ化してくれました(1654年9月17日)。」


シビル汗国からの通行許可の取得

【チャウラ】 「じゃあ、仕方ないのでシベリヤ探検をします。探検に先立って、シビル汗国から通行許可をもらっておきますね(1655年11月9日)。」

【オズレム】 「罰当たりなこと言わないの。冒険家さまは今回はたまたま、ほとんど連続した時期にお出で下さったけど、先のフアトさまがお出でになるまでの136年間、全然姿をお見せ下さらなかったんだから。探検家さまに至ってはまだお出でいただけてないし。」

【コレル】  「冒険家…さまは1650年以後に出やすくなったりするの?」

【オズレム】 「ううん、1600年以後なら国内政策によってはお出でいただきやすくなるけれど、それ以後はとくにお出でいただきやすくなることはないわ。むしろ、だいたいは冒険者さまにお出でいただいても、新大陸へ至る海域が未知のままでお働きいただけない、ということが多いわね。」

【メルテム】 「ところで、シビル汗国からって通行許可もらってなかったっけ?」

【コレル】  「シビル汗国は金帳汗国から分離独立してできた国だから。ここを探検したときには、金帳汗国から通行許可をもらってたんじゃないかな。」


カルパティアのレヒスタンへの亡命

【カリーマ】 「ん、チャウラの予想通り、カルパティアがアウストゥリヤから亡命したね(1656年7月1日)。残念ながら、こっち側じゃなくてレヒスタンへだったけど。」

【メルテム】 「さすがにキリスト教徒だものね。」

【チャウラ】 「はい。レヒスタンからはまだ奪わなければならない中核州がありますから、ぜんぜん問題ないです。」

【メルテム】 「あとは奪うタイミング。」

【チャウラ】 「ですね。」


The Age of the Koepruelues

【コレル】  「いよいよキョプリュリュ・メフメト・パシャが大宰相になったか(1656年9月16日)。」

【メルテム】 「自分の執政に干渉しないことをスルタンとヴァリデ・スルタン(母后)に約束させて大宰相に就任したのに、そのスルタンをエディルネに移して遊び呆けさせるなんて、なんだか狡すっからい人みたいだね。」

【コレル】  「んー、何より結果を大事にする人で、手段は問わない人だったみたいね。まだ宰相だったキョプリュリュ・メフメト・パシャがイスタンブルから追放されるほど、この頃は有力者たちの権力争いがひどくて、このときイスタンブルではスィパーヒーの蜂起が起こって、アナドルではアバザ・ハサン・パシャ他、たくさんの反乱が起こっていたんだけど、キョプリュリュ・メフメト・パシャはこれらをイェニチェリを使って過酷とも言えるほど厳しく弾圧したのね。」

【チャウラ】 「でも、反乱して負けたんだからそれは仕方ないですよね。」

【メルテム】 「それより、よくイェニチェリが従ったね。話を聞いてると、この時代のイェニチェリも反乱を起こしたスィパーヒーたちと負けず劣らずのごろつき連中だったわけでしょ?」

【コレル】  「イェニチェリにしろスィパーヒーにしろ、好きでごろごろしてるわけじゃなくて、ちゃんとお給金をくれてびしっと指導してくれる人がいれば、やっぱり尊敬される仕事がしたいわよね。キョプリュリュ・メフメト・パシャを大宰相の地位に引きずり出したヴェネディク艦隊のチャナッカレ海峡封鎖だけど、これがキョプリュリュ・メフメト・パシャが指揮を執ると、オスマン艦隊がヴェネディク艦隊を海戦で殲滅しちゃうんだから。」

【カリーマ】 「一頭の獅子に率いられた千頭の羊は、一頭の羊に率いられた千頭の獅子に勝る、だね。」

【オズレム】 「でも、別に高い志からでなくても脅された恐怖からでも兵士たちにちゃんと給料を払いたい人たちはいくらでもいたはずよね。でも出来なかったのは、根本的にオスマン政府にお金が無かったからでしょ。キョプリュリュ・メフメト・パシャはどんな錬金術を使ったの?」

【コレル】  「こんな話があるわ。1660年7月、イスタンブルがアヤズマカプ Ayazmakapı の大火と呼ばれる火事に見舞われたとき、キョプリュリュ・メフメト・パシャは私財を投げ打って被災者の救援に当てたそうよ。一方で、完全に焼失したユダヤ人街区の一区画を政府として強制的に買い上げようとしたところ、ユダヤ人の大商人がこれを辞めさせようと自分たちの共済基金からキョプリュリュ・メフメト・パシャに賄賂を贈ろうとしたんだけど、彼は受け取りを拒否して、彼らを贈賄の罪に問うて処罰したんだって。」

【カリーマ】 「賄賂を取らない高潔な人だったんだね、やっぱり。」

【メルテム】 「でも、私財が被災者の救援に充てられるくらいあるからお金持ちっぽいよね。」

【コレル】  「キョプリュリュ・メフメト・パシャはデウシルメ制度によって徴発された人だから、家がお金持ちとかってことはないのね。あるとすれば一代で築いた財産で、舅から相続したアナドル北部のキョプリュの町にあるお屋敷とかだけ。自分の政策を賄賂で曲げるようなことはしない人だし。思うにオスマン帝国は、ムラト4世が改革しようと宝物庫に入ったら何もなかったとか、貧乏話が尽きないんだけど、この時代はまだ、適切な差配をすれば十分引き出せるだけの余力があったんじゃないかしらね。」

【オズレム】 「まあ、とりあえず、統治能力にボーナス6点、軍事能力にボーナス5点と。どうも17世紀というと斜陽の時代な感じがしてたんだけど、ゲーム的にはキョセム・スルタンの頃と合わせて、カーヌーニーの時代を凌ぐ黄金時代ね。キョセム・スルタンの時代に内政に励んで、このキョプリュリュ時代に外征に乗り出すのも、ちょうど合ってて良かったわ。」

【チャウラ】 「ほんとうに、ただの偶然なんですけどね。」


Colonial Dynamism in Azaouad

【チャウラ】  「また…、冒険家さまがお出でになりやがりました(1656年10月14日)。」

【オズレム】 「ま、まあまあ。シベリヤ探検さえ終われば、内陸部の探検も終わりだし。二人でさっさと終わらせてもらいましょう、ね?」

【コレル】  「今度はアラウアネ Araouane (ゲーム上、 Azaouad )か。サハラが探検できればよかったんだけどね。シベリヤは地球の裏かぁ。」

【チャウラ】  「内陸部の探検が終わったら、冒険家ってどうしたらいいんですか?」

【オズレム】 「植民したいところに冒険家を置いておくと、植民の成功率が上がるから、そういう風に使ってみて。」

【チャウラ】  「あ、ミナス=ジェライスですね? 覚えてますよ。」


フランサのミラノ併合

【カリーマ】 「フランサがミラノを併合…(1656年10月15日)、またフランサが強大になっちゃったねぇ。あれ? でもミラノって、さっきモデナを征服したばっかりじゃなかったっけ?」

【メルテム】 「あれ? でもミラノって、さっきモデナを征服したばっかりじゃなかったっけ…? ふぉっ! マントヴァも亡くなってる! いつの間にか。」

【カリーマ】 「えーと…、ログによると1656年2月2日にアウストゥリヤに征服されちゃったみたいだね。」

【メルテム】 「可哀想に。そう言えば、他にもアウストゥリヤを攻撃してくれた国があったよね? そいつらはどうしたのかな。」

【カリーマ】 「うちがアウストゥリヤと講和したのが1652年5月4日でしょ。ザクセンは1653年2月7日にアウストゥリヤから10,800フローリンを得て講和。マインツは1653年8月9日に白紙和平。ミラノは1655年7月2日にアウストゥリヤに15,800フローリンを支払って講和してるね。」

【メルテム】 「マントヴァ、要領悪すぎるよ…。」


ブランデンブルクのプロイセン併合

【カリーマ】 「今度は北で、ブランデンブルクがプロイセンを併合だって(1657年1月8日)。アウルパの各地で統一の気運が高まってるのかな。」

【コレル】  「え? ブランデンブルクってプロイセンと接してたっけ?」

【オズレム】 「イベントよ、ブランデンブルクの。」

【コレル】  「あぁ、プロイセン公って断絶してブランデンブルク公が相続したんだっけ…。でも、それって30年戦争より前のことじゃなかったっけ?」

【オズレム】 「さぁ…、さすがに外国のイベントのことまでは…。」


フランサの冒険家デ・グロゼイエのタイコンデローガ侵入

【チャウラ】 「あ…、嫌だな。フランサ軍が北米の緩衝地帯に侵入しつつあります。」

【メルテム】 「緩衝地帯?」

【チャウラ】 「いま、オスマン帝国はオタワ、ヒューロン、アディロンダック、コネティカット、マサチューセッツ、ぺノブスコットを領有していて、フランサはローレンシャン高原、オシュラガ、シャウィニガン、スタダコナ、セント=ローレンス川下流域を領有。インギリテレがバンガーより東を領有していて、間のタイコンデローガ、メガンティック、セバーゴが空白地なんです。」

【メルテム】 「取られるのが嫌だったら、さっさと植民しちゃえばいいのに。」

【チャウラ】 「原住民の方々の気性が荒くって…。だから、シベリヤ探検が終わったら、冒険家を回してこようかな、って思ってたんですけど。もう、一か八か植民しちゃいます。」


タイコンデローガの植民地化

【メルテム】 「お、タイコンデローガへの植民、成功したね(1657年12月30日)。」

【チャウラ】 「ありがとうございますっ。メフメト4世、絶好調です。さあさ、フランサさん、お帰りはあちらですよ。あっ! そっちじゃないです!」

【オズレム】 「あ〜、白旗状態になってるわね。これで、少なくともこのフランサの冒険家はオスマン帝国領内は自由に動き回れることになっちゃったけど、向かう先は当然…。」


デ・グロゼイエを追え!

【チャウラ】 「ま、待って〜。」

【カリーマ】 「あははは、ほーら、捕まえてごらんっ、なんてね。チャウラって、何やっても可愛いよね。」

【メルテム】 「あ、チャウラをいじるのはわたしの専売特許なのにっ!」

【コレル】  「とりあえず、このフランサの探検隊も3ヶ月で100人くらい死んでるから、ほっといてもしばらくすれば全滅するんじゃないかな?」

【オズレム】 「割合で減少していくから、なかなかゼロにはならないわよ。」


デ・グロゼイエ、北米中西部に到達

【チャウラ】 「…、逃げられました…。」

【メルテム】 「残念。」

【カリーマ】 「まあまあ、沿岸部はすべて押さえてるんだし、大丈夫だよ。」

【オズレム】 「あ〜、五大湖沿岸は海岸沿い扱いで植民できちゃうのよ。船は行けないけど。」

【コレル】  「なるほど、フランサの北米探検を再現できるようにしてあるのか。ミシシッピ川流域は?」

【オズレム】 「そっちは大丈夫。ま、可能な限り五大湖周辺も植民して、フランサの植民地形成を阻んでちょうだい。フランサは植民希望者が余っているはずだから一気に来るだろうし、そのうち通常の陸軍でも探検できるようになったら、一大植民地が形成されてしまうはずだから。」

【チャウラ】 「うっ…、ご、ごめん…なさい…。」

【オズレム】 「まあ、面白くなってきたじゃないの。」

【メルテム】 「あんまり失点がないのも疑われるしね。」

【カリーマ】 「…、誰に何を?」


コキンボ貿易センターの閉鎖

【コレル】  「コキンボの貿易センターが閉鎖、か(1658年1月1日)。」

【メルテム】 「どこに移ったの?」

【コレル】  「フランサ領パルナイーバ Parnaíba 。」

【メルテム】 「パルナイーバ…。」

【コレル】  「ブレジリヤ Brezilya (ブラジル)の北岸ね。でもやっぱり、うちの貿易技術力じゃ貿易センターを留めては置けないのね。」

【オズレム】 「海事技術力ももう少しで27になるから、もうちょっと待ってて。」


The 5th Celali Uprising

【コレル】  「お、アバザ・ハサン・パシャ Abaza Hasan Paşa の叛乱だ(1658年3月26日)。にしては、影響がしょぼいけど…。」

【チャウラ】 「10,000フローリン、さっさと払っちゃいますね。あ〜あ、あと10ヶ月後に蜂起してくれれば、内政改革で消費する安定度、浮いたんですけどねぇ。」

【コレル】  「あれ…、ハレプ Haleb (アレッポ)総督アバザ・ハサン・パシャがサファーヴィー朝の支援を期待してアナドル Anadol (アナトリア)東部で独立せんとした、オスマン朝全史を通じても最大級の叛乱で、これを鎮圧したメフメト・キョプリュリュの名が一気に高まった大事件なんだけどな…。10,000フローリンで安定度を買う話になってる…。」

【メルテム】 「コレルはチャウラが叛乱で苦しんだ方が良かったみたいだよ?」

【コレル】  「そ、そんなこと言ってないじゃんっ!」


レヒスタンから通行許可を得る

【チャウラ】 「そろそろすることもなくなりましたね…。」

【メルテム】 「では、いよいよ。」

【チャウラ】 「はい、手始めにレヒスタン Lehistan (ポーランド)から通行許可をもらっておきます(1658年5月30日)。」

【カリーマ】 「友好度が138しかないのに、あっさりくれるんだね。もしかしたら、いい人たちなのかも。」


デラウェア貿易センターの閉鎖

【チャウラ】 「2年続きで今年はデラウェアの貿易センターを失いました…(1659年1月1日)。インギリテレ領グアダルーペに移った、とのことです。」

【メルテム】 「あちゃあ、苦労して手に入れたのにね。」

【コレル】  「いや、それはついでだったからいいんだけど。やっぱり貿易技術が肩を並べないことには、貿易センターを奪っても意味がない、ってことね。これじゃ、悪逆非道点の浪費じゃない。」

【オズレム】 「そうみたいね。」

【コレル】  「なんで奪おうとしたときに止めなかったのよ。」

【オズレム】 「ごめん、こんなに動くなんて知らなかった。」


【チャウラ】 「1659年の内政改革は引き戻された貴族優遇政策を回復させますね。」


レヒスタンのウクライナ併合

【メルテム】 「あ、レヒスタンがウクライナ併合しちゃったって(1659年5月2日)。残念、コサックたちは救えなかったね。」

【チャウラ】 「え?」

【オズレム】 「いや、関係ない、関係ない。レヒスタンから奪うのはポドリヤとカルパティアだけだし。」


Edict of Torelance

【コレル】  「寛容令…、ね(1659年6月7日)。どこの?」

【オズレム】 「どこのってことはないんだけど、この時代にいくつかあちこちであった寛容令をこうやって便宜的にまとめてあるのよ。」

【コレル】  「なるほど。」

【メルテム】 「トルデシリャス条約が無効ったって、イスパニヤもポルテキズも最初からないし、意味無しかな?」

【オズレム】 「んーとね、アウルパ諸国間ではこれまで、カトリックとプロテスタントの間で開戦理由を持ってたんだけど、それが無くなって、両者の間で婚姻ができるようになるの。」

【カリーマ】 「アウルパ諸国が手をつないで、一緒になってトルコに攻めてくるようになるのかな…。」

【コレル】  「あ、分かった! だからアウストゥリヤ、レヒスタン、フランサに囲まれてたアルマンヤ諸侯が独立できてたんだ、国教が違うおかげで。」

【メルテム】 「ふふん、アルマンヤの小国が除かれれば、この三大国が接する局面が増えて、衝突も増えそうだね。」

【カリーマ】 「そうなるといいんだけどねぇ。」


Fazil Ahmed Koepruelue

【メルテム】 「お、代替わり。前のが有効期限5年だったから、ぴったりだね。」

【チャウラ】 「 “ 高徳者 ” ファズル・アフメト…(1661年11月2日)。どこら辺が高徳だったんですか?」

【コレル】  「まず、彼が次期大宰相を譲ったのが実子ではなく義弟であったこと。いわゆるキョプリュリュ時代と呼ばれるようになるキョプリュリュ家の大宰相たちが達成したほとんどの成果が彼の手に帰すること。お父さんのメフメトはまず大宰相の地位を確立だけで手一杯だったし、義弟のカラ=ムスタファは第二次ヴィヤナ包囲に失敗しちゃうからね。」

【チャウラ】 「なるほど…。」

【コレル】  「それと、有能な官僚を育てるためにキョプリュリュ図書館を設立しているわ。ここのコレクションは今でも最上の歴史書を収めているんだけどね。これが、彼の伝記を書く知識人たちに受けたわけ。死後も名声を博したいなら、知識人を大事にしないとね。」

【チャウラ】 「なるほど…。」

【カリーマ】 「そのファズル・アフメトが成し遂げた成果っていうのはどんなのだったの?」

【コレル】  「まずエルデル Erdel (トランシルヴァニア)侯の叛乱を教唆していたアウストゥリヤに1663年に宣戦して、ザンクト=ゴットハルトの戦いでは大敗してしまうのだけど、ヴァスヴァール条約でエルデルとスロバキヤのウイヴァールがオスマン帝国領であることを確認し、アウストゥリヤの貢納を約束させたの。」

【オズレム】 「その、20年後にヴィヤナでオスマン帝国に苦杯を飲ませるアウストゥリヤにしては、ずいぶん殊勝ね。確か、1606年のシトヴァトロク条約では、ハプスブルクの皇帝とオスマン帝国のスルタンは対等であることを約束したんじゃなかったっけ?」

【コレル】  「そのときはたまたま両者の力関係が均衡してたってことね。今回、ハプスブルクの皇帝にしてみれば、フランサのルイ14世の方が心配だったらしいわよ。」

【メルテム】 「ああ、もうそんな時代なんだぁ。」

【コレル】  「とにかくこれによって、何かと衝突の絶えなかったアウストゥリヤとの間にケリをつけると、これまた1645年から継続していた対ヴェネディク戦争に全力を傾注できるようになったわけ。そして1669年、ギリト Girit (クレタ)総督府カンディアが降伏して、オスマン帝国はギリトを奪い、ヴェネディクと講和する、と。」

【カリーマ】 「一個一個、きっちり片付けていくんだね。」

【コレル】  「そう。もちろんそれは誰もが望むところだけど、ファズル・アフメトは常に主導権を握ることができたみたいね。ヴェネディクの問題が片付くと、コサックが黒海沿岸沿いに帝国領を荒らし回ってる話は前にしたよね? この問題に対処すべく、1671年、レヒスタンに宣戦。ポドリヤを奪って、1676年にゾラウノ条約を締結し、その3日後に死ぬの。」

【メルテム】 「か、完璧…。」

【カリーマ】 「ほんとうに召命を受けた人みたいだねぇ…。」

【コレル】  「そんなわけで、 “ 高徳者 ” って呼ばれたのよ。納得?」


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Last-modified: 2008-05-06 (火) 23:52:29 (4037d)