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用語辞典

The first colonial war


Ibrahim I & the Empire in 1640 [See the Map ]

統治 5:外交 3:軍事 3:勝利 7,091
貴族 10:中央 10:革新 0:重商 1:野戦 6:陸軍 6:精鋭 8:農奴 9
陸技 18:海技 22:行政 3:経済 4
非道 32.9/46.0:年収 5,895.44$:騰貴 30.0%:貿易 30:設備 38



コレル

  「あの…、インフレ率が30%の大台に乗ってるんですけど…。17年間で5%以上の上昇って、どういうこと?」

オズレム

  「トルコ人はインフレみたいな小さいこと、気にしないの。いいえ、むしろ収入が2割近く増えてるんだから、躍進と言っていいわね。」


Koesem Sultana under Ibrahim I
コレル

  「あ、よかったぁ。キョセムがまだ付いてくれてて(1640年2月8日)。イブラヒム1世って風評が悪いから、ひょっとしたら無しかと心配したわ。」

オズレム

  「“ 狂人 Deli ” とあだ名されるイブラヒム1世なのに、統治能力が8点って言ったら、歴代スルタンの中でも抜群ね。」

コレル

  「このゲームのデザイナーが話の解る人でよかったわ。」

チャウラ

  「でも、イブラヒム1世は最後にはシェイフルイスラームの判決で有罪とされて処刑されるんですよね。よく言われるような奇態の真偽は疑わしい、ということはこの前のお話いただいたから解ったんですが、じゃあ、何があったんですか?」

コレル

  「そうねぇ、一番の原因はヴェネディクとのギリト Girit (クレタ)戦争でしょうね。」

カリーマ

  「戦況が悪かったの?」

コレル

  「最初はね。この戦争は、1645年から1669年まで25年の長きに渡って戦われたんだけど、最終的にはオスマン帝国がギリト島を獲得して勝利したわ。」

カリーマ

  「25年…。」

コレル

  「事の起こりは1638年。ヴェネディク艦隊がエーゲ海を巡航中にアドリア海にコルセア海賊の侵入を許すという失敗をしちゃったの。ヴェネディク艦隊は慌ててアドリア海に戻って海賊を討伐しようとしたから、この海賊たちはオスマン帝国の要塞に逃げ込んだんだけど、あろうことかヴェネディクの提督はこの要塞に砲撃し、艦艇を拿捕。3,600人のキリスト教徒奴隷を強奪して、まあ彼らに言わせれば解放して、去って行った。」

メルテム

  「その人、勇敢ではあるよね、あらゆる意味で。名前は分かる?」

コレル

  「マリノ・カッペロ Marino Cappello 。でも、この仕打ちに対するオスマン帝国の対応は立派だったわ。」

カリーマ

  「外交的に対処したんだね。」

コレル

  「当面、戦争の準備が整うまではね。いま、ギリト戦争の話をしてるでしょ。」

カリーマ

  「ああ…。」

コレル

  「というわけで、オスマン帝国は6年間、綿密な準備をして1645年、ダルマチアとギリトに同時に襲撃したの。ちなみに、この準備期間の間にスルタンの座はムラト4世からイブラヒム1世に移っているから、この一貫した政策はキョセムの意思かもね。」

チャウラ

  「なんだか、すぐに勝っちゃいそうですね。」

コレル

  「残念ながら、ね。オスマン軍のギリト島上陸に対して、ヴェネディク艦隊はこれ以上の上陸を阻止すべく、チャナッカレ海峡(ダーダネルス海峡)を封鎖したのだけれど、これが予想以上の効果を示したの。当時、80万人の人口を抱えるイスタンブルは食糧の多くをムスル Mısır (エジプト)に頼っていたんだけれど、これが閉ざされることになった。」

メルテム

  「なるほどね、お腹が空くと怒りっぽくなるものね。それでイブラヒム1世がスケープゴートに立たされたわけだ。」

チャウラ

  「でも、最終的にオスマン帝国は勝利するんですよね。名高いヴェネディク艦隊にどうやって封鎖を解かせたんですか?」

コレル

  「うん、艦隊戦で戦っても勝てないから、陸上から砲撃してみたら結構いい戦果を上げたみたい。ヴェネディクの司令官の一人がそれで死んでるし。」

オズレム

  「艦砲射撃っていうのは聞くけれど、逆はあまり聞かないわよね。当たるものなの?」

コレル

  「う〜ん、そこまではよく知らないんだけど…。」

メルテム

  「トルコ軍も必死だし、あり得ないほど大砲を集めて、めちゃくちゃ撃ったんじゃない?」

コレル

  「そうかも。じゃあ、それで。」


イフタリエ
カリーマ

  「可哀想なイブラヒム1世がキョセムの、まあとりあえずは失策の責任を取ったのは分かったけど、イブラヒム1世自身はどういうことをしたの?」

コレル

  「貧しい人たちを支援することに熱心だったと伝えられるわ。それと、今も残っていて、あたしたちも目にすることができる業績といえば、トプカプ宮殿内にあるイフタリエ(断食明けの食事の場)と割礼の間ね。あれ、イブラヒム1世が造らせたのよ。」

メルテム

  「イフタリエって、あの金色のあずま屋だよね。へぇ〜、可愛いものを造ったねぇ。」

カリーマ

  「あそこ、いい眺めだよねぇ。」

コレル

  「総じて平和向きの人だったみたいね。そして、当時のオスマン帝国は平和向きではなかったと、そう言えるのかな。」


ヴェネディクにおける貿易センターの閉鎖
メルテム

  「うわ、ヴェネディクの貿易センターが閉鎖だって(1640年4月29日)。」

カリーマ

  「これはやっぱり、さっき教えてくれたギリト戦争のおかげでヴェネディクがギリトを失って、東地中海から追い払われたせい?」

コレル

  「たぶん、直接的にはそうね。ただ、オスマン帝国が本気になってヴェネディクを追い出しにかかったのは、もうオスマン帝国にとってヴェネディクが必要ではなくなった、ということがあったと思うの。ポルテキズが初めてアフリカ周回航路で香辛料をアウルパに持ってきたとき、ポルテキズは大量の香辛料を自分たちで捌けなくて、結局それをヴェネディクに持って行った、ということがあったんだけど、」

カリーマ

  「そっか。誰が買ってくれるか知らなくちゃ、売りようがないものね。まして高価な香辛料を大量に、じゃねぇ。」

メルテム

  「盗品の転売に困る、という話に似てるかも。」

コレル

  「これはオスマン帝国にとっても同じことで、紅海からムスル経由で荷揚げされる東洋の商品を買ってくれる相手が必要だったのね。でも、そういうヴェネディクの立場は、ポルテキズのアフリカ周回航路開拓以前は専ら地理的な要因に拠っていたわけだけど、時代が変わって、他の国々も同じ位置に立つことができた。ということで、インギリテレ人がオスマン帝国政府に働きかけて、1536年にフランサ人が得ていたカピチュレーションを1579年に獲得し、1581年にはレヴァント会社を設立したの。それからかなり遅れて、1670年にフランサでコルヴェールがレヴァント会社を設立しているけれど、これは間接的にインギリテレのレヴァント会社が儲かっていたことを裏付けるんじゃないかしら。」

チャウラ

  「インギリテレ人がカピチュレーションを求めてきた1570年代というと、1570年にオスマン帝国はヴェネディクからクブルス Kıbrıs (キプロス)を奪っていますよね。それでヴェネディク人と仲が悪くなって、代わりにインギリテレ人ということなんでしょうか?」

コレル

  「はっきりしたことは分からないけれど、そうかも。加えてオスマン帝国とインギリテレには共通の利害があってね。ヴェネディク人はオスマン帝国の軍事力を増強するような船や火器の材料になるものの輸出に慎重だったんだけど、」

メルテム

  「ちょっと待った。船や火器の材料になる、って結構多いんじゃない? 木材、鉄、銅、錫、挙げていったらキリがないよね。」

コレル

  「そうね。一方、インギリテレ人は自国で産出する錫の販路に困ってた。まさに、大砲の材料ね。こうして、オスマン帝国とインギリテレの関係は深まり、ヴェネディクとの関係は疎遠になっていった、というわけ。」


アウストゥリヤにおける貿易センターの開設
カリーマ

  「同時にアウストゥリヤ Avusturya (オーストリア)に貿易センターが開設しているけれど、これはヴェネディクの販路がヴィヤナ Viyana (ウィーン)に引き継がれた、ということ?」

コレル

  「ゲーム的にはね。ヴィヤナの台頭は、やっぱり1683年のオスマン帝国による第2次ヴィヤナ包囲を撥ね返して、さらにマジャリスタン Macaristan (ハンガリー)まで奪い取って、中欧の一大中心地になってからのことでしょう。ヴェネディクの衰退とヴィヤナの台頭に合わせて、元々ヴェネディクが内陸に持っていた販路はヴィヤナに引き継がれただろうけど、ヴィヤナは東地中海の交易にはほとんど関係ないと思う。」

オズレム

  「まあ、この世界だとヴィヤナは絶対にアウストゥリヤのものにならないし。オスマン帝国の東欧支配の拠点として発展した、ということになるんでしょうね。」


The Reforms of Kemankes
コレル

  「ケマンケシュ・カラ・ムスタファ・パシャの改革(1641年7月25日)? い、いいのかなぁ…、キョセムの支援と合わせて、統治能力 10点、外交能力 7点、軍事能力 6点になっちゃったよ、イブラヒム1世が。」

カリーマ

  「ごめん、ケマンケシュ・カラ・ムスタファ・パシャって聞いたことないんだけど、そんなにすごい人だったの?」

コレル

  「ええと、ムラト4世の治世、1638年に大宰相になった人で、1644年に讒言によって処刑されてしまうのだけれど、オスマン帝国史の流れで見ると、次のメフメト4世の時代にキョプリュリュ一族が行った大宰相主導による改革の先駆けと見なすことができるかもね。」

オズレム

  「具体的な改革の内容というと、例によって財政の再建と軍隊の強化?」

コレル

  「うん。まあ、他の何をするにしても先立つものはまずはお金、ということなんだけどね。このゲームにおけるケマンケシュ・カラ・ムスタファ・パシャの評価の高さは、最終的にオスマン帝国にギリト島をもたらしたギリト戦争の準備を評価されてのことだと思うんだけど…、それならばソコルル・メフメト・パシャとか評価されていい大宰相はたくさんいるだけどね。ただ、等閑視されている17世紀のオスマン帝国にスポットが当てられているという意味では悪くないわね。」

メルテム

  「それにしても、解説によればケマンケシュ・カラ・ムスタファ・パシャを処刑した後に信任したのが、子宝祈願のまじない師だなんてね。やっぱりイブラヒム1世ってちょっとおかしいんじゃない?」

オズレム

  「でもジンジ・ホジャが宮廷で名声を博した、ってことはイブラヒム1世に子供ができたんでしょう?」

コレル

  「そうみたいね。察するに、ムラト4世は自身が28歳で夭折したばかりか “ 兄弟殺し ”のおかげで、皇室の血統はとても細くなっていたから、イブラヒム1世に子どもが少なかったことを宮廷中が心配していたと思うの。当時は子どもの死亡率が高かったから、子どもが何人かしかいなかったら断絶の危険性があったのよ。」

チャウラ

  「じゃあ本当におまじないに効果があったんですね。それはそれで、すごいことですよね。」

オズレム

  「むしろ、こういうことはおまじないの方が効果があったりするのよ。聞く限り、イブラヒム1世という人はあんまり自分に自信がなかった人みたいだから、自信さえ付けてあげればあとはとんとんと行ったんじゃないかしら。」

チャウラ

  「男の人に自信がないと子供ができないんですか?」

メルテム

  「へぇー…、ねぇ、どうして? オズレム。」

オズレム

  「…。その件については、メルテムはチャウラに指導し、自分でも不明な点がある場合にはカリーマに指導を仰ぐこと。」

カリーマ

  「は、はいっ。」

メルテム

  「知ってるから大丈夫だよ。実践できるかどうかは分からないけどね。」

カリーマ

  「それはわたしもおんなじだ。」


チェロキー国家への侵攻
コレル

  「さてと、改宗失敗に備えて動かせなかった軍隊もようやく一部は動かせるようになったか。」

メルテム

  「戦争するの?」

コレル

  「うん。ちょっと北米のチェロキー国家に侵略しようかな、と。」

メルテム

  「また、あからさまだね。」

コレル

  「いや…、干戈を交えるとか雌雄を決するとか、対等っぽい言葉も考えたんだけど、それこそ偽善っぽいからやめたの。というわけで、宣戦(1643年6月27日)。」


チェロキー国家の併合
メルテム

  「オスマン帝国領のカトーバ Catawba から見えないケンタッキーに大量の兵士が隠れてれば面白かったのにね。」

コレル

  「まあね。やっぱりそんな事態にはならず、進め進めで終わっちゃったけど。」


tp.gif

  1643年9月29日、チェロキー国家、滅亡。


Native Dispersion in Appalache
コレル

  「よかった。チェロキー国家領でも先住民の離散が起こってくれて(1643年10月24日)。」

メルテム

  「北アパラチア Nothern Appalachia (ゲーム上、Appalache)か。最初からあまり人は住んでなさそうだけどね。」


Native Dispersion in Kentucky
コレル

  「ケンタッキーでも無事に離散、と(1643年11月11日)。」


The geographer
コレル

  「わっ、キャーティプ・チェレビーに著作を献呈されちゃった♪(1644年3月4日)。」

カリーマ

  「えーと、地理学者の人だよね。」

コレル

  「そうね、一番有名な 『 世界の書 Cihannümâ 』 は世界の果てにある日本列島の地図まで収めた大著だけど、イスラーム世界の1,500の著作をまとめた書誌 『 Keşfü'z-Zünûn an Esâmi'l-Kütüb vel-Fünûn 』 、オスマン帝国の海事史を扱った 『 Tuhfet-ül Kibâr fî Esfâr-il Bihâr 』 、創世から1648年までの世界の歴史を扱った 『 Takvîm-üt-Tevârîh 』 、1591年から1654年のオスマン帝国での出来事を扱った 『 Fezleke 』 、オスマン帝国における典礼を扱った 『 Kânûnnâme 』 、フランスの年代記を訳した 『 Târîh-i Firengî Tercümesi 』 、ヨーロッパの国々を扱った 『 İrşâd-ül-Hayâfâ ilâ Târîh-ul-Yunân ver-Rûm 』 、オスマン帝国の当時の政治の問題点を指摘して献策を添えた 『 Düstûr-ül-Amel fî Islâhil-Hâlâl 』と、さまざまな分野に関して、主だった著作だけで20も書き上げている人なのよ。まさに “ 万能の人 ” ね。」

チャウラ

  「あの…、本のタイトルの意味がよく分からないんですけど…。」

コレル

  「古語だからね。どうしても知りたかったら、現代語に直してあげる。」

オズレム

  「言わなければいいのに…。」

メルテム

  「それにしても、キャーティプって名乗ってるからには書記官僚 Kâtip だったんでしょ? 一介の書記官僚とは思えない仕事量だね。ついでに言うと、 “ 書記殿 Kâtip Çelebi ” っていうのも妙な名乗りだけど。」

コレル

  「本名はムスタファ・ビンアブダッラー Mustafa bin Abdullah といったそうよ。このアブダッラーお父さんが軍属の鎧師で、ムラト4世のバウダート遠征の際、すでに書記になっていたムスタファ少年はお父さんについて働きながら諸国を見て、お父さんが死ぬとイスタンブルに帰って来て、その遺産で勉強しながら働いてたんだけど、24歳にして巡礼を思い立ったとき、仕事をやめて、以後、学問に専念するようになったんだって。」

カリーマ

  「なんだかわたしたちの時代より自由っぽいね。官職に就いてても、前線にいてもイスタンブルにいてもかまわないんだ…。しかもあっさり辞めるし。」

コレル

  「この時代は、官職といっても、例えば総督のような地位のある人が配下の分の給与もまとめてもらって、自分の職権で配下を雇っていたのね。こういう親分−子分的な…、そうね格好よく言えばパトロン−クライアント的な関係が末端まで続いていたの。総督は自分の判断で会計官を雇い、会計官は会計官で自分の判断で帳簿役を雇い、みたいな感じで。だから、前線の親分に辞めます、って言って、イスタンブルで雇ってください、という感じで、同じ仕事ではないのね。まあ、職務放棄は許されないんだろうけど。」

カリーマ

  「不思議といえば、著作の中にフランサの年代記を訳したものが入ってたけど。」

コレル

  「彼はアラビスタン語、ペルス語のほかに、フランサ語とラティン語を習得していたわけだけど、それらを学んだのはイスタンブルでだったし、それらの言語で書かれた本もイスタンブルで買ったんでしょう。キャーティプ・チェレビーの貪欲な知識欲もすごいけど、それに応えたイスタンブルもなかなかのものだったと思うわ。」


1645年の対仏戦争
メルテム

  「お、久しぶりにフランサが宣戦してきた(1645年6月8日)。」

カリーマ

  「ナポリ、ジェノヴァ、トスカーナもフランサ側に立って戦うみたいだね。」

コレル

  「嫌だなぁ、無防備の植民地を荒らされるの。もうパリなんか簡単には占領させてくれないだろうし。また、適当なところでお茶を濁すか…。」

チャウラ

  「でも、フランサも無防備な植民地をさらしてますよ?」

オズレム

  「そうね、所有艦艇も海事技術もこっちの方がずっと優位なんだから、フランサ軍に新大陸の植民地に上陸させないことも、頑張ればできるんじゃないかしら。」

コレル

  「そぅお? じゃあまあ、とりあえずやってみる。」


オズレム

  「で、どういう戦略で進めていくの?」

コレル

  「あの、バカみたいに多いフランサ本土の軍隊はとても相手にできないから、エンデュリュス Endülüs (イベリア半島)は取るならどうぞ、って感じかな。ジェベリタルク Cebelitarık (ジブラルタル)海峡にはガレー100隻艦隊を置いて、フランサ大西洋艦隊の地中海への進出を阻む、と。フランサ地中海艦隊やイタリヤ諸国の艦隊、ジェベリタルクを突破してきた敵艦隊に対しては、3個艦隊で対応。」

メルテム

  「1個艦隊っていうのは?」

コレル

  「世界中に広がる帝国領各地に置いた艦隊で、戦艦4隻、輸送艦4隻で編成してるの。残った5個艦隊を新大陸の哨戒にあたらせて、順次フランサの新大陸領土を占領していくつもり。この際、フランサの征服者たちを全部始末できちゃえばいいんだけどね。」


フランサの海図の奪取
メルテム

  「まあ、ジェベリタルク海峡にガレー船100隻以上を置いておけば、まずどんな敵艦隊も通過できないよね。」

コレル

  「ガレー船艦隊は割と帆船艦隊を見逃してしまうけどね。まあ、そのために追撃用の帆船艦隊も置いてあるんだけど。」

メルテム

  「ほら、また来た。あ、逃げる。逃がすな、追えっ!」

コレル

  「もちろん。逃げる敵艦隊は戦勝点稼ぎに最適だからね。ファロ沖で補足、と。あ…、」

カリーマ

  「わっ、海図が手に入った(1645年8月4日)。」

コレル

  「どんなものかな…。むぅ…、それほどフランサもあたしたちが知らない領域を知っているわけではないか。」

カリーマ

  「残念。」

コレル

  「残念と言えば残念だけど、フランサの探検が先行しているわけじゃないことが分かって、むしろ安心したかな。」


チャウラ

  「あれ…?」

コレル

  「どうかした?」

チャウラ

  「セントローレンス川河口のフランサ領サグネ Saguenay なんですが、兵士は上陸させてないのにオスマン帝国の占領地になってますよ?」

コレル

  「え? あ、ほんとうだ。」

オズレム

  「もしかして、要塞の無い土地は艦隊を寄港させるだけで占領できるとか…?」

コレル

  「そういえば、何も考えずに哨戒艦隊を補給のために寄港させたかも。それじゃあ…、ニューファンドランド島のプラセンティア Placentia で試してみようか。…あ〜、占領できるね。」

カリーマ

  「船員さんが頑張ってくれたのかな?」

コレル

  「1隻あたり20人とかで、8隻で200人とかか。まあ、できたばかりの植民地を襲うには十分な人数かもね。本当に海賊っぽいけど。」


デラウェア、マンハッタン、トリニダードトバゴの奪取
オズレム

  「で、結局この戦争で何を奪うつもりなの?」

コレル

  「せっかく宣戦してもらったんだし、北米を守るためにフランサのデラウェアとマンハッタンは割譲してもらおうかな、と思ってるんだ。デラウェアには貿易センターもあるし。」

オズレム

  「なるほど。じゃあ、そろそろそれくらいの戦勝点は貯まってるんじゃない?」

コレル

  「そうかな。いま占領してるのは…、デラウェア、マンハッタン、スタダコナ Stadacona / Stadaconé 、サグネ、バ・サンローラン Bas-Saint-Laurent 、プラセンティア、トリニダード・トバゴ、ローレンシャン高原 Laurentian mountains 、セントトーマス Saint Thomas 、シャウィニガン Shawinigan 、バーミューダ Bermuda 、オシュラガ Hochelaga で、こちらが占領されている州はなし、と。」

メルテム

  「エンデュリュスのヘローナ Gerona が陥落寸前だけどね。」

コレル

  「だから、いま講和を考えてるんじゃない。で、戦闘での勝利と合わせて、戦勝点は68%か。」

オズレム

  「デラウェアとマンハッタンの他に、もう1州くらい取れそうね。」

コレル

  「う〜ん、アウルパと北米の間で艦隊を移動させるときにいつもカライプ Karayip (カリブ)海の海賊に邪魔されるから、哨戒用に3つの海域にまたがるトリニダード・トバゴももらっておこうかな(1645年12月10日)。」

オズレム

  「たった半年で見事な戦果ね。植民地戦争って、いままで避けてたけど、面白いかも。」


ナポリとの講和
コレル

  「でしょ? あれ…、戦争が終わってない。」

チャウラ

  「敵の盟主はナポリだったみたいですね。」

コレル

  「ナポリ艦隊はすでに覆滅させているし、なんとか5,000フローリンで手を打ってくれないかな…。よかった、受け取ってくれた(1645年12月10日)。」


Closure of the Tago Centre of Trade
カリーマ

  「あ…、リズボン Lizbon (リスボン)の貿易センターが無くなっちゃった(1646年1月22日)。」

オズレム

  「代わりに西アフリカのパールマス岬に貿易センターができたおかげでオスマン帝国の押さえる貿易センターの数は変わらないけれど、パールマス岬じゃあ、トンブクトゥの貿易センターと商圏がかぶってしまうから、じきにどちらかが衰退するでしょうねぇ。」

コレル

  「う〜ん、この日付は1640年のポルテキズのイスパニヤからの独立に合わせてるのかなぁ…。だとしたら、このゲームのデザイナーも辛辣ね。」


メフメト4世の即位
チャウラ

  「終わりですね。」

オズレム

  「コレルも改宗事業を継続してたでしょ? わたしが残した分と合わせて、どのくらい進展した?」

コレル

  「ええとね、ポトシ、ラフサ Lahsa (アルハサー。ゲーム上、 Damman )、アレキパ、サルティーヨ、カリ、リマ、チタ、タンピコ、ユンガス Yungas (ゲーム上、 Taqari )、チチカカ湖畔、ハリースコ、ミチョアカン Michoacan (ゲーム上、 Michoagan )、マヌ、カタールと。これで、帝国領内で改宗されていないのは、サカテカスやクスコみたいな巨大異教都市とエンデュリュスくらいなものになったはず。」

オズレム

  「ごくろうさま。えーと、次は…、」

チャウラ

  「はいっ、わたしです。」

メルテム

  「おお、どうしたんだろ、すっごいやる気を感じるんだけど。」

オズレム

  「いいんじゃない? これまでチャウラはヤウズにアフメト1世と短めだったけど、次のメフメト4世は40年の長い治世で、キョプリュリュ家も支援してくれるから、まあ、楽しんでちょうだい。」

チャウラ

  「はい、頑張ります。」


tp.gif

  1648年8月9日、オスマン帝国第19代スルタン、メフメト4世、即位。


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Last-modified: 2008-01-20 (日) 17:27:40 (3596d)