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用語辞典

Marrying Kösem Sultan


Ahmed I & the Empire in 1603 [See the Map ]

統治 4:外交 4:軍事 4:勝利 6,037
貴族 10:中央 8:革新 0:重商 2:野戦 6:陸軍 6:精鋭 7:農奴 10
陸技 18:海技 18:行政 3:経済 4
非道 36.9/45.0:年収 4,824.74$:騰貴 22.4%:貿易 31:設備 32



チャウラ

  「あの、アフメト1世はどんな人だったんですか?」

コレル

  「そうねぇ、政治家としても軍人としても優れてると評判ね。」

オズレム

  「ゲームだと残念ながらオール4みたいだけど。まあ、衆議よりはましというわけね。」

コレル

  「馬術や剣術が得意で、弓術と狩りが趣味だったそうよ。これまでの引きこもり系のスルタンたちよりは溌剌とした印象があるわね。スポーツマン・タイプ?」

チャウラ

  「あ、それ、いいですね。」

コレル

  「他には、外国人に“青いモスク”と称えられるスルタン・アフメト・ジャーミーを建立してるでしょ。あとは…、あ、そうだ。アフメト1世の最大の治績は、ユナニスタン Yunanistan (ギリシャ)の美少女、キョセム・スルタンを娶ったことじゃないかしら。」

メルテム

  「歴代のスルタンはだいたいみんな美少女を娶ってるんじゃない? うちの陛下もそうだけど。」

コレル

  「キョセム・スルタンはただの美少女じゃなくて、この先オスマン帝国のスルタン4代にわたってスルタンを影で支えた、というか裏で操った、というか…。ともかく、オスマン帝国の政局に多大な影響力を発揮したし、その上、その施策は実に優れたものだったそうよ。例えば…、」

オズレム

  「キョセム・スルタンの影響についてはイベントでも出てくるわよ。」

コレル

  「あ、そうなんだ。じゃあ、そのときにまたお話しましょう。」


The destruction of the Janissary
チャウラ

  「あのぉ…、やっぱりイェニチェリは解体しなければダメですか?」

オズレム

  「うんまあ、ここで逃げちゃうと一連のイェニチェリによる横暴のイベントが続いて、最終的にアウルパより技術革新の速度を遅らせるか、もっと大変な改革をしなくちゃいけないかを迫られることになるわね。できれば、頑張ってもらいたいんだけど。」

チャウラ

  「でも10年間、統治能力-3っていうことは、ほとんど死ぬまで統治能力1になっちゃいます。改宗も植民もできなくなっちゃいますよ?」

オズレム

  「やむをえないわね。」

コレル

  「大丈夫、あたしがイェニチェリに匹敵するよう育成したアルトゥ・ビョリュク・ハルク altı bölük halkı (六連隊衆と称される常備騎兵軍団)が守ってくれるはず。」

チャウラ

  「そんな立派な軍隊を育てなのなら、使ってください。」

コレル

  「う〜ん、ごめん。」

チャウラ

  「でも、こういう巡り合わせですものね。分かりました。イェニチェリを解体します(1604年3月18日)。」


Power of Sheikh-ul-Islam
チャウラ

  「あれ? このイベント、間違ってますよ? このイベントはオスマン2世のものみたいです。」

オズレム

  「イベント名は?」

チャウラ

  「"Power of Sheikh-ul-Islam" です。」

オズレム

  「ええと…、あったあった。このイベントは…、1605年の1年間に発生するみたいね。だから合ってる。イベント文の方が間違いみたい。」

コレル

  「まあ、すでにデウシルメ制が維持されたり、イェニチェリが解体されたり、すっかり仮想の歴史だからなぁ。」

オズレム

  「歴史上の if を楽しむのがシミュレーションゲームだから。」

チャウラ

  「じゃあ、どうしますか? まだ安定度も1こしか回復してませんけど、シェイフルイスラーム職の権限も抑制しますか?」

コレル

  「この世界のアフメト1世は一代の改革者なわけね。」

オズレム

  「このイベントは次につながらないから、好きな方を選んでいいわよ。」

チャウラ

  「じゃあ、放置します(1605年3月24日)。安定度も1こ増えたし、保守傾向も戻ったし、シェイフルイスラームさんに助けられました。」

コレル

  「イェニチェリの解体からの続きで考えると、宗教勢力がスルタン側に留まってくれた、ってことかな。もう反乱軍は全部鎮圧できたんでしょ?」

チャウラ

  「はい、一応…。いつどこで叛乱が起きてもおかしくない状況ですが。」


Silver discovered at San Luis Potosi!
チャウラ

  「あ、サン=ルイス・ポトシの銀鉱山が発見されたみたいです(1606年1月23日)。」

コレル

  「ええと…、あ、あるある、この前の地図にも載ってるわ。メクスィカ市の北西300kmの辺りね。」

カリーマ

  「サン=ルイス・ポトシの街はいまでも栄えてるみたいだね。現行の地図の索引にも出てるよ。」

コレル

  「え…。」

メルテム

  「それにしても、ポトシという名前の銀鉱山でメクスィカにあるなんて、紛らわしいね。」

コレル

  「まったくねぇ。しかもメクスィカで最も銀の産出量が多かったのが、ここサン=ルイス・ポトシだったわけで。」

カリーマ

  「縁起のいい名前だね。」

コレル

  「なるほど、そうなのかな。メクスィカの銀鉱山は当時はペルーには産出量で劣るものの、品質が良かったから同程度の費用対効果が望めたし、やがてペルーの銀鉱山が枯渇していってもメクスィカの銀鉱山はどんどん産出量を増やしていって、新大陸の銀といえばメクスィカの名を冠せられるようになるわ。」

メルテム

  「じゃ、まだまだ産出量増加のイベントがあるかな。」

コレル

  「どうかしらねぇ。減ってくイベントと合わせてとんとんってところじゃないかしら。」

カリーマ

  「とんとんでやってくのが一番だよ。」

メルテム

  「それって世界帝国らしくないけどね。」


ナポリによるシジリヤ併合
チャウラ

  「ナポリがシジリヤ Siciliya (シチリア)を併合しましたね(1607年1月7日)。どちらの国もほとんど同じ頃にオスマン帝国が独立させてあげて、どちらの国も2州ずつなのに、優劣が着くのは不思議な感じがします。」

オズレム

  「イベント…じゃあないのか。ほんとね。」

メルテム

  「あーっ!」

オズレム

  「何よ?」

メルテム

  「オズレムがアプーリアを手放したとき、何十年何百年先になるか分からないけど、ルーム Rum (ローマ)を奪えるようになったら、またアプーリアを奪い返せばいい、って言ったよね? 誰も努力してなくない?」

オズレム

  「う…、よく覚えてるわねぇ。でももうルームはずいぶん前にフランサに征服されて存在してないし…。」

カリーマ

  「でもそんなこと言ったら、アプーリアへ渡るための、対岸のアルナヴトゥルク Arnavutluk (アルバニア)も征服してないよ。」

コレル

  「そう言えばそうなんだよね。ソコルル・メフメト・パシャとか、アルナヴトゥルク派の大宰相たちはどこから出てきたのかしらねぇ…。」

オズレム

  「というわけで、まだあと何十年か何百年かお待ちいただかないとね。でもそんなにイタリヤが欲しいの?」

メルテム

  「うん、とくには。オズレムがどういう反応するかな、と思って。」

チャウラ

  「イタリヤは…、わたしたちが征服するよりも、フランサとアウストゥリヤの間で奪い合ってくれた方が役に立つと思います。放っておいても大して害になるわけないですし。」

メルテム

  「相変わらず、神算鬼謀だねぇ。」

チャウラ

  「ふふっ、そんなこと、ないですよ。」

メルテム

  「う〜ん、ま、いいや。」


Silver discovered at Oruro
チャウラ

  「今度はオルロで銀鉱山が発見されたそうです(1608年4月25日)。」

コレル

  「うん、あたしの地図にはオルロも載ってる。」

カリーマ

  「へぇ。オルロって、ポトシの近くだけどポトシじゃないんだね。ポトシの北西、ええと200kmかな。200kmって言ったら近くもないか。ボリビアの都、ラパスからは南東へ150km、と。」

メルテム

  「ラパスって確か、世界で一番高いところにある都じゃなかったっけ。」

コレル

  「そうね。標高3,600mだとか。」

メルテム

  「どうかしてる。」

コレル

  「そうでもないんじゃないかな。赤道に近いから、常夏ならぬ常春の気候なんじゃないかしらね。」

メルテム

  「へぇ〜。」

コレル

  「ただし、紫外線が強いから日焼けには要注意、と。」

メルテム

  「それは嫌。でもまあ、気候は良くても標高3,600mでしょ? オルロもポトシも似たようなところなんだろうけど、よく銀を掘って、運んだよね。すごいねぇ。」

コレル

  「多分、オルロやポトシはラパスよりもっと条件が悪いだろうね。そうでなければ、みんなオルロやポトシに住んだだろうから。すごいことはすごいけど、イスパニヤ人も嫌がっただろうことは想像に難くないから、ものすごい数のインディオの奴隷が犠牲になったんでしょうね。」

カリーマ

  「トルコ人はそんなことしないよ、ね?」

メルテム

  「こうやって産出量が増えたんだから、したんだろうねぇ、やっぱり。」

コレル

  「うん、トルコ人がどうということじゃなくて、歴史の本ではイスパニヤ人の残酷な新大陸統治が伝えられるけれどね。どこの国の人でもいいんだけど、採鉱みたいな大変な仕事があって、すぐ近くに命令すれば仕事してくれる人たちがいたら、自分たちでやらずにその人たちにやらせるのが普通だと思うんだ。もしどこかの国の人が、そんなことは卑怯なことだ、って奴隷使役をしなかったら、その人たちが立派なんであって、まあ特殊なんだと思う。楽をしたくて悪いことする人たちを特殊だと思っちゃうとね、あたしたちは歴史から学ばないで同じことを繰り返すと思うよ。」

カリーマ

  「う、うん、そう…、そうだね。」


Koesem Sultana
メルテム

  「噂のキョセム・スルタンが出てきたね(1612年6月4日)。へぇ〜、15歳か。わたしと同じだ。アフメト1世はこのとき何歳だったの?」

コレル

  「ええとね、キョセムが輿入れしたのがまず1605年なのよ。アフメト1世が即位したのが1603年で、このとき14歳だったから、1605年には16歳ということね。」

メルテム

  「ふーん、ぴったりだったんだ。うらやましい。」

オズレム

  「いまのは、聞かなかったことにしてあげる。」

メルテム

  「あっ。」

コレル

  「1612年というと、2人の間の息子、ムラト4世が生まれた年ね。つまり、順調に行けばキョセムがスルタン・ワーリデ sultan valide (母后)になれることになった年。」

メルテム

  「なるほど。」

チャウラ

  「彼女は歴代のスルタン4代にわたって影で実権を振るった、とありますが、どのくらいの期間だったんですか?」

コレル

  「彼女が殺される1651年まで。夫のアフメト1世の死後、いったんエスキ・サライ Eski Sarayı (旧宮殿)に移されたんだけど、」

カリーマ

  「エスキ・サライに移る? エスキ・サライってトプカプ宮殿でしょ?」

コレル

  「違うの。ファーティヒはコンスタンティニイェ Konstantiniye (コンスタンティノープル)占領後、1454年に宮殿を建てたんだけど、その後すぐ1459年から5年間かけて新しい宮殿、トプカプ宮殿を建造したのね。それで、先に造った方をエスキ・サライ、トプカプ宮殿をイェニ・サライって当時の人は呼んでたわけ。あたしたちがイェニ・サライと呼ぶのは、1853年に建てられたドルマバフチェ宮殿で、トプカプ宮殿がエスキ・サライになっちゃたんだけどね。」

カリーマ

  「じゃあ、元のエスキ・サライは?」

コレル

  「1870年に取り壊されて、いまは陸軍省になってるわよ。(※ 後にイスタンブル大学本部になる。)」

カリーマ

  「ああ、あそこなんだ。じゃあやっぱり離宮なんだね。」

コレル

  「でね、ムスタファ1世、オスマン2世を経て、息子のムラト4世が即位したときスルタン・ワーリデとしてトプカプ宮殿に戻ってきて、ムラト4世が死ぬと、やっぱりキョセムの息子のイブラヒムが後を継いで母后を続行、そしてイブラヒムの死後は彼の息子メフメト4世が即位して太母后として数年間権勢を維持するんだけど、メフメト4世の母后マフフルーズ・ハディージェ・スルタンとの権力闘争に敗れて、殺されてしまうの。」

メルテム

  「ええと、つまり嫁姑の争い。」

コレル

  「ああ、そう言えばそうね。」

チャウラ

  「キョセム・スルタンはそんなに嫌われていたのですか?」

コレル

  「まあ、一部の人々には。兵士や民衆からは愛されていて、兵士たちは彼女を『兵士たちの母』と呼んで、彼女が殺されたと分かると、各地で叛乱を起こしたし、イスタンブルの民衆は3日間喪に服したそうよ。」

メルテム

  「へえ…。」

コレル

  「それが彼女の優しさに由来するのか、一流の統治術なのかは分からないけれど、慈善事業に熱心で、自分が購入した奴隷も3年間勤めてくれたら解放してあげたらしいわね。でも、だからこそ彼女の政敵からは激しく憎まれることになったんでしょ。彼女も保身のために政敵に対しては権謀術数を厭わなかっただろうし。」

チャウラ

  「すごいです。憧れちゃいます。」

コレル

  「あ〜、志が高いのはいいけれど、あんまり公言しない方がいいかも。今でもやっぱり、女が資格もないのに権力をほしいままにした、ということで非難の的になっているから。もっとも、彼女の実力か幸運か、彼女の君臨した時期はオスマン帝国全域で起こっていた叛乱は終息しつつある時期に重なっていて、彼女が権力をほしいままにしたことを非難する文書はいくらでもあるけれど、彼女が失政によって国を傾けたという非難は読んだことがないけどね。」


後金の建国
オズレム

  「あっ、ちょっと待って。満州族が明の支配を脱して後金国を建国したわね(1615年3月10日)。」

メルテム

  「満州族?」

オズレム

  「やがて中国に大清帝国を打ち建てる人たちよ。」

コレル

  「あ〜、1615年か。1年早いけど、この独立を指導したのはかの太祖ヌルハチね?」

オズレム

  「え…、た、多分。まあでも、そんなことはどうでもいいの。」

コレル

  「じゃあ、何よ。」

オズレム

  「この満州族が遠からず中国を征服するわけだけど、そのときには南京(ゲーム上はシャンハイ)、マカオ(ゲーム上はグァンドン)の貿易センターを抱え込んでるし、すでに中華皇帝になってわたしたちなんか相手にしてくれなくなるでしょう。でも、今まだ興ったばかりの満州族なら、弱体だし、自分たちの貿易センターを持っていないから、贈り物にも喜んでくれるし、貿易協定も結んでくれる、というわけ。」

コレル

  「なるほど。」

チャウラ

  「よかった。外交官は4人います。さっそく贈り物を届けますね。」

オズレム

  「うん、お願いね。」

後金との貿易協定
チャウラ

  「満州の方々と、無事、貿易協定を締結しました(1615年5月23日)。」

オズレム

  「ごくろうさま。あとは大明帝国が滅んでくれるのを待つばかりね。」

メルテム

  「この中国が本当にこの満州族に征服されたりするの?」

オズレム

  「高い確率で。イベントのおかげなんだけどね。」

メルテム

  「ふ〜ん、よく出来てるね、このゲーム。」


The De-centralizing Effect of the Provincial System
チャウラ

  「もう…、いいです。」

コレル

  「中央集権制傾向が2こ増大するイベントってこれのこと?」

オズレム

  「ええ、そうよ。」

コレル

  「貴族政傾向と農奴制傾向が2こずつ下がっちゃうじゃない。これを戻すのに40年もかかっちゃうでしょ。」

カリーマ

  「あ、分かった。貴族政傾向と農奴制傾向が増大するイベントがあるんだ。」

オズレム

  「残念ながら、ないの。でもここで逃げると、技術グループが“ムスリム”に転落してしまう。」

コレル

  「技術グループが“ムスリム”に? いままでは違ったの?」

オズレム

  「いままでは“ラテン”だったのよ。“ラテン”、“正教”、“ムスリム”、“儒教”、“異教”という技術グループがあって、先に言った順から技術革新しやすい、という設定ね。」

コレル

  「わざわざ角が立つ言い方にしなくても、という気もするけど。要するに、ここでベイレルベイたちに屈すると、技術競争で遅れを取る国になってしまう、というわけだ。」

オズレム

  「そう。だから、選択の余地はないと思うんだけど。」

チャウラ

  「そうですね、わたしもそう思います。ベイレルベイたちの統制を強化します(1615年5月25日)。」

オズレム

  「まあ、『イェニチェリの解体』によって生じた反乱の気運が直前に終息してたのは不幸中の幸いだったわね。」

チャウラ

  「そうですね…、はぁ。」


ムスタファ1世の即位
メルテム

  「あ、終わった。」

チャウラ

  「安定度の回復しかできなかった感じですね。」

オズレム

  「あ…、えーと。」

コレル

  「う〜ん…。」

チャウラ

  「でもちゃんと、適切な選択をできたと思います。」

オズレム

  「ええ、そうね。よくできました。」

チャウラ

  「はい。」

カリーマ

  「じゃあ、次はわたしだねっ。何もできないそうだけど…。」

コレル

  「ま、まあ、ほら、カリーマはカーヌーニーやってるし。」

カリーマ

  「あらら、じゃあ、ほんとうに何もできないんだ。」


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  1617年11月23日、オスマン帝国第15代スルタン、ムスタファ1世、即位。


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Last-modified: 2007-12-09 (日) 00:15:39 (3639d)