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用語辞典

The Reformation


Süleymân I & the Empire in 1542 [See the Map ]

統治 9:外交 7:軍事 9:勝利 3,729
貴族 10:中央 8:革新 0:重商 8:野戦 6:陸軍 6:精鋭 8:農奴 10
陸技 14:海技 5:行政 2:経済 3
非道 33.0/45.0:年収 2,166.17$:騰貴 4.6%:貿易 33:設備 27



オズデミル・パシャの仕官

「ついに来たっ! オスマン帝国唯一の征服者、オズデミル・パシャ閣下の登場です(1542年1月1日)。みんな、拍手。」
「おお。」
「でも、なんで彼だけなの?」
「それは…、オスマン帝国の歴史が不当に過小評価されてるから。」
「だってこれ、Turca Universalis じゃない。」
「このゲームで征服者って言ったら、まあイスパニヤのコルテスやピサロみたいな人たちなわけなんだけど。冒険もするし、行けそうだったら征服もしちゃうみたいな。そういう人がオスマン帝国にいるか、って言うと、微妙よね。評価基準次第。」
「このオズデミル・パシャっていうのはどういう人なの?」
「任せて。彼のことなら調査済み。ムスル Mısır (エジプト)のチェルケス系マムルークの家、つまり軍人貴族の家に生まれた彼は、長じてスエズ艦隊提督のスレイマン・パシャの下で働くことになるんだけれど。このスレイマン・パシャってちょっと前にアデン征服のイベントで出てきたでしょ。」
「え? そのイベント、知らない…。」
「あ、そうか。マムルーク朝からアデンを継承してたからこのイベントが起こらなかったんだ。このスレイマン・パシャのアデン征服っていうのは、本当はアデンが目的じゃなくて、インド洋からポルテキズ艦隊を駆逐することが目的だったの。インド洋の制海権をポルテキズ人が握ってからというもの、連中は沿岸は略奪する、巡礼船は襲撃するといった狼藉を繰り返してたから、グジャラートの王がオスマン帝国に救援を要請したわけ。そして1538年、スレイマン・パシャは遠路ポルテキズ人が要塞を築いていたディウまで行ってポルテキズ艦隊と雌雄を決したんだけれど、残念ながら負けちゃうのね。あんまりひどい 負け方じゃなかったとは思うんだけど、帰りにアデンを征服してるくらいだし。実はスレイマン・パシャにはそれほどやる気がなかったんじゃないかな、って気もしてる。ポルテキズ人にしてみれば決戦みたいな賭けなんかしないで港に引っ込んでればいいんだし、そうなっちゃうとスレイマン・パシャとしては遥かヒンドゥスタンで何ヶ月も包囲するか、要塞攻略戦を挑まなくちゃならなくなる。なんでヒンドゥスタン人のためにここまで? とは思うわよね。でもまあ、ポルテキズ人侮りがたし、ってことはよく分かったから、紅海の出口に当たるアデンをポルテキズ人が占領しないうちに先に確保しておこうとは決意したわけね。こっちは本気だったんでしょうね。何百年も独立を保ってきた繁華な交易都市がそう簡単に陥落するはずはないんだから。」
「スレイマン・パシャは交渉上手だったって可能性もあるんじゃない? ポルテキズ人の悪名はアデンでも聞こえてただろうし。」
「あ、そうかもね。まあ、こうしてオズデミル・パシャのキャリアは紅海を軸に進んでいくの。さて、まんまとアデンを取られてしまったポルテキズ人は失地回復にキリスト教国のハベシスタン Habeşistan (エチオピア)と同盟を結んでオスマン帝国に対抗しようとするんだけど、このハベシスタンは沿岸のムスリム国家・アダル侯国の火器を装備した軍隊の襲撃に悩まされてたのね。アダル侯に武器供与してたのがオスマン帝国なわけだけど。そしてこのオスマン帝国の支援を受けたアダル侯国とポルテキズの、なんとバスコ・ダガマの息子まで参戦しての支援を受けたハベシスタンが1542年に決戦に及ぶ。この戦いにオズデミル・パシャが臨戦したかどうかはついに調べられなかったんだけど、彼が征服者として数えられるのはそう認められたからだと思うんだけどね。おまけにこの決戦、アダル侯国軍の負けだし。」
「他に軍功はないの?」
「その後イェメンを征服してイェメン総督になったり、アスワン周辺を占領して属州ムスルに編入したり、内陸に逃げ込んだアダル侯国の遺領を引き継いで属州ハベシスタンを形成して初代総督になってみたりしたんだけど、他の将軍たちと比べてとくに冒険してる、ってわけでもないわよね。」
「逆にオズデミル・パシャみたいな冒険的な遠征を行った人はいないのかな?」
「さっきのスレイマン・パシャなんかまさにそうだし、探せばいっぱいいると思うんだけどねぇ。モスクワへの襲撃をやり遂げたアクンジュたちなんかは、オスマン帝国から見れば未知の国への大冒険だし。」
「でもまあ、余計なこと言ってオズデミル・パシャまで征服者じゃなくなったら困っちゃうね。」
「違いない違いない。」
「ゲームじゃあ、しっかり征服者になってもらうからね。まずはシベリヤへ、往けっ!」


1542年の対仏戦争

「またフランサが宣戦してきた(1542年11月4日)。」
「今度の同盟国は?」
「え〜と…、ないみたいね。」
「まあ、あってもなくてもたいした違いはないんだけれど。」
「でもいよいよフランサも周辺国から嫌われてきたのかな。その点では仲間。」
「確かに、こうわが国にいいことがある度にそれを妬んで攻撃してくるようないけずじゃ、嫌われるのもしょうがないわよね。」
「いまやわたしたちに立ち向かってくるのはフランサだけで、それだけでも尊敬されてよさそうなものなんだけどね。」

「ついに見つけたっ、モオル Moğol (モンゴル)人(1543年6月15日)。じゃあ、オズデミル・パシャには新大陸に行ってもらって、カーヌーニーにシベリヤへ進軍してもらいましょう。」
「シベリヤは本当に厳しいところだから、いまいる指揮官すべてに参戦させた方がいいし、それよりまず通行許可をもらってモオル全土を探索してから宣戦した方がいいよ。」
「残念ながら、現在陸軍指揮官はカーヌーニーしかいないの。提督はハイル=アッディーン、サリーフ・レイスがいるんだけどね。なかなかうまくいかないね。モオル探検の件は了解。オズデミル・パシャ探検隊から分隊させてモオル探検に充てましょう。」

「というわけで、モオル人から通行許可をもらえたよ(1543年9月15日)。」


1544年の対仏講和

「対フランサ戦はどう?」
「んー、今回はフランサに覇気が無い、かな? うちとフランサで接してるのは地中海側のヘローナと大西洋側のカンタブリアだけだけど、ヘローナにこけおどしで置いてる12,000を嫌ってか、カンタブリアにしか行かないんだよね。でもカンタブリアは帝国最難関の要塞を築いてるから、抜けないみたい。カンタブリアを無視してエンデュリュス Endülüs (イベリア半島)内陸部に攻め込めば切り取り放題なのに。そんなわけでお互いに戦果なし。」
「もう2年になるのに? 試しに5,000フローリンくらい申し出て講和使節送ってみたら?」
「そうだねぇ…。おお、受けた(1544年2月4日)。フランサ、何がしたかったんだ…。」
「開戦時には想定してなかった凶事が起こったのかもね。よくあることよ。プレイヤー側でもよくあるし。」


The Great Legal Reform

「カーヌーニーによる立法改革、成る、か(1544年10月10日)。」
「え!? カーヌーニーってこのとき “ カーヌーン法 ” を成立させたからカーヌーニーって呼ばれるようになったの? じゃあいままでカーヌーニーじゃなかったんだ…。」
「いや、そんなことないでしょ。スレイマン1世の勅令が法的権威を帯びるようになって “ カーヌーン(勅令集) ” として編纂されることになったわけで、勅令自体は即位したときからずっと発してるんだし。」
「でもまあ、自分たちの国の黄金時代の王さまが、外征じゃなくて内政で称えられてるなんて誇らしいよね。」
「もっともアウルパ人たちはスレイマン1世のことを “ 壮麗者 ” っていうタイトルで呼んでるみたいだけど。」
「 “ 壮麗者 ” ねぇ…。なんだか派手だけど具体性に乏しいね。」
「 “ 太陽王 ” とか、あんまり詳しく追っちゃいけない人にそういうタイトルが付けられるのかもね。スレイマン1世の事跡を追えばアウルパ人の敗北の歴史になっちゃうわけだし。」
「なるほど?」


インカ帝国の発見

「オズデミル・パシャは1544年3月27日にヤラクイ Yaracuy (ゲーム上では Yaraguay) に上陸して新大陸探検を始めたわけだけど、」
「パラグアイ?」
「パラグアイはブラジルとアルゼンチンの間にある内陸の国でしょ。ヤラクイ地方よ、ベネズエラの。で、ついにインカ帝国を発見しました!(1545年3月18日)」
「おお、オズデミル探検隊は課された使命のうちの2つは果たしたわね。」
「使命? 他にはどんなのが?」
「まず、インカ帝国を発見した以上、ここに攻め込むための橋頭堡が必要なわけだけど、せっかくメクスィカがあるんだからここから陸路で攻め込めたらいいじゃない? だからインカ帝国とオスマン帝国領メクスィカを隔てる地峡地帯を明らかにすることが重要ね。」
「それはすぐにできるね。他には?」
「前にも言ったけど、トルデシリャス条約のおかげでアウルパ諸国は北米に植民しがちなのね。だから彼らが植民する前に、こちらが先に植民して領域を確保しておきたいのよ。ラブラドル半島なんかは真っ先に植民されるし、内陸地もないし、貧しいから諦めちゃって構わないんだけれど、いまの合衆国沿岸は広大な内陸地も抱えてるし、豊かだからあまり取られたくないのね。ニューヨークの辺りが一番豊かなんだけれど、ここだけ取って孤立させてもしょうがないから、やっぱりオスマン帝国領メクスィカから植民地を延ばしていくことになるんだけれど、どのくらい北まで植民できるかわからないし、あるいはすでに植民されてたらその1つ内陸側に植民して防壁を造らなければならないから、結局はセントローレンス川まで調査することが望ましいわね。」
「なるほど、さっきの中米探検からそのまま北上して北米探検すればいいね。もうない?」
「できればあと1つ。ポトシと並んで世界史上最高の貴金属鉱山のあるミナス・ジェライスを発見してくれれば言うことはないわ。」
「覚えておきましょ。じゃあ、インカ帝国からは通行許可をもらって(1545年5月18日)、オズデミル・パシャにはセントローレンス川めざして北上してもらいましょう。」


Tlemcen submits to the Ottoman Empire

「トレムサン侯が臣従を申し出る、か。」
「実は同盟すらしてなかったけど、手間が省けてよかったよかった。」
「トゥヌスがトレムサンの属国だから、トレムサンを滅ぼさない限りはトゥヌスも属国化できずなので、トレムサンは何を置いても先に属国化しなくちゃいけないんじゃなかったっけ?」
「ん? ああ、ああ。知ってたのよ、このイベント。そういえばトレムサンってオスマン帝国に服属するなぁ、って。」
「へー。じゃあ、カーヌーニーに臣従を申し出たトレムサン侯って、誰?」
「んー、ムーレイ・イブン=トレムサニー?」
「あたた…、問題はいかにも意地悪だけどこの答えはひどすぎる。」
「え? 何が?」
「マグリプの諸侯でよく出てくるムーレイって、トルコ語のチェレビー(〜卿)と同じで敬称よ。」
「あうぅ。」
「コレル、早く帰ってこないかねぇ。」


1545年6月15日、トレムサン侯、臣従。


Conversion by the Sword in Kibris

「そういえば、モオル探検は順調かな。」
「1545年5月21日にセレンゲ河を渡ったっていう報告があったけど。」
「セレンゲ河といえば、ジェンギズ・ハン Cengiz Han (チンギス・ハン)の故地だねぇ。あと3分の1ってところかな。来年の春には探検を終えられそうだね。」

「お気の毒、キブルス Kıbrıs (キプロス)で強制改宗発生 (1545年10月8日)。」
「う〜、まさに凶事。これから遠征って時に。だれがやらせてるのかしら。しかもまた所有文化のユナニスタン Yunanistan (ギリシャ)文化圏で。」
「まあ、ほら、今回はせめて島だし。島は絶対に首都と陸接しないから改宗費用が安くなることはないのよ。」
「改宗のさせやすさは?」
「それは大陸と変わらないけれど…。」
「やっぱり凶事だ。」


モオル遠征

「わが探検隊がついにモオルの東端に到達! (1546年3月14日)」
「モオル、思ったよりずいぶん広いねぇ。東端って北京と同じくらい東じゃん。ほんとうに征服できるの?」
「でも、いま征服しないとモオルは仏教国になって征服できなくなっちゃう、そうだったよね?」
「そう。それとも、コレルが帰ってこなければ次のセリム2世はメルテムの番だけど、あなたやる?」
「カーヌーニー、頑張って。」
「はいはい。クブルスの叛乱も鎮圧したし(1546年3月30日)、軍勢を移動させますか。」

「やっと第一陣がオビ河を渡った[Altay に到達した]か(1546年9月5日)。やっぱり陸路だと時間かかるねぇ。じゃ、モオルに通行許可を返そう。」
「あの…、もしかしてそのまま侵攻? もう9月なんだけど。」
「うん。確かにもう冬なんだけどね。まあ聞いてよ。オスマン帝国の東端ダウスタン Dağıstan (ダゲスタン)からモオルの西端まで半年かかっちゃうわけじゃない。だから、本国にある予備兵力をいまから移動させておけば、第一陣が戦闘と冬の寒さで減りきったときにちょうど増援がくるっていう按配になるでしょ。見たところモオルの各州は貧しいからいっぺんに大軍を投入しても、雪が降ってなくても兵たちが飢え死にしてくと思うのよね。」
「む、なるほど…。でも、モオルの冬は長くて厳しいわよ。増援を待たずに全滅ってことも。」
「カーヌーニー自ら率いてるんだし、城を占領すればそれなりに保つはず。たぶん大丈夫よ。」
「まあ、じゃあ1年目はその作戦で、お手並み拝見。」
「見ててちょうだいって。」

「第一陣、エニセイ河河畔[Tomsk]に到達(1546年10月8日)。全軍、エニセイ川を渡れっ。モオルを蹂躙せよ!」

「さてと、かるくモオル国境守備隊を撃破して…、う…、え? うわ、騎兵隊増援、急いで!」
「あらら、渡河上陸戦とはいえ苦戦だね。さすがにモオル騎兵?」
「騎兵は陸軍レベル低いとかえって強いからねぇ。」
「え? そうなの? 聞いてないわよっ。」
「言わなかったっけ?」
「わたしも初めて聞いたなぁ。でもさ、それじゃあ陸軍レベル上げないで騎兵でやっとけばよかったんじゃない? 130年も経っといてなんだけど。」
「野戦はそれでもいいんだろうけど、大砲無しじゃ包囲戦がままならないじゃない。野戦は必ずしもしなくちゃいけないわけじゃないし。それにいつかは勇猛な弓騎兵も火器の前に屈するわけで、そのときになって陸軍レベル上げても追いつかないわよ。」
「そっか。」
「ふ〜、なんとか凌いだ。さっさと橋頭堡築かないと…。包囲攻撃中にいまみたいな戦い仕掛けられたら、きっと負ける。また騎兵は移動が速いとか言うんだ…。」
「そうねぇ。まあ、周囲の軍団を一通り撃退したら、向こうも士気回復しなきゃならないから、多少の時間は稼げるでしょ。」
「おまけに結構強固な要塞だし。よし、なんとか敵が来る前にクラスノヤルスクを確保(1546年11月25日)。さっさと進軍しよう。」
「もうあたり一面銀世界だね。」
「でもここで留まってたら確実に敵は奪回しようと殺到してくるだろうしねぇ。もう、なるべくモオル騎兵とは野戦しない。敵はアウストゥリアかフランサかっていうくらいのつもりで当たらないとダメだ、これは。」

「第一陣は2城落として終わり?」
「だって、全部強化要塞なんだもの。1万人も確保できないわよ…。」
「え、1月の時点で1万人切ってるの? 宣戦したとき、どのくらいの兵力で攻め込んだんだっけ?」
「…万人。」
「聞こえない。」
「6万人。」
「あちゃ〜。」
「なんだかナポレオンの気持ちがよく分かったわ。10月に進発した第二陣は3万人程度だし。」
「うんうん、半分は生き残ると踏んだんだねぇ。」
「春になっても大攻勢とまではいかないか。」
「一応、今年の年初の収入で徴兵始めたけどね。第二陣より半年遅れで、これが着く頃にはまた冬になっちゃうな。」
「もったいない。もう半年待てばいいじゃん。」
「3万人ぽっちの増援じゃあね、最前線のカーヌーニーを守れないのよ。きっと全滅する。」
「う…、なんだか壮絶なことになってきた。」
「うん…。」

「第二陣の内、騎兵だけを先行させて何とか最前線で1万人確保できたわ(1547年4月1日)。」
「さっそく包囲攻撃?」
「と行きたいところだけれど、敵方の増援も東から現れ始めたからね。第二陣の本隊が到着するまではこのカーヌーニー率いる1万ちょっとの軍勢でモオル軍を撃退し続けるつもり。」
「野戦は避けるとか。」
「しょうがないじゃない。でもせめて、エニセイ河のこっち側の丘[Touva]で待ち構えることにするわ。」
「おお、まじめな戦いだ。」
「とにかく最初からいる騎兵さえ覆滅させれば、モオルも資金難と見えて騎兵はあまり徴兵できないみたいだから、楽になると思うよ、きっと。」

「また雪が降り始めたね。戦果は?」
「3城奪って、エニセイ河以西は確保したけどね。」
「そんだけ?」
「そう言わないでよ。最初にモオル西境を守ってた騎兵15,000、これが追い払ってもほとんど無傷だし、何度も邪魔してくるんでほんとうに参っちゃったわ。でもとうとうこれも捕捉撃滅できたし。本格的な冬が来る前にあと2城は取れるんじゃないかな。」

「さ、1548年の春が来た。今年は行くよ。なんたって増援は歩兵のみ、9万人もいるんだから。」
「ま、この際は国庫がどうの言ってる場合じゃないか。」
「始めちゃった以上はね。」
「今のところエニセイ河東岸[Oka, Saian]まで確保してるのか。」
「そう、残るは12城。なんとか来年には終わりそうかな。」

「何とか雪が降り始める前にセレンゲ河東岸[Buriat]に到達(1548年10月26日)。」
「兵たちが凍死する前に最前衛で1城、後衛でもう1城いけそうだね。そうすれば残り5城じゃん。宣言どおり、来年には終わりそうだね。」
「いや…、ダメかも。」
「なんでまた。」
「カザフ汗国の領土を春に進発した歩兵部隊がね、セレンゲ河を越える時にはもう雪が始めちゃうんだ…。残る5城のうち3城が強化要塞だけれど、10,000人を結集できるかどうか不安だわ。」
「あの…、騎兵を使うっていうのはどうですか? モオルの城塞なら強化型でもカーヌーニー指揮下の歩兵が2,000人もいれば、占領できるんじゃないでしょうか。」
「あ、なるほど。包囲戦だから歩兵、って思い込んでたけど、そうだね。もう来年の分の増援はカザフ汗国で待機させてるから間に合わないけれど、再来年の分は騎兵を徴兵してみよっか。」
「またまた、それで攻略もできなければ騎兵も余るなんてことになったりして。」
「といっても、モオルの東端に歩兵を10,000人送り込むのは無理。モオル軍を端っこに追い詰めればその分だけ彼らの妨害も入るし。だから、この手で無理なら、クラスノヤルスク辺りを割譲させて、5年後に再戦を挑むしかないわ。」
「むぅ…。」


ダニマルカとの貿易協定

「ダニマルカ Danimarka (デンマーク)から貿易協定締結の請願が来たよ。」
「コペンハーグ Kopenhag (コペンハーゲン)には貿易センターがあったよね。受けよう(1548年9月18日)。」
「ダニマルカにはむかし嫌がらせされたから蹴るかとも思ったけど。」
「ああ、そんなこともあったねぇ。まだ執念深く覚えてるの?」
「む。ええ、女だから執念深いですよ、と。」
「向こうも覚えてるとして、それでも貿易協定を結ぶとしたら、そろそろうちの市場が魅力的になってきたってことかな。」
「そうねぇ、うちは珍しいものたくさん扱ってるからとくに魅力的なはずだけど、そろそろそういうものを買ってくるブルジョア層が台頭してきたんじゃないかしら。うちもそろそろ商人を送り始めてもいいかもね。余裕があれば、だけど。」
「余裕ないよ、ぜんぜん。」


「さて、1549年1月1日だけど、今年は内政改革先送りにしていい?」
「ダメ。」
「そんなこと言わないで。苦戦してるの知ってるでしょ?」
「苦戦ったって1559年までやってるわけじゃないでしょ。」
「ねえねえ、内政改革って末尾が9の年の1月1日にしかできないの?」
「そんなことはないけれど、次は行った日のきっかり10年後、その次も、とずっとちょっと遅れることになるわね。」
「んー、とはいえ、最後の1819年には内政改革できるの?」
「あれ? どうだっけ。1818年12月30日で終了だっけ、1819年12月30日で終了だっけ…。」
「まあ、どっちでもいいや。1819年12月30日に終了でも、1819年1月1日に内政改革してほとんど意味があるとは思えないものね。であればさ、なんかの都合で内政改革を数日遅らせるのも全部合わせて10年分の猶予があるわけじゃない。」
「それはそうなんだけれど、日にちをずらすと次の10年経ったときに、あれ、いつだっけ? ってことになるかもしれないじゃない。」
「誰がそんなおっちょこちょいなことするって言うのよ。」
「…、少なくともわたしが、するかも。」
「う…。」
「じゃ、じゃあ、自由貿易傾向を高めておくね。保守傾向は前回の改革で最高になったから。」


Reformation of the Army in 1549

「お、また陸軍の改革(1549年3月3日)。まあ、ありがたいんだけど、陸軍レベルも14になってるからもうそろそろ海軍レベルを上げたいんだけどなぁ。」
「陸軍ばっかり可愛がってきたから陸軍の発言力が大きいんじゃない?」
「そうなの?」
「ランダムイベントは内政傾向に影響されるらしいんだけどね。聞いた話だと、革新傾向を高めておくと “ 思いがけない発明 ” が次々に起こるんだって。革新傾向を高めたことがないからわたしには真偽は分からないけれど。」
「ほぅ。で、うちはと、野戦傾向6、陸軍傾向6、精鋭傾向8か…。どれもいまいちぱっとしないねぇ。」
「この辺は建国以来一切いじってないからね。」
「ま、ランダムイベント狙って内政するのも本末転倒だし、気にしてもしょうがないか。」
「探検家のイベントを除いてはね。」
「うん。でもまあ、今年ようやく端緒についたばかりだけどねぇ。」


カーヌーニーと3,362人の歩兵

「さて、1548年の増援を結集して、ブリヤートのさらに奥地[Kalakan]までなんとか進んだわけだけど(1549年2月5日)。」
「東端まであと1〜2城じゃない。あともう少し。」
「うん、あともう少し、って思って無理させすぎちゃった…。カーヌーニー指揮下の歩兵3,362人。これで1549年の増援が到着する秋まで持ちこたえないと。増援の先陣は5月11日にはクラスノヤルスクに入城してるんだけどね。」

「ほらね、さっき5月11日にクラスノヤルスクに入ったって言った軍団がまっすぐ東進してチタ城下に到達するのが12月23日でしょ。」
「う〜ん、まあ、以後は毎年10万人ずつ派遣していけば、さっき言ってた5年後の再戦ってことにはならないんだろうけど、ちょっとひどすぎるよね。騎兵増援策はもう実行してるの?」
「うん、1549年の収入でね。さすがに騎兵たちは初秋にはモオル入りしたから、1城に1,000人ずつ配置してる。来年の夏には最前線に来させられるんじゃないかな。」
「1城に1,000人ずつ、か。なるほど、占領地が増えたからね。前線は遠くなったけど、状況が変われば打つ手があるもんだ。」


モオル軍の最後の抵抗

「さて、1549年の増援で1550年2月23日にチタ城をなんとか奪えた。3月の晴天を縫うように増援を東進させて、4月にはスレテンスク城を包囲できるかな。」
「スレテンスク城を落とせば、あと2城だね。」
「うん、やっぱりぎりぎりになっちゃったけど、大敗しなければ何とか今年中に終えられそうだ。」

「というわけで、モオル最後の砦[Mogotcha]に結集できたのが11,573人だったりする。 これで敵の残存1,086人をほとんど無傷でせめて両月中に倒さないと…。」
「また来年?」
「そう。一応、カザフ汗国には増援置いてあるけどね。さあ、勝負だっ。」

「やった〜。勝ったわ〜。よし、まだ10,000人以上いる。攻城戦開始っ(1550年9月13日)。」
「追い払った敵がまた戻ってくるみたいよ。」
「まあそうだろうね、他に行くところないだろうし。でも、攻城戦始めちゃったものね。もう止められないんだから。」


モオルの併合

「敵も士気はないだろうから止められないだろうけどね。でもそうと分かって突撃してくるのは…。」
「こっちを10,000人以下にして、2度目の突撃を防ぐためだろうね。モオル軍もやるわ。」
「うわ、9月30日に滑り込んできた。やっぱり一瞬で弾き飛ばされたけど、こっちも10,000人切ったか…。」
「あともう少し…、よっしゃ! 占領成功!」
「おめでとう〜。」
「ご苦労さま。」
「おめでとうございます。」
「ありがとう〜。じゃあ、さっそく併合しちゃうよ。」

1550年10月10日、モオル国家、滅亡。

「ところでさ、この戦争で結局いくら使ったの?」
「どうだろうねぇ。多分300,000フローリンくらいかなぁ。」
「うは、派手に使ったね。」
「毛皮ってのは高いものだよ。」
「うん、わたしも香辛料よりは毛皮の方が好き。」
「そういう結論なの?」


Mother Lode at Zacatecas!

「そういえば戦闘中に、サカテカスで大規模な銀鉱脈が発見された、って報告が入ってたね(1550年9月10日)。」
「煩わしいから放置してたけど、ありがたい話よね。」
「銀鉱脈発見の報告が続くけど、メクスィカって銀鉱脈がごろごろ転がってるのかな?」
「それすごいかも。でも、アステカ人は鉄器を知らなかったらしいから、あるいは見えててもそんなに掘れなかったのかもね。」
「それはいらいらするだろうなぁ。」
「子供じゃあるまいし。わたしたちだってお星さまが取れないからっていらいらしないでしょ。」
「星ってね、遠いところにある太陽みたいな天体なんだよ。」
「ごめん、知ってた。」


Effect of Occupation in Eastern Siberia

「東部シベリアが過疎化…(1550年11月3日〜1550年12月19日)。」
「あらら、頑張って征服したのに。」
「南って言うと、トルキスタンの方へ逃げたのかな。」
「いえ、これに関連した他国のイベントは無いみたい。イスパニアがムスリムを追放するときにはマグリプ諸国で亡命者受け入れのイベントがあるんだけどね。」
「この白いところへ逃げたのか。これなら誰も手出しできないね、確かに。」
「まあまあ、人口が5,000人以下になれば改宗費用も安く済むことだし。どうせ改宗しなければ異教徒にして異文化だから収入が-60%だったわけで。」
「まあ、そうか。でもここらって基本税収額が基から低いでしょ、たぶん。」
「そうねぇ、クラスノヤルスクが500フローリン、チタが400フローリンである他は200〜300フローリンしかないみたいね。」
「200フローリンしかないところを100フローリンも失ったら半減じゃない。」
「まあ、100フローリンは100フローリンでしかないわよ。」
「そう思うしかないか。それにしても、それならいっそのことモオル全土が過疎化すればいいのに、20州中11州で止まったね。」
「これはランダムじゃなくて、どこの州が過疎化するか予め決めてあるみたいね。何か拠り所になる史料があったのかもしれないわね。」


Timar crisis

「うあ、ティマール制が崩壊してしまった…(1550年12月10日)。いやまて。法で制定された制度が撤廃されるならともかく、こういうのは徐々に形骸化したわけで、ある日突然崩壊したわけじゃないと思うんだけど。」
「イェニチェリ制は8つくらいのイベントで徐々に崩壊していくけどね。そういうのがよかった?」
「いや、1回でいいです。」
「こうやって細かい説明してくれてるだけでもありがたいのよ。隣国のペルシアなんか、 “ 政治的危機 ” とかいう具体性のないイベントが続発することでサファヴィー朝末期の動揺を表現させられてるんだから。」
「そうだねぇ、勉強になるね。」
「勉強なんかしてもぜんぜん意味ないかも。どうして当時のオスマン帝国の貴顕たちも封建制度なんか採用したのかしら。ちょっと考えれば、永遠に征服し続けなければ成立しない制度だって分かるだろうし、ビザンスやセルジュークといった前王朝が失敗してきたのも見てきてるだろうに。」
「その轍を踏まないように改良はしてきてるんだろうけどね。ほら、説明にも書いてあるじゃない。封土は一代限り、って。実際には封土保有者たるスィーパーヒーの息子が衣鉢を継げば封土は継承されるんだけど、それも全部じゃないのね、 “ 核 hasse  ” と呼ばれる一部だけなのね。こういう約30年ごとに確実な減封があるから、その分だけ別の者に恩賞として加封できるわけよ。」
「でもなんでそんなに詳しいの? コレルじゃあるまいし。」
「うちの実家の小さな村の村長さんがスィパーヒーでね、証文を額に入れて飾ってあるんだ、その家では。」
「え? スィパーヒーなんてまだいるの?」
「そりゃいるわよ。制度として廃止されたわけじゃないんだから。ただもう、スルタンや大宰相はスィパーヒーを召集する気はないだろうし、スィパーヒーの方でもバカバカしいか恥ずかしいかで言わないか、忘れちゃったかしてるだけで。」
「まあね、大学出の学士さまならみんな恐れ入るだろうけど、おらん家はスィパーヒーだ、おいらの家はハイドゥク(義賊)だ、なんて言ったってね、影絵芝居じゃないんだから。」
「恐れながら申し上げます。ティマール制はスルタン・マフムート2世の御世に正式に廃止されました。」
「おお、さすが宦官長。やっぱり嘘つき村長だったんだ。」
「まあまあ。嘘つきってほど深刻じゃないし、ひょっとしたら一朝事あるときには村を守ってくれる心積もりの表明なのかも。帝国の代理人たちにはそういう心がけがぜひ欲しいところね。」


The mines are proving to be much richer than anticipated!

「サカステスで、鉱山主が鼻持ちならないほど豊かになるくらい鉱山の産出量が増えたって(1551年3月1日)。」
「なんだか面白い表現だねぇ。」
「そうね、豊かになったからって必ずしも鼻持ちならなくなるわけじゃないと思うけど。」
「報告者のやっかみが入ってるのかな。」
「でもさあ、せっかくお金持ちになっても、征服したばかりのメクスィカじゃぜんぜん文化違うし、あんまり豪遊できなそうだよね。」
「結局そういう理由でこっち風の街ができてくんだろうかね。」
「オスマン帝国支配下の新大陸の街だとまた違うんだろうけど。」
「う〜ん、でもイスパニヤも地中海の国で、ちょっと前までのイスラム建築の影響が色濃く残ってるから、実はあんまり変わらなかったりして。」
「分かんないわよ。アラプ風って木がないから石造じゃない。その点、イスタンブルには木造建築が多いでしょ。新大陸も木はいっぱい生えてそうだから、案外木造建築の街になってるかもよ。モスクとかは石造だろうけど。」
「で、やっぱりイスタンブルみたいに度々火事で焼けちゃうんだ。」
「ありそうありそう。」


イスウェチとの貿易協定

「イスウェチ İsveç (スウェーデン)が貿易協定を求めてきたけれど?」
「イスウェチに貿易センターはないよね。あ、でもこれから出来たりする?」
「え…と、どうだったかなぁ。ストコルム Stokolm (ストックホルム)にできたような気もするんだけど…。」
「ストコルムか。確かに出来なそうな気がするね。これからイスウェチは最盛期を迎えるんだし。じゃ、一応受けとこうか(1551年10月8日でもこれはやっぱり、イスウェチ人も毛皮が欲しくて来たのかな。」
「イスウェチでもいい毛皮が取れそうだけどね。」
「オスマン帝国領シベリアではもっといい毛皮が取れるんだよ。そうに違いない。だってあんなに大変だったんだもの。」
「いい毛皮はいい毛皮だけど、いい毛皮が市場に溢れて値崩れしたりして…。」
「まあ、よくそんなひどいことがぱっと思いつくね。」


Scandal at the Court

「あらあら、まあまあ。スキャンダルですって(1551年10月28日)。カーヌーニーも隅に置けないねぇ。」
「カーヌーニーが何かしたわけじゃないでしょ。マリ王国との関係が取り沙汰されてるんだから、マリ王国から輿入れした姫とかが何かしたとかなんじゃない?」
「カーヌーニーももう57歳だものね。」
「あら、わたしたちの陛下も若くはないけれど、メルテムは何かご不満でも?」
「あ、そういう宮廷陰謀劇をやる? いいよ、靴の中にガラス入れちゃうから。」
「やめよう。」
「うん、やめておこう。」
「まあ、醜聞って言っても大使の舌禍事件とかもあるわけで。」
「それは『無礼な外交』イベントでしょ。となるとやっぱりスキャンダルはスキャンダルなんじゃないかな。」
「その方が楽しいしね。」


インカへの道

「さて、モオルも征服したことで本格的に内政していこうと思うんだけど、まずもう入植者が溢れてるから彼らを送ってあげないと。どこに送ったらいいと思う?」
「メクスィカ以上に貴金属が採れるペルーは征服しなくちゃならないと思うんだけど、まだインカを発見したばかりで、海路でペルーに辿りつく道がないじゃない。パナマを植民して兵隊が通れるようにしておくのがいいと思うんだけど。メクスィカでの改宗も進んでるんでしょ?」
「まあ、人口の少ないところだけ。カンペチェ、テワカン、リオ・グランデ、ペコス。」
「まあでも1,000だけでも徴兵できるとぜんぜん違うから。なにせ大西洋の向こうなんだし。」
「つなげるってことで言えば、西アフリカからコンゴへもつなげなくちゃいけないんじゃない? よそに取られたら面倒そうだよ。」
「モオルもつなげないとねぇ。」
「南アフリカも1箇所くらい植民しておかないと、アフリカ廻るのがたいへんだよね。」
「あの砂糖とタバコが取れるカリブ海の島々を放棄して置く手はないと思わない?」
「でもまあ島だからそれ以上は伸びないじゃん。南米がやばいよ。」
「そんなこと言ったら北米でしょう。」
「で、結局どこにするの?」
「そりゃあ、パナマで。」


The Sultan of Poets

「今度はバーキーが仕官してきたね(1553年4月15日)。よかったね。」
「うん、まあわたしはバーキーはちょっと大げさであんまり好きじゃないんだけど。ここにもある通り、彼って “ 詩界のスルタン ” って呼ばれてるわけだけど、それはこんな詩が基になってるのよ:

  わが愛する人よ
  バーキーの詩の杯を
  かぐわしい酒で満たせ
  世界の至るところで
  われらふたりこそ
  今日、詩人たちのスルタンなのだから


「ひょっとして、自称?」
「まあ、そういうことになるのかなぁ。」


The Expansion of the Royal Bureaucracy

「お、カーヌーニーの治世で最大の難局、 “ 官僚制改革の推進 ” ね(1554年2月27日)。とはいえ、もはやモオル遠征も乗り越えて、もはやこんなんじゃ大したことないか。」
「まあ、ありがたくはないけどねぇ。」
「ねえねえ、 “ 王家の官僚機構 the Royal Bureaucracy  ” ってなに?」
「オスマン帝国の官僚機構のことよ。なら、 “ 王家の ” っていらないわよね。でもつけるのは、古代ペルス帝国から始まってオスマン帝国や中国の清王朝に至るまで、アジアの専制王朝にあったのは家産的官僚制度であって、ちゃんとした官僚制度ではない、という主張がアウルパにはあるのね。」
「家産的?」
「例えば一般的な家庭でお父さんが息子たちに、お前は薪を割れ、お前は畑を耕せ、って役割を振るのはその場の思い付きだったり感情に基づいたりしてるのであって、規則に基づいてるわけじゃないでしょ。」
「う〜ん。」
「それと同様に、能力主義に基づく規則で運営されていない前近代の官僚制を、近代官僚制と区別して家産的官僚制、というわけ。ウェーバーって人が言い始めたんだけどね。」
「でもさあ、さっきのお父さんの例えですら、息子たちが誰が何をやるってのはある程度習慣になってると思うし、それって法学的に言えば慣習法なんじゃない?」
「まあそれはわたしの例えが悪かったのかもしれない。でも、前近代だろうが能力主義がまったく働かない官僚制度っていうのもないだろうし、近代官僚制でも情実が横行してるしね。ちょっとこの区分は観念的に過ぎると思うけど、信じてる人が多いのよ。で、まあオスマン帝国の官僚制度も、国家に仕える官僚制度ではなくて、家父長であるスルタンに仕える官僚制度、ということで “ 王家 ” が付くわけ。」
「なるほど。じゃあ、ウェーバーって人が悪いんだ。」
「ううん、ウェーバーは結局、これからあるべき近代官僚制の姿を提示したかったのね。その論を鮮やかに示すために対照的な過去の官僚制像をもってきたわけね。つまりレトリック。それを、ウェーバー先生が言うんだから、なんて言うちょうちん持ちがいるわけよ。」
「まあ、わざわざ自分が文明に属してるなんて言いたがるのは、よっぽど不安なんだろうね。」


トラブルスガルプ侯国との合併

「あ、悪逆非道点が30点まで下がってる。そろそろトラブルスガルプを併合しちゃおうか。」
「あれ? 20年くらい前に併合してなかったっけ? なんだか評判が “ 我々は、極めて悪い評判を受けています ” になったと思ったら、あちこちから宣戦されたような…。」
「何と勘違いしてるんだか分からないけれど…、ほら、トラブルスガルプ、まだあるでしょ?」
「う、うん、まあね。」
「じゃ、仕度金をあげて、と。じゃ、併合するね。」

1554年3月30日、トラブルスガルプ侯国、滅亡。


Turko-Persian Conflicts: Prince Bayezid flees to Persia

「カーヌーニーの人生最大の悲劇、バヤズィト王子とセリム王子の内戦が勃発、か(1554年8月28日)。」
「息子同士が相争うのは確かに悲劇だろうけれど、オスマン帝国の王位継承は兄弟殺しの果てに成されてきたんだから、順当というところ?」
「でもまあ、自分が生きている間にはやって欲しくないよね。」
「その点、お互いに相手を憎んでたとしても、スルタンの総督なんだからねぇ。私戦で良民を害するようじゃ、王子バヤズィトも言われる程の人物じゃあなかったのかな。」
「王子バヤズィトについては、兵士たちの信望が篤かったという証言は残ってるけど、多分に志半ばで死んでしまったことと、ライバルのセリム2世の評価が悪すぎることが好評につながってるのかもしれないわね。」
「戦いに敗れて仇敵のペルスに身を寄せる、っていうのものね。」
「それはジェムのときもそうだったけど、捕まったら殺されるしかないんだからしょうがないんじゃない?」
「んー、ジェムの頃は世界が狭かったじゃない。オスマン帝国から逃れるといったら隣国しか思いつかなかっただろうけど。いまや大航海時代だし、オスマン帝国は世界帝国でヒンドゥスタン沿岸でだって戦っちゃうんだからね。そうね、ヒンドゥスタンにでも逃げればよかったのに。それをペルスに逃げたってことは、シーア派に改宗してでも捲土重来を図りたい、ってことでしょ。自分の王位のためなら何でも犠牲にする、って感じだね。やだやだ、自分勝手な男って。」
「なるほど。そこら辺を見抜いてカーヌーニーは王子セリムを支援したのかなぁ。」
「まあ、王子バヤズィトが本当に有能で、バヤズィト3世として即位してたとしても、カーヌーニーによる法制・官僚制の諸改革っていうのは有能なスルタンがいなくても大宰相を頂点とする官僚制度が国政を運行する、というものだったわけで、このバヤズィト3世がなまじ有能だったら退屈するだろうし、退屈のあまりカーヌーニーの諸改革を失効させて自分で国政を采配してたかもね。」
「うちの陛下みたいに?」
「どうしてわざわざ危険な方向に…。」


Tlemcen incorporated

「やった。トレムサン Tlemsan (トレムセン)が服属した。」
「こんなイベントがあるんなら、別に領土割譲させなくてよかったね。」
「でもまあ、そのときにはトレムサンだけじゃなくてトゥヌス Tunus (チュニジア)やファス Fas (モロッコ)も一緒だったからね。相手が3つで宣戦によるBBR増加が2なら、悪くない取引だったんじゃない? それに、トレムサンが4州も持ってたら降伏を選ばなかったかもしれないし。」
「あ、その可能性があったか。」


1555年7月6日、トレムサン侯国、滅亡


トゥヌスとの同盟

「これでやっと、どういうわけだかトレムサンの属国だったトゥヌスと同盟できる(1555年7月6日)。」
「同盟枠に空きあるの?」
「さっきトラブルスガルプ侯国を併合したからね、ちょうど空いてる。これで同盟国は、カザン汗国、クルム汗国、グルナタ侯国、そしてトゥヌス侯国、と。」
「もう1つ空きがあればファスも取り込んでおきたいところだよね。トレムサンが抜けたおかげでファスも孤立してるでしょ?」
「そうなんだよねぇ。ファスがどれだけ世界を知ってるかにもよるんだけど、マリやハウサと結ばれるのも面倒だし。」


トゥヌスの属国化

「まあ、トゥヌスはすぐに属国化して、10年後には同盟枠にも空きが出来る予定ではあるんだけれど。」
「あの…、グルナタはどういう風に利用するおつもりなんですか?」
「え? どうって…。」
「やっぱり併合なさるんですか?」
「う〜ん、とりあえずグルナタがエストラマドゥーラ地方を改宗してくれないものかと待ってるんだけど、ぜんぜんその気配がないんだよね。チャウラは何か思案がある?」
「いや、あのぅ、ですね、エンデュリュス Endülüs (イベリア半島)なんですけど、首都と陸続させるのも大変だし、改宗も大変だから、捨ててしまった方がいいんじゃないかと思いました。」
「捨てちゃうの?」
「はい。そうしたらその分、悪逆非道点も減りますし。ただ、捨てると言ってもイスパニヤを独立させるわけにはいかないので、グルナタに食べてもらったらどうでしょう。」
「そうだねぇ。エンデュリュス領を切り売りするならフランサかグルナタしかないわけだけど、フランサに売っちゃっちゃあますます強大になっちゃうものね。」
「でもグルナタはわたしたちを除けばアウルパに唯一残るイスラム国家なわけで、誰も同盟を結んでくれないだろうし、単身でわたしたちに宣戦してくるってこともなさそうだけどねぇ。」
「まあそれでも、確かに現状でグルナタのために同盟枠を削ってても意味はないわけで。こんど同盟の期限が切れたらこの件、検討してみよっか。」


1555年12月1日、トゥヌス侯、臣従。


Silver discovered at Guadalcanal

「エンデュリュスのワード・アルハーナート Wād al-Khānāt (ガダルカナル)地方で銀鉱が発見されたみたい(1556年2月23日)。」
「キャラバンサライ(隊商宿/ハーン)の谷?」
「まあ、キャラバンサライがあったんじゃないの。それにしても、この時代になってまだ銀鉱が出てきたりするんだ、すごいわね、エンデュリュス。」
「天国に一番近い国だからね。…、この話、前にしたっけ?」
「あ〜、聞いたことがあるような気もする。」
「それにしても、エンデュリュス捨てるって言った途端にこんなことをしてくれて、エンデュリュスも可愛いところあるね。」


「1559年の内政改革は、さっきの官僚制改革で下がった貴族優遇傾向を高めておこう。」


Guadalcanal is quickly depleted

「ワード・アルハーナートの銀鉱があっという間に枯渇…(1559年6月4日)。このイベント、何か意味があるの?」
「まあまあ、文章読むと首を傾げたくなるけれど、トータルで見れば21,000フローリンも入って、エンデュリュス州の基本徴税額も100フローリン上がったんだから。」
「そう言われてみれば、そうだね。でも新大陸の銀鉱でもそうだけど、どうして枯渇してお金が入るんだろう?」
「見込みがないから民間の企業家に売っちゃうんじゃない?」
「ひどい話だねぇ…。」


1559年の対仏戦争

「あら、久しぶりにフランサからお誘いが(1559年6月6日)。今回は余力もあるし、フランサもだいぶ探検してるだろうから、ここは気合入れてビブリオテーク・ナショナルを略奪しよっかな。」
「フランサのデラウェア植民地には貿易センターが出来てるしね。ずるいよね。」
「パリの城壁もどんどん強化されていくだろうし、略奪できる最後の機会かもね。頑張って。」
「うん。」


ルーアン城の攻略

「ごめん、パリ攻略は無理みたい…。」
「さすがフランサねぇ。オスマン帝国領エンデュリュスに6万人以上派遣しながら、なおこれだけの兵力でパリを守るか。」
「毎回同じことやってるからさすがに読まれてるんじゃない?」
「うぐ…。」


1560年の対仏講和

「ま、とりあえずルーアン城は陥落させたから、これで手を打ってもらおう(1560年1月4日)。」
「いくらなんでもそれは手ぬるいんじゃない?」
「じゃああんたやんなさいよ。すぐ順番回ってくるから。」
「そのときの政治状況によってはね。」
「まあまあ、損してないんだから十分得点じゃない。」


The introduction of the mercury amalgamation process

「サルティーヨに水銀アマルガム法の導入か(1561年4月26日)。でも、アマルガム法ってよく聞くけど、結局何なんだろうねぇ。」
「アマルガムっていうのはね、水銀と他の金属との合金の総称だよ。だから “ 水銀アマルガム ” っていう言い方は適当じゃなくて、この場合は “ 銀アマルガム ” って言うべきね。」
「ほぅ。」
「水銀は常温で液体なわけだけど、その合金も液体になるものが多いのね。で、肝心の金や銀との合金も液体になるわけ。水銀に溶ける、なんて表現をされるわけだけど、純粋な水銀が金や銀に触れるとすぐにアマルガムを形成しちゃうからそう言われるのね。」
「なるほど分かった。鉱脈に水銀を流すと金や銀が混じった水銀が出てくるんだ。」
「いや…。水銀も安くないし、分離させるときに水銀を気化させるけど、それって毒だし、さらにそのまま流して奥に行っちゃったらどうすんのよ。そうじゃなくて、普通に金銀を採ったあとの鉱石のクズに水銀を流して、微細な金銀を採集するのよ。このとき、水銀の気化を密閉した蒸留器で行えば、水銀は再利用できるし、危なくもない、と。」
「なるほど。じゃあさ、水銀ってどうやって採掘するの?」
「水銀の硫化化合物は辰砂と呼ばれる固体で、普通はこの状態で土中に埋まってるのよ。」
「う…、最後のは意地悪するつもりで聞いてみたけど、参りました。」


Reformation of the Army in 1561

「また陸軍の再編成、やってくれるって(1561年4月30日)。」
「ありがたいんだけど、そろそろ海軍の再編成もしてほしいなぁ。」
「あっちは手の施しようがないほど旧態だとか。」
「まあ、それはそうなんだけど。古代ペルス帝国がフェニケ人 Fenikeliler (フェニキア人)を使ったみたいに、征服した国の海軍を、艦船だけじゃなくてそのまま使えるんだったら頑張ってインギリテレでも征服するのにね。」
「インギリテレを征服するにはインギリテレ海軍以上の海軍を準備しないと。」
「はいはい。」


オズデミル・パシャの死

「訃報よ。オズデミル・パシャがセントローレンス川の河口 [Anticosti] で亡くなった、と(1561年8月3日)。」
「いい人ほど早く死ぬ。」
「まあ、20年も頑張ってくれたけど。普通の冒険者は5年くらいで死んでしまうし、処女地に送り込むだけでも結構時間かかるから、その点でオズデミル・パシャは5倍の貢献はしてくれたと思う。」
「うんうん、モオルやインカを発見してくれたし、北米大陸もミシシッピ川からこっちはほとんど明らかになったし、言うことないよ。」
「冬のカナダを探検させられて、さぞ寒かったと思うけど、史実のハベシスタンでの殺伐とした冒険よりは平和でよかったんじゃないかしらね、本人にとっても。」
「ムスリムの探検家だから、インギリテレやフランサの探検家と違って原住民をウィスキー漬けにすることもなかったろうから、北米原住民にとってもよかったはず。」
「それは〜、どうかなぁ。」


Council of Trent

「トリエント公会議、開催か(1564年2月20日)。」
「まあ何でもやってちょうだいよ。」
「結構重要なんだよ。最近300年ぶりに開催されたバチカン公会議が普仏戦争のおかげで何も決めないうちに流れちゃったから、基本的にいまでもトリエント公会議の決定内容でカトリックは動いてるわけだからね。」
「で、トリエント公会議では何を決めたの?」
「いろいろごにょごにょと、わたしたちにはどうでもよさげなことを。そんな中で一番重要なのは、教皇が一番偉い、って決めたことだと思う。プロテスタントが教皇なんかいるから教会が乱れるんだ、と非難してたのに、はいそうですね、って言うんじゃなくて、むしろ自分たちは教皇の下でやってくんだ、って胸を張ったのは大したものね。まあ、おかげで両者の意見の相違がはっきりして、妥協の余地がなくなったわけだけど。」
「結構、結構。せいぜい派手にやりあうといいんだわ。」
「あらら、冷淡で、らしくないね。」
「意見の相違がはっきりして、盛んに論争するって言うならともかく、論駁するのが面倒だから殺してしまえ、なんてね。アホは死ななきゃ治らない。」
「まあ、そんなアホたれどもが死に絶えて、啓蒙主義の時代が来るのかねぇ。」


The Great Carrack of Alexandria

「40,000フローリン!」
「主客が逆転してるよ。」
「ロドス海賊どもに40,000フローリンも奪われたっ(1564年4月11日)。うぁぁ…」
「借金することになっちゃった?」
「それは大丈夫だったけど。ここのところ改宗のためにずっと国庫に突っ込みっぱなしだから。」
「こんなことならさっさと滅ぼしておけばよかったね。連中がマルタに行くことももうないんだし。」
「まったくね。でもまあ、これが済んじゃったからにはもうそんなに焦って滅ぼすこともないんだけど。」
「まあ、そういう解釈もできるか?」
「ロドスは数少ない敵に預けてある中核州だからね、また使えることもあると思うんだ。」


Silver mines are discovered in the Chimetla area

「ほぅ、チャメトラ Chametla (ゲームでは Chimetla )地区で銀山がいくつか見つかったって(1565年6月5日)。」
「聞き慣れない名前ね。まあメクスィカなんだろうけど、どこ?」
「ハリスコの収入が増えてるからその辺りなんだろうけど。地図、地図…。ないなぁ…。あ、あった! マザトラン市の南東55km。」
「じゃあ、マザトラン州じゃん。うちの領土じゃないけど。」
「んー、マザトランはまだ開発されてないから、採掘された銀がハリスコに集積されるとか。」
「ま、収入増えたんだから余計なつっこみはしない方がよさそうだね。」
「それにしても、チャメトラって、アステカの商業の神さまコチテムル Cochiteml と何か関係があるのかな?」
「仮にそうだったとしても、その知識を披露する場は一生ないと思うから、胸にしまっておいたら?」


トゥヌス侯国との合併

「さてと、カーヌーニーの治世も今年でお終いか。」
「え? もう? ちょっと待って、外交的な問題でいくつか片しておいてほしいものがあるんだけど。セリム2世ってば外交能力低そうだから。」
「ほいほい。」
「まずね、トゥヌス侯国を併合しちゃって。」
「大丈夫? 代替わりすると外交能力の上下によって悪逆非道点の許容量が変化するんじゃなかったっけ?」
「下がるけど、1点なら多分大丈夫。」
「そう? じゃ、併合するよ。」


1566年1月30日、トゥヌス侯国、滅亡。


マジャリスタンとの同盟

「そしたらね、空いた同盟枠にマジャリスタンを引き入れてもらえる?」
「へー。いいけど。はい、マジャリスタンを同盟にいれたよ(1566年1月30日)。他には?」
「んーん、もういい。外交官満員で引き渡して。」
「了解。」
「さっきグルナタを同盟からはずすって話があったじゃない。そしたら非参戦を見込んでの同盟軍率いての戦争ってことになるでしょ。であればね、その戦いが対アウストゥリヤ戦争なら邪魔なマジャリスタンも片付けられるかな、と思って。よくすれば、アウストゥリヤがマジャリスタンに宣戦して戦争ってことも。」
「そうなるといいねぇ。」
「きっとなるよ。諸外国は新スルタンを侮るだろうから。まあムスリムの呑み助じゃあしょうがない。」
「実権握ってるのはアルナウトゥルク人大宰相、ソコルル・メフメト・パシャだけどね。案外、セリム2世の素行はあえて諸国の油断を招くためだったりして。」
「で、レパントで負けてりゃあ世話ないんだけどね。あ、わたしはセリム2世嫌いじゃないよ。」
「憎める感じの人じゃあないよね。」


スレイマン1世の死

「とうとう、終わっちゃったか。」
「お疲れさま。」
「改宗はどのくらい進んだ?」
「ええとね、1525年4月のシワス Sivas から始まって改宗費用の安い順に、テワカン、リオ・グランデ、そして1543年7月のアシュート Asyut (ナイル川第一瀑布[ the Cataract ])でひと段落。」
「なるほど、1542年にオズデミル・パシャが仕官したからか。」
「そう。新しい植民やモオル Moğol (モンゴル)遠征にどれだけお金使うか分からなかったから。あんなに使うとは思わなかったけど…。」
「まあまあ。あの苦労がなければ、カーヌーニーの治世はいいことばっかりで精彩を欠いただろうし。」
「そんなのいらない。で、モオルを征服し終えたあと、モオル13州中、9州は改宗に成功。」
「おお。」
「元々偶像教徒は改宗が容易だし、住民が離散してくれたおかげで改宗費用がぐっと安くなったからね。でも全部はできなかった。で、モオルに宣教団もあらかた派遣し終えてまた余力が出てきたから、1558年9月のユナニスタン Yunanisutan (ヘラス)を皮切りに、エフラーク Eflak (ワラキア)、ドブルジャ、ブジャク、スルビスタン Sırbistan (セルビア)、コソヴァ Kosova (コソボ)、モラ Mora (モレア)、ズルカディル Dulkadir [アダナの北隣]、ケフェ Kefe (カッファ)、ペコス、コルフ島、ギリト Girit (クレタ)、ケルチ、ハレプ Haleb (アレッポ)、ギュルジスタン Gürcistan (グルジア[ゲーム上は Armenia ])、そして先月のチェルケジスタン Çerkezistan (チェルケス[ゲーム上は Georgia ])、と。」
「故郷に錦を飾ったね。」
「どうも、どうも。まだいくつか宣教中だから。セリム2世の治世の間にいくつかは叛乱すると思うけど、鎮圧よろしく。」
「うん、まあ、しょうがないね。」
「本当によくやってくれたわ。お見事。ものすごいお金がかかったと思うけど、エフラークやギュルジスタンみたいな難治の地での成功はお金では買えないわ。」
「んー、むしろ150年も前に征服した、ほとんど本国みたいな地域であんたたちまだ邪教を奉じてるの? 帝国の寛容さに甘えるのもたいがいにして、って感じがするね。」
「それは思わないではなかった。ともあれ、やーっと終わったぁ。」
「最高の時代を最長にプレイしたのに。」
「前と違ってね、あらゆることがそれぞれの地域で同時に起こるのがね、ちょっとしんどい。」
「う…、8年くらいは意外とちょうどいいのかな。」


1566年9月8日、オスマン帝国第11代スルタン、セリム2世、即位。


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Last-modified: 2007-12-09 (日) 00:11:00 (3639d)