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用語辞典

The Golden Age


Süleymân I & the Empire in 1520 [See the Map ]

統治 9:外交 7:軍事 9:勝利 2,771
貴族 10:中央 8:革新 2:重商 8:野戦 8:陸軍 6:精鋭 8:農奴 10
陸技 12:海技 3:行政 2:経済 3
非道 33.7/44.0:年収 1,940.34$:騰貴 3.8%:貿易 36:設備 27



The Conquests of Suleyman I The Law Giver

「さて、オスマン帝国の黄金時代、カーヌーニーの治世になったわけだけど…、あまり中核州が増えないね。」
「この後ですぐに起こるイベントでマジャリスタン全域が中核州になるわよ。」
「そうか、そうだよね。マジャリスタンを巡ってアウストゥリヤと雌雄を決しなきゃね。」
「ええ。ただ、史実ではマジャリスタンを中央部をオスマン帝国が、西部及び北部をアウストゥリヤが、東部をエルデル Erdel (トランシルヴァニア)侯が分け合い、エルデル侯はオスマン帝国に臣従するわけだけど、このゲームではそれをイベントで再現しようとしてしまうの。そうなると、臣下になったキリスト教徒のエルデル侯の領土はいつまで経っても併合できなくなってしまうでしょ。だから、このイベントが発動する前に出来る限りマジャリスタンから領土を奪うか、可能なら滅ぼしてしまうかしないとね。」
「ふむ、まあ頑張ってマジャリスタンから領土を奪うとして、その征服事業がうまくいかなくても最低でもマジャリスタン中央部のおいしい所は確保できる、というわけだね。」
「あらら、そう採っちゃう?」
「他にはカーヌーニーの治世で注意しておくべきことは?」
「ええとね、1538年以後にミマル・スィナンがスレイマニエ・ジャーミー Suleymaniye Camii (スレイマン・モスク)を造りたいからお金が欲しい、って言ってくるから、100,000フローリン用意しておいてね。」
「100,000フローリン!」
「で、スレイマニエ・ジャーミーが建造されると安定度が2こ上がるから、これを当て込んで何か安定度が下がるようなことをしてもいいと思うわ。」
「他には?」
「1540年にオスマン帝国史上唯一の冒険家、オズデミル将軍が登場するの。この人は20年くらい生きてくれるから、世界中の重要な場所を発見してもらえるわよ。」
「重要な場所って?」
「まずモオル Moğol (モンゴル)。シベリヤの方でどこの国とも接せずにひっそりと暮らしているんだけれど、1570年頃に偶像崇拝を捨てて仏教に改宗してしまうから、その前にイスラムの家に入れてあげないとね。」
「いや、そんな押しかけるような…。」
「それと、南米のインカ帝国。アステカ帝国以上に金山をたくさん持っている偶像崇拝の国ね。そして、北米大陸の内陸部。前にも言ったけど、アウルパ人はトルデシリャス条約のおかげでイスパニヤやポルテキズの勢力圏とされた新発見地には入植できないんだけれど、北米大陸だけはこの条約の適用外となっててアウルパ人が遠慮なく入植してくるから、こちらがその先を制して予防線を張っておかないとね。」
「イスパニヤやルスィヤを制してその征服を代行し、さらにはインギルテレやフランサの向こうを張って北米をも制圧する、と。両手で抱えきれるのかねぇ…。」
「ま、世界中を支配することは多分できないでしょうけれど、その準備はしておいてもいいと思うのよね、しないよりは。」
「以上かな?」
「最後にもう一つ。カーヌーニーはオスマン帝国史上最高の統治能力を持っていて、治世も一番長いのね。で、カーヌーニーの死後は並みの君主でもありがたいと思えるほどに無能な君主が続くし、イベント的に未曾有の国難に見舞われてしまうの。この国難を乗り切るにあたって、オスマン帝国の最大の弱点である多宗教構造を少しでも改善していって欲しいの。」
「改宗だね。」
「そう。ただ、手当たり次第に行うんじゃなくて、国内の一つの宗派を潰してく方向で。ペルス方面のシーア派とかをね。異文化の土地での改宗は、カーヌーニーといえども30%程度の成功率でしかないけれど、これが他の統治能力の低いスルタンだと10%くらいしかないから、ほとんどやるだけ無駄でしょ? だから手持ちの文化の改宗はとりあえず後世のスルタンたちに任せて、カーヌーニーには多宗教構造の改善を意識した改宗を行ってほしいの。」
「なるほど。でも、この改宗事業といい、スレイマニエ・ジャーミーといい、植民事業といい、お金がかかるねぇ。」
「うん。だから、インフレの懸念は二の次にして、必要なだけ国庫につぎ込んで。」
「本当にいいの?」
「いいに決まってるじゃない。他のスルタンじゃ、いくらお金があったってダメなんだから。」
「分かった。何とかやってみるよ。」


Suleyman demands the keys to Hungary

「ほらね、カーヌーニーがマジャリスタンを恫喝して(1520年9月25日)、一気に中核州化したでしょ。」
「ほんとだ、2日しか経ってないね。それにしても、やっぱりカーヌーニー時代のイベント文は気合入ってるねぇ。」
「詳述するのはいいんだけど、もうイスパニヤはないし、ハプスブルク家に対抗するためにオスマン帝国が誼を通じようとするはずのフランサとヴェネディクは現在戦争中、と。詳述したおかげでかえって突っ込まれちゃうね。」
「でもまあ、おかげでフランサとはしばらく戦わなくて済みそうだね。ヴェネディクとの戦いはお預けを食らっちゃう形だけれど。」
「それにしても、ハプスブルク家がマジャリスタン王位を狙ってたのは分かるけれど、それがイスタンブル征服のためだった、なんて本当なの?」
「いやいや、ハプスブルク家がマジャリスタン全域を押さえればイスタンブルが攻撃されやすくなる、とは書いてあるけれど、イスタンブル征服のためにマジャリスタン王位を狙った、とは読めないでしょ。あくまで狙いはマジャリスタンの支配よ。きっと、ヴィヤナを守るためにね。まあ、オスマン帝国から見れば、そういう見方をしても無理ないわけだけど。でもどちらかと言えば、イスパニヤとアウストゥリヤが合邦している限りは、確かに国力は盛んだけれど、オスマン帝国を滅ぼそうという意図は低下したんじゃないかしら。オスマン帝国がイスパニヤを征服しようとはしなかったようにね、イスパニヤは遠すぎるもの。」
「わたしたちはやっちゃったけどね。」


Lajos insults Suleyman

「やっぱりすぐに拒絶してきたね。」
「ちなみにゲーム上ではマジャリスタン王はどういう決断を迫られてたの?」
「属国化の要求という形で、断ればいまみたいにオスマン帝国との友好関係を下げる、といっても元々最悪の関係だから変わらないんだけど、それかオスマン帝国の属国になるか、という決断。」
「それは蹴るよねぇ。受けても何もいいことないんだし。」
「まあ、受けられちゃうとキリスト教徒のまま属国になってしまうわけで、こっちも手出しできなくなるから困っちゃうんだけどね。」
「でもこのラヨシュっていうマジャリスタン王、少年王って言うけど、勇気あるよね。いくつだったんだろ。」
「知らない。宦官長、調べてきて。」

「姫さま、マジャリスタン王ラヨシュ2世は、西暦で1506年の生まれとのこと。ちなみに彼は6年後のモハーチの戦いで戦死いたします。」
「ありがとう。そういうことらしいわよ。」
「14歳か。わたしより年下だ、参っちゃうな。20歳で戦場で命を散らした若き王…、みんながその早すぎる死を悼んだんだろうね。早く死ぬと得だ。」
「まあ、いくら惜しまれても死んじゃっちゃあ本人には分からないと思うけど。」
「それに、彼に嫡子がいなかったから、オスマン帝国・アウストゥリヤ両国がそれぞれ後継者を立てることでマジャリスタンが永く戦乱に巻き込まれることになったわけだし。老醜をさらす前、といってもさすがに早すぎたわよね。」
「本当だね。十分楽しむ前に死んじゃうんじゃ生まれてきた甲斐がないものね。」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど。」

「さてと、じゃあマジャリスタンに攻め込むとして、どこに宣戦すればいいのか。マジャリスタンの同盟国は…と、ボヘミヤ、シエナ、イスウィチレ İsviçre (スイス)、ロドスか。ロドスに通行許可を返してせんせんするしかなさそうだね。というわけで、返還、と(1520年9月30日)。」
「来月に攻め込むの?」
「とりあえず安定度が回復してからにしようかな、って思ってるんだけど。マジャリスタン以外の他の国の兵器はわたしたちのと同レベルだからね。」
「もう火器の優位は終わっちゃったのか、残念。」


インギルテレとの通商条約

「お、インギルテレから通商条約締結の申し出(1521年6月15日)。ねえ、ロンドラ Londra (ロンドン)にはいずれ貿易センターが立つよね?」
「もちろん。インギルテレならヒンドゥスタンのベンガルや北米植民地、他にもいくつかの貿易センターを得るはずよ。」
「じゃあ調印しようかな。なんの恩恵も与えないけどね。」
「これって、インギルテレ側から見るとレヴァント会社の設立、ってことだよね。インギルテレは天敵のイスパニヤもいないし、国家統一も果たしてるからか、展開が早いね。」


Mamluk Uprising

「あた。ムスルで大規模な叛乱か…(1521年9月30日)。そう言えば、セリム1世が死んで若いスルタン・スレイマン1世が即位したことで、ムスル総督がこれを侮って叛乱したんだっけ…。」
「まあムスルはそれまでオスマン帝国を圧倒する大国だったんだから、これを元手に自分の実力を試して見たくなるのも分かるけどね。それくらいの野心家でなければ第三宰相までは登りつめていないでしょうし。」
「この未曾有の叛乱をあっという間に鎮圧して、カーヌーニーの学友イブラヒムが頭角を現すんだよね、確か。イブラヒムもカーヌーニーの学友なくらいだから若かったんだろうけど、よく一軍を率いて困難な作戦を成功させたよね。カーヌーニーも親友を信じてそんな困難な作戦を任せたりして、なんだかこの2人って萌えなくない?」


ムスルの叛徒たち

「うちにもそういう人材がいればねぇ。やれやれ、叛徒たちの数は…と、おお、兵隊がすでに配置されている!?」
「チャウラが置いておいたの?」
「はい、わたしもそんなエピソードがあったような気がしたので。なかなか起こらないから、無駄だったかな、とも思ったんですが…。」
「偉い、偉すぎる。わたしのイブラヒム。細かいところによく気がついて、きっといいお嫁さんになるよ。」
「いえ、そんな…。」
「というか、あなたは兵隊がどこに配置してあるか最初に確認してなかったの?」
「え、いや、それは…。」
「これって、いまのオスマン帝国軍のほとんど全部だよね。」
「まあ、これで心置きなく外征に専心できるようになってよかった、よかった。」


1522年の対仏戦争

「おっと、もうすぐで安定度が上がりきるのにフランサからの宣戦(1522年2月14日)。」
「また、ずいぶん久しぶりだね。」
「これのせいじゃないかしら、フランサはこの前までヴェネディクと戦争しててユナニスタン Yunanistan (ヘラス)州を奪ってるから。」
「またなんでそんなところを…。」
「フランサの盟邦はストラズブルグとモデナか。フランサからユナニスタン州を奪えばいいだけだから、とりあえず放置かな。」
「他に何かするの?」


1522年のロドスへの宣戦

「先にこっちを片付けないと。というわけで、ロドスに宣戦(1522年3月29日)。マジャリスタン遠征を開始しまーす。」
「なぜ、いま?」
「だって安定度が回復したら宣戦しようって決めてたから。」
「いや…、それは何事も起きなかったら、の話でしょ。こうしてフランサが宣戦してきてるわけだし。」
「でも早くしないとマジャリスタン分割のイベントが起きちゃうんでしょ? それがいつだかは知らないけど、モハーチの戦いの1526年からはそう離れないよね。」
「じゃあ安定度の回復を待たずにさっさと宣戦しておけばよかったじゃない。」
「それはさっきも言ったでしょう、彼我の陸軍技術が同レベルなんだから万全を期したい、って。」
「フランサは不安要因じゃないの?」
「フランサは海軍持ってるんだから、こっちの艦隊で小突き回してやれば大丈夫だよ、きっと。」
「な、なるほど…? う〜ん、なんだか納得いかないけれど、とりあえずはカーヌーニーのお手並み拝見、といくことにするか。」
「まあじっくり見ててちょうだいよ。」


Reformation

「また宗教改革。」
「今度はカルヴァンによる宗教改革ね(1522年5月7日)。わたしたちにはほとんど関係ないけれど、フランサが彼らの一派、ユグノーによって分裂してくれるから、それは助かるわよね。」
「この前のルターの改革と今度のカルヴァンの改革って、何が違うの?」
「また面倒な…。簡単に言うと、ルターっていうアルマンヤ人はローマの聖職者…、っていうのはキリスト教の神官ね、が聖書を自分たちの都合のいいように解釈してアルマンヤの民衆を食い物にしてるのに腹を立ててね、聖職者なんかいなくても聖書なんか自分たちで読めるじゃん、って主張したのよ。ちょうどこの頃にアルマンヤで印刷術が発明されて、聖書が安く買えるようになったしね。」
「聖書なんか誰でも読める…、ってほんと? 一般民衆は読めないでしょう。」
「そうだね。だから基本的に、字が読めて聖書が買える貴族たちが、聖職者たちに脅かされないで済むなら、ってことでルターに傾倒したわけ。当時のアウルパの民衆は領主と同じ信仰を持つべきだと考えられていたから、民衆もお殿さまに倣ってルター派になる、と。」
「でも、堕落したローマの聖職者たちが聖書を都合よく解釈したとして、ルターはともかく、そんなよこしまな貴族たちがちゃんと聖書を解釈できたの?」
「さすがにそれは、牧師っていう聖書に詳しい人があまり詳しくない人たちを教え導くようになってるんだけどね。イマームみたいなものね。でもまあ、ルターっていう個人がある時代に、これはいい教え、これはよくない教え、って選別してしまったから、後から見るとどうなの? ってことになっちゃたんだよね。聖書っていうのは難しい本だから、字面だけ追うとあちこち矛盾に満ちてるんだけど、聖霊によって書かれたものだから間違いじゃあなくて、その矛盾に意味があるわけなんだよね。そういうわけで、部分的に見てここが間違い、あそこが説明不足、なんて言わないで、そういうところも聖書全体をトータルにみて考えましょうよ、っていうのが改革派の主張するところなのよ。それにあるときにそういう解釈をしたけれど、それはいまとなっては不適当です、と時代時代に応じた解釈を認めるところがこれまでのキリスト教とは違うね。」
「じゃあ、改革派っていうのはルター派を改良したものなんだね。」
「まあ、改良とも言えるし、より急進的になったとも言えるし。改革派の教えでやっぱり一番特徴的なのは、予定説だよね。これは救われる人と救われない人は予め決まってて、人間が善行を積んだりしてその予定を立てた神さまの意思を変えることはできない、っていう考え方でね。」
「あらら、ずいぶんいじけちゃったね。」
「逆、逆。自分が救われる人間か救われる人間でないか、どっちかだとしたら、どっちだと思う? 救われると予定された人はもう最初から罪を犯さないし、仮に現世の法で裁かれても神さまは救ってくれるとされてるわけね。たいていの人は自分を善人だとは胸を張れないまでも、悪人だとは思わないでしょう? だからどっちかならばと、改革派の人たちは自分たちは救われるべき選ばれた人間だ、と信じるわけ。」
「それもうっとうしいね。」
「まあね。とりあえず神学的な内容はともかく結果的に改革派が重要になったのは、金儲けを容認した面の方が大きいのかな。いままで貧しき者は幸いって言うからあんまり金儲けも大っぴらにできなかったけど、予定説に立つならば、金儲けできる仕事に就いているのも、それで金持ちになるのも、みんな神さまの思し召し、ってことになるでしょ。だから、さっきルター派は貴族に支持されたって言ったけど、この予定説は金持ちになりたい市民に歓迎されたのよ。」
「でもそれだと、金持ちになる人はいいけど、貧乏になる人は救われないね。」
「う〜ん、現世で貧乏になっても天国に行く人は行く、ってことなんだけど、確かにつまんないよね。金持ちも天国に行くんじゃあ。そういうところでカトリックや正教会は予定説を異端としてるんだろうねぇ。さすがにルター派も改革派も議論から離れて社会に適用されるようになったら丸くなったと思うんだけど。まあ、なにせキリスト教のことだから本から離れて実際のことは分かんないな、ごめんね。」


The gold mines are seriously depleted

「あわわ…、プエルトリコの金山の生産量が深刻な落ち込みを見せている、って(1523年1月16日)。」
「ついこの前じゃなかったっけ、金山が発見された、ってニュース。」
「金山とかの発見と衰退の年代は基本的に史実に合わせてあるのよ。史実だとイスパニヤが15世紀末から16世紀前半にかけて発見していって、手当たり次第に掘り漁ってすぐに掘り尽くしてしまうんだけど、わたしたちオスマン帝国が入植しようとするとどうしてももう少し遅くなっちゃうから、発見したらすぐに減産、ってことになっちゃうのよね。」
「なんとかならないの?」
「それは…、最初からそんなイベントは無かったものと思って腹を括るか、どこで金が取れるか目星をつけて、どこよりも先にそこに入植するか占領するか、ね。」
「そんなもの、どうやって目星をつければいいのよ。」
「まあ、 AGCEEP_Global_Mines.eueを読むか、 貴金属を産する土地はそんなに多くないんだから、とりあえずそこに入植するか占領していけばいいんじゃない。ポトシ銀山とかオウロ・プレット金山のあるミナスジェライスとか、有名なところはもちろん世界最高の産出量になってるけどね。」
「じゃあトランスバールなんかもそうだね。」
「一応ジンバブエの奥に金山があったけど、どうだったかなぁ…。」
「まあどの道、金山を全部取るつもりならどこかよく出ようが関係ないか。」
「そうね、その心意気でお願い。」


マジャリスタンでの戦闘

「さて、マジャリスタン全土を制圧したけれど(1523年5月14日)、どうする? 敵からの講和使節を待つ? ボヘミヤ兵は避けてたこともあっていまだに健在で、ずいぶん前から勝利点99%を獲得してたんだけど、一向に講和使節が来ないよ。」
「マジャリスタンにしてみればここが正念場だからね。こちらから申し込む場合には半分の50%未満の土地しか獲れないけれど、まあ仕方ないんじゃない? 一応、80%相当の土地を要求しても“妥当な要求”なんだけど、マジャリスタンは必ず拒絶して国民の失望を買うから、腹が立つなら外交官が余ってるだけマジャリスタンの安定度を下げてやってもいいんじゃない。」
「フランサとも戦ってるし、そんな暇はないかな。で、50%未満相当ってことだけど、どこを獲ればいい? さっきマジャリスタン三分の計がどうとか言ってたけど。」
「そうねぇ。まずマジャリスタン三分の計が成った後、マジャリスタン王の後継者たるエルデル侯は当然エルデルを獲るわけだから、あらかじめここはわたしたちのものにしちゃいましょうか。逆に、レヒスタン Lehistan (ポーランド)と接しないようにエステルゴン Estergon (エステルゴム/マジャール)とルテニアは避ける、と。それとマジャリスタンはヴェネディクからイストリアを奪ったみたいだけど、ここを孤立させれば叛乱するかもしれないし、そうでなくてもヴェネディクとの火種になるだろうから、イストリアは奪わずにフルワティスタン Hırvatistan (クロアチア)とクレインを奪う、と。あとは陸接した州を可能な限り獲ればいいんじゃない?」
「じゃあ、あとテメシュヴァル Temeşvar (ティミショアラ/バナト)とエウリ Eğri (エゲル/マロシュ)を足して48%だから、こんなもので送ってみるよ。お、受けた(1523年5月14日)。それにしても半分しか獲れないのか…。先が思いやられるな。」
「次でもう半分獲って、その次に併合して、それで終わりじゃない。」
「それもそうだね。」


防戦

「斬っても斬ってもフランサ兵が次々と向かってくる…、もう殺したくないのに。」
「ルスィヨン州のペルピニャ城は堅固な山城で、格好の出城のはずなんだけどね…、相手が悪かった。」
「このフランサ兵たち、東からやってくるけどどこから沸いてるのかねぇ…。」
「フランサ、世界でも屈指の豊かな州が連なり、すべてがフランサ文化で、いまのところすべてがカトリック。イスパニヤ無きいま、文句なくアウルパ一の強国ね。東から兵士たちがやってくるのは、フランサの中央部が山岳で、西部は河川や森が多いから、進みやすい東のローヌ川沿いを南下してくるからであって、たぶん兵士たちは国中で徴発されてるんだと思うけど。」
「やっぱり対マジャリスタン戦から引き上げた兵士たちはエンデュリュス方面じゃなくて、北仏に上陸させて、未編成の部隊を襲わせることで戦勝点を稼ぐしかないか。毎度の戦法だけどね。」


パリの掠奪

「結局のところ、10%の価値しかないユナニスタンがもらえればそれでいいんだからって、何度も講和使節を送ってるのに、ぜんぜんダメだ。いよいよカーヌーニー御自らパリを占拠するしかないねぇ。」

「というわけで、ようやくパリを陥落させたんだけど(1524年8月26日)。」
「こうやって思いついてから1年程度でパリを陥落させられるのもいまのうちね。」
「いまでも厳しかったよ。小癪にも騎兵の集中運用をやってて、何度も退却させられたもの。おかげで戦勝点的にはパリを陥落させたのにまだ36%。」
「いまのうちに奪えるものはみんな奪っちゃおう。」
「まあ、期待したほど新大陸の地図は奪えなかったけどね。残念なんだか、安心なんだか複雑な気持ち。」
「で、講和は?」
「そうそう。首尾一貫でユナニスタンを要求、と。さすがに応じてくれたわ。フランサのおかげでオスマン軍も甚大な損害を蒙っちゃった。しばらくは兵を養わないと。」


1526年のメクスィカ

「さて、兵力も回復したし、次は何をしようかな。」
「暇ならメクスィカ経略に着手したら? せっかくチャウラが調査してくれたんだし。」
「そうだね。ではメクスィカの状況は、と。アステカとサポテクは戦争中か。きれいに東西に分かれて、両者の実力は伯仲して決着がつかない、というところかな。」
「いや…、これはだいぶサポテクが押してるわね。メクスィカの金山4つ中3つを奪ってるし、アステカの北の方と南の方はただの植民地だから、アステカはあと2〜3戦したら滅んじゃうかも。」
「そうなんだ。メクスィカに上陸するとして、どちらかからの通行許可は維持したまま、片方を滅ぼして、こんどはその新征服地を足がかりにもう片方を滅ぼすのが一番間違いないと思うんだけど、さてまずは、弱きを助けて強きを挫くか、それとも弱りきっている側を保護するために併合するか。」
「どうせどっちも征服するくせに。」
「まあね。メルテムはどっちがいいと思う?」
「そうだね、弱ってる方から先に片付けた方が橋頭堡を築きやすいし、その弱いアステカの方が大西洋に面してるんだから、増援を載せた船が入港できるようにするためにも先にアステカを攻撃した方がいいんじゃない。」


サポテクへの宣戦

「増援か…。増援を考えるんなら、相手は遠いし偶像崇拝の国なんだから、征服時の敵兵士の接収の方が期待できるんじゃないかしら。」
「ああ、そう言えばそんなことができるんだったね。」
「そんなにサポテクが押してるなら、アステカを征服してもたいして兵士は増えないだろうけれど、サポテクならば失った兵士を補填するだけの兵士が増えるでしょ。サポテクにも大西洋側に港は1つあるし。決めた、まずは弱きを助けて強きを挫こう。というわけで、サポテクに通行許可を返還、と(1525年2月4日)。で、安定度が回復するのを待って、軍団をアステカの領土に配置しておこう。」

「じゃあ準備完了ということで、サポテクに宣戦するよ(1526年4月1日)。」
「どれだけの兵士を送ったの?」
「3軍団で50,000人ほど。1軍団につき2州の割当ならそんなに厳しくはないでしょ。」


サポテクの併合

「というわけで、サポテク領のすべてを占領したから、併合するね。」
「速っ! まだ3ヶ月経ってないよ。」
「さすがにもう火器も馬もない新大陸の国家じゃ戦いにならなくなってるわね。」


1526年7月12日、サポテク国家、滅亡。

「最大の打撃は安定度だねぇ。通行許可返還で-1、宣戦で-2の上、獲得した偶像崇拝者たちが多数派の領土のおかげでさらに安定度の回復速度が鈍化する、と。敵味方に多大な損害を強いて、果たして本当に儲かってるのかしら。不安…。」
「うちが征服しないならインギルテレかフランサが征服するだけよ。損害のことよりも、せっかく得た領土と人民をどう統治するかに頭を悩ませなくちゃね。」
「ふむぅ。まあ、さっきオズレムが言ってたみたいにカーヌーニーほど改宗事業を効率的に進められるスルタンは他にいないんなら、それをやる前に改宗すべき領土を得なくちゃダメか。」
「そういえば、結局どれだけのサポテク兵を帰順させられたの?」
「25,000人程度だね。こっちが失ったのが15,000人程度だから、かなりの黒字と言うべきなのかな。これだけあれば、アステカを攻めるのに増援はいらないね。もう通行許可を返還しておこう(1526年7月17日)。」


The value of gold and silver

「『金と銀の価値』…? なにやら謎のイベントがサルティーヨ(1526年7月29日)、ハリスコ(同年8月3日)、ミチョアカン(同年8月26日)と、新征服地で次々と。」
「謎だなんて大げさな。あんたが理解できなかっただけでしょ、貸してみて…、確かに謎だわ。」
「待て待て。整理して考えてみましょう。まず、新大陸で金銀が貨幣として通用するようになった、ってことだけど、つまりそれまでも新大陸には商品の流通はあったけど、金貨や銀貨はなかったってことじゃない? そういえばわたしも実家にいた頃は貨幣とか見たことなかったし。」
「うは、田舎。」
「あの…、じゃあどうされてたのですか?」
「小麦粉とか薪とかタバコとか、傷まず量が変えやすいものとで欲しいものを交換してもらうんだけど…、みんなのところはそうじゃなかったの? そう、か。とりあえずメルテムはバカにしながらも知ってたみたいね。」
「知らない知らない。」
「なるほど、それまで新大陸の人たちにとって金や銀はお金じゃなくてただの装飾品だったわけね。それがお金として通用するようになったものだから、みんなよりいっそう欲しがるようになるし、金山を掘るのにも気合が入る、というわけね。」
「じゃあそこまではいいけれど、最後の統治者の言葉と思われる『そうか…』は? なんで悲しそうなの?」
「あ、わたしは関心がないのかと思った。」
「語尾を上げると威厳がなくなると気付いて、急に何気なく振舞って失敗したとか。」
「計画が上手くいって静かな自信に満ちているのでは。」
「でも別にこの人が何かしたわけではないし。わたしが思うにはね、彼はきっと新大陸に理想郷を見出していたのよ。自分も故郷では何かに躓いて新大陸に左遷されたりして不遇を囲ってんじゃない? それで、母国の社会が文明化を誇りながらその実は堕落しているさまに失望しているとき、新大陸の社会の未開かもしれないけれど穢れのない純粋さに慰められる。ところが自分たちが来てしまったために彼らが堕落の最たるお金を知ってしまった。彼はそれが悲しいんだよ。」
「う〜ん、それが一番よく関連付けられてるし、それでいいんじゃない。」
「くっ…。まあ、仕方ない。詩人の心は詩人のみが知る、だ。」


アステカへの宣戦

「では、通行許可返還から1ヶ月経ったんで、アステカに宣戦(1526年8月17日)。」
「珍しく機敏ね。」
「これで安定度-3だからね。きっとフランサ辺りが休戦期間切れと同時に宣戦してくるな、って思って。」
「そうね、征服自体は一瞬で終わっちゃうんだから、逡巡するよりぱぱっと片付けて帰っちゃう方がいいわよね。」
「何と言ってもね、ずっと新大陸の方ばっかり見てると本国の方で何が起こってるのか分からなくなっちゃのよ。」
「そんなのちょくちょく確認すれば済む、なんて言うけれど、実際のところ本当にそうね。」


The Habsburg Inheritance of Bohemia

「ボヘミヤがアウストゥリヤの属国になったって…(1526年8月23日)。」
「え? あのボヘミヤが? この前まであんなに元気だったのに…。」
「これはイベントよ。先代のマジャリスタン王ウラースロー2世がボヘミヤ王位をも継承したことでマジャリスタンとボヘミヤは1人の君主を仰ぐようになってたんだけど、モハーチの戦いでラヨシュ2世が死んだことで、空いたボヘミヤ王位をハプスブルク家が継いだ、ということのようね。」
「肝心のモハーチの戦いのイベントはないんだね。」
「まあないんだけど、マジャリスタンにはさっき大勝利したんだから、その中の戦いのどれかがモハーチの戦いだと思っておけばいいじゃない。」
「で、ハプスブルク家はボヘミヤ王位だけを継承したの? マジャリスタンの王位は?」
「ああ、その件に関しては2枚目に入ってるわよ。」


The Turks Respond

「2枚目? ああ、本当だ。」
「もちろんハプスブルク家はマジャリスタン王位の継承も主張したんだけれど、そこまでやったらオスマン帝国が黙っちゃいない、というわけね。」
「で、どうするの? 安定度+5はのどから手が出るほど欲しいんだけど、マジャリスタンを属国化すると併合できなくなるから困るよね?」
「ちなみに、アウストゥリヤ王フェルディナントにマジャリスタンを取らせる、って選択するとどうなるの?」
「安定度が4下がる、っていうのはいま安定度-3だからどうでもいいけれど、10年間にわたって叛乱が5%も起きやすくなっちゃうのに、得られるのはアウストゥリヤとマジャリスタンからの友好度だけ。」
「厳しい…、厳しすぎる。」
「どっちを選択してもアウストゥリヤで『我らがマジャリスタン』っていうイベントが起こるらしいけれど、これはどういうもの?」


マジャリスタン王の臣従

「これあるが故に、マジャリスタンを属国化しても大丈夫なのよ。このイベントでアウストゥリヤはマジャリスタンに宣戦しなくちゃいけなくなるの。もちろん、うちは巻き込まれない。」
「あ、分かった。マジャリスタンにある中核州をアウストゥリヤに預けておくんだね。」
「そういうこと。マジャリスタンに残る都を除く5州をアウストゥリヤがすべて奪いきってくれればいいんだけどね。」
「こうなると、イストリアを分けておいたのは失敗だったかな。」
「まあ、そこまでは読めないわよ。」


1526年8月23日、マジャリスタン王、臣従。

「そういえば、マジャリスタン三分の計とか何とか言ってなかったっけ? ぜんぜんそうならなかったけど…。」
「ごめんごめん、それはもうちょっと先で、オスマン帝国が立てたマジャリスタン王、ヤーノシュ・サポヤイが死んだときの話だったみたい。混同しちゃった。」


アステカの併合

「はい、これでアステカ領もすべて占領。併合しちゃうね。」
「さっきより時間かかったんじゃない?」
「ん、今回は5ヶ月。南の方がコスタリカまで拡大してたから。でもこういう植民途上の州が得られると嬉しいよね。」
「そこは早めに植民地化を完了して徴兵できるようにしておいた方がいいかもね。いま新大陸で徴兵できるところ、ないでしょ?」
「本当だ…、1つもないよ。」
「そういうわけで徴兵が大変だから、新大陸には1軍団とそれを輸送できるだけの艦隊は置いておくんだろうけど、本国の軍団よりは少し大目に組んでおくといいわよ。」
「ま、交易センターに金山4つ得たんだから、それくらいは配備しましょうか。」


1527年1月27日、アステカ帝国、滅亡。

「さてと、新大陸から兵士たちを引き揚げてきたものの、何をしたものか…。あーっ! マグリプの懸案を忘れてた。」
「マグリプの懸案?」
「去年の1月に、ついにファス Fas (モロッコ)がトゥヌス Tunus (チュニジア)、トレムサンの連合に加盟したの。西アフリカの偶像崇拝者たちを信仰の道に導くには、いまのところこれらのマグリプ諸国が邪魔なのよ。トゥヌス、トレムサンは中核州だから何とかなるけど、ファスをどうしたものかなぁ、って思ってね。焦ってトゥヌスとトレムサンを征服してたら、きっとファスは孤立しちゃうだろうし、そうなってから属国化できるほど小国じゃないし。」
「だから戦争で属国化してしまおうというわけね。なるほど。で、3国すべてから通行許可をもらってるけど、やっぱり宣戦するならトゥヌスよね。」
「もちろん。トレムサンは山がちだし、ファスは広大だからね。というわけで、トゥヌスに通行許可を返還(1528年1月30日)。西地中海に兵力を展開し次第、作戦を開始しよう。」


トゥヌスへの宣戦

「西地中海に5個軍団、約80,000の兵を展開、と。」
「いつの間にか1作戦に動員できる兵力が立派になったよね。ファーティヒの頃なんか2個半くらいで押してたのに。」
「ほんとだねぇ。では、トゥヌスに宣戦(1528年10月12日)。」
「ところで、宣戦した直後で悪逆非道点は何点?」
「んー、33.8点。」
「あれ? ぜんぜん増えてない?」
「カーヌーニーは外交能力も高いからね。6年で1点ずつくらい悪逆非道点が減ってくのよ。」
「つまりこのゲーム、君主の能力が高いときは何でもできるし、低いときは何にもできない、っていうわけだね。」
「カードだって同じじゃない。ツイてないときはツキが周ってくるまでじっと我慢するしかないでしょ。」
「カーヌーニーが死んじゃうと、最後までツキが周ってこない、なんてことにはならないよね?」
「まあ、もう大勝ちはできないけれど、ぼちぼちってときは結構あるから、そんなに心配しなくても大丈夫。」


「1529年の内政改革も保守傾向を高めるってことで。」

「さてまずはトゥヌスを征服し尽くしたけれど、属国化できないよ?」
「え? ああ、トゥヌスはすでにトレムサンあたりの属国になってるんじゃない?」
「あ、なってる…。」
「だからトレムサンを滅ぼさない限り、トゥヌスはほぼ属国化できないわよ。」
「ほぼ?」
「同宗で隣国同士で中核州を侵してない二国間の主従関係が破綻することはほとんどありえないってこと。」
「やれやれ仕方ない、カビル地方と通行許可、併せて戦勝点30%分で講和しましょ(1529年2月28日)。お金もまったく持ってないしね。」


ファス王の臣従

「やれやれ、やっと終わった。」
「どっちが?」
「ん、ほぼ同時。ファスは7月6日にイジル Idjil [Tassaret に相当]を確保して、トレムサンは7月8日に都を落として、征服完了。ファスは大西洋に面してるから展開は楽だったんだけど、イジルとかタガーザー Taghaza [Mdennan に相当]とか城郭都市がない州があって、敵の騎兵に奪回されるのを防ぐためにあえて死兵を作らなくちゃいけないおかげで苦労したわ。」
「まあ、イジルもタガーザーもファスが植民してくれたんだから、感謝しなくちゃ。ファスはサハラの空白地に面してるおかげで植民者が得やすいのよね。きっと海軍傾向も高いんだろうし、なんと言っても海賊の根拠地だから。」
「じゃあ、属国化しないでもう少し植民させた方がいい?」
「え、そんな必要はないんじゃない? もううちの領土だけどかつてソンガイが植民してくれたアラウアネ Araouane [Azouad に相当]と合わせて西アフリカへの橋渡しは出来てるわけだし。」
「じゃあ、ファスには属国化要求で。それとトレムサンは…、あ、ワフラン Wahran (オラン)、ジェザイリ・ガルプ Cezayir-i Garb (アルジェ)、ビスクラの3州で34%。3州奪って属国化はできないのか、どうしよう。」
「トレムサンも1州だけなら外交的に屈服させられるでしょ。でも、トゥヌスとの同盟が切れるときをよく見ておかないとね。」 「面倒だけど仕方ないか。それにしても、ファスもトレムセンも1パラも持ち合わせてないとはね。来たるべき100,000フローリン、集められるかちょっと心配になってきた。」


1529年7月8日、ファス王、臣従。

「あの…、マグリプ平定おめでとうございます。」
「え、あ、ありがとう。」
「それでその、水を差しちゃうようなんですが、ヴェネディク領ヴィヤナがアウストゥリヤに奪われそうだから、早急に手を打った方がいいかな、って…。」
「え? 本当?」
「はい。今年の1月にバヴィエラ Bavyera (バイエルン)、ブルゴニヤ Burgonya (ブルゴーニュ)、フリースラント、プファルツを引き連れたアウストゥリヤが、ヴェネディク、ブランデンブルク、プロイセンを引き連れたレヒスタン Lehistan (ポーランド)と戦争状態に入りました。事の起こりはブルゴニヤがレヒスタンに宣戦したもののようですが、隣接している国だけで見るならば、アウストゥリヤ=バヴィエラ連合軍対ヴェネディクということになります。」
「ヴェネディク、大ピンチじゃない。」
「はい。」
「ヴェネディクがピンチだから救いにいこう、っていうんじゃなくて、奪られる前に奪っっちゃおう、っていう非道な話なのに、すらすら繋がってる…。」
「幸いレヒスタンがカルパティアを押さえてるから、開戦理由はあるのか。よし、さっそく準備しよう。教えてくれて、ありがとね。」


1530年の対仏戦争

「フランサがストラズブルグとモデナを引き連れて宣戦してきたよ(1530年4月5日)。」
「くーっ、この忙しいときに。」
「どうするの?」
「無視するしかないでしょう。ヴィヤナがアウストゥリヤに奪われたら2度とわたしたちのものにならない、って言ったのオズレムじゃない。」
「その通り。がんばれ。フランサはこの前のユナニスタン連続要求が奏功していまだに安定度どん底だから、そんなに勢いはないわよ。」
「だったら大人しくしてればいいのにね。」
「きっと、うちもあまり安定してないからだ。偶像崇拝者の国々をことごとく平定したのはいいけれど、安定度回復がすっごい時間かかるようになったよ…。」


1530年の中欧

「さてと、肝心の中部アウルパの状況はどうなったかな、と…。うわ、アウストゥリヤがヴィヤナより東にすごい領土取ってる。マジャリスタンが大敗しちゃったのか。」
「ん〜と…、記録では、マジャリスタンがアウストゥリヤに割譲したのは1528年10月の講和でのエステルゴン Estergon (エステルゴム。Magyar 地方の都市)だけだね。」
「ヤニク Yanik (ジェール。エーデンブルクと並び立つ都市)とスロバキヤ Slovakya (スロバキア。プレスブルクに都する地方)はマジャリスタン領だったと思ったけど。」
「さっきの“モハーチの戦い”のイベントで、アウストゥリヤがマジャリスタンの王位継承を主張したことで、その2州は自動的にアウストゥリヤのものとなるのよね。ちなみにその北のシレジヤ Silezya (シュレジェン)とモラヴィヤ Moravya (モラヴィア)はボヘミヤの王位継承を主張したことで獲得するの。」
「ずるいな、アウストゥリヤ。そういえばマジャリスタンはうちがわざと残したイストリアも持ってたはずじゃない?」
「ええと、それは1527年10月にヴェネディクに割譲してる。ヴェネディクとの戦争は…、 1525年10月にレヒスタンがマジャリスタンに宣戦したことに端を発した、レヒスタン率いるヴェネディク、ブランデンブルク、ボウダン Boğdan (モルダヴィア)、ザクセン、プロイセンと、マジャリスタン率いるボヘミヤ、ロドス、イスウィチレ İsviçre (イスウィチレ)との戦争がそれに当たる、と。」
「“モハーチの戦い”がなければ、レヒスタンとマジャリスタンの争覇戦を演じてたんだねぇ。でも、マジャリスタンがここまで劣勢に立たされてたんなら、アウストゥリヤもいっそ都を除くすべてのマジャリスタン領を奪っちゃえばよかったのにね。」
「ですが、ルテニアが依然マジャリスタン領であるおかげで、レヒスタンの干渉を気にすることなく対ヴェネディク戦に専心できるかと…。」
「うちも計画してたわけじゃないから、万全の兵力じゃないものね、確かに。」
「でもまあ、この情勢、ヴィヤナが東西アウストゥリヤ領をつなぐ橋になってるわけで、アウストゥリヤとしては絶対欲しいところよね。そこを押さえるっていうのは、大きな一手だと思うんだけど。」
「ここまであからさまだと誰でもそう思うとは思うけどね。」


レヒスタンへの宣戦

「じゃあヴェネディクの国境沿いに兵力展開をし終えたから、レヒスタンに宣戦するね(1530年8月25日)。結構いい時期に宣戦できたのかな。敵影なし、と。」
「ヴェネディク軍は本土とヴィヤナの防衛に戦力を集中してるみたいね。」
「安心して空き巣狙い?」
「それもするけれど、ここは一つ、ヴェネディク本土とヴィヤナを結ぶシュタイエルマルクをカーヌーニー直々に攻略してみようかと思うんだけど。」
「なんでまたわざわざ。」
「ヴェネディク軍がシュタイエルマルク奪還のためにここに兵を置けば、アウストゥリヤ軍の南進を防いで両軍の消耗が期待できるでしょ?」
「ヴェネディク軍がシュタイエルマルクを奪還しようとしなかったらどうするのよ。」
「そうしたら、そのままこちらがヴィヤナを奪うまで。というわけで、イェニチェリたち、グロッツ城に突撃!」
「アウルパで突撃はもう無理じゃない?」
「無理じゃない無理じゃない。長く戦乱に巻き込まれた地方の要塞は傷んでくるから。ほら成功した(1530年9月30日)。親衛隊はこのままイストリアに転進。」
「お、本当にヴェネディク軍がシュタイエルマルクに進出してきた。」
「あとはのんびり城攻めでね。別働隊のアルナヴトゥルク Arnavtuluk (アルバニア)方面軍、クブルス方面軍 Kıbrıs (キプロス)方面軍と合わせて、1年で3城ずつ落としていけば、3年で作戦終了というわけ。」
「皮算用してると痛い目見る気がする…。」


The gold mines are exhausted

「ふむ、ポルトリコ Porto Riko (プエルトリコ)で金鉱が枯渇、か(1531年1月23日)。」
「残念ね。」
「そう? むしろポルトリコで金が採れてたの? っていうくらい、存在感がなかったかけどね。」
「う〜ん、確かにそうかもね。20年程度のことなんだから、枯渇したときにがっくりするくらい収入が増えてても良かったのかもしれないわね。」
「でもそれって普通ならイスパニヤが獲っちゃうんじゃない?」
「あ、そうか。やっぱりいままで通りで。」


The 1531 Earthquake of Lisbon

「リズボンで大震災発生!(1531年1月26日)」
「本当!? なんだ、5,000人人口が減るだけのことか。」
「まあ実際に5,000人も死んだら大変なことだけど。このゲームではあまり意味はないわね。」
「いっそ、100,000人くらい死んでくれたら改宗が楽なのに。」
「こらこら、そういうことは思っても言わない。」
「それにしても、リズボンも地震が多いんだねぇ。知らなかったよ。」
「そう言えば、イスタンブルでの地震や大火や疫病のイベントってないね。」
「神さまに特別に愛されているこの街ではそんな災厄は起きないからね。」
「あらら、そんな言い方。20年くらい前も大地震とそれに伴う火災でベイオウル Beyoğlu (ペラ/イスタンブル新市街)が焼け野原になったばかりだっていうのに…。」


1531年の対仏講和

「あ、フランサがようやくルスィヨン地方を征圧した(1531年4月9日)。ねえねえみんな、ルスィヨンのペルピニャ城もフランサ軍の度重なる攻撃で破壊されちゃったし、ここはルスィヨン地方を割譲することでフランサと講和したいんだけど、いいかな?」
「んー、それはカーヌーニーの判断だから異論はないんだけれど。」
「でもここでルスィヨンという切り札を使ってしまったら、もう対仏戦で後には引けないですね…。」
「そう、そこなのよ。ルスィヨンは要塞が無くなったということで、フランサに取らせるならば要塞を建て直してくれるならお金かからなくていいし、建て直さないなら戦争で楽できるし。元々、フランサ領の四方八方から攻められるのが嫌な土地で、カトリックで、収入低いで、いいところなんか全然ないんだよね。」
「じゃあ、悩むことないじゃん。あげちゃえば。悪逆非道点も1点下がるし。」
「でも、フランサはまた何年後かに宣戦してくるし、そのときにはヘローナもカンタブリアも割譲はできないから。」
「なんで?」
「カンタブリアが取られちゃったらエンデュリュス北部全域がフランサ軍の攻撃を受けるし、ヘローナはオズレムが言うにはカタロニヤになっちゃう危険性があるから。」
「なるほど。でもどうして負けることばっかり考えるかな。」
「もう前みたいに片手間でフランサ本土の城を陥落させてくるなんて、とてもできないんだよ。要塞は強固になってるし、騎兵の大部隊が国内をうろついてるし。かといってフランサ軍の正面に立ちはだかるのは、」
「無理?」
「無理じゃないけど、バカバカしい。」
「あ、それは本当だ。」
「要は、フランサがオスマン帝国領エンデュリュスを奪った勝利点をどこかで補完できればいいんでしょ? 大丈夫よ。もうフランサも新大陸に植民を始めるでしょうから、無防備な植民地を次々占領できるはず。」
「それ…、こっちの植民地も同じ目にあうんじゃない?」
「うん、まあ。それが植民地戦争なんだけどね。でも本土と違ってどんどん兵隊が沸いて出るってことはないから、最初の植民地駐留軍同士の戦いに勝てばいいのよ。」
「そうか。まあ、ならルスィヨンはいまが食べ時、返し時、というわけだね。じゃ、講和するね(1531年4月9日)。」


Silver is discovered

「サカテカスで銀鉱が発見された(1533年3月11日)、って言うんだけど…、サカテカスってどこ?」
「メクスィカよ。」
「ん…、ないよ?」
「ようく見てみて。」
「あ、テノチティトランのところに小さくサカテカスって書いてある。テノチティトランがイスパニヤ人に征服されてサカテカスっていう名前になったの?」
「いいえ。それはメクスィカ市でしょ。サカテカスっていう街ないし地方が地図上のこの辺だから微修正が行われたのよ。」
「サカテカスなんて聞いたことないんだから、テノチティトランとかメクスィカとか有名な名前にしておけばいいのに。」
「残念ながらテノチティトランは地図上のこの辺りじゃなくて、もっと南なの。」
「どの辺?」
「この地図で言うと、アトリスコ地方かな…。アトリスコ市自体がメクスィカ市の南東にあるくらいだし。」
「ああ、サポテクの都とかぶっちゃうんだ。じゃあ、隣のトラクスカラをテノチティトランにしておけばよかったんじゃない?」
「トラクスカラはコルテスのメクスィカ征服行で重要な舞台になるから削るのが惜しまれたんじゃないかな。でもそんなこと言うんだったら、サカテカスがテノチティトランだって一向に構わないわけじゃない。アトリスコやトラクスカラに比べるとちょっと遠いけど。」
「それもそう、か? なんか言いくるめられたような…。」


ピリー・レイス提督戦死

「さてみなさん、大変なことが判明しました。」
「なんだなんだ。」
「ヴェネディクは島だったのです。」
「は?」
「あのね、イストリアを制圧し終えたからそのままヴェネディクに向かおうと思ったんだけど、これがいつまで経ってもたどり着かないのよ。なんでかな、って考えたら、これってイスタンブル海峡 Boğazı (ボスポラス海峡)の制海権が敵の手にあって渡れないときと同じなのよね。」
「なるほど。そういえば実際にヴェネディクは潟の上にあっておかげで何度も敵を撃退しているくらいだし、そういう設定なのかも。」
「ということで、わたしたちはアドリア海でヴェネディク海軍を駆逐しなければ、ヴェネディクを占領できない、ということになりました。」
「げ! そりゃ大変だ。海軍技術はどのくらいになってる?」
「うちは4。ヴェネディクは9。」
「ああ、惜しかったね。」
「もちろん数では圧倒してるんだけどね。沿岸での包囲支援に艦隊を置いてて、ヴェネディク海軍に決戦を挑まれたときは互角、いや互角以下かな…。」
「う〜ん、オスマン海軍っぽくはあるんだけどね。」
「まあ、勝てないことはないから、何度かやって、勝てたときにヴェネディクに上陸させるようにするよ。」

「あ…、ピリー・レイス提督、戦死しちゃった…(1533年6月4日)。」
「あんた何やってんのよ。」
「いや…、その、コルフ島攻略支援でアドリア海の入口にオスマン艦隊を置いておいたら、アドリア海からヴェネディクの小艦隊が出てきては潰されてくれるんで、これはいい、と思って、オスマン海軍のうち植民地駐留艦隊を除くすべてをここに配置してたんだけどね。まさか80隻の大艦隊対21隻の小艦隊の戦いで提督を失うとは…。」
「内容は?」
「オスマン艦隊が帆船36隻、ガレー船32隻、輸送船12隻。ヴェネディク艦隊が帆船1隻、ガレー船15隻、輸送船5隻。」
「ガレー船だけでも倍以上もいたのにね…。」
「でも何だって、あえてピリー・レイスを? 指揮値6以外は取り得がないはずでしょ? それこそ大陸間の輸送業務とか、彼にしかできない仕事があったのに。」
「ごめん…、あんまり気にしないで全部集めちゃったから…。」
「まあ、済んだことは仕方ないし、ピリー・レイス提督も総司令官として戦死したんだから本望だった、と思うことにしましょ。それにしても、ヴェネディク上陸は時間がかかりそうね。」


ヴェネディク落城

「英雄は危急のときに現れるから英雄なのか、英雄だから危急のときに現しうるのか。」
「クイズ?」
「ううん、答えはここに。バルバロス・ハイル=アッディーン提督のご登場です! みなさん拍手でお迎えください(1533年12月28日)。」
「おお、何と時機を得た。」
「これでヴェネディク海軍には勝ったも同然。コルフはまだ包囲中だけど、アドリア海の決戦に挑んでヴェネディク包囲を始めちゃおう。逃げられないようにアドリア海の出口にも10隻か20隻は置いておいた方がいいかな。」
「どうだろ? わたしなら初戦は全力で行くけど。」
「そうだよね、負けたらまた士気回復まで時間かかるしね。では、艦隊をヴェネディク沖に進軍。予想通り、ヴェネディク艦隊が迎撃に来る、と(1534年5月30日)。」
「どう?」
「運も味方したのか、圧勝。ヴェネディク艦隊を駆逐したわ(1534年6月18日)。やっと上陸できるよ。」

「ついにヴェネディクが陥落〜(1535年4月25日)。」
「おつかれさま。開戦から5年か、さすがに長かったわね。」
「ヴェネディクの地勢に対する認識不足が痛かったですよ。ほら、イストリアから駆逐されたヴェネディク軍24,000人が、オスマン艦隊が制海権握ってるおかげでまだヴェネディクに戻れないでいる。1年近くあのままだよ。」
「う〜ん、白旗上げてる軍隊はこっちでは操れないからねぇ。あれで敵地ならまったく何もできずに全滅にさせてしまうかもしれないわね。」
「でもこれって、他の海峡地帯でも起こりうるんだよね、気をつけないと。」
「さて、いよいよ和平交渉なんだけど…、これだけ苦労してもやっぱり戦勝点の50%以下?」
「こっちから宣戦してる以上は仕方ないわ。」
「あぁ、ま、ヴィヤナは獲るとして、あとはどうしよっかなぁ。ヴィヤナとヴェネディクの離島3つ、クブルス、ギリト Girit (クレタ)、コルフ合わせて47%か。じゃ、これらと7,500フローリンで我慢するか。」
「あ…。」
「よし、講和成立。それと敵の盟主レヒスタンに5,000フローリンを贈って、こちらも和解、と。やっと戦争から解放された〜。」
「あのっ!」
「な、なに?」
「ギリトはまだ中核州じゃありませんよ。」
「え!? あーっ、本当だ。うわーっ、みんなごめん。宣戦してるから悪逆非道点2点だよね。あぁあ。」
「あ〜あ、やっちゃった。」
「まあ、今回はいいわよ。ね、みんな。だけど2度としちゃダメよ。」
「…はい、ごめんなさい。」


The bard of Baghdad

「お、フズーリー登場(1536年7月18日)。そっかそっか、フズーリーに仕官されるなんてちょっと嬉しいな、ゲームとはいえ。」
「えー。あんなの、何が言いたいんだかよく分かんないじゃん。」
「まあ、古典詩だから解りにくいのは確かだけれど、そこに典雅な雰囲気があるじゃない。わたしがフズーリーで好きなのは、

  あるのは冷たい心 愛はないと
  おまえのゆえに泣き叫ぶことは私はしない
  おまえに感じる激しい欲望の味に 私は酔う
  あるとないとは私にはひとつだ

ってね。素敵だと思わない?」
「やっぱり訳分からないわ。」


オヨへの宣戦

「ミマル・スィナンがスレイマニエ・ジャーミーを建てるのが1538年だったよね?」
「そう。よく覚えてたわね。」
「当たり前よ。100,000フローリン貯めるの、どれだけ大変だったことか。それはそれとして、スレイマニエ・ジャーミー建立で得られる安定度+2と引き換えの理由なし宣戦だけど、とうとうオヨ以外の偶像崇拝者の国は見つからなかったわ…。」
「まあ、しょうがないじゃない。孤立しているオヨがどこかと同盟を結んでわたしたちに宣戦してくれることは今後もありえそうもないんだから、いつかはオヨだけのために宣戦しなくちゃならないだろうから。」
「まあ、それもそうか。ふてくされてるのか、オヨは軍隊すら置いてないね…。西アフリカ駐留軍だけで十分か。このまま宣戦してしまおう(1537年11月15日)。」


オヨの征服

「移動と突撃、それだけだ。オヨの征服完了。」
「さぞ小金を貯めこんでたんだろうから、工場でも建てておいてくれればよかったのにね。オヨの民には助けになったろうに。」
「あ、なるほど、そういう視点。」
「ううん、チャウラあたりが言いそうなことを真似しただけ。」
「え…。」


1538年2月1日、オヨ国家、滅亡。

「これで西アフリカに残ったのはマリとハウサだけか。どっちも残念ながらスンニー派だけど。」
「残念ながらね。」
「マリ、けっこう金山持ってるのよね。」
「あ、本当だねぇ。トゥヌスとかマグリプ諸国より先にこっちを獲る?」
「でもマグリプを押さえてから獲った方が治めやすいでしょ?」
「そうなんだよね。あるいはマリ自身が改宗してくれるのを待つのがいいのか、とも思うんだけど。」
「あのね、マリは異教に改宗するかもよ。」
「え? いつ?」
「これが分からないの。たぶん史実でモロッコの西アフリカ支配が衰退する17世紀だと思うけど。改宗もしないかもしれないし。でも、とりあえず急ぐ話じゃないし、まだ待ってみたら?」
「うん、そういうことなら。」


Total exhaustion

「キューバの金鉱も、枯渇(1538年4月30日)。」
「うん、寂しいね。」


Mimar Sinan's Great Constructions

「とうとうミマル・スィナンからスレイマニエ・ジャーミー建立の請願がきたよ(1538年8月26日)。やっと肩の荷が下りたって感じ。」
「このときまだスレイマニエ・ジャーミーは無かったんだね。スレイマニエ・ジャーミーのないイスタンブルなんて想像できないけど。」
「スルタンアフメト・ジャーミーもないけどね。でも、もうアヤ・ソフィアにはミナレットも付けられてるわよ。」
「アヤ・ソフィアか。アヤ・ソフィアも薔薇色で綺麗だけど、中は真っ暗で洞窟みたいだよね。わたしはやっぱりスレイマニエ・ジャーミーの方が好きだな。明るいし広いし。」
「でもアヤ・ソフィアは預言者ムハンマドが生まれるより昔から建ってるんだから、すごいよね。中がほとんど柱のおかげで真っ暗だけど。」
「うん。でもスレイマニエ・ジャーミーも350年も昔のものになっちゃったけどね。ほんとに、太い石柱も鉄骨もなしにどうやって支えてるんだろ。実は軽い石を使ってるとか?」
「なんでも柱だけじゃなくてドームと壁でも支えてるんだとか。」
「ふーん。実はそれ、受け売りでよく理解してないでしょ。」
「う…、分かる?」
「うん。わたしもよく分からないから、そうだといいな、と思って。まあなんだか分からないけれど、すごいことは分かる。エディルネのセリミエ・ジャーミーはスレイマニエ・ジャーミーよりも大きくて綺麗だそうだね。一度行ってみたいねぇ。」
「エディルネは近いようで結構遠いから、わたしたちがちょっと行って見てくるってわけには行かないわね。列車でも4時間以上もかかるんだもの。」
「列車でも日帰りでぎりぎりか。それは無理だね。」


「1539年の内政改革も保守傾向を高める、と。」


Reformation of the Army

「お、久しぶりにチャンスカード。“陸軍の再編成”引いた(1539年10月30日)。メフメト2世のとき以来だから、70〜80年ぶり?」
「これだけ出ないと、確かにありがたい感じがするね。」
「実際、250,000フローリン分の投資だから、本当にありがたいんだけどね。」
「まあ、確かに小出しのラッキーイベントがちょくちょく出るようだとうっとうしいかもねぇ。」


Muslims admitted to the Janissary

「イェニチェリ入隊枠の拡大の請願…? (1540年2月1日)」
「なになに、戦争に次ぐ戦争でデウシルメ制で供給される以上のイェニチェリが必要になったので、イェニチェリの子供をムスリムながらイェニチェリに入隊させることを認めてほしい、か。」
「そもそもイェニチェリって結婚してて良かったんだっけ?」
「カーヌーニーの治世までの、まだイェニチェリに規律が保たれていた頃はダメだったでしょうね。だって、イェニチェリはスルタンのみに忠誠を誓い、スルタンが自由に処分できるようにするためにキリスト教徒奴隷から造り出されたわけで。スルタンの所有物が勝手に所帯持つわけにはいかないでしょう。」
「じゃあなんで子供がいるのよ。」
「子供は結婚してないと出来ないって言うわけ?」
「えー、分かんなーい。」
「あんた、クビ。そんな知識もないんじゃ、とても陛下にお仕えさせられないわ。」
「ごめんなさい。ほんとうに、ごめんなさい。つまり、イェニチェリは法的に結婚を認められていないけれど、法的には認められていない奥さんと子供がいるのが普通だったわけだね。ホンネとタテマエ。」
「なるほど、そこまで分かればぜんぶ分かる。先に自分の子供をイェニチェリに入隊させる特権を得た、とあって、後で気に入るような人物をイェニチェリに入隊させるようになった、とあるから、訳者が時間的経過を訳し損ねたのかな、とも思ったんだけどね。そうじゃなくて、最初から法的には存在しない自分の子供を入隊させるには、誰でも入隊させられるような推薦権? そんな権利が必要なわけだね。」
「誤訳じゃないかもしれないけれど、説明不足だわね。」
「まあ、国が大きくなって兵士が足りなくなる、それを兵士の子で補う。それは悪くないと思うんだけど。パン屋の子はパン屋、漁師の子は漁師。身分制のアンシャンレジームなんて大げさなことじゃないけれど、教育制度が整ってないんだから、子供が親の仕事を見て憧れるし仕事も覚える、っていうのは普通のことだろうから。今だってそうなんだから、大昔はもっとそうだったでしょうねぇ。」
「肝心の、ゲーム的にはどうなの?」
「えっとねぇ、拡大を認めると野戦傾向-1、革新性-1と若干の投資減少。認めないと野戦傾向-2、貴族優遇傾向+1。今の内政なら、貴族優遇傾向はこれ以上高められないから、拡大を認めた方が被害が少ないんだけどね…。」
「懸念は分かる。イェニチェリが肥大化すれば史実どおりオスマン帝国衰退の禍根になることは必定だからね。」
「史実どおりというか、正確に言えば、このゲームデザイナーがどの“史実”を採るか、ってことだけど、まあ一般的な“史実”を採るだろうねぇ。」
「野戦傾向なら下がりすぎればそれは包囲戦に優れるようになるから、下がるなら下がるで悪くはないのよ。中途半端が一番ダメでね。だからここは慎重に、イェニチェリの肥大化を避けた方がいいんじゃないかと思うんだけど。」
「そうだねぇ、そうしておこうか。」


Muslim uproar for the closure of the Janissary

「うはっ、やられた。二段構えイベント。」
「安定度-4で、叛乱リスクが+4か。これからシベリヤ遠征しなくちゃならないんだったよね。こう弱体化するとまたぞろフランサやアウストゥリヤがちょっかい出してくるだろうし、ちょっと厳しいね。どうする?」
「どうするも何も、ここで引き返したらそれこそバカじゃない。こんな話があるのよ。ムスルにピラミッドってあるじゃない、世界の七不思議で唯一残ってる。アッバース朝のカリフで、有名なハールーン・アル=ラシードの息子、マームーンっていう人がいてね、異教徒の王が建てた立派な建造物が残っているのが面白くなくてこれを壊してしまおう、って思い立ったの。それを聞いた時の大宰相はあわてて諌めるわけだけど、そんなことをして成功すればよし、万一失敗したらあたら権威を失墜させることになります、って。」
「ごもっとも。」
「でも、カリフ・マームーンにしてみれば、はいそうですか、と引き下がるのも気が引けるし、何と言っても何千年も前に、自分の帝国からすれば一地方に過ぎないムスルの王が建てたものがよもや壊せないわけがない、という確信があったから。壊すのは建てるよりずっと楽なわけだし。だから、ピラミッド破壊計画を強行したの。ところが、いくら資金や人員を費やしても、穴すら開けることができない。どうしたものか、と情けなくもカリフが大宰相に泣きつくとね、大宰相は語気を強くして、いまさら止めることなどどうしてできましょう、帝国を傾けてでも事業を完遂なさい、と叱るわけ。」
「爺さん、やるね。いや、若いかもしれないけど。」
「うん、だからカリフは仕方なく、国を挙げてピラミッド破壊事業を進たのよ。」
「でも、ピラミッドまだあるじゃない。」
「それはね、カリフがようやくこじ開けた穴から、ここまで破壊に使ったのとぴったり同じだけの財宝が出てきてね、そら恐ろしくなってピラミッドの破壊は沙汰止みになったわけ。」
「へぇ〜。でもその話の教訓って、実は初志貫徹じゃなくて、反対に被造物に過ぎない人間の驕りを戒めてるんじゃないの?」
「あ、あれ…?」


The Death of Janos Zapolya

「マジャリスタンの王、サポヤイ・ヤーノシュもついに逝くか(1540年7月22日)。」
「あぁ、とうとうマジャリスタン分割のときが来たのね。って、あれ? マジャリスタンがブディン Budin (ブダ)一州になってる。いずれ2州じゃ足りないけど、あと1州どうしたんだろ?」
「えっとね、1538年11月にレヒスタン Lehistan (ポーランド)がマジャリスタンに宣戦して、1539年11月にルテニア地方を奪ってるね。」
「可哀想、マジャリスタン。でも残り1州じゃ、どうやって分割するんだろう。」
「ええと、この場合…、“マジャリスタンを分割せよ”を選ぶと、エルデル Erdel (トランシルヴァニア)、エウリ Eğri 、ルテニアにエルデル君侯国が成立して、オスマン帝国の中核州ではなくなる、と。」
「論外。」
「う〜ん、まあこれが史実通りなんだけど、確かに何にもいいことがないわね。“ヤーノシュの息子ジグムントを支援せよ”を選ぶと、マジャリスタンが属国になる、と。要するに変化なし、ってことね。」
「ふむふむ。」
「最後の、“アウストゥリヤ王フェルディナントにマジャリスタンを取らせる”を選ぶと、アウストゥリヤで“ハプスブルク家によるマジャリスタン継承”というイベントが起こる、と。」
「それはどういうの?」
「これはマジャリスタン全土がアウストゥリヤの中核州になる、ってものだけど、前にマジャリスタン王ラヨシュ2世が死んだときになってるからね。これも変化なしってことか。」
「じゃあ、2番目と3番目、どっち選ぼうかなぁ。」
「どっちだっていいけどね。」
「じゃあ、アウストゥリヤがマジャリスタンを滅ぼすことに願いを込めて、3番目で。」


Closure of the Aden Centre of Trade

「えっ…、アデンの交易センターが、閉鎖(1540年11月1日)。ポルテキズがモンバサ、マスカート、ヒュルミュズ Hürmüz (ホルムズ)を占領したから、アデンの重要性が低下した、か。まるでポルテキズに占領されないと繁栄しないかのような言い方だね。」
「あげくにオスマン帝国に従属までされては、って(笑)。」
「まあ、ここまで言われると笑えるね、確かに。」
「でもちょっとおかしくない? イスケンデリエ İskenderiye (アレクサンドリア)の交易センターは閉じないんだから、紅海を通じての交易が途絶えた、ってわけでもないんでしょ?」
「イスケンデリエまで失ってどうするよ。」
「かと言って、アデンの代わりにどこかに交易センターが増えたわけでもない。」
「強いて言えば、モンバサとマスカートの交易圏が拡大したかな。」
「あ、そうか。じゃあ、地中海−インド洋交易に関しては、紅海からペルシア湾にシフトした、って考えればいいんだ。」
「そう言えば、史実ではこの頃にカーヌーニーがペルスからフラト Fırat (ユーフラテス)川流域一帯を奪ってるのよね。フラト川はハレプ Halep (アレッポ)まで遡行できるから、それでハレプが栄えるわけだけど。」
「なるほど。やっぱりアデン衰退はオスマン帝国の征服事業に原因があることに変わりはないのか…。」
「この時代の中東で起こる某の事件でオスマン帝国が関係しないものってあまりないんじゃないかなぁ…。まあ、それはしょうがないでしょ。」


Silver mines are being dug to follow the veins of silver underground

「サカステスで銀山の掘削が始まったとか(1541年1月20日)。」
「また枯渇…?」
「ん、地表上の鉱脈は枯渇したけど、おかげで本腰入れて掘削し始めたから、産出量+32だって。」
「おお。それなら最初からまじめに掘削しといてよ、という気もするけれど、うれしいね。でもすごいな、+32だなんて。これだけで普通の州の4個分とかあるじゃない。」
「でも、産出量、とか言ってなかった? 基本課税額とはまた違うんでしょ、きっと。産出量はちょろまかしとかで1/4も本国に届かない、とかそんな話なんじゃない?」
「いや、そんなことはないんだけど。ただ、貴金属の産出量が増えるってことは通貨の流通量が増えるってことだから、インフレがちょっとだけ増大してしまうのよ。」
「ちょっとだけ、ってどれくらい?」
「さあ…?」
「それじゃあ安心できないじゃない。」
「いいじゃないの、どうせ貴金属の産地を避けるなんてことはしないんだし、インフレだって後でどかんと上がるんだし。」
「ああ、そうだった…。」


アウストゥリヤによるボヘミヤ継承

「ほ、ボヘミヤがアウストゥリヤに併合されちゃった(1541年6月23日)。」
「ボヘミヤも何気に長年の宿敵だったから、いなくなるなのは結構なんだけどねぇ。中欧アウルパがだいぶ白くなってしまった。」
「次はバヴィエラ Bavyera (バイエルン)でしょう、そうよ、そうに違いない。」
「まあ、そうやって真っ当にアルマニヤ Almanya (ドイツ)統一の方向にいってくれればね。フランサと接してくれるんでしょうけれど。まだまだ先は長そうね。」
「ライン川の方じゃなくてイタリヤの方ならすぐに接しそうだけどね。フランサの飛び地はもう接してるし。」
「イタリヤはどっちにとっても中核州じゃないし異文化だから、積極的に取りにいく理由はないんだけれど、そうは言ってもミラノあたりは戦々恐々でしょうね。ふむ、ミラノ公がどっちかにすり寄れば戦争になる、か。楽しみね。」
「だね。」


Conversion by the Sword in Hirivatistan

「お、やったね、フルワティスタンが国教に改宗っ! ただし、無理やり(1541年12月5日)。」
「勘弁してよ。さっきイェニチェリに辛くあたって安定度がまだ完治してないのに。しかもフルワティスタンの文化って自国文化じゃなかったっけ?」
「そうね、イスラヴ İslav (スラヴ)文化ね。」
「どうせならリズボンとかサカステスとか改宗費用がとてつもなく高くつくのに成功がおぼつかないようなところで起こってくれたらよかったのにね。」
「本当ねぇ。こういう悔しい目に遭わないために、自国文化で都と陸接してて人口の少ない、つまり改宗費用が安くて成功率も高い州は小金が貯まったらさっさと改宗しちゃった方がいいんだけれど。」
「でも、オスマン帝国史上最高の統治能力を持つカーヌーニーはもっと難しいところを改宗させなくちゃいけないんじゃなかったっけ?」
「そう。だから、両方やって。」
「あ、そうなんだ…。」


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Last-modified: 2007-12-09 (日) 00:09:28 (3639d)