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用語辞典

Being the Hâdim-ul Haremyn


Selim I & the Empire in 1512 [See the Map ]

統治 5:外交 7:軍事 8:勝利 2,292
貴族 10:中央 7:革新 3:重商 8:野戦 8:陸軍 6:精鋭 8:農奴 10
陸技 11:海技 3:行政 2:経済 3
非道 29.6/43.0:年収 1,176.85$:騰貴 2.9%:貿易 36:設備 25



「コレルさま、陛下がお召しでございます。」
「え? はい、すぐに参るとお伝えください。それからハディージェをハンマームに呼んでおいてもらえますか?」
「かしこまりました。」
「ごめん、みんな。わたしちょっと抜けなきゃ。」
「うん、がんばってね〜。」
「わたしの番になったらかまわず抜かしといてね。じゃねっ。」

「最近、コレルはよく召されるねぇ。」
「コレルはさっぱりした性格だから、一緒にいると陛下もお気が晴れるのかもね。寵妃になる日も近いのかも。」
「ドルマバフチェに行っちゃうのかなぁ。そうなったらつまんないな〜。」
「ならあなたも頑張りなさいよ。」
「恋は焦らず。頑張るものじゃないわ。」
「ふむ…、じゃあまあ、それで。」
「あら。意外とあっけなく。」


The Conquests of Selim I The Grim

「さてさて、セリム1世の時代になるとどこが中核州になるのかな…うわっ!」
「さすがにセリム1世だねぇ。まあ州の数は多いけど、地域ごとにまとめると、ルーム、シャム、ヒジャーズ、ムスル、ジェザイルということになるのかな。」
「中核州が増えてくれただけじゃなくて、それに対応するアラプ Arap (アラブ)とマグレプの文化も手に入ったのか。ん? そういえば、国の簡易情報に表示される手持ち文化欄、こんなに書けたかな…? あーっ! 手持ちの文化が消えてる!」
「大丈夫、大丈夫。手持ちの文化が多すぎて書ききれなくなっただけで、ちゃんとあるわよ。テュルク Türk (トルコ)、ユナン Yunan (ギリシャ)、イスラヴ İslav (スラヴ)、アルナヴト Arnavut (アルバニア)に、今回のアラプとマグレプで6個になったわけね、手持ちの文化。」
「それにしても、こんなに中核州増えて大丈夫? チャウラ。手伝ってあげよっか?」
「い、いえ…、たぶん大丈夫です。オズレム姉さまのやり方、見てましたから…。」
「うん、なら大丈夫、間違いない。」
「え〜、どうかなぁ。またイスタンブル、陥とされないでよ〜。」
「陥ちてないでしょ、しつこいな。」

「そう言えば、セリム1世の即位時にはバヤズィト2世のときのジェムの叛乱みたいな混乱はないのかな? 準備しておかなくて大丈夫?」
「なかったと思うけど…。」
「ないと思います。ヤウズさまは、前代のように帝位継承を巡って争って国に迷惑をかけることがないように、即位すると兄弟たちに死を与えたので…。」
「う〜ん、さすがヤウズ。それにしてもチャウラ、詳しいね。」
「わ、わたし…ヤウズさまがオスマン帝国のスルタンの中で一番好きなんです。変、でしょうか…。」
「変じゃあないけれど、渋いかも。どういうところが好きなの?」
「やらなくちゃいけないことをすぱっとやるところと、やるべきことをやったらさっと去るところです。」
「まあ、去りたくて去ったわけでもないんだろうけど、確かに潔い感じがするわね。このあとカーヌーニーが長生きしすぎてオペラ的な悲劇を味わう羽目になったことを思うととくに。」
「じゃあチャウラは、男はちょっと強引な方が好きなの?」
「え…、ど、分かりません、ごめんなさい。」
「そう言うメルテムはどうなのよ。」
「そりゃあ、かっこいい人よ、まずね。」
「あたしもだ。まずはそこだよねぇ。」
「大人になると、そうでもなくなってくるかもよ。」
「それって妥協なんじゃない?」
「そうじゃないのよ。ま、言っても分からないでしょうけれど。」


Selim's Thoughts on the Mamluk Sultanate

「さて、1512年7月9日にヤウズはマムルーク朝に対しての考えを決したみたいね。」
「マムルーク朝との関係が悪化して、歩兵が5,000人増える、か。この『我がオスマンの隣人達』っていうのは?」
「マムルーク朝で起こるイベントで、オスマン帝国に対する友好度が下がるのを承認するだけのものみたいね、調べてみると。」
「どうやってもマムルーク朝と戦わせたいみたいだね。」
「まあ、戦った方がいいんだから、文句言わない。」

「あの…、やっぱり順序から言って先にサファヴィー朝と戦った方がいいんでしょうか?」
「ん? 別に順序なんか気にしなくて大丈夫よ。マムルーク朝は相変わらず崩壊気味だから、先にこっちから片付けた方がいいかもね。」
「わたしもそう思いましたっ。じゃあ…、艦隊に兵士たちを乗せて、マムルーク朝領の沿岸に置いていいですか?」
「どうぞどうぞ。」


トラブルスガルプへの宣戦

「あの…、艦隊の配備が終わったので、宣戦しますね。」
「あれ? マムルーク朝からは通行許可もらったままなんじゃなかったっけ?」
「はい、だからマムルーク朝の盟邦のトラブルスガルプ Trablusgarp (トリポリ)に宣戦します。トラブルスガルプは中核州だし、いいかな、って思って…。」
「あた。」
「チャウラのほうがよっぽど覚えが早いわ。」
「じゃあ宣戦しちゃっていいですよね? 宣戦します(1512年10月24日)。」
「マムルーク朝、アダル、マリンディとすべての盟邦が参戦してくれたね、よかったよかった。」
「アダルとマリンディはいらないけどね。」

 すでにマムルーク朝領沖に配備された艦隊に乗り込んでいたオスマン帝国3軍団は、開戦と同時にイスケンデリエ İskenderiye (アレクサンドリア)、ディムヤト Dimyat (ダミエッタ)、アッカー Akkâ (アッコン)の港に強行侵入を果たした。中でもセリム1世自ら率いる本隊は10月29日にディムヤト港に上陸して敵守備隊と戦い、11月18日にはこの港町を制してしまうと、急ぎ南下して12月6日にはカーヒレを臨み、マムルークたちと雌雄を決して、12月17日にカーヒレに入城した。


Annexation of the Mamluk Empire

「お、ついにマムルーク朝が降伏!(1513年1月1日)」
「それにしても、マムルーク朝はゲームでも史実でもあっけないねぇ。」
「そ、そんなことないんです。敵のスルタン・トゥマン・ベイもすごい人で、オスマン帝国の侵攻を聞くや国中の大砲を集めてカーヒレの前に配置して、塹壕まで掘ったんです。チャルディランの戦いでの火器の有効性を聞き知っていたんだと思います。でもヤウズさまの方が一枚上手でした。これは抜けないと思ったヤウズさまはちょっと前に大勝利をもたらした火器にこだわらず、騎兵を使ってマムルークたちの後背を襲いました。マムルークたちは自分たちで掘った塹壕のおかげで大砲の向きを変えることができなくて、負けてしまったそうです。だから、ヤウズさまがすごすぎたんです。」
「セリム1世が躊躇したっていうくらいだから、マムルークたちが持ってた火器はセリム1世の遠征軍が持っていったよりも多かったんだろうね。さすがムスル、金持ち〜。」
「兵器だけでは勝つことはできない、っていう好例ね。最近陛下も大枚はたいてインギルテレから軍艦を買ったり、アルマンヤから機関銃を買ったりしてるみたいだけど、こんなもの使わずに勝てるようにそのお金を使えなかったのかな、って思うわ。おっと、独り言よ。」
「で、チャウラ、ムスルには総督を派遣するか、直轄地にするか聞いてきてるけど。」
「総督を派遣すると中央集権制が弱体化しちゃうみたいなので、直轄地にします。」


1513年1月1日、マムルーク朝、滅亡。


The Sultan claims Cyprus suzerainty

「ヴェネディクがわたしたちのムスル征服を祝って、なんと2,500フローリンも贈ってくれたわ(1513年1月14日)。バカにされてるのかしら…。」
「でもまたなんで?」
「クブルス Kıbrıs (クブルス)王国がマムルーク朝に臣従してたんで、いまクブルスを領有しているヴェネディクがいまムスルを領有しているオスマン帝国にその関係を継続した、って書いてあるけれど。」
「それなら、イェメンとかアダルも臣従してくれたらいいのに。」
「ヴェネディクは東地中海貿易の安全のためにあえて自らそうしたんで、他の国には望みようもないわよ。」
「ま、クブルスが中核州になってよかった。早くヴェネディクと戦争にならないかなぁ。ヴィヤナも欲しいし。」
「本当にそうですね。でもいまはまだやることがたくさんあるから…。」
「無理にセリム1世と同じだけ征服しなくても大丈夫だよ、ね?」
「う〜ん、でもまあ、そのくらいの勢いで当たった方が確実だし、楽しいんじゃない?」
「はい、できる限り頑張ります。」
「健気だねぇ。」


The Sultan become 'Khalifa'

「や、とうとうオスマン帝国のスルタンがカリフになりました(1513年2月13日)。」
「と言われているけれど、ここだけの話、このアッバース朝のカリフがセリム1世にカリフの位を禅譲したっていうエピソード、嘘らしいのよ。」
「え?」
「1258年、モオルの大汗がバウダード Bağdad (バグダード)のカリフを処刑するまでは、カリフっていうのは地上における神の影で、世界で唯一の正統な統治権を認められた位だったから、ありがたがられてバウダードだけじゃなくてムスルにもエンデュリュスにもいたわけだけど、これが神なき異教徒に殺されちゃったことで、ありがたみも薄れたし、元々“信徒たちの長”と呼ばれるだけあって法学者たちにいろいろとうるさく言われる地位でもあったから、誰もカリフと呼ばれようとはしなくなっちゃったのよね。」
「カリフ処刑はイスラーム世界にとっての一大痛恨事だったけど、この事件のおかげでムスリムは聖職者崇拝の異端から遠ざかることができたし、すべての人間は神さまのご意向には逆らえないと敬神の念をあらたにできたんだと思う。」
「う〜ん、平時でもそんな心が丈夫な人は少ないと思うけど、この時代の人たちは未曾有の困難の中でも正しい信仰を失わないで本当に偉かったとわたしも思うわ。それはともかく、誰もカリフになろうとしないで250年も経って、もはや、カリフってなんだっけ? っていう時代になっちゃったのに、あえて哀れなアッバース王朝の末裔から称号を奪い取るような人がいるかしら。」
「そういえば、マムルーク朝のスルタンたちも別にカリフは名乗ってなかったはずだよね。」
「じゃあ誰がこんな話を広めたの?」
「それがね、うちの陛下、今上帝スルタン・アブデュルハミト2世陛下なの。」
「え!」
「アウルパ諸国がみんなしてオスマン帝国を苛めるんで、これに対抗できる何かいい手はないかな、イスラーム諸国を結集させるにはどうしたらいいかな、って考えた末にね。」
「うわ、こんな話、バレたらどうしよう…。」
「バレても誰も信じやしないわよ。」
「どうして? わたしはオズレムの話、そうなのか、って思ったよ?」
「セリム1世の時代にはカリフなんか必要としてる人がいなかったから誰もカリフにならなかったけど、いまは世界中のムスリムがカリフを、“信徒の長”を必要としているから。オスマン帝国のスルタンがその期待に応えられるかどうかは分からないけれど、世界中のムスリムがオスマン帝国のスルタンはイスラーム世界のカリフでもあって欲しい、と願ってくれてる限りはオスマン帝国のスルタンはカリフなのよ。」
「そんなものなの?」
「そんなものよ。逆に考えてみて。誰もカリフなんか必要としてないのに、ある日、実はわたしはカリフでした、なんて言ったらみんなに笑われるでしょう?」
「実はわたしは火星からの使者です、なんて言うようなものだね。」
「ああ、やっぱり…。」


Gold discovered in Puerto Rico!

「お、プエルトリコで金が発見されたって(1513年4月7日)。」
「ははーん、イスパニヤはこういうことで資金を得てあれだけの植民をやってたのか。」 「まあ13,000フローリンじゃそれほどたいした金額じゃあないけれど、こういうイベントが続いていくのかな?」
「それはまだ分からないわね。あんまりあてにしないで、もらったらラッキーくらいに思ってた方がいいみたい。」

「トラブルスガルプ領の全域を占領し終えました(1513年4月15日)。バルカ州の割譲と臣従を求めることで講和していいですか?」
「もちろん。望みうる最高の戦果だし。でも、スルタンはあなたなんだから、例えば何か後の計画のために敢えて最善じゃない戦果で講和するときとかでも、いちいち許可を求めなくてもいいのよ。」
「はい、ありがとうございます。でも、ちょっと不安で…。」
「ん、そりゃあ、聞いてもらってもぜんぜんかまわないんだけどね。」
「じゃあこの条件でトラブルスガルプと講和します。受諾してもらえました(1513年4月15日)。」
「これで対マムルーク朝・トラブルスガルプ戦は終わった?」
「いえ…。マムルーク朝が滅んだら、同盟主がマリンディになっちゃって…。」
「あらら、遠いね。」
「向こうから来ることもなさそうだし、3年待って惰性的和平でもいいんじゃない?」
「はい、わたしもそう思います。」


1513年4月15日、トラブルスガルプ侯、臣従。


サファヴィー朝への宣戦

「では、まだマリンディ、アダルとの戦争状態が終結するまで時間がありますので、サファヴィー朝に宣戦したいと思います(1513年5月1日)。目的は、帝国本土とムスルを陸路でつなげるだけの州を獲得することです。」
「お、戦争目的をはっきりさせた宣戦。」
「ぜんぜん休憩がないけれど、兵力は足りてるの?」
「はい、対マムルーク朝戦でぜんぜん消費しなかったので、どちらかと言うと余ってるくらいで…。」
「ほへー、戦い方が上手いのか、運がいいのか。」
「たぶん、君主セリム1世の際立った軍事能力のおかげよ。オスマン帝国の場合、有能な君主が続く時代と陸軍技術の優位を保てる時代がほぼ同じだから最初は気付かないけれど、これが結構影響するのよ。あとでもう軍事能力が低い君主しか出てこない時代になるから、よく分かるようになるわ。」
「分かりたくないねぇ。」
「ま、いまのうちにしっかり蓄えて、冬に備えましょう。」


ペルスでの戦闘

「どう? 対ペルス戦は。」
「え、まあまあです。」
「はい、どうまあまあなのか説明しなさい。」
「えっとですね、宣戦する前からサファヴィー朝の7万ほどの兵がハレプ Halep (アレッポ)にいたんですが、これがどう動くか分からなかったので、東アナドル諸州は占領できませんでした。通行許可は持ってませんので、仮にこの大軍に勝ったとしてもうちの軍は消滅してしまいます。そこで、この敵の大軍を避けて自軍を南に、バウダード方面へ征服しながら進めました。でもまだ戦勝点が足りないので、ペルス本国へ進もうと思います。」
「う〜ん、これだと敵の申し出によって領土を得ることはできそうもないわね。敵はきっとこちらが占領したペルス本国諸州を差し出すんでしょうけど、元々いらないし、宣戦したから悪逆非道点2倍だし。」
「ご、ごめんなさい。」
「あ、んー、問題ない、っていうか素晴らしいわ。敵のせっかくの大軍をお飾りにしちゃってるんだから。これぞ戦略の勝利よ。」
「サファヴィー朝軍はこっちの進軍が早すぎるんで、オスマン帝国本国に進もうか、退いて失地を回復しようか決めかねて、結局何もできてないんだねぇ。」
「そうそう、敵がトロすぎるのよ。」
「はい、おかげで助かってます。」
「あら。」


Turko-Persian Conflicts: Shiite rebels

「セリム1世の兄弟アフメトが煽動したシーア派の叛乱が勃発したそうよ(1513年7月24日)。」
「あれ? さっきセリム1世の即位後は兄弟による帝位継承争いはなかったとかいう話じゃなかったっけ?」
「これは…、たぶんヤウズさまの即位前の話だと思います。よく分からないですけど。ヤウズさまには兄にアフメトという人がいて、この人がサファヴィー朝の支援を受けた東部アナドルのトルコ系遊牧民たちを打ち負かしてイスタンブルに凱旋しようとしたとき、ヤウズさまはアフメトが勝利に乗じて新帝に即位して、自分を殺すんじゃないかと恐れて叛乱を起こしました。残念ながらこの蜂起は父バヤズィト2世に鎮圧され、ヤウズさまはクリムに流されました。1511年のことです。いよいよもって殺されると覚悟したヤウズさまはイェニチェリを味方に引き入れイスタンブルに進軍し、迎え撃ったアフメトを敗死させてイスタンブルへ入城。父バヤズィト2世を幽閉して、晴れてセリム1世として即位しました。わたしが知っている限りではこれがヤウズさまとアフメトの関係のすべてです。アフメトがサファヴィー朝の支援を受けてシーア派の叛乱を煽動したという話は初めて聞くし、なんだか話が逆です。」
「そうねぇ、わたしも初耳だわ。なんだかジェムの話とごっちゃになってる感じ? ま、ゲーム的にはこのイベント、シーア派に改宗するのは問題外だし、用もないのにサファヴィー朝と交戦するのもご勘弁、ということで、普通は真ん中の“アフメトと和解”を選択することになって、10,000フローリンを失う上に1州がシーア派になっちゃうのよね。今回はもうサファヴィー朝と戦ってるから、無料で安定度が+1されて、ラッキーだったわね。」

「戦勝点が99%貯まったので、サファヴィー朝と講和します。オズレム姉さまの言うとおり、やっぱり向こうの持ちかける講和内容はハマダーンやフゼスターンの割譲で、ハレプやシャムは絶対に渡してくれようとはしませんでした。」
「ところでもし、向こうから宣戦してきたとして、隣接してないペルスの州を大量に申し出てきたらどうする?」
「受けないです。こっちはインド洋方面の艦隊はまだまだ少ないので、とても支援できません。異宗異郷の州で叛乱でも起きたら指を銜えて見てるしかできないからです。」
「あーん。はむはむ。」
「そう、その通り。だから敵はハレプやシャムは絶対に渡さないで、ペルスの州を渡そうとするわけよ。結構賢いわよね。でもいずれその飛び地と本国を隔てる敵地を奪うつもりなら、もらっちゃってもかまわないのよ。今回のオスマン帝国領エンデュリュスはまさに叛乱しがちな異宗異郷の州ばかりだけどなんとか治めてるし、敵地が邪魔で飛び地の叛乱が鎮圧ができないようなら、その隔ててる国に宣戦しちゃうか、通行許可をもらえばいいのよ。宣戦して、戦勝点で通行許可を奪ってもいいし。」
「なるほど…。あ!」
「どうしたの?」
「こっちから割譲を強いるのにどこの州をもらおうかなぁ、って考えてたんですけれど、リュブナンをもらうのはやめて、その周りの州は全部もらうことにしようかな、って思ったんです。リュブナンはアラプ文化でカトリックですから、サファヴィー朝には治めづらいはずですよね。」
「おお、叛乱で無料でもらっちゃうんだね。」
「なので、リュブナンを囲むシャムとハレプは取るとして…、あとどうしましょうか?」
「それじゃあ、聖地方面につながるユルデュン Ürdün (ヨルダン)とヒジャーズを取っておいてもらえる?」
「なんで? 税収低いよ?」
「そりゃあ、オスマン帝国は“信仰の護り手”なんだから、巡礼路は確保しないと。」
「ん、まあ表向きはそういうことにしておいて。まだずっと先の話なんだけど、セリム2世かムラト3世の時代にイベントでイェメンを属国化できるんだけど、このまま属国化してもイェメンは異端のザイド派で併合ができないから、何とか機会があったらイェメンをスンニー派に改宗させてほしいなぁ、って思ってるんだけど。」
「あの…、わたしやりましょうか? スレイマン1世の時代も何かと忙しいでしょうし。」
「お願いできる?」
「(この娘、大人しい顔してさっきからずっと戦争してるよ…。)」
「やっかまない、やっかまない。」
「では、シャム、ハレプ、ユルデュン、ヒジャーズ、それと陸接する州で一番安いシワス。これで68%なので、これくらいじゃないでしょうか…。受け入れてもらえました(1514年9月10日)。」


イェメンへの宣戦

「では、第一陣がヒジャーズに到着したので、イェメンに宣戦します(1515年9月25日)。」
「でもさ、イェメンはサファヴィー朝と同じ異端同士だから待ってたら同盟したんじゃない? サファヴィー朝からはまだ奪える中核州があるんだから、そのときにイェメンを叩けばよかったのに。」
「またあんたは宣戦してからそういうことを言う…。」
「わたしもそれは考えたんですが、やっぱり国境を接してたためかペルス、イェメン両国の関係は最悪でした…。」
「そっか、じゃあしょうがないね。」

 対イェメン戦は宣戦と同時にヒジャーズに到着した第一陣がメディネ Medine (メディナ)へ進軍する一方、アデン駐屯軍がサナアへ進軍。第二陣は陸路を取らずユルデュンで紅海艦隊に乗り、メッケ Mekke (メッケ)へ上陸した。対するイェメン軍は初戦に敗れた各地の軍を集結し、堅固な山城であるサナア城包囲の解放に全力を傾注した。執拗な攻撃と飢えによって、セリム1世は即位して以来最大の兵を失った。

「今回の敵はなかなか上手いね。」
「う〜ん、こういう狭い土地でいまチャウラがやったみたいに完璧な包囲を敷いちゃうと、敵は逃げるところがないから集中しちゃうのよね。」
「ごめんなさい、失敗しました。」
「失敗じゃない、失敗じゃない。損失は多いかもしれないけれど、戦争そのものはすぐに終わるんだから。損失が多いったって、2万も死んでないでしょ? 20,000フローリン程度のことよ。」
「そうですよね。」
「おいおい。」
「で、もう終わったの?」
「はい、サナア城も陥落させることができましたから、講和します。改宗と、メディネ、メッカ、これでまだ63%です。」
「通行許可もいただきますか。アデンに行くのが楽になるし。」
「はい。お金は、2,500フローリンしか持ってないですね。」
「針1本残さないつもりだね。」
「では、以上の条件で…、受け入れてもらえました(1516年2月16日)。」
「お、ということは、おめでとう。セリム1世はハーキムル・ハレミン Hâkim-ul Haremyn (聖地の支配者)になりました〜。」
「そ、そんな…。わたしなんて、ハーディムル・ハレミン Hâdim-ul Haremyn (聖地のしもべ)に過ぎません。」
「おお、謙虚にして見事な言い回し。詩作でも負けちゃうかも。」
「あ、ごめんなさい。これ、ヤウズさまの受け売りなんです。」
「ははーん、同じこと言えて、実は嬉しかったでしょ?」
「ちょっと…。」
「分かる分かる。」


Gold discovered in Cuba!

「お、今度はキューバで金鉱を発見(1516年4月16日)。」
「5,000フローリンでももらえると嬉しいよね。」
「あ…、チャウラ、お金貯めておいてね。大金が必要になるイベントがあるから。」
「60,000フローリンですよね。ファーティヒのときに説明されたの、覚えてます。」
「あ、あんたは偉い。すっかり忘れてて、正直もう手遅れだと思った。」
「おぉ、80,000フローリン以上あるよ。」
「即位したとき、4,000フローリンくらいしかなかったので、申し訳なかったんですが技術投資を休止して国庫へ回しました。」
「うん、それはバヤズィト2世が悪いよね。」
「はい、ほんとごめんなさい。」


The Great Naval Reform

「というわけで、わが君、一大造船所を造営いたしますので、60,000フローリンをお与えください(1516年7月8日)。」
「自分で払え、って言っちゃいな。」
「ふ、ふふ…。はい、もちろん支払います。」
「でも造船所ってなんの役に立つの?」
「もちろん、造船所っていうくらいで、船がたくさん造れるのよ。兵士なら多いところで1回で10,000人以上徴兵できる州もあるし、2〜3ヶ月で出来ちゃうでしょ。これが船だと多いところでも2隻で、軍艦だと1年とかかかっちゃう。いざ船が必要って時にこれじゃ間に合わないでしょう。造船所があれば、船の建造にかかる時間は変わらないけれど、1度に何十隻も建造できるってわけ。」
「でももう船要らなくない?」
「もう一つ、造船所を持っていると入植者が増えやすくなるの。確かにこっちの効果の方がオスマン帝国にとっては意味があるかな。」
「イスパニヤとポルテキズを滅ぼして準備は万全なのに、まだ植民できないからねぇ。」


トラブルスガルプとの同盟

「ふぅ、やっと肩の荷が下りたので、ようやく外交とかにお金を使えるようになりました。」
「何するの?」
「トラブルスガルプを同盟に引き入れようと思うんです。同盟枠はいっぱいになっちゃうんですが、いつかトラブルスガルプとトゥヌスが戦争してくるかもしれないし。」
「いいんじゃない、同盟枠いっぱいでも10年後には併合しちゃうんだし。ん? 7年後か。」
「はい。それではトラブルスガルプを同盟に招きます(1516年11月1日)。」
「これで同盟国はカザン、クルム、グルナタ、トラブルスガルプか。そういえば最近、ルスィヤもリトヴァニヤも静かだねぇ。」
「ルスィヤはさっきイスウェチ İsveç (スウェーデン)に宣戦してたよ。こっちの対イェメン戦が終わった頃。」
「へ〜。いまのイスウェチはカザンより弱体なのかな? 対リトヴァニヤ戦の頃は怖かったけどねぇ。」


コンゴへの宣戦

「次はどこに攻め込みましょうか?」
「え?」
「マグリプ諸国はファスとトレムサン Tlemsan (トレムセン)=トゥヌス同盟が分裂してるので時期尚早かなと思われますし、ヴェネディクはいまレヒスタン、ザクセン、ブランデンブルク、ボウダンと同盟を結んでいて、この同盟国の中にこちらが開戦理由をもつ相手がいません。ハベシスタンはこちらが奪える中核州を1つしかもってません。ペルスとは停戦期間中です。」
「じゃあ、大人しくしてたら?」
「で、でも…、ヤウズさまは統治能力はあまり高くないので、ヤウズさまで内政をするくらいならカーヌーニーに取っておいた方がいいと思うし、そうするとわたし、することがありません…。」
「いやぁ、もう十分以上にやってくれたとは思うけど。」
「それじゃあ、コンゴを征服してくる、っていうのはどう?」
「コンゴ?」
「大西洋沿岸の中央アフリカにある偶像崇拝の王国なんだけどね。史実だとポルテキズ人の甘言に乗ってキリスト教に改宗しちゃうんだけど、このゲームでもやっぱりそういうイベントがあるわけ。もうポルテキズはないわけど、このイベントがポルテキズ無しでも発生しちゃうかどうか、ちょっと心配なのよね。」
「分かりました。コンゴに遠征隊を派遣します。」
「うんうん、根は血に飢えた子なんだね。」

「では、第一陣がコンゴ沖に到達したので、コンゴに宣戦しますね(1517年5月6日)。」


コンゴの併合

「で、コンゴにはどのくらいの兵士を送ったの?」
「歩兵16,000程度、騎兵3,000程度を1個の軍団として、2個軍団送りました。もう1個軍団が予備でアスランダウ Aslandağ (シエラレオネ)にいます。コンゴ王国は大西洋沿岸の国といっても、わたしたちはコンゴ北西端のマユンバ沖までの海域しか知らないので、マユンバ州上陸後は内陸へ向かう1隊と海岸沿いに南下するもう1隊に分かれることになります。そういうわけで2個軍団用意しました。きっと敵の大軍のおかげで餓死者が増えるはずだし、西アフリカではほとんど徴兵できないので、歩兵を大目の編成にしました。」
「なるほど。またさっきの対イェメン戦みたいになっちゃうわけだね。まあしょうがないよね。」

「なんとかコンゴ5州、すべて征服し終えました…。」
「あらら、大変だったみたいね。」
「意外と要塞が堅固でした。」
「こんな辺地じゃ、他にお金の使いようもないものねぇ。」
「じゃあ、コンゴ王国を併合します。」


1517年12月4日、コンゴ王国、滅亡。

「ひょっとしたらキリスト教に改宗する気なんてぜんぜんなかったかもしれないのにね。」
「まあ、いいじゃない、いいじゃない。」

「次はどこの偶像崇拝の国を滅ぼしましょうか。」
「え…。」
「う〜ん、偶像崇拝の国ももうあまり無いのよ。見えている限りだと、孟養を除けばオヨしかないんだけど、1州しかないからもったいないし。ここは安定度が増えるイベントの直前に奪えばいいと思うの。一応、見えてない国でもアステカとジンバブエには行けないこともない。このコンゴが前にそうだったみたいに、隣接する空白地は発見してるから、そこに上陸して陸地を探検すれば見つけることができるわ。ほら、メクスィカ Meksika (メキシコ)湾の西岸にほんのりとオレンジ色の縁が見えるでしょ、これがアステカ帝国。」
「アステカとジンバブエではどっちが豊かですか?」
「どっちも金山を持っているけれど、アステカの方がずっと豊かね。ジンバブエは、隣接する州にポルテキズから受け継いだ交易所があるから、これを植民地にするまで待ってもいいんじゃないかな。」
「やっぱりアステカを征服するためには、オズレム姉さまがコンゴを探検してくれてたみたいに、わたしがあらかじめ探検しておかないとダメですよね。だから、わたしの残りの時間はアステカ探検に費やします。」
「うん、それはいいわね。」


Production continues apace

「また新大陸の金が上納されてきた(1518年2月24日)。」
「いよいよ場所も言わなくなったわね。」


「あ…、見て見て、入植者が1になってる〜!」
「おお、ついに。この前の造船所で入植者のマイナス圏を脱したのね。」
「初めての入植はどこにする? やっぱり南の島?」
「カライプ海はがら空きだしね〜。アルバ、ジャマイカ、う〜ん連れて行きたい。バミューダ、バハマへ、さあ。キー・ラルゴ、モンテゴ、どうして行かないの?」
「非友好的な原住民がいるから。」
「そこを何とか…。」
「ダメ、ダメ。当たり前だけど、わたしたちはまだ一度も植民ということをしたことがないから、言葉も通じず風習もまるで違う原住民社会にどう植民地を築いていいのかよく分かってないのよ。それでもまあ、なかなか原住民社会を深く理解するところまでは行かないけれど、ともかく相手も人間だから、脅かすなら馬と火器を使うのが有効だとか、脅かした後に贈物をすると簡単に折れるだとか、自分たちに有利になるような接し方をだんだん体得していくようになる。このゲームでもそれを再現していて、最初の何回かはほとんど植民が成功しないようになってるの。それでも植民にはお金もかかるし、何より植民者が少ないということで、無駄にしたくはないわよね。すでに入植しているところは、これも当たり前だけど新しい入植者を送り込みやすいので、かなりの確率で植民が成功するの。だから最初は、イスパニヤやポルテキズが残してくれた植民地に植民者を増派して、植民慣れしておくべきだわ。」
「まあ、結果的にカライプ海に入植するようになるんだから、いいんじゃない?」
「では、カライプ海の植民地で適当なところを探しておきますね。」


「1519年の内政改革では引き続き保守傾向を高めておきますね。」


Turkish dominance on the Black Sea

「ケルチとケフェ Kefe (カッファ)がトルコ化したとか(1519年1月29日)。」
「おお。でも何で?」
「金帳汗国の崩壊後は貿易拠点としては衰えたりといえど、この辺りがルスィヤやステップからの地中海への出口であることは変わらないわけだから、イスタンブル商人が盛んに商売してるんじゃないからしらね。適当な意見だけど。詳しいことはコレルが帰ってから聞いてみて。」
「でもこうなると、アブハーズが目障りだねぇ。」
「アブハーズはあなたの故郷でしょうが。」
「でもみんなもそう思うでしょう? クルムやアストラハンを併合するのは悪逆非道点からいってしばらく無理だし。なるほど、これが『滅びそうにない目障りな小国』なんだね。要塞も最新型で2万の兵が守るとなれば、面倒が先にたって敢えて滅ぼそうとも思えないよね、確かに。」
「ケフェなんかはイスタンブルから行くならガレー船でも陸路よりずっと速いんだけどね。領土が首都と陸接してないペナルティーは、インギルテレが大陸領土を保持しにくい、とかいい効果を上げているところもあるけれど、こういう場合はなんだか不当よね。」


The Celali Uprising

「東アナドルでジェラールの蜂起だって(1519年3月6日)。」
「え? もうジェラーリー諸反乱?」
「ん、そういえば…。ああ、ジェラールって人がシーア派民衆を率いて叛乱したんだけど、彼の名を冠して、以後のアナドルでの叛乱する叛徒たちはみんなジェラーリーって呼ばれるようになった、って説明があるね。」
「ふぅん、ジェラールって人はこれ以前のシーア派叛乱と以後のジェラーリー諸叛乱の間をつなぐ人なんだね。で、どう処置する?」
「安定度を1こもらえるので、妥協しようと思います。」
「その方がよさそうだねぇ。でも、さっきから叛乱のイベントの度にわたしたちって妥協してない? これって史実に反してるよね。」
「確かにね。叛乱軍がものすごく強いから、妥協した場合のペナルティーとのバランスが悪いのよね。まあ、助かるんだけど。」


プエルトリコの虐殺

「ん? 剣戟の音? あ! なんで原住民と戦ってるの?」
「うっかり上陸して襲われちゃったのかな?」
「いえ、初の植民をプエルトリコに行おうと思ったのですが、すでに植民人口が894人もいたので、このまま植民してしまうと1回で州になってしまって、イスパニヤの奉じてたカトリックの州になってしまいます。だから、1回の植民で州になってしまわないように、アステカ探検のために派遣した騎兵隊で原住民を処分することにしました。」
「う…。」
「処分、ねぇ…。」
「え…? ダメでしたか?」
「いや、ダメじゃないけれど…。」
「あ、戦闘が終わりました(1519年3月26日)。」
「ところでね、人口5,000人以下の州は植民州っていって、改宗費用がだいたい5,000フローリンとものすごく安く済むのね。それと、すでに他の文化に染まっていても、30年で新たに征服した国の文化になるの。そうなれば改宗の成功率もぐっと高くなる。」
「ご、ごめんなさい。知りませんでした。原住民を殺しちゃいけなかったんですね…。」
「んー、まあ、クールに行くならば、原住民を殺さない方がいいのはアフリカでの植民だけでね、実は。アフリカは気候が悪すぎて、人口5,000人以上の州にならないと人口が減っていっちゃうのね。一方で原住民人口は多いから、原住民を抱きこんで州になれば、一気に人口5,000人以上の州になれるの。それ以外の地域でそこまで気候が悪いところはあまりないし、原住民人口も少ないから、原住民を抱きこんだところでたいして税収は変わらないのよね。むしろ原住民がいない方がずっと植民しやすいし、原住民の襲撃に悩まされることもないんだけどね。」
「じゃあ、どうして…。」
「あとは気持ちの問題。」
「でもさ、原住民がいるおかげで植民が失敗する、っていうのはオスマン帝国の植民者が原住民に殺されてる、ってことじゃない? 為政者として、外国人を大事にして自国民をないがしろにするって、どうなの?」
「本当にそうよね。まあ植民の失敗は船が難破したとかもあるんだろうけど、原住民の襲撃なんかはまさにそういうことだものね。でもそうは言っても、例えば食べるからって羊を裂くのはやっぱり見てられない、っていう気持ちもわかるでしょ?」
「だって、女の子だもの。」
「ふっ。まあ、そういうわけで、植民に関してだけじゃなくて、統治とは何かについては各自思うところがあると思うから、各自がよかれと思うやり方でやってちょうだい。わたしは何も言わないから。」
「とか言って、ああっ、とか言うんだよ、きっと。」
「それくらいは見逃してよ。」


Reformation

「いよいよルターによる宗教改革だね(1519年8月25日)。」
「また宗教が増えるのか、面倒な。」
「でも優遇・抑圧できる宗教の幅が拡がるってことでもあるからね。具体的に言えば、プロテスタントを惨たらしく弾圧することで、いままで弾圧されていたカトリック信者や正教徒たちが、ああ、あれよりはましだ、とちょっと満足することが期待できるわね。うちの領土や領土になる予定地でプロテスタントに改宗する可能性があるのはマジャリスタンだけだから、どうせ最前線になるんだし、軍隊を置いて叛乱に対応すればいいわけで。」
「自分より下の者がいると満足するのか…。あいかわらず、人間の醜いところを的確に突いてくるゲームねぇ。」
「まあ、そういう大衆心理を利用する支配者が責められるべきなんだろうけどね。とはいえ、みんなを平等に扱うっていうことは、実はみんなを幸せにすることではなくて、みんなを不幸にすることなんじゃないか、って思うこともあるのだけれど。」
「最大多数の最大幸福、とは良く言うけれど、それが一部を差別することで得られるものならば、いま幸福を味わってる人が分別を得たとき、自分の卑劣さに苦悩して人生最大の不幸に陥るんじゃないかしら。」
「そこで苦悩できるなら勇気ある人だけどね。たいていはふとしたことで世の中の不条理に気付くけれど、自分だけじゃないと言い訳して忘れてしまう。もっと臆病な人になると、逆ギレして不幸な人間には本人に原因がある、などと言い出したりする。」
「むぅ、まず臣民を啓蒙して、それから彼らを平等に扱うようにすれば、理想社会が実現できる、と思ってたんだけどダメかなぁ。」
「支配者が絹服を纏って啓蒙している間は、国民はその言葉を決して信じないと思います。」
「う〜ん、とはいえ、生活に余裕がないと高等教育は受けられないからねぇ。どうしても知識人=上流階級、ってことになっちゃうんだよね。」
「あたしは思うんだけど、自分より力が弱い連中を見下して喜ぶっていうのは、他に楽しいことがないからだと思うんだ。だから金持ちも貧乏人も等しく楽しめる安い娯楽があれば、食べていけるだけの収入があるなら身分の上下を気にしないでいられるんじゃないかな。例えば、いまは新聞なんか誰でも読んでるし、その広告にも載ってるけど劇場もたくさんあるよね。この先、科学が進むほどにもっといろんな娯楽がでてきて、みんな幸せになってくと思うよ。」
「確かに、功利主義が唱えられるようになってから、世の中すべての価値基準がお金になっちゃった感じだよね。お金の価値基準には換算できない別の価値基準が打ち立てられるならば、お金がなくて不幸な人でも別の方で豊かになって幸せになれるチャンスが出てくるよね。」
「でも、それって宗教がすでにやってることじゃない? 預言者イーサー İsa (イエス)、さまが、貧しき者は幸いである、と言われた1900年前もやっぱり、個人の幸福だろうがなんだろうがすべてお金に換算されて、不幸な人がたくさんいたのかも。わたしたちはずっと同じことで悩んできて、一向に答えを得ることができないでいるのか、答えを得てもその都度忘れてしまうのか。」
「忘れちゃうんだろうねぇ。だって、何百年も昔に預言者たちが預かった御言葉はいまでも有効だもの。何かに躓いたとき、そこに“足元注意”って張り紙があったら、その張り紙はとても心に残るけど、普段は気付かないし、躓いてもしばらく経ったら忘れてしまうでしょ。でも何度も躓くうちに、いい加減さすがにそこは危ないと覚えるようになる。人類も何度も躓いてようやく覚えるんじゃないかな。」
「そう信じるしか救いはなさそうね。」


アステカの発見

「アステカを発見しました(1519年12月6日)。通行許可をもらって、引き続き奥地を探検したいと思います。」
「アステカ、出会った瞬間からわたしたちを憎悪してるね…。通行許可をもらうのも一苦労だ。」
「まあ、すでに偶像崇拝の国をいくつも滅ぼしてるからね。」
「それって全部西アフリカの国じゃない。絶対に知るわけないのに。この辺がゲームっぽいっていうか、手薄な感じ。」
「案外、数多の国々を滅ぼしてく過程でこの世界のオスマン人はものすごく残虐になってるのかもよ。」
「うわ、それはヘコむ。」
「まあ、アステカも征服するんだろうけれど、こんな遠いところじゃあ、イスパニヤの征服者たちみたいに敵の敵であったサポテク族とかを味方にできれば楽なんだけど、それは期待できそうにないね。」
「多少大変でも、サポテクもすぐに滅ぼさなければならないんですから、味方にしない方があとあと楽だと思います。」
「ごもっとも。ま、これじゃあ憎悪されてても仕方ないわねぇ。」

「アステカから通行許可をもらえました(1520年3月13日)。探検を始めます。」


スレイマン1世の即位

「あ、交替です。」
「あれ、指揮官死亡のメッセージが出なかったね。」
「実は、1520年2月27日に出てました。これが単なる間違いなのか、ヤウズさまがこの日に現役を退かれたのかは分かりませんが…。」
「ともあれ、おつかれさま。まさにヤウズの名に恥じない見事な働きだったわね。」
「ありがとうございます。」
「さ、次はわたしのカーヌーニーの番だね。前回は2年しかできなかったけど、今回は46年もあるから、じっくりやらせてもらいましょうかね。」
「いや、やるべきこと山積みだから。」


1520年9月23日、オスマン帝国第10代スルタン、スレイマン1世、即位。


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Last-modified: 2007-12-09 (日) 00:10:04 (3639d)