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用語辞典

Landing to Endülüs


Mehmed II & the Empire in 1451 [See the Map ]

統治 8:外交 8:軍事 9:勝利 694
貴族 10:中央 6:革新 4:重商 9:野戦 6:陸軍 6:精鋭 4:農奴 5
陸技 3:海技 2:行政 2:経済 3
非道 13.5/41.0:年収 576.28$:騰貴 0.1%:貿易 31:設備 33



The Conquests of Mehmed II The Conqueror

「よっ、待ってました、征服者(ファーティヒ)。」
「ふふん。あれ…でも、イスタンブルもモラもスルビスタンもボスナもジャンダルオウルもカラマンオウルもトラブゾンも、みんなみんな征服されちゃってるじゃない…。マジャリスタンやヴェネディクはあとで中核州になるから攻めちゃダメって言うし、なにすりゃいいのよ。」
「ちなみにカッファもあとでイベントで自動的に獲得できるから、ジェノヴァから奪っちゃダメよ。」
「く〜。それにしても、イタリヤ遠征はオスマン帝国600年の歴史でもファーティヒしか成し得ていない快挙だって言うのに、アプーリアすら中核州にならないっていうのはどういうこと?」
「まさに、ファーティヒしかやってないからじゃない。事業も継続しなかったし。」
「考えてみると、ファーティヒって不思議な人よね。それまで誰もしなかったことを次々と。イスタンブル征服やイタリヤ遠征みたいな軍事活動もそうだし、カパルチャルシュ Kapalıçarşı (グランドバザール)開いたのもそうだし、軍楽隊を創設したのもそうだし。アウルパ人に肖像画 を描かせたのもそうだし。イスタンブル征服のためにガレー船を山越えさせるなんて言うのに至っては、もう神話的よね。」
「写実的な肖像画を描かせるためにイタリヤ人画家を招聘してみたり、逆にこっちからイタリヤに行ってみたりって、ファーティヒってアウルパにものすごく関心があるみたいだよね。先進的〜。」
「う〜ん、それはどうかなぁ。フロランサ Floransa (フィレンツェ)ではようやく花の聖母マリア教会が献堂されたばかりで、ルネサンスもようやくこれからって時期だし。他のアウルパ諸国に至っては。フランサとインギルテレなんかまだ百年戦争が終わってないんだから。」
「アウルパにはまだムスリムの関心を引くようなものはまだ何もなかったんだね。」
「うん…、まあそうかな。エンデュリュス Endülüs (アンダルシア)やシジリヤ Sicilya (シチリア)、あるいはシャムの十字軍国家でキリスト教徒の王の下でムスリムの臣下たちが献身して華麗な混淆文化を築いたって話は聞くけれど、逆にムスリムの王の下でキリスト教徒が献身するっていうのは初期の大征服のシャムやムスルでか、あるいはオスマン帝国の下でしかないからね。」
「でもさぁ、エンデュリュス、シジリヤ、シャムでキリスト教徒が軍事的に優位にあったんだったら、その背景には何かあるはずだ、って思わなかったのかな。」
「例えば、イブン=ハルドゥーンなんかはカスティリヤやイタリヤで大学が盛んに建てられて文芸が振興されていることを記してるけど、ファス Fas (モロッコ)に住んでてその程度の記述しかしてない、とも言えるわね。ただ、かのイブン=バットゥータですらコンスタンティニエしかキリスト教圏では訪れてないの。ムスリムがキリスト教圏に入るっていうのは、最初から動機がない上に、あったとしても大変だったみたい。」
「ああ、キリスト教徒は豚肉食べるからね。」
「まあ、豚肉もそうだし、ハラルな(※神の御名を唱えて屠殺された)食べ物も皆無でしょうけど、ムスリムは中国なんかには行くじゃない。」
「そういえばコーランにも『知識を求めよ、中国までも』って書いてあるね。」
「だから、中世におけるムスリムのアウルパへの無関心は、ムスリムからの軽蔑とキリスト教徒からの敵対心の両方が原因になってたと思うのよね。それと、そういう精神的な問題もあるけれど、物理的な問題もある。」
「というと?」
「さっきのイブン=バトゥータだけど、ムスルからファスへの帰途、船が無いんで仕方なくカタロニヤの船に乗るのよね。そう、この時代、ムスリムには船が無かった。というか船の材料の木が無かった。旧約聖書に出て来るスレイマン Süleyman (ソロモン)王の宮殿はリュブナン Lübnan (レバノン)の杉で造られたとあるけれど、マムルーク朝では日々の生活に必要な木材をヴェネディク人から買ってたそうよ。いくらふんだくられたんだろうね。でもまあ、ムスルは香辛料交易や小麦のおかげでそれでも買うことができたけど、他の中東諸国では木材を買うことするままならなかった。」
「木材が無いの?」
「みんな黒海周辺の出身だから、想像もつかないよね。ま、木が無いと大変ってことは分かると思うけど。船や建物の梁、樽、荷車なんて直接使うものはもちろん、日々の燃料だって事欠くし、とりわけ鉄を精錬するための木炭が無い。鉄の不足は深刻で、武器なんかはヒンドゥスタンから輸入してたらしいんだけどひどく高価になるし、農具に回せる鉄なんかありはしない。そんなわけで、アウルパが蓄力の利用によって農業生産力を飛躍的に向上させて近代を準備したのに対して、その点で中東はだいぶ遅れをとったみたいね。同じように古代から連綿と文明を続けてきた中国では、同じ頃石炭の使用に踏み切ったそうだけど、中東には容易に掘削できる炭田も無かった。」
「なるほど、だから木が豊富なオスマン帝国やペルシャがその後にムスルより優位に立ったんだ。」
「そればっかりが原因じゃないと思うけど、大きな一因にはなってると思う。」
「でも、ムスルで木が採れないから船が造れないんじゃ、ムスル商人はヒンドゥスタンにも行けないじゃない。香辛料も鉄も買えないよ?」
「インド洋ではムスル人はヒンドゥスタンやハベシから木を買ったり、船そのものを買ったみたいなんだけど…、うん、本当にそうだね。交易っていうのはより必要と思っている側が買いに行くものなのかな。仮にキリスト教徒がムスリムが海賊化するのを恐れて船を渡さないというならば、インド洋でも海賊化するムスリムはいたけれど、それでヒンドゥスタン人が船を売らないってことはなかったわけだからね。だから、ムスリムがアウルパへ赴かなかったのはそういう交易の不文律のせいでもあったかもしれない。」
「じゃあまあ、そんなアウルパ無視が普通の当時、どうしてファーティヒはアウルパに関心を持ったんだと思う?」
「う〜ん。あくまで想像だけど、それまでのスルタンは徹底的にビザンス帝国を滅ぼそう、とはしなったのよね。むしろビザンス帝国第一の藩屏に留まって、ビザンス帝国に逆らう旧臣下たちを切り従えて拡大していった。でも、それがあまりに大きくなりすぎて、もはやビザンス帝国は隠れ蓑にならなくなっちゃったのね。マジャリスタンなんかははっきりと『対トルコ十字軍』を標榜するし。そんなわけで、アウルパ諸国の側にオスマン帝国への関心がまず高まって、それに対する反応でこちらもアウルパを意識せずにはいられなかった、ってことがあったかな、って思う。」
「でもそれって、ファーティヒ以降ずっとそうだよね。」
「うん。それとファーティヒに特徴的な事情として、さっきエフラーク王が人質に王子をオスマン宮廷に差し出す、ってのがあったじゃない。」
「あ〜、ドラキュラの話。」
「それ。そのエフラークの王子はファーティヒと一緒に育てられたのよ。いまで言えば、インギルテレの植民地の有力者の子弟がロンドラで教育を受けているようなものね。エフラークの王子にオスマン式の教育を施して、オスマン帝国と親密な王になってもらう、と。でも、逆にファーティヒが影響を受けることがあったのかも。で、次のバヤズィト2世の頃には、バルカン半島の小国はオスマン帝国とマジャリスタンの間で淘汰されていってしまって、オスマン宮廷には今度はアナドルの小国の王子たちが入ってくるようになるのね。」
「またそのエフラークの王子、ラドゥっていうのが美形だったそうじゃない。」
「そういう影響はない。」
「そんなん分かんないじゃん。」
「分かんなくても、ファーティヒは汚させない。」


グルナタで、休戦協定違反!

「あ、危ない、ボアブディル!」
「な、なに? 何事?」
「ほら、卑劣なカスティリヤがグルナタとの休戦協定を破棄した、って。」
「うわ〜、よく気づいたね。」
「どうしよう、どうしよう、ぜんぜんイベリア半島に進出する準備なんてできてないよ。」
「うは、イベリア半島に本格介入しますか、いまの国力で。」
「でも、メルテムにはぜんぜん奪うべき領土が無いんだし、どうせ後から立ちはだかるイスパニヤに先制しとくのもいいんじゃない?」
「とりあえず、グルナタの『独立を保障』してあげて、カスティリヤが躊躇してくれたらその間に準備を整えたら?」
「躊躇してくれなかったら?」
「まあ、グルナタも2州もってるから、すぐには滅亡しないわよ。」
「ま、何もしないよりはいいよね。じゃあグルナタの独立の保障を宣言するよ(1452年3月18日)。」
「さて、どう出る? カスティリヤは。」
「あら、動かないわねぇ。」
「ほへー、行くだけで半年以上はかかるのにねぇ。でもまあ、恐れられて悪い気しないわね。」


Foreign Drill Instructor Available

「あ、そうだ。イベリア半島進出のための軍備を整えるのもいいんだけど、メフメト2世の治下では宮廷学校を設立するのに40,000フローリンが入用になるから、お金、貯めといてね。」
「40,000フローリン! 8年前に言ってよ!」
「ごめんごめん、忘れてた。ちょっと技術革新への投資を中断して国庫につぎ込んでおいて。」
「あ、なんだか外国人の教官が来たみたいだけど、30,000フローリンもかかるんだって。その宮廷学校でお金必要だから、要らないね。」
「待てーっ。よく効果を見て。内政要素が2つも望ましい方向へ動くのよ? 前にも言ったけど、オスマン帝国は400年かかっても最高の内政状態にはなり得ないの。こういう機会を逃しちゃダメ。必要とあらば借金してでも。」
「ううっ、分かったよ。外国人教練指導教官を登用すればいいんでしょ(1453年4月20日)。」

「1453年5月29日が、事も無げに過ぎたね。」
「まあ、いまさら何か起こっても困るんだけどね。」


Imperial College Instituted

「来た、宮廷学校の設立(1454年2月28日)。」
「でも、宮廷学校って何? ダンスや社交を教えるってわけじゃないよね。」
「それ…、すごいかも。イェニチェリはもちろん知ってるわよね。オスマン軍はそれまで一代限りの封土を与えた騎士、スィパーヒーとその従者によって形成されていたんだけれど、このスィパーヒー、名前こそ変わったけれど、実はほとんどがオスマン側についたキリスト教諸国の騎士だったのよ。一代限りの封土も、余程のことが無い限りは息子が軍役に就いて同じ封土を与えられる。騎士たちにしてみればほとんどそれまで通りというわけね。そういうわけで彼らは同時に封土の領主様、という程のものではないけれどまあ村長さんくらいではあったわけ。だから、軍役に就いているときでも村が気になって気になって、とても1年以上も従軍させることはできなかった。」
「それじゃ、とてもイベリア半島まで連れて行けないよ。」
「まあ、イベリア半島までは行かなかったけれど、そういうこと。帝国が拡大していくと前線はどんどん遠くなっていくし、大砲に耐える築城法が広まると戦い自体が長引くようになっていく。そういうわけで、ずっと手元に置いておける常備軍の必要性が高まったんだけれど、この常備軍っていうのが厄介でね、権力の座が手が届くところにあって武器なんか持ってると、良くないことを考えるものだ、と信じられてたの。まあだいたい正解っぽいけど。そこで、イスラーム世界では常備軍に奴隷を用いることが通例になっていたんだけど、コーランではムスリムを奴隷化することを禁じているから、奴隷はすなわち外国人で異教徒であったわけ。」
「なんで奴隷の常備軍だと厄介じゃないの?」
「奴隷は所有物だから、所有者の任意で処分、つまり処刑できるからよ。」
「王様だったらそれは誰にでもできるじゃない。」
「イスラーム世界ではそうでもないの。イスラームの君主の支配の根拠は、ムスリムにシャリーア(※イスラームの聖法)に基づいた幸福な生活を保障することにあるんであって、ムスリムとしては君主も臣民も神の前に等しく被造物に過ぎないわけ。だからシャリーアに違反した君主はシャリーアに基づいて処罰され、ときには廃立されうるのよ。」
「というと、例えば臣下の妻を寝取ったりすると石打ちの刑にあったりするの?」
「うん、聞いたことは無いけれど、法的にはそういうことになるんだと思う。」
「ぜんぜん知らなかった。」
「まあ、普通はそうよ。知らなくても問題ないわけだし。ただ、法学者はそのことを知ってるし、王位を狙う野心家ももちろん知ってる。だから、君主を弑逆しようとする謀反者は、それで得る富と権力で法学者からお墨付きをもらうことまで計算に入れて叛乱しようとする。だから予め配下を奴隷だけで固めておけば、別の権威を頼ってそのような危険の芽を摘んでおける、というわけ。」
「なるほど、だからわたしたちも法的には奴隷なわけだ。」
「歴史的には、古くはアッバース朝がスワヒリ海岸のザンジを用い、中世にはムスルではマムルークにするのにテュルク人を、グジャラートではゴラームにするのにハベシ人をわざわざ購入していたわ。」
「ムスル人がハベシ人を使って、グジャラート人がトルコ人を使った方が早くない?」
「うん、そう思うんだけどねぇ。ただ、常備軍っていうのはその名の通りずっと雇っておくわけでしょ。すごく維持費がかかるのね。だからあんまり雇えない。どこの国も主力は現地人の兵士だったはず。要するに常備軍はこの現地人兵士の一部隊による叛乱を鎮圧できるだけの兵力があればいいわけよね。今風なら、近衛隊とか親衛隊とか言えばいいのかな。でも、叛乱があれば使い道があるんだけど、普段はさせることが無いからどうしようか、ということで昔の王様は近衛隊をアクセサリーに使ったみたいね。有名なのはプロイセンのフリードリヒ大王の巨人部隊で、3ピク(1pik = 71cm)以上の兵士を揃えたそうだけど。異相異形の兵士たちのほうが、アクセサリーとしての見栄えがするってわけね。」
「イェニチェリだけが被るあの揃いの白いフェルトの頭巾もそういう意味があるんだね。」
「そうそう。服装だけじゃなくて、眉目秀麗な者たちだけを揃えた、って話だわ。イェニチェリは知ってのとおり、ジズヤの一環として東欧のキリスト教徒の家庭から眉目秀麗にして才気煥発な少年を徴発したわけだけど、そんな素敵な少年がそんなにいるわけも無く、だいたい1村から1人、それも長男は対象にならなかったそうよ。で、そうやって集めた有為な少年を特別な教育を施してイェニチェリに、その中でもとくに優秀なものを高級軍人に仕立て上げた。」
「それがエンデルン・メクテビってわけだね。でも、エンデルン(内廷)って、トプカプ宮殿のこと? 狭くない?」
「うん、そうだね。一般のイェニチェリはテュルク系の農家に預けられた、って言うんだけど、実際はどうだったのかしら。いずれ、エンデルン・メクテビに入れたのはごく一部だったはず。カーヌーニーの時代には大宰相はだいたいみんなエンデルン・メクテビ出身で、時期が合えば若き皇太子とともに学ぶことになったのよ。大宰相イブラヒムとか。」
「なるほど、だからオスマン帝国の大宰相は処刑される人が多いんだね。」
「ま、まあ、そうかな。」


Merchants request help

「あ、続いて『軍事顧問』(1454年4月24日)。」
「あんた引き強いわねぇ。」

「さらに、『商人が援助を要求』(1455年5月12日)。商人風情に何事か要求されるいわれはないわね。…でも、貿易の投資に25,000フローリンの損害、って痛い?」
「大丈夫、誰も貿易技術に投資してないから。」


金帳汗によるリトヴァニヤ侵攻

「金帳汗国から参戦要請きたよ。」
「んー、受ける受ける(1455年9月2日)。相手は?」
「リトヴァニヤだって。」
「あれ? リトヴァニヤ、さっきまでモスコワとレヒスタンのそれぞれに攻撃されてたはずだけど、強気だなぁ。…あ、まさか。」
「うん、金帳汗国から宣戦したみたい。」
「もう、放置放置。こっちだって忙しいんだから。」
「彼らにバルトゥク海を見せてあげるんじゃなかったの?」
「え? 何の話?」


Fiscal Policies of Mehmed II

「む、これ、どうしようっかな。」
「どうしたの?」
「メフメト2世は私有地を没収したりして、ってつまり私有地持ってるくらいだから金持ちから資産を巻き上げてってことよね、軍事費に充てたらしいんだけど、これを踏襲するかどうか、って聞いてきてる。」
「あの…、ブルジョアジーに集中した資本を人民に公平に配分するの…、とてもいいことだとおもいます。」
「え? そんな革命的な話だったっけ…?」
「イデオロギーはともかく、効果はどうなの? 踏襲すると?」
「なんと90,000フローリンももらえるの。ただ、インフレが6%上がるのと、内政要素は貴族政が1こ下がって、中央集権が1こあがるのね。安定度も1こ減る。」
「踏襲しないと?」
「踏襲しないと増税になるんだけど、15,000フローリンしかもらえないけど、インフレの上昇が無くて、内政要素は貴族政が1こ上がって、中央集権の低下はなし。安定度はやっぱり1こ減る。」
「罠だわ。」
「え? なにが?」
「技術革新への投資をすべて国庫に振り向けるとインフレが0.1%上昇するんだけど、いまの収入だと90,000フローリンなら18ヶ月ってところ? たった1.8%で済むわよ。」
「本当だ。」
「300,000フローリンでも差し出すならちょっと考えちゃうけど、それでもあと100年もすれば1ヶ月の収入は10,000〜15,000フローリンになってるだろうしね。いずれ90,000フローリンぽっちじゃ話にならないわ。」
「うん、そっか、じゃあ増税で我慢するよ。ごめんね、チャウラ。」
「あ…、いえ、お気になさらずに。」

「さてと、リトヴァニヤ戦の戦況はどうかな。」
「お、金帳汗国がウクライナ、ベルゴロド、ボロネジ、ポルタヴァと4州も奪ってる!」
「でも、もうモスコワともレヒスタンとも講和したみたいだね、リトヴァニヤ。」
「ええと、それ、去年の話なんですけど…。」
「え、本当? 危なかったぁ、すぐに講和しなきゃ。一番徴税率のいいポルタヴァの割譲を申し出てみよう…、やった、受諾(1457年11月26日)。」


シールワーン侯国との統合

「うーん、またシールワーン侯国が無駄に兵力を貯めてる…。」
「リトヴァニヤ戦に備えてたんだろうけど、派遣するほどの覇気はなかったみたいね。」
「で、また兵隊が維持できないからって、黒羊朝に宣戦? 冗談じゃないわ。もう、併合しちゃお。」


1457年11月26日、シールワーン侯国、滅亡。

「これで、盟友は金帳汗国とカザン汗国だけになっちゃったけど、どこか誘わないの?」
「グルナタ。もう1こは予備に残しておくつもり。」
「あー、なるほど。意外と計画的ねぇ。」
「もうこっちの準備はできてるんだから、さっさとカスティリヤもグルナタを攻めてくれたらいいのになっ。」


「内政改革は引き続き農奴制を強化しとくよ(1459年1月1日)。」


Serbians flee to Hungary

「スルビスタン人がオスマン帝国の支配を嫌って、家財を抱えてマジャリスタンへ大移動、とのこと(1461年10月19日)。」
「スルビスタンにとどめ刺したの、ここではマジャリスタンなんだけどねぇ。」
「まあ、マジャリスタンが積極的に守った、と取れないこともないんじゃない、あれは外交併合だったし、最終的にスルビスタンはオスマン帝国が占領してるし。」
「まあ、いずれマジャリスタンも征服するんだから、どっちでもいいわ。」
「次はきっとアウストゥリヤに逃げるよ。」
「ああ、呪われるべきはアウストゥリヤ! さっき復活してたね。ティロルがハプスブルク家を率いる、とか言って(1458年8月25日)。」
「この新生アウストゥリヤがヴェネディクと交戦するようになったら、すぐにヴェネディクに宣戦してヴィヤナを奪わなきゃダメよ。ヴェネディク人はトルコ人に渡すくらいならドブに捨てた方がまし、とでも思ってるに違いないんだから。」
「ん〜、いまのところ新生アウストゥリヤとヴェネディクは同盟してるみたいだけどね。また宿題が増えちゃったよ。」

「お、金帳汗国がオルドをクルムに遷す、って、クルム汗国になっちゃったよ(1462年1月6日)。で、東部諸州がアストラハン汗国として分離、か。」
「あら、残念、三分割にはならなかったのね。」
「三分割?」
「金帳汗国が北方に留まったまま、南方のクルム汗国と東方のアストラハン汗国が分離するパターン。これだとそれぞれが小さいから併合しやすいでしょ?」
「でもカザン汗国と合わせて4つの汗国と同盟結んでたら、ほかの国と同盟できないじゃない。これはこれでよかったと思うよ。」
「そうね。で、アストラハン汗国とは同盟するの?」
「うん、そうしたいんだけど、意外と友好度が低いんで、とりあえず婚姻してみた。さて…、あ! アストラハン、ホルムズとガーラの同盟に入っちゃった(1462年2月11日)。」
「なんじゃ、その無理無理な同盟。」
「大丈夫大丈夫、どっちかが戦争すれば、一方は離反するから。」
「そうだねぇ。」

「おおぅ、ロドスがテオドロス公国を征服、だって(1462年6月26日)。」
「やった! 素晴らしい! 騎士団創設以来、初めていいことしたわね。」

「さらにさらに、同じ戦争でのことだけれど、マジャリスタンがエフラークを征服、だって(1462年9月21日)。」
「吉事は吉事を呼ぶのねぇ。」
「あー、なるほど、カトリックと正教の戦いだったんだ。正教はだいぶ後退したね。残ってるのはモスコワ、アブハーズ、ボウダン、ハベシの4ヶ国だけか。アブハーズもボウダンもさっさと滅んじゃえばいいのにね。」
「もう、正直者。」

「まったくもう、カスティリヤの臆病者め。なんだってグルナタに宣戦してくれないの?」
「不当だ、不当すぎる…。」
「もういい。カスティリヤとその盟友ポルテキズ Portekiz (ポルトガル)に警告を送って(1462年11月25日)、同時に軍隊をグルナタに駐留させちゃおう。」
「カスティリヤとポルテキズが警告を無視したらその場で宣戦、警告に従ってもオスマン軍がグルナタに到着したらやっぱり宣戦する、というわけね…。ちょっとひどくない?」
「ひどいのはカスティリヤよ。このまま待ってたらファーティヒが死んじゃうじゃない。」
「身勝手すぎる…。」
「でもまあ、こっちにはファーティヒがいて旭日の勢いで、先方は消極的で戦争に躊躇してる、っていう状況を利用するのは、機を見るに敏、と言えるんじゃない?」
「そうだよねぇ。」
「まあ、いい結果がでればそういう評価もありえる、ってことだけど、ね。」


クルム汗国によるリトヴァニヤへの宣戦

「おっと横槍。クルム汗国からの参戦要請。また、リトヴァニヤに宣戦(1463年1月26日)、だって。」
「さっき講和したのが1457年11月26日だから、休戦期間の5年を待っての宣戦ね。クルム汗国の勢いが盛んなのか、リトヴァニヤが相当弱っているのか…。」
「ただ、前回と違って今回はリトヴァニヤ側にイスヴェチ İsveç (スウェーデン)が付いてるから、うまくいくのかなぁ…。」
「いずれにせよ、うちが出る幕じゃないね。あっちはあっち、こっちはこっちで頑張りましょ。」


メフメト2世、ジェベリタルクに上陸

「さてと、サロニカ Salonika (テッサロニキ)から8ヶ月、ようやくファーティヒがジェベリタルク Cebelitarık (ジブラルタル)に上陸しましたよ、と。やっぱりカスティリヤの腰抜けは何もしてくれなかった。罰を与えなきゃね。」
「たった18,000なの? 兵力。」
「だって、うちの艦隊の積載能力22,000人分しかないもの。後詰の20,000、多分長い航海で2,000人くらい脱落するだろうけど、アルナヴトゥルクに置いてあるよ。」
「そんな少ない艦隊じゃ、カスティリヤやポルテキズの大艦隊の目を盗んで後発隊を上陸させるなんてできないんじゃない?」
「まあ大丈夫じゃない。エンデュリュスとかムルシアとか、港のある州を先発隊が奪っておけば、沖合いで襲われてもその港に逃げ込んで、無事上陸を果たせるわよ。グルナタのジェベリタルクと合わせて3つの海域のどれかで上陸できるわよ。」
「オズレムがこの無茶な作戦に賛同するとは思わなかったわ。」
「んー、ここまで無軌道だと、かえって面白いかな、って。次はわたしだから失敗しても挽回できるだろうし。」
「ぜんぜん認めてないじゃん。」
「ん? メルテムの強運はすごいと思うわよ。」
「どうも納得いかないけど、しょうがない、結果で証明するか。」


カスティリヤへの宣戦

「うりゃ、カスティリヤに理由もなく宣戦(1463年7月20日)。」
「でもまさかあんた、理由もなく宣戦した上に、カスティリヤの領土を取れるだけ取ろう、なんてい考えてないでしょうね。悪逆非道点の説明、覚えてる?」
「こっちから宣戦したら、悪逆非道点が2倍かかっちゃう、ってことでしょ? 大丈夫。1州と通行許可をもらうだけだから。ポルテキズからは通行許可しかもらわないし。」
「1州ってどこ?」
「そりゃあ、エンデュリュスかムルシアじゃない? この戦いでカスティリヤから1州奪う理由の一つは次の戦いのために現地での兵士供給点と上陸地点を得るため。もう一つはグルナタに隣接して、グルナタがカスティリヤから属国解除されたときに必ずグルナタを同盟に招き入れるため。そして最後に、カスティリヤの中核州を奪って、彼らに宣戦させやすくしてあげるため。警告したらかえって萎縮しちゃうような腰抜けなんだもの。」
「おお、実はよく考えてたんだ。」
「エンデュリュスやムルシアなら、住民の宗教もスンニー派だしね。」
「え? カトリックだったよ、どっちも。」
「あれ? もう改宗させちゃったのかな?」
「わたしのとき、ムラト2世のときもカトリックだったよ。」
「あれ、おかしいな…。まあ、しょうがないか。その目的なら、エンデュリュスの方がポルテキズにも隣接してるし、基本徴税価格も高いからいいと思うけど、奪うのにかなりの戦勝点がいるはずだから、戦況が思わしくないようなら、ムルシアでもぜんぜんいいと思うよ。」
「うん、わかった。」

「あ、クルム汗、リトゥヴァニヤから1州奪ってる。講和しちゃえ(1463年12月18日)。」
「クルム汗の最大の敵はメフメト2世ね。」


Atam-Dedem Kanunu Codified

「父祖の法の成文化、だって(1464年5月26日)。」
「よかった、安定度が1こ回復した。」
「なになに、テュルク族の部族法を成文化し、既存のシャリーア、ローマ法と並置した、か。でも、ダブっちゃうところはどうするんだろう?」
「それはね、被告が自分の有利な法律を選択できたのよ。たとえば、商業上のことならこの3つの法律のうち、シャリーアが一番優れてるから、これで裁いてもらいます、って申告するの。」
「裁判官や原告が選ぶんじゃないんだ。」
「うん、こうやって弱者が救済されていたのよ。そこがオスマン帝国の司法の優れた点よね。3つの法律が並列してるなんて、ちょっと複雑な気もするけれど、権力者が恣意的に1つの法律にまとめるよりも実質的にいい法律になってたんだと思う。それに、被告は必ずしも自分に有利な法律を選択してたわけじゃないの。例えば、スルビスタンではシャリーアもテュルクの部族法も社会的に全然浸透してないから、仮に他の法律のほうが有利だと知ってても社会の反応を恐れて、あるいは自分の信仰や良心のためにローマ法で裁かれることを選ぶ人もいっぱいいたと思うのよ。3法並列は、人によって何が好ましいかということを一方的に決め付けてないところも素晴らしいわよね。もちろんどの法律もそれぞれ1こでちゃんとした法律だから、どの法律でも犯罪者がいい目を見るってことはないし。」
「でも、それじゃあ裁判官とか司法関係者は大変だったろうね。」
「そうねぇ。でもおかげでだいぶ繁盛したんじゃない? ダール・アル=イスラーム(イスラームの家)はシャリーアが施行される土地という意味だけど、これはつまり、カーディー(イスラム法官)がいる土地ってことよね。必然的にイスラーム支配地域の住民はムスリムと異教徒を問わず司法に慣れ親しんでいたわけだけど、それでももう司法関係者は飽和状態だったろうから。」


マムルーク朝の救援

「マムルーク朝に統合されてたラマザンオウル侯が分離独立、だって(1464年6月1日)。」
「え? マムルーク朝って10年前まで中東最大の帝国だったのに…。」
「ええと、報告を読むと、1458年4月に仕掛けたハベシ遠征が決着がつかないまま、1460年1月に疫病の流行、1461年12月に黒羊朝の宣戦を受け、さらに1462年3月にアラブ人の蜂起、1462年11月にはマグリプ諸国からの宣戦を受け、現在そのすべての戦争が継続中の上、安定度は度重なる政権交代などで最低のまま、と。」
「不幸ねぇ。こうはなりたくないわね。」
「どうりでうちの本国、空なのにマムルーク朝が攻めてこないわけだ。」
「知らないで空にしてたの?」
「一応贈り物は贈っておいたけどね。とりあえず、ラマザンオウル侯を同盟に引き込んでおくか。またアストラハンみたいにどっか行っても困るし。贈り物して、と。よし、盟約締結(1464年9月28日)。」
「ラマザンオウルは確保したけれど、マムルーク朝、このままだとセリム1世に併合されるのを待たないで滅亡しちゃうかも・・・。叛乱軍がカーヒレを占領したら、マムルーク朝政権が崩壊して、それまで敵対国が占領してた領土がみんな持ってかれちゃうから気をつけてね。」
「そ、それ、ダメ。どうしたらいいの?」
「適当な数の軍団をカーヒレに駐屯させたら? 船なら行けるでしょ。」
「そ、そこまでしますか。」
「うん。」
「こっちは歴史的なカスティリヤ戦を戦ってるというのに…。はい、カーヒレを奪回したよ(1466年4月8日)。」
「よくできました。」


Petition for Redress

「ん? 救済の陳情(1465年12月20日)? うむ、苦しゅうない。…ええと、え? 陳情を受け入れると安定度が1こ下がって、ある州の徴税価格も-1されて、叛乱リスクが3上昇する、といいこと一つもないのに、拒否すると、安定度が3こも下がっちゃうけど、中央集権制が1こ強化される?」
「相変わらずすごいゲームねぇ。」
「どういうこと?」
「いつでもどこでも、たいていの人は何らかの不満をもってるじゃない。でも普段はみんなそれを我慢してがんばってる。例えば、メルテムがもっと宝石欲しい、と思っても、それで自分は不当に扱われてる、って主張したりしないでしょ? まだ年少だから、胸が小さいからってそれらしい理由を自分でつくって納得するでしょ。」
「まあ、形はいいけどね。」
「そんな中で誰かが思い切って、自分は不当に扱われてる、と主張して、それが認められたらどうなっちゃう? みんなわたしもわたしも、ってことになるでしょ。でも、それを全部認めることはできない。すると、あとから不満を主張して取り上げられなかった人たちは不公平だと思うじゃない。」
「ふんふん。」
「そこを、最初に言ってきた不埒者に、ダメだ、って毅然と拒否してあげれば、まあみんななんという暴君だ、と怒るでしょうけど、とりあえずそんなやり方は通らないことは納得してくれる。そういうことだと思うの。」
「なるほどね、個人の徳と支配者の徳は違うんだね。支配者って大変だ。」
「まあ、そこを分かってない支配者のほうが多いと思うんだけどね。」


カスティリヤ侵攻

「ところで、対カスティリヤ戦はどう?」
「ん…? 順調だよ。」
「どう順調なのよ。あらら、ずいぶん寂しくなっちゃって…。」
「大丈夫だよ、敵も寂しい状況だから。」
「ふぅん、カスティリヤもポルテキズもすべての城がレベル2で、もう1城ずつしか包囲できないのか。で、弱敵を小突いて戦勝点を稼いでいる、と。」
「いま戦勝点はいくつ貯まってるの?」
「ええと、対カスティリヤ単独で58%。」
「エンデュリュスと通行許可をもらうにはぎりぎり、かな。とりあえず交渉してみたら?」
「うーん、でもどうせまだポルテキズとも戦争中だし。」
「カスティリヤはポルテキズとしか同盟結んでないでしょ? うっかりしてるとどこか別の国がカスティリヤ側に参戦するかもよ?」
「う、それは困る。いくらか小銭もらおうかと思ったんだけどなぁ。」
「どうせ持ってないわよ。1,000フローリン貯まるごとに徴兵してるはずだから。」
「仕方ない、か。よいしょと、エンデュリュスと領内通行許可を割譲させたよ(1466年11月30日)。」

「そしてファーティヒは翌年にはファロ城を陥落させ、ポルテキズから領内の通行許可を奪い、エンデュリュス諸国と講和された(1467年7月21日)、と。ちょろいもんよ。」


The Jews of France and Hungary are oppressed

「ええと、フランサとマジャリスタンで苛められたユダヤ教徒たちがスルタンの徳を慕って亡命(1468年8月20日)、か。ちょうど兵力が不足してたからちょうどいいけど、どうせユダヤ教徒ならお金も持ってくればいいのに。」
「お金を持ってるユダヤ教徒は苛められなかったのよ。王様が保護したから。ほとんどキリスト教徒たちしかいない国で異装異態のユダヤ教徒たちはただでさえ怪しまれたのに、金持ちのユダヤ教徒たちがキリスト教徒には禁止されている金貸しに従事しているところ、怒りたくても王様が保護してるから、その怒りの矛先が貧しいユダヤ教徒に向けられて、この人たちは二重に不幸だったわけね。」
「キリスト教徒たちがユダヤ教徒たちを苛めるのは、やっぱりアウルパが田舎であまり異邦人がいなかったこととユダヤ教徒たちが金貸しに従事したからなの?」
「うん、まあそうなんだけれど、ムスリムの国・オスマン帝国がユダヤ教徒たちやキリスト教徒たちに親切だったか、というと、まあそうでもないのよ。」
「え? そうなの?」
「例えばイスタンブルでも、イスタンブルはじめ中東の大都市では大まかに宗教ごとの住み分けがなされているわけなんだけど、キリスト教徒たちの鳴らす教会の鐘がうるさい、ということで何度かムスリム市民たちに襲撃されてるし…。」
「そんな…。」
「ま、オスマン帝国のマイノリティー集団への寛容さはアウルパ諸国に比べれば“比較的によかった”、ということは覚えておいていいと思うわ。でも過去の栄光を絶対視してあぐらをかいてちゃダメだと思うの。」
「そういえば今でも新聞で、帝国中の都市で起こってるムスリムとキリスト教徒の衝突が報じられてるね。」
「この100年はとくに、帝国の負けが込んできて、アウストゥリヤやルスィヤがキリスト教徒たちを煽動してるからね。」
「ひょっとして昔より悪くなってる?」
「うん、多分。」
「そんなことありえるの? 人類はどんどん発展していろんなものを発明して、今じゃ蒸気機関車でどこにでも行けるし、ガス灯は夜でも明るく灯ってるのに。」
「科学の発展を思うと人類は直線的に発達しているように見えるけど、思想的・社会的にはどうかなぁ。ぜんぜん変わらない、と言う人もいるし、どんどん退化している、と言う人もいるけれど、わたしはその時々・場所場所で違うと思ってるんだけど、科学のようにどんどん進化してるってわけじゃあないのは確かだと思う。」
「でもさあ、歴史っていうのは、一歩ずつ発展していって現代へ至る過程をみてく学問なわけじゃない。そういう発展がなくて、時々・場所場所で違うっていうなら、歴史なんて研究する意味ないじゃん。」
「うん、それは現代社会を構成する要素として過去を見る、ということでしょ? そういう風に見た方が適している歴史もあるけれど、過去を現代とは異質だけれど同じくらいの価値がある世界と見ることができるなら、過去を研究することはもっと意味があると思うんだけど、どうかな。」
「同じくらい?」
「そう。過去が現代より優れている、っていうわけではないけれど、現代が過去よりあらゆる点で優れている、というわけでもない。そういう風に謙虚にしてれば、過去から学ぶことも出てくるでしょ。でも、単におじさんおばさんみたいに昔はよかった、って感傷的な感想になっちゃわないように、よっぽど精緻に過去を再構成しなきゃ意味ないと思うけど。」
「今回の件で言うと、異教徒の遇し方では過去に学ぶ点があるってこと?」
「うんまあ、学ぶ点はあるだろうし、過去においても不十分だったから、なお考える余地もあるだろう、って思うけど。でも、過去に学ぶっていいでしょ? 過去に学ぶなら、自分たちは前に出来てたんだからいまも出来るはず、って自信になるけれど、外国に学ぶってなると、なんだかなぁ、って感じになるじゃない。」
「それは言えてるかも。」


クルム汗国の臣従
ラマザンオウル侯国の臣従


「ところでラマザンオウル侯国は属国化しないの? カスティリヤ戦が終わったのに。」
「あ、忘れてた。」


1468年9月20日、ラマザンオウル侯の臣従

「ついでに、クルム汗国もそろそろいけるかな?」


1468年9月20日、クルム汗の臣従

「あ、クルム汗国はほっといてもイベントで属国になるわよ。」
「え?」
「まあ、いまできるんなら早い方がいいけど。」


モスコワ大公国のカザン侵攻

「あらら、クルム汗国の属国化に怒ったかな? モスコワがカザンに宣戦してきたわよ(1468年9月21日)。」
「うし、手も空いてるし、気合入れて支援するか。」

 と、メフメト2世は本腰を入れてほぼ全軍を北上させるが、オスマン軍が到着する頃、ルスィヤの大平原は本格的な冬を迎えていた。

「ううっ、無理だよ…。なんで味方の領内にいても兵士が死んでいくの?」
「供給限度が低すぎる上に、兵士が多すぎるからねぇ。モスコワから通行許可を奪ってからでないとまともな戦いはできそうもないわね。」
「通行許可を奪うにしても、ほらまた、カザンやクルムが兵を小出しに送っては討ち取られてく…。」
「カスティリヤと違って1州1州の価値も低いから、この負けを取り返すにはモスコワ全土を征服するつもりでいかないと足りないかもよ。モスコワとか歴史的な大国は横柄な性格に設定されてるし。」
「うん。春になったら突撃突撃で落としてく。多分、突撃の犠牲の方がもう1冬過ごすよりましなはず。」

「やっと戦勝点40%貯まった〜。見てよほら、ボログダ、ヤロスラブリ、ウラジミル、ニジゴロド、リャザン、オロンテス、アルハンゲリスクと、こんなに奪って58%。ウラジミルの4%ってなによ。」
「ずいぶん減ったねぇ、味方。15,000人か、約半減? 敵は…うわ、まだ28,000人もいるのか。」
「まぁ、弱っちいんだけど、森がちな北ルスィヤだと殲滅させられなくて。さてと、通行許可を奪うか。くれなきゃモスコワも落としちゃうんだから。よし、承諾(1470年6月15日)。」

「1469年の内政改革は、また農奴制を強化しといたからね。報告。」


アストラハン汗国の属国化

「さて、対モスコワ戦も終わったから、アストラハン汗国を属国化しちゃうか。」

1471年4月1日、アストラハン汗の臣従

「そういえば、対モスコワ戦の間に同盟に引き込んでたね、アストラハン(1469年11月5日)。」
「うん、アストラハンとホルムズの不毛な同盟がようやく切れたから。また小出しの兵力でうちの足を引っ張りそうでさんざん悩んだけど、ま、しょうがないかな、って。」
「アストラハンに貿易センターが移ってきたからねぇ(1466年8月13日)。」
「でもこれで、クルム汗、カザン汗、ラマザンオウル侯、アストラハン汗でしょ、同盟枠いっぱいにしちゃったけど、グルナタはいいの?」
「とりあえずラマザンオウルはすぐに併合するつもり。グルナタも2州あるから1回じゃ滅亡しないし。もう、同盟切れるの待ってるの、大変なんだもの。」


リトヴァニヤのクルム汗国侵攻

「これはあれかな、属国化って何かのトリガーになってるのかな。」
「う、リトヴァニヤ・イスヴェチ連合軍がクルム汗に宣戦(1471年4月6日)、か。」
「まだぜんぜん軍が再建されてないよ〜。」
「また適当にお茶濁す?」
「う〜ん、今回戦場になる南ルスィヤはこっちに近いし、平原も河も多いし。ま、臣民には苦労かけるけど、ちょっとまじめにやってみようかな。どうせリトヴァニヤ軍はエズィに殺到するでしょ? 供給限度の低いエズィを何とか占領して、トゥルラ川 Turla (ドニエストル川)を渡ってくるところを鏖殺っ! こうやってリトヴァニヤの主力を打ち破って、あとの占領作戦は3汗国にやらせる、ってどう?」
「おお、すごいすごい。戦術家っぽい。」
「まぁね。強兵に任せて行き当たりばったりでやんの、もうやめた。」

 かくして対リトヴァニヤ戦はメルテム=メフメト2世の思い描いた絵図通りに進展し、過酷な冬に耐えてエズィを奪ったリトヴァニヤ軍はクルムにてわが軍の前に敗退。わが軍はエズィを解放後、さらに進んでポドリヤ、ウクライナ、ベルゴロドを占領。クルム汗も守備兵なきボロネジを占領した。だが、その頃ようやくイスヴェチ軍が戦場に到着した。

「あ〜あ、イスヴェチ軍が来ちゃった。もうちょっと勝てそうだったのになぁ。」
「いいじゃない、今回は通行許可奪って次にもっと勝てば。」
「うん、仕方ないか。勝利点46%稼いだしね。ボロネジは10%か、クルム汗に割譲してあげられるかな? うちは通行許可を奪う、と。あ、通った(1472年9月28日)。」


Conquest of Genoese strongholds

「お、ケルチがうちのものになった(1475年4月7日)。」
「え? なんでいきなり?」
「いきなりじゃないわよ。われらが大宰相ゲディク・アフメト・パシャのおかげよ。」
「なんだかよく分からないけれど、よかった〜。ジェノヴァからこんなところ奪えると思ってなかったから。」
「ていうか、なんでジェノヴァはこんなところ持ってるのよ。」
「それはここがいわゆる“草原の道”の終着点だからよ。モオル Moğol (モンゴル)の大帝国がまだあった頃、中国からの隊商はそれまでのシルクロードの諸都市がモオル軍によって破壊されたのと、モオルが領内に街道を整備したことから、この“草原の道”を通るようになったんだけど、せっかく中国から隊商が来ても、売る先がなくちゃしょうがないでしょ? だから大汗はジェノヴァにケルチに来てもらったのよ。」
「でももうモオルの大帝国もバラバラになっちゃったじゃない。さっきも金帳汗国が分裂してクルム、カザン、アストラハンになっちゃったけど。」
「そうねぇ。ここの説明にあるみたいに、オスマン帝国がイスタンブルを奪っちゃったのは痛手だったろうけど、“草原の道”ももうだいぶ衰退してたから、ジェノヴァもあまり固執しなかったのかもね、ケルチの喪失に。元々草原っていうのは砂漠より水が少ないから旅行も大変だし。」
「言い間違い?」
「何が?」
「砂漠より草原の方が水が少ない、って。」
「ああ、いい間違いじゃあないわよ。確かに草原の方が雨は降るんだろうけど、いずれにしてもちょっとしか降らないのに、草原だとそのちょっとの雨を草がみんな吸っちゃうから、人間が使える水はまったく無いのよ。その点、砂漠は水が植物に使われること無く地下に溜まってるから、井戸を掘れば人間も住めるってわけ。」
「なるほど、シルクロードもわざわざ砂漠を通ってたのは理由あってのことだったのか。」
「じゃあ、この後は“草原の道”が衰退してシルクロードが復活したの?」
「う〜ん、まあ古代・中世ほど唯一の東西交易路ってわけじゃなかったと思うんだけど。インド洋交易の方が時代が下るに連れて重要度を増していくんだけどね。もっと後になってルスィヤがシベリヤを通る“森林の道”を開拓するわけだけど、そうやってシェアを奪うだけの行き来はあったはず。シルクロード復活のエピソードの1つにわがオスマン帝国が関わってるのがあってね、オスマン帝国で造られた火縄銃がウズベクのシャイバニー朝を経て中国で、魯迷(ルーミー Rumi 〔ローマ〕)銃と呼ばれて当時中国に侵攻してきた日本軍に使われたんですって。でもこの火器の登場が中央アジヤの混迷を長引かせて、結局シルクロードを壊滅させたようにも思うわ。」
「今じゃあ、アウルパ人の探検家に探検される場所になっちゃったからねぇ。」


The christians request submission!

「来た〜。」
「どうしたの?」
「とうとうボアブディルが勇気を奮ってカスティリヤの支配から脱してくれたの(1478年1月2日)。」
「あんたまだ同盟枠いっぱいじゃない。」
「あ…、あぁ。」
「ラマザンオウル侯国を属国化したのいつだっけ?」
「1468年9月20日。もう、ボアブディルったらせっかちなんだから。」
「ちなみに、まだお父さんのアブルハサン=アリーの時代だからね。」
「とりあえず祈ってたら? もしカスティリヤがグルナタに攻め込んでも、自分でさっき言ってたようにいきなりは滅びないんだし。」
「カスティリヤがグルナタに攻め込みませんように。ついでに、わたしがいつかパリに行けますように、神さま。御身に平安あれかし。」
「神さまがそう望まれるなら、ね。」
「ぜんぜん関係ない祈りだったけど、わたしたちがパリに行ける日なんか来るかしらねぇ。」
「ウージェニー皇后だってイスタンブルに来たんだから、オスマン帝国の皇后がパリに行ったっていいじゃない。」
「うはは、それこそ神さまがそう望まれるなら。」


グルナタとの同盟

ラマザンオウル侯国との統合


「やれやれ、わたしの日ごろの陰徳のおかげで、無事に9月20日を迎えられたわ。じゃ、ラマザンオウル侯を屈服させて、」


1478年9月20日 ラマザンオウル侯国、滅亡。

「グルナタ王を盟友に引き入れて(1478年9月20日)、と。」
「まあ、今回の件、グルナタの方からカスティリヤとの臣従関係を突っぱねたわけだし、カスティリヤはまだオスマン帝国のグルナタ保護宣言にびびってるのかねぇ。」


イスパニヤのグルナタ侵攻

「これを待ってたのかもよ。」
「これって何?」
「アラゴナー Aragona (アラゴン)王国のフェルディナントとカスティリヤ王国のイザベラが結婚して、イスパニヤ王国が成立(1479年1月26日)、だって…。」
「うわ〜、シジリヤやナポリまでイスパニヤ領だよ。西地中海が黄色い…。」
「うちの緑色はイスラムの緑だろうけど、イスパニヤのはパエリアのサフランライスの色かな?」
「あ、やっぱり来たよ。イスパニヤがグルナタに宣戦(1479年3月6日)。」
「今度は遠慮なく叩き潰せるね♪」
「ちなみに、エンデュリュスにどんだけ駐留させてる?」
「わたしの標準一個軍団、歩兵12,000余、騎兵3,000余。」
「制海権なんか絶対に取れないだろうし、エンデュリュス州は1兵も徴兵できないし、ひょっとして大ピンチ?」
「大丈夫。本隊が到着するまでエンデュリュス駐留軍が頑張るから。どうせ敵はエンデュリュス州に殺到するに決まってるんだから、こっちはグルナタ領を取って旧アラゴナ領に攻め入って、本隊来航の準備をするつもり。」
「まあ、エンデュリュス州攻略には来るだろうけど、守備もそこそこ置くんじゃない?」
「大丈夫、大丈夫。スペインの悪党どもは主に平野に溜まるんだから The villains in Spain stays mainly in the plain 。」
「は?」
「イッツ・ペインフル、それは痛ましいわね。」
「あ、上手いかも。」


スペインの悪党どもは主に平野に溜まる

「ほらね?」
「本当だ…。」
「グルナタ軍は壊滅しちゃったの?」
「うん…、トレドなんかで立ち塞がるから。エンデュリュス州の供給限界の方がイスパニヤ兵を効率よく殺してる。」


「ところで報告遅れたけど、1479年の内政改革も農奴制を強化しといたからね。」


The Morean revolts

「モラで叛乱が勃発っ(1480年11月30日)。」
「もう〜、忙しいのに。」
「まあ、そういうときに叛乱しないとね。」
「コレル、このコルコデイロス・クラダスって何者?」
「う…、知らないわ。」
「うそ〜、だってこんなに長いよ、イベント文。」
「まあこの時期、征服されたばかりのユナニスタン一帯は不穏だったでしょうけど、この叛乱もその一つというだけで、特筆するような話でもないような…。ほとんどモラ地方だけで完結してるし。たまたまこのイベント書いた人がこの事件に関心を持ってたんじゃないかなぁ。本当にわたしが知らないだけかもしれないけれど。まあ、いいじゃない、民心を損なうことなく10,000人の歩兵が手に入ったんだから。」
「きっと、これで反乱鎮圧して、とんとんよ。」


バヤズィト2世の即位

「あ〜!」
「はい、おつかれさま〜。」
「違うの違うの。ファーティヒはお隠れになっただけで死んでないの。」
「なにわけ分かんないこと言ってんのよ。」
「ね〜、オズレム、この対イスパニヤ戦終わるまでいいでしょ〜?」
「ダメ。もう30年もやったんだからいいでしょ?」
「う〜。」
「じゃあね、将軍がいたら将軍役やらせてあげる。一緒に作戦を考えましょ?」
「ほんと?」
「ええ、よろしくね、メルテム・パシャ。」
「逆らっても首斬らないでね。」
「逆らわなければいいのよ。」


1481年5月8日、オスマン帝国第8代スルタン、バヤズィト2世、即位。


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Last-modified: 2007-12-09 (日) 00:05:55 (3639d)