England AAR

公式フォーラムA wAARkingman's English AARより

プレイ条件

・Very Hard/Aggressive
・Ver 1.05NA
・MODなし

プレイ目的

以下の目標を達成し、かつ、なるべく多くの州を改宗すること。 このためには、早い時期に経済的優位を確立し、早い時期から進行を始め、早い時期に世界征服し、その後に十分な時間をかける必要がある。

第一目標

  • インストール中の音声バグを試験すること: 成功した
  • 世界を征服すること: 成功した
  • 異端(プロテスタントとカルヴァン派)を根絶すること: 成功した

第二目標

  • 世界塗りつぶし」すること: 成功した
  • 異教(pagan)を根絶すること、trading postも含めて: 成功した

第三目標

  • 世界に植民(レベル1以上のコロニーに)すること: 成功した
  • ヒンズー教を根絶すること: 失敗した
  • 中央ヨーロッパから異端を排除すること: 成功した
  • 仏教の影響力を減らすこと: 成功した

ゲームの記録

サウンドが正しく再生されないため、検証のためにゲームを始めたが、Windows XPでは問題は解決した。 イングランドの初期状態における優位を十分認識していなかったが、プレイしているうちに気づいた。 3年間で敵を全滅させ、フランスの半分を手に入れたので、未来が約束された。 AIのイングランドはせっかくの優位を生かせないのか、あっけにとられた。

それで、第一目標を決めてゲームを続けることにした。 当然、国教はカトリックのままで、世界をカトリックに改宗することにした。 Badboyレートが増えたのは、1422年に2国を併合したときのみであった。 だから、1540年まではBadboy戦争が始まることはなかった。 それまでの時間に、植民し、フランスを周辺国と切り離し、unholy alliance(カスティーリャ、ポルトガル、サボイ、プロバンス)のリーダーとしてヨーロッパを荒らし回った。 フランスと停戦した後は、イングランドが兵を出さなくても、連合軍に敵対できるものはいなかった。 カスティーリャは、マントバ、オルデンブルグ、メメルを征服した。 ポルトガルは、ブレーメン、ジーランド、エミリア、ナポリと北アフリカの3州を得た。 見ていてとても面白かった。

その後、反抗的なスペインを同盟から排除し、サボイとドイツの小国いくつかを外交併合し、フランスを併合してBadboy戦争を開始した。 ポルトガルが広大な領土に一時的な防衛戦を築いたため、イングランドの前線は短くなった。 10年間山岳で抵抗したオーストリアとボヘミアだけが、真の敵であった。

この時期は、宗教問題の心配をしていた。 後期改革派と初期カルヴァン派のせいで、コストと反乱率が増加した。 アングロサクソンとフランス文化を持っているので、これらの宗教を改宗してボーナスを得るのに必死になった。 そして神の恵みがあった、6ヶ月後にランダムイベントでフランダースがカルバン派へ改宗した。 もちろん、イングランドにとって最大の宝はエリザベス女王である。 カルヴァン派へ改宗したことと、エリザベス女王の外交能力のおかげで、改宗成功率は60%近くになった。

?(Armed with 5 sliders,) ヨーロッパと北アフリカを領有したあと、ロシアを意識してReformedよりOrthodoxへの宗教寛容度を上げた。 オランダでは頻繁に反乱が起きていた。 ベルギーは、オランダがZeelandにしていた。 4つの宗教のバランスを取り、戦争を短期間で終わらせることが必要になってきた。 ジンバブエを得たが、植民には数千ダカット必要だった。

エリザベス女王の後、凡庸な王による治世が3世紀も続くのは全くの苦痛である。 もちろん、カトリックを選んだ。 クロムウェル、ウィリアム、メアリによる貢献がないので、大きなメリットではないが。 チャールズ3世は特に無能だった。 しかし、カトリックは徐々に勢力を伸ばしていった。

マカッサルを攻略し、1690年には世界を支配した。 中国は、反乱イベントで領土の半分を満州に取られていた。 このため、早期に世界征服を達成することが出来た。 ポルトガル(20州を領有)は併合を拒んだため、戦争で属国化し、20年後に外交併合した。 (世界征服を達成すると同時に、反乱軍の技術レベルが上がり、戦闘で強くなる。このためスライダの調整が大変だった。)

国内政策は、自然に保守的になった。 ゲーム中ほとんどの期間、年に3人の宣教師を得ることが出来た。 スライダを陸軍重視にしたので、農奴制、大軍隊、防御的(最大)を選んだ。 このため軍の士気は低かった。 スライダを最大限防御重視(包囲+1)にすると、騎兵が優位を失いロシアの平原を征服した後では、IMHO(≒In My Honest Opinion, インターネットスラング)な方法である。 時間がたてば、大量の歩兵による包囲が有効である。 砲兵は全く必要ない。

1710年に、Zeelandのカルヴァン派を根絶した。 1720年代に、アイスランド、ブレーメン、ブランデンブルグのプロテスタントを根絶した。 第一目標を達成したので、他の目標を考えることにした。 1760年頃には「世界塗りつぶし」に成功し、異教を根絶した。 Trading Postから異教を根絶するのは難しかった。 その後、世界中にコロニーの建設を始めた。 第三目標の、全Trading Postをコロニーにするというのは難しくなかった。

1670年頃から、ヒンズー教を根絶するのは難しいと考えていた。 達成できるかどうかは最後まで微妙であったが、ゴンドワナが生き残ってしまった。 Mekong DeltaやDa Latを含むその他の州はカトリックに改宗できた。

ヨーロッパをカトリックにすることも目標だった。 異端を中央ヨーロッパから追放することで満足した。 (ここでいう中央ヨーロッパとは、西はRan-Dvina-Dnieprからギリシャの島々とトラキアを全て含む範囲である) 1805年にRumeliaを改宗することで、この目標を達成した。 (ロードス島は数世紀抵抗していたが、それも1790年に終わった)

仏教を改宗する機会はなかった。 彼らを半減させることにした。 チベットから仏教を無くし、東南アジアをカトリック化した。

改宗を目標とするなら、イングランドが一番適している。 都合の良い文化を持ち、初期状態が有利である。 今回はイスラム教を改宗しなかったけれども、全世界を改宗することは可能だと思える。

トリビア

  • 兵士損失1500万(うち騎兵が270万)。戦闘による損失1000万、消耗による損失500万であった。
  • 海軍技術レベル60では、世界一周に3ヶ月かかる。
  • 初期に植民した都市は、人口10万まで成長する可能性がある。(バハマは10万5425人まで成長した)
  • 世界を探検し尽くすと、“Discover Dummy”を選択できるようになる。これは東地中海のことである。
  • 月の収入は4000ダカット、Victory Pointは35,000、manpowerは800,000、文化は4つもっていた。
  • 一番占領が難しかったのは、MascateとKachinであった。
  • 一番役に立ったリーダーはヘンリー5世であった。
  • 最強の敵はオーストリアであった。
  • 4万のイングランド軍が、Hebeiで2万5千の満州軍に負けたことがあった。これが最悪の敗北であった。(陸軍技術で40も差があったのに)
  • フランダースがランダムイベントで改宗したのが、最良の瞬間であった。

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Last-modified: 2006-08-21 (月) 09:18:30 (4170d)