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さて、MESの目玉ともいうべきモンゴルのAARです。
目玉だけあってイベントも豊富、やってて退屈することはないでしょう。

前にも言ったような気がしますが、EU2のエンジンはモンゴル帝国のような急速な拡大にはうまく対応してないわけで、それを補うためにモンゴルにはダイナミックな併合イベントが用意されています。このAARでは、モンゴルに用意されている主な併合イベントを解説するとともに、チンギス・ハーンが死ぬまでにどこまで勢力を拡大できるか、ということにチャレンジしたいと思います。できればヨーロッパの大地を踏みたいです。

シナリオはグランドキャンペーン(1150開始)。難易度は「最高」、AIの攻撃性は「臆病」です。では、はじまりはじまり〜。

目次

第一章 モンゴル高原の統一(1150〜1182)

では、まずは1150年、シナリオ開始時のモンゴルの状況を。図中紫が我らがモンゴルである。

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見てもらえればわかるとおり、草原はえらい分裂状態にある。ここを統一せぬ ことには金国をせめるなど夢のまた夢。というわけで、モンゴル高原に 割拠する諸部族を平らげ、モンゴルをひとつにまとめあげるのを序盤の 目標とした。

モンゴルをプレイする上での醍醐味は、ダイナミックな併合イベントを駆使しての 短期間での勢力拡大にある。なので、このプレイではできるかぎり早期に、 巨大な帝国を築き上げることを目標とする。なお、この場合ヒストリカルイベント の大部分をすっとばしてしまうことになるので、ちゃんとイベントを味わいたい人は イベントによって大義名分を得るor交戦状態になるまでは戦争をしないことをおすすめする。

では、プレイ開始である。開始時モンゴルとその周辺国はとんでもない状況に置かれている。 なんと、どの勢力も要塞を持っていないのだ!なので、戦争になったら部隊を移動させる だけで敵の州を占領できてしまうのである。これは、通常版EU2でヨーロッパ諸国 に慣れ親しんでいたプレイヤーにとっては軽いカルチャーショックだろう。 というわけで、遊牧騎馬民族同士の戦争はまさに野戦にすべてがかかっているといえる。 地形もほとんどが平地ということもあり、騎馬隊同士の衝突となるので、兵力の損耗も激しい。 負けた方は対外消滅する。野戦に敗退した瞬間にすべてが終わると考えていいだろう。

シナリオ開始時からモンゴルは高原一帯に広大な中核州を持っており、ほとんどの勢力 に対して大義名分を持っている。ぼやぼやしていたらAIが要塞を作り始めてしまい、 そうなるとちょっと面倒なので、ゲーム開始早々、早速タイチュウト族に宣戦布告。 あっという間に併合する。実はモンゴルには、敵首都を占拠することで、敵領をまるまる 併合できてしまうというスペシャルイベントが用意されており、これは モンゴル高原に点在する全ての勢力に対して適用される。これを利用し次々に勢力を拡大し、ほんの1年ほどで全ての中核州を回収。 オイラート族以西の部族は、1182年のチンギス・ハーンの登場をもって中核州と なるため、開戦理由がなく、しばらくほっておくことに。

征服地域に州税官を配置 したりしつつ数年を過ごす。そうこうしているうちにオイラート族やナイマン族が要塞 を作り始めたので、ぐずぐずしていては面倒なことになると判断。一気に西進することにする。 というわけで、1153年5月、雪解けを待ってオイラート族に対して宣戦布告。 翌月にはイベントによって併合し、その後ナイマン、キルギス、アルタイと次々に 理由無し宣戦。併合イベントによって安定度が回復するためにこのような短期間での 理由無し宣戦が可能であった。アルタイ族も翌年1月には併合し、半年ほどで 東方のモンゴル諸部族を完全制圧。ついでにアルタイ族の首都を 占領したことで可視領域になったウズベクにも宣戦布告し、その年の11月には併合。

こうして、ゲーム開始から5年、1155年1月の勢力図は以下のようになった。 ちなみに、下の赤線のルートでゴビ砂漠を通行することができる。なので、一見すると地続きでないように見えるが、モンゴルとウイグルはつながっているし、カラ・キタイの領土もまた分断されているわけではないのである。

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これほどのペースで拡大できるのも、要塞無しのゲーム設定とイベントのおかげである。 しかしながら、度重なる理由無し宣戦のおかげでBBRは16.7/20と限界ぎりぎり。 チンギス・ハーンの登場までは大人しくしていることにする。なお、 チンギス・ハーンの登場後発生するクリルタイイベントでBBRは−10されるので、このBBR でもゲームを続ける上で特に問題はない。

ここからはちょっち内政面のお話を。技術開発は、首都に美術館を建てるために インフラを開発し、これは1173年3月に達成した。 問題は、この後陸軍技術を開発するかどうかである。モンゴルは主力が騎馬兵 であるため、陸軍を開発しすぎて騎馬兵が弱くなってしまってはかなわない(陸 軍Lv3から騎馬兵は弱くなり始める)。かといって陸軍Lv1と2の壁はかなり高く、 こちらだけLv1では士気の差で押し切られる可能性は否めない。というわけで、 陸軍Lv2までは陸軍に投資をし、その後はインフラや貿易に投資をすることにした。

次に国内政策だが、中央集権化 はチンギス・ハーン即位後のイベントによってすすんでいくのであえてここにふる必要はない。問題なのは、自由農民性Maxであろう。おそらくモンゴルでプレイする場合の 一番の悩みの種は国内政策からくる高価な安定度コストである。今はまだいいが、 この先拡大するにつれ、これが重くのしかかってくることは間違いない。よって、 安定度コスト減のために、農奴制・保守主義を進めていった。また、農奴制による 士気値へのペナルティをカバーするために質重視も平行して進めていった。

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ちなみに、チンギス・ハーンが登場するまでの30年の間にモンゴルは4人の君主が登場します。このうちのイェスゲイという奴はチンギス・ハーンの父親だったり。

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第二章 チンギス・ハーンの大征服−前編−(1182〜1210)

1182年、チンギス・ハーン登場。君主としても指揮官としても一級品である。 ちなみにEU2最強指揮官たるナポレオンの能力値は6/6/6/2、ナポレオンと並べてもなんら遜色ないのはさすがである。しかしなんで白兵値だけ5なんでしょうね?白兵戦とかそれこそ得意そうなのに・・。

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チンギス・ハーンの即位とともにクリルタイイベントが発生。 これによってBBRは10下がり、中央集権化が進むと同時に、高原の西半分が 中核州化する。

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このイベントで、BBRは4.2まで下がり、戦闘活動が再開できるようになったので、 早速王位の請求よって(ローンは受けてくれなかった)カラキタイ=ウイグル同盟に対する 開戦理由を確保し、宣戦布告。カラキタイはチンギス・ハーン(なんと包囲値3!ばけもの) によって首都を占領し、イベントによりあっさり併合。これによりカラキタイとウイグルの 所有する地域が中核州化する。ウイグルには併合イベントが用意されていないため、 全土を占領の上、首都州以外を割譲させたうえで属国化した。 続けて1186年3月にはローンによってカザフスタンに対する開戦理由を得た上で宣戦布告。 またまたチンギス・ハーンによって首都を占領し、翌年1月にはイベントによって併合。

ここでちと攻撃の矛先を考える。そして、次の獲物は金に決定。いよいよチンギス・ハーンの生涯においても重要な出来事であった金国遠征の幕開けである。早速ローンによって開戦理由を 得て、1187年7月より攻撃開始。第一軍としてベルグタイ率いる2万騎を、第二軍として チンギス・ハーン率いる3万騎を用意した。

この戦いでは、HEPEI、HEBEI、LIAONINGの3州を占領すると 下のイベントが起こり金の敗北が決定的となるため、途中の城には目もくれず、 この3城にむかって突進していくことになる。

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イベント発生とともに金国の北部大半を獲得できる。

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続けて首都となったHENANを落とすと、再度イベントが起こり、 金を併合できる。こうして1188年12月には金帝国すらモンゴル族の軍門に降った。 開戦からわずか1年半。我ながら驚くべき速さである。

金併合によて仏教州を獲得してしまたために、ここで宗教政策の変更を迫られるように。 わが国は異教・仏教・キリスト・イスラムの4つがあり、このうちキリストがもっとも 撲滅が容易であると判断、これらの改宗作業を開始し、キリスト教の寛容度を最低とした。

金征服後、早速翌年1月には西夏にローンを提案。これをあっさり受ける西夏。 当然のごとく西夏は返済を拒否したので即座に宣戦布告。この戦争では、 首都州に加え、Xining、Qulian Pendiのどちらかの州を占領することで併合イベントがトリガーされる。 9月にはこの条件を達成し、西夏を併合。西夏はチベットと同盟を組んでいたので ついでにチベットを撃破し属国化。ちなみにチベット征服のイベントも用意されているが、これの トリガーは1235年以降なので、今回はあまりことを荒立てないことにした。

こうして1192年1月の勢力図は以下のようになった。ちなみにBBRは9.7。 1192年中には陸軍Lvが2に上がるのでこれ以降研究はインフラにふる。 先ほども言ったが、騎兵はLv3以降はどんどん弱くなってしまうためである。

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さて、次の重要イベントは1210年のヨーロピアンキャンペーンである。 それ以前の併合イベントはこの時点ですべてこなしてしまったので もうやることがなくなってしまった。しょうがないのでゴール朝をいじめて 遊ぶことにする。ゴール朝はモンゴルの中核州をひとつもっているので、ここの割譲と 属国化を狙っていくことに。西夏併合後、チンギス・ハーンをサマルカンドへ移動させ、 ゴール朝に宣戦布告。ゴール朝はホラズムやケルマン、ファールスなどと同盟を 結んでいたために、ペルシア一帯をまきこむ大戦争に発展。

ここでもチンギス・ハーンの騎兵隊は圧倒的に強く、次々ゴール朝の軍を倒し、 城を陥落させていく。2年足らずでゴール朝は降伏、中核州を割譲した上で モンゴルの属国となった。ただ、よくよく考えてみると、後にホラズムがらみのイベントのときにゴール朝の領有 している州のいくつかがモンゴルの中核州となるために、ここはとりあえずは放置し、後年ホラズムがらみのイベントが起こったときに攻撃した方がよかったかもしれない。 このせいでいくつかゴール朝領有の未回収の中核州が発生してしまった。

ゴール朝をやっつけた後は、本当にやることがなくなってしまった。 BBRも10/20とちと高めなので、大人しく1210年を待つことにする。 1205年1月にウイグル併合イベントが発生。ここを併合。さらに1206年には モンゴル部族の統一イベントが発生。このイベントで攻撃主義が+3され、なんと 攻撃主義がマックスになり、包囲値にペナルティを持つことになってしまった。 野戦は十分強いのだから、攻撃主義マックスは全然ありがいたくない・・。

第三章 チンギス・ハーンの大征服−後編−(1210〜1227)

1210年、待望のイベント、ヨーロピアンキャンペーン(正式名称はThe First European Campaign)が発生。これは1210年以降で、グルジア、クマン、アラネスのいずれかと国境を接し、領土総数が 50を越えているときに発生する。

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イベントが起こると上図の赤点を打った州が中核州化する。というわけで、ヨーロッパ侵攻を開始。この日に備えてチンギス・ハーンや息子オゴタイを中心とした7万騎の騎兵隊を国境付近に配置していたのだ。クマン・グルジア・アラネスといった国々に次々宣戦。 はっきりいって弱すぎる。というかモンゴルが強すぎるのか・・。3年後1213年には チンギス・ハーンはポドリアに到達。そこからヨーロッパ諸国を睥睨した。

チンギス・ハーンの侵攻はまだまだ止まらない。転進し、さらに、セルジューク朝やアッバース朝にも戦争をしかけていく。そして、ポドリア到達から1年後にはバグダードを攻略。セルジューク朝に対しては息子オゴタイを送り込み、敵軍を圧倒していった。

1214年になり、宋併合イベントのトリガー開始年月日が近づいてきたので、宋からローン で大義名分を得た上で宣戦布告。宋の方はジュチ率いる6万余の騎馬軍に任せてある。 ジュチは一年足らずで併合条件(首都州に加え、Fujian、Hubei、NanchangのいずれかとJiangsu、Shanghai、Anhuiのいずれかを占領していること。今回は首都州とHubei、Jiangsuを占領した。)を満たし、宋を併合。 宋は東南アジアの国々と同盟しており、そことの戦争はまだ続いていたので、 ジュチは宋の残党を率いて東南アジアに侵攻。旧宋の同盟国をすべて属国化し、 戦争を終結させた。

さて、この頃にはヨーロピアンキャンペーンも終了の気配を見せており、 カスピ海や黒海沿岸の国々は全てモンゴルの属国となった。また、セルジューク朝や アッバース朝もモンゴルの属国にされた。

1218年、翌年からホラズム併合イベントのトリガーがオンになるので、ホラズムに対して 宣戦布告。翌1219年には併合イベントのトリガー(首都州に加え、Ust Urt、Khorasan、Khiva、Samarkandの占領) を満たしたために、ホラズムはペルシアの大部分を割譲した上で西遷。1221年には ホラズムの同盟国であったケルマンやファールスの全土を占領し、これらを 属国化した。これにてペルシア地方一帯もモンゴルの支配下に置かれることになった。

これ以降は併合イベントはない。チンギス・ハーンの死まであと6年弱。BBRも20/21 とかなりギリギリである。ここからはさらなるヨーロッパ侵攻を主眼にプレイをすすめていきたい。

ヨーロッパに再度侵攻するために、朝鮮を独立させBBRに余裕をもたせる。そして1222年、ローンによって ブルガール人に宣戦布告。チンギス・ハーン率いる3万の騎馬隊で侵攻、 1年ほどで撃破し、属国化。さらに1224年にはキエフに対し宣戦布告、キエフはウラジミール と同盟を結んでおり、ここの参戦を願ったが、これはかなわず、このキエフ戦がチンギス・ハーン の最後の戦になった。雪に苦戦しつつも1226年にはキエフを属国化。本当は ウラジミールも属国化し、ゴールデンホードの領域を達成したかったのだが、まあ これは仕方ない。

最後の戦を追えた後、気分的にチンギス・ハーンを首都州に凱旋させる。 チンギス・ハーンは数十年ぶりに故郷の地をふみ、そこで死を迎えた。

1227年、チンギス・ハーン死去時の勢力図は以下のようになった。 BBRの上限値のせいで、終盤思うように勢力を拡大できなかった。それゆえ、 属国がやたら多くなってしまったが、そこはご勘弁を。赤線が属国含めた帝国の勢力圏。白線は属国と直轄地との境界である。属国を介してではあるが、ハンガリーと接することができたのは個人的にうれしい。

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で、チンギスの死後、ゴールデンホードやチャガタイハンが独立し、モンゴルのBBRは0に。 これで一応ゲームを続ける上ではなんら問題ないわけですな。

あとがき

いや〜、モンゴルは主役だけあって、強いのひとこと。チンギス・ハーン、オゴタイ、ジュチを筆頭に山のように登場するヒストリカルリーダーに加え、国内政策から得られる士気ボーナス。正直、野戦で負けた記憶がございません。

難易度最高でやると、BBRが厳しいことになる(この時代のBBRの上限値は20とかなり低く設定されている)ので、拡大プレイを存分に味わいたい方には難易度を下げることをおすすめします。

唯一厳しいと感じたのは、やはり安定度コストの問題でしょうね。後半は安定度に投資しっぱなしで、1あげるのに2〜3年はかかっていました。この後もモンゴルでプレイを続けるのであれば、国内政策や改宗によっていかに安定度コストを引き下げていくかがポイントになるでしょう。また、騎馬隊も陸軍Lvの上昇にしたがって活用できなくなってしまうので、陸軍の歩兵への転換もどこかで必要になるでしょう。モンゴルの技術グループはムスリムなので、中央集権化をすすめたうえで工場などを建設すれば、技術面でヨーロッパ諸国に遅れをとることもないと思われます。

にしても、併合イベントでバンバン勢力を拡大していくのは爽快です。皆様も是非一度はモンゴルを!

おまけ

チンギス・ハーン遠征路

今回はショートAAR、そしてモンゴルでプレイする人への紹介、という気持ちで書いたため、スクショが少なめでいまいち地理関係が掴みづらいかと思ったので遠征路をはっときます。

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モンゴル併合イベント一覧(1150−1227)

モンゴルには併合イベントと遠征イベントのふたつが用意されている。

併合イベントはその名のとおり、対象国の特定の州(首都州であることが多い) を占領することでトリガーされ、BBRをあげることなくその領土を併合できるというものである。

遠征イベントは、史実においてモンゴルがその国に遠征した年になると、イベントによってその国と交戦状態に入る、というものである。

多くの場合、併合イベントのトリガー開始年月日の方が、遠征イベントよりも前に来ており、遠征イベントに頼らず対象国を攻撃したい場合は王位の請求、あるいはローンによって大義名分を得た上で宣戦布告することになるだろう。ただ、この方法でいくとBBRは上がってしまうし、遠征イベントを見ることができなくなってしまうため、どちらをとるかは個人の好みに分かれるところであろう。

ここでは、チンギス・ハーンが没するまでのモンゴルに用意されている併合イベント・遠征イベントを紹介したいと思う。モンゴルでプレイするときの参考になれば幸いである。

併合イベントのトリガー開始年月日対象国併合イベントのトリガー遠征イベントの発生
1150モンゴル諸部族(西はカザフスタンまで適用される)首都の占領特になし
1182西夏首都州に加え、Xining、Qulian Pendiのどちらかの州を占領1207
1182カラ・キタイ首都の占領1210
1182金国HEPEI、HEBEI、LIAONINGの占領(これにより金国はモンゴルに領土を割譲した上で南遷する。)1211
1182金国(遷都後)首都の占領特になし
1215朝鮮首都州の占領1231
1215首都州に加え、Fujian、Hubei、NanchangのいずれかとJiangsu、Shanghai、Anhuiのいずれかを占領1236
1219ホラズム首都州に加え、Ust Urt、Khorasan、Khiva、Samarkandの占領(これによりホラズムはモンゴルに領土を割譲した上で西遷する。)1219

<補足説明>
・ウイグル族は1205年に起こるイベントによって併合できる。
・The First European Campaignは1210年以降で、グルジア、クマン、アラネスのいずれかと国境を接し、領土総数が50を越えているときに発生する。
・ホラズム用のイベントはふたつあり、一つ目のイベントでホラズムを西遷させ、二つ目のイベントで併合することができる。二つ目のイベントは1231年に発生するようである。二つ目のイベントは未確認である。
・チベットは1235年に併合イベントが発生する模様。これも未確認。



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Last-modified: 2006-10-22 (日) 02:08:46 (3781d)