全ての富は東ローマへ通ず

コーカサス、血に染めて

隙あらばグルジアをロシアからふんだくってやろうと、ひたすらロシアの動向を観察する日々。
やることと言えば貿易ぐらいですが、まだCoTの独占も出来ないような技術レベルなので今ひとつ儲かってるって実感が沸きません。
スペイン・ポルトガル・フランス・ロシアといった大きなCoTを持っている国とは軒並み貿易協定を結んでいるので、独占が可能になればかなりの富をもたらしてくれる(と思う)のですが…

ビザンツ商人が欧州・中東各地のCoTで四苦八苦している頃、ロシアはブランデンブルク・ポンメルン同盟、ポーランド・スウェーデン同盟、オーストリア・教皇領同盟と立て続けに戦争状態に突入。
ロシアがヨーロッパでてんてこ舞いしてる今が好機です。1637年7月、ビザンツ・テオドロス・アブハジアの正教同盟はロシアに宣戦を布告。
ロシアはハンガリーと同盟を組んでいたのですが、既にオーストリアにフルボッコにされてるハンガリーにビザンツと喧嘩を始める余力は無いらしく参戦拒否。
ざまぁみろ腐れ熊五郎めプギャー

ロシアはヨーロッパ方面で手一杯らしく、コーカサス方面はスッカスカです。ビザンツ軍は無傷で包囲戦を開始。
ところがどっこい、グルジアの2州がどちらも「供給限度<要塞規模」でした。一発陥落を狙って突撃を試みてみましたが…無傷のLv3要塞が一発で落ちるハズもなし。見事に大失敗して地獄の消耗戦の幕開けです。
全収入を国庫に放り込み、毎月毎月ひたすら徴兵して消耗した分だけ兵士を送り込み続けます。
なんつーか、穴の開いたバケツに水を汲んでいるような気分になってきます。不毛です。泣けてきます。

およそ二年地獄のような包囲戦を続け、どうにかグルジアの二州を占領。既にステップ地帯を荒らしている同盟国と共同で要塞規模が最小の州ばかりのステップ地帯を突撃で荒らして回ります。

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その結果露助はギブアップ。金は得られませんがグルジアの二州に一州おまけがついてくるならまぁOKでしょう。

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これでようやく全ての中核州がビザンツとその属国の支配下に置かれました。時に1640年初頭のことです。
ゲーム開始からおよそ220年かけてここまでたどり着くことが出来ました。感無量…

しかしいつの間にかAzovが教皇領の領土になってるのは気に入りませんね。

黄金の都

1642年9月、ついに一連のFantasyイベントの終着点である「啓蒙主義の時代」へ到着。

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夢にまで見た技術グループラテン化をようやく達成。安定度低下とか強烈な反乱リスク上昇は見えない聞こえない。
…まぁ、安定度が回復するまで反乱祭りでのた打ち回るハメになったんですが。

ちなみに発生条件は

  • 革新主義スライダーが10(一番右端)であること
  • 「社会改革」が発生していること

これで最後のFantasyイベント、取り逃がしてしまっては実にもったいない話です。
1642年〜1700年の間にはどうにかして革新主義スライダーをMAXまで寄せておきましょう。


既にビザンツが所有する2つのCoTとシベリアのCoT、それに中東と欧州のいくつかのCoTも独占してかなりの月間収入を確保しているので、技術開発は一気にスピードアップ。
1665年にインフラLv5に到達し、ようやく知事を配置してインフレ率を沈静化させることができるように。
既にインフレ率は30%に届こうかって勢いなので、完全に沈静化するのはいつになることやらサッパリ分かりませんが…

欧州・中東・インドで貿易の主導権を握り、領土の大半に知事を配置し、小アジアの大半がギリシャ文化州に変化したことで収入は飛躍的に上昇。

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貿易収入が凄いです。これで中国、東南アジア、アフリカ南部のCoTに手を伸ばしたらどれほどの富がもたらされるやら…
300D近い年初収入を惜しみなく外交につぎ込み、グジャラート・アユタヤと地図を交換してアジア交易へ堂々参戦。
オランダと貿易協定を結んであるおかげで東南アジア交易は独占し放題です。

しかし、中国がどれだけ友好度を上げても貿易協定を結んでくれません。
貿易禁止を食らってはたまらないので、中国交易にはジワジワと時間をかけて食い込んでいくしかないでしょう……うーん、残念。

マムルーク、追撃!

戦争をしようにも大義名分が無くなってしまい、ビザンツ帝国に始めての長い平和が訪れます。
やることと言えばCoTへ商人を派遣することと技術開発ぐらい。
どこから独立したやら分かりませんが、なぜかハノーファーがやたらに地図を持っていたなんて嬉しいハプニングもあり、ハノーファーから得た地図と、その増えた地図を元手にポルトガルと交換した地図とで、ようやく新大陸の東側一部とアフリカ沿岸部も既知の領域に。
西アフリカ交易や南米交易にもビザンツ商人が食い込んでいき、さらなる富をコンスタンティノープルへと集めていきます。

そうやって繁栄を謳歌しまくっていた1680年…

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待ち望んでたものがキタワァー
早速国庫に金を投入して兵力を集め、翌1681年の初頭にマムルーク朝へ宣戦を布告。
徹底的にマムルーク朝を叩いてレバント一帯の割譲とAlexandriaから紅海への通路の確保を狙うつもりです。

良いことってのは続くときは続くもので…

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ついにビザンツ帝国にも頼れる海の男が!
スペイン・ポルトガル・オランダから通行許可を取得済みなので、アフリカ沿岸を通ってマダガスカル方面の探索へ向かわせます。

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ビザンツ初の殖民可能地域発見。ありがとう探検家!

殖民といえば…

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何度か発生していた小アジアの文化変更イベントがついに打ち止めに。小アジアが一面ギリシャ文化州に変わってくれました。
これで改宗が一気に進んでくれるといいんですが…


肝心の戦争はマムルーク朝の領土の大半が要塞規模最小だったので、突撃三昧でドシドシ城が陥落していきます。
が、南から攻め上がって来て何州か紅海沿岸部の州を引き取ってくれる予定だったエチオピアがぜーんぜん攻め上がってきてくれず、しかもマムルーク朝の同盟国のアデンと単独講和をしやる始末。
そのせいで戦争の構図が
『ビザンツ・エチオピア・テオドロス・アブハジア同盟vsマムルーク朝・アデン・カザフ汗国同盟』
から
『ビザンツ・テオドロス・アブハジア同盟vsマムルーク朝・アデン・カザフ汗国』と『エチオピアvsマムルーク朝・カザフ汗国同盟』
に分かれてしまい、うかつにビザンツ帝国がマムルーク朝と講和するとエチオピアがフルボッコにされてしまう事態に…
とりあえずマムルーク朝の領土をほぼ全土制圧してエチオピアとマムルーク朝の講和が先に成立するのを待ちますが…

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あぎゃー勘弁してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
この後さらに「言われ無き反乱」が追い討ちをかけるように発生するわ、戦争の長期化で戦争疲弊による反乱が頻発するわ…
反乱祭りが手におえなくなったのでギブアップ。エチオピアのことは諦めてマムルーク朝と和平を結びます。

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8年続いた戦争がようやく終結です。やれやれ…
どうにか開戦当初の目標だけは達成できました。
この講和で一気に領土は広がって

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こんな感じに。東西分裂直後の東ローマ帝国の領土になんだか似てきましたね。
でもさすがにこれだけ豪快に非中核州を取るとBBR上昇が激しく…

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BBRは12.1に。結構ヤバげな数値です……
当分は戦争で領土拡大を考えることができそうにありません。


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幸い探検家がこんなにも頑張ってくれているので、戦争の代わりに殖民で領土を拡大していくことができそうですが。

更にこんな大ラッキーまで。

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Alexandriaの改宗キター!!!
アレクサンドリア総主教はさぞ大喜びしていることでしょう。
いやあ、ランダムイベントって、本当にいいものですね。

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でも小作人達の不幸だけは勘弁な。



パクス・ビザンチニカへ続く



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Last-modified: 2009-03-12 (木) 03:37:43 (3114d)