欧州三国志(AGCEEP3人プレイAAR)

第5夜

史実ではオスマン帝国による第一回ウィーン包囲が行われた1529年、欧州は見せかけの平和を享受していた…

1530年4月、スウェーデン王グスタフ・ヴァーサはヴェステルロースの議会にてプロテスタント国家を宣言。スウェーデンがある程度強くなってくれないと、強大化するオーストリアを牽制することができないので、機を見てスコーネ(Skane)をスウェーデンに割譲してやりたいものである。

1530年9月、恐れていたとおり、ケルンがあっさりとフランスに外交併合される。フランスは3アンリの戦い(フランス宗教戦争)の時に、きっちりと懲らしめてやらねばならない。

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1534年1月25日、我がイングランドもプロテスタント国家となる。イベントでの改宗の場合は安定度が下がらないのが有り難い(王室間の婚姻を破棄する数だけは下がる)。

 〜ヘンリーVIII世は6回結婚して、そのうち2人の奥さんを処刑してるんだよな。

 「…お、女の敵!ヾ(*`Д´*)ノ"」

ともあれ、ペノブスコット(Penobscot)とロイヤル島(Isle Royal)の入植を完遂させ、プロテスタントの領地を増やす。

それにしても、カトリックからプロテスタントに改宗した途端、安定度コストが跳ね上がったのには参った。

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ただでさえプロテスタントは安定度コストが高くなる修正がつくのに、まだプロテスタントの州が少ないために、安定度コストが倍になってしまった。

墺露の躍進

イングランドが安定度回復に躍起になっている間に、オーストリアがボヘミアを併合する。

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今回はオスマン帝国も強大なので、オーストリアには是非ともヨーロッパの楯となって消耗して欲しいものである。あまりにも強大になるようなら、きっとナヴィアさんのオランダが舵取りをして、オーストリアとフランスの力の均衡を取ってくれるだろう。

一方、このところおとなしかったロシアが、ついに動き出す。

 R「やれやれ、やっと動けるようになったぞ」

1546年、カザンの併合イベントが解禁されたことを受け、ロシアはカザンに宣戦布告。

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キプチャク汗国が滅亡しているので、イベントのありがたみは少ないが、それでも首都を落とすだけでイベント併合が発動するのは、美味しい。
ロシアは首都カザン(Kazan)を1年で攻略し、カザンを併合。

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 R「ひとーっつ!」

気勢が上がるロシアは、1549年にクリミアに宣戦布告する。

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 「なんだかすごくカチカチ聞こえてくるんだけど…」

RyoのPCから、ものすごいクリック連打音がするのが不思議だったが、どうやら歩兵が4ダカットで徴兵できるらしい。
全土で安い歩兵を徴兵し、歩兵の数にものを言わせる人海戦術を取っているようだ。

でもって、この戦争もわずか4年で終結。

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 R「ふたーっつ!」

ずいぶん領土を広げたロシア。しかも1550年が過ぎているので、アストラハンの併合イベントも解禁となっているはずだ。
ということで、その1年後にはまたもロシアが動く。

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アストラハンにも宣戦布告! そしてこれも1年で終結!

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 R「みーっつ!!」

 〜ぜ、全滅!? 3つの汗国が全滅? 10年ももたずにか!?(加藤治風)

 「…いや、クリミアはまだ生きてるし」

雷帝イヴァンIVは、その異名の通りに周囲を荒らしまくり、結果として威圧感ありまくりのロシアが完成したのである。

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 R「まだだ、まだ終わらんよ!」(池田秀一風)

オランダの建国

イングランドは1553年に"モスクワ貿易会社"イベントで待望の探検家を手に入れる。1年で死んだカボットに続いての2人目の探検家は、実はランダム探検家だ。すぐに死ぬ史実の探検家達よりもランダム探検家の方が役に立つ気がするのは私だけだろうか。

さて、この"モスクワ貿易会社"イベントは革新主義が6以上でないと発動しない。ここで探検家を得ないと序盤のフランスとの入植競争が絶望的になるので、このイベントは何が何でも発動させるべく、内政スライダを計画的に動かしておいた方がよい。

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くまなく北米を探検したが、チェサピーク(Chesapeake)とデラウェア(Delaware)がフランス領となってしまっている。北米の西海岸のペノブスコット以南は、どこも基本課税価格が5〜7なので、将来的に植民地戦争が起こる際、これらの地は徴兵において有利になる。なので、ここは最優先奪取目標だ。

スペインが未だアステカに手を出していないのも不思議な展開だが、後にこの理由が判明する。

そして1559年5月、ナヴィアさん待望のイベントが発生。

 「うーん、オランダになれるみたいだけど…」

 〜え? ここまで来てならないの?

 「オランダになるとインフレ+10なのよ。かといって、ならないとエノーになっちゃうし…」

 〜いや、エノーだとこの先、イベントが全然起こらなくって、つまんないんじゃないかなぁ…

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ということで、暫しの逡巡の後、無事にオランダが建国されたのであった。

リヴォニア騎士団の運命

オランダが誕生したのでセーブ&ロード。そこで国変更画面を開いて確認してみたのだが、なんとアステカ帝国が滅亡しているのだ。でもって、メキシコあたりに見える緑色の国はサポテクらしい。

ということで、まだ中央アメリカの金も、南米の金も、手つかずになっている…。ここを狙う国がどこかで、今後の欧州情勢は大きく変化することだろう。おそらくインカ帝国とスペインは戦争することになるかと思うのだが、サポテクとはどうなるんだろう…。

仮にスペインが今後中央・南アメリカに進出したとしても、すでに史実より遅れを取っていることになるので、イングランドには有り難い話だ。

さて、イングランドであるが、1558年からイングランドの君主となったのはエリザベスI世である。彼女は最高の能力を誇る君主の一人だ。

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1560年には"商人の冒険"イベントが発生し、アングリア(Anglia)に貿易センターができる。ちなみにこのイベントも革新主義が4以上でないと発動しないので、注意する必要がある。

同年には"リヴォニア騎士団の運命"イベントが発生するが、騎士団は"頑強に独立をつらぬく(選択肢C)"ことを選んだため、俄然バルト地方がきな臭くなってきた。まず、これによって建国されるはずのクールラントが登場しなくなったのである。

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さらに、スウェーデンは騎士団を承認した(選択肢B)のだ。ポーランドやデンマークはもちろんこれを承認しなかったため、リヴラント(Livland)はポーランド、デンマークの中核州になったはずである。

 R「好機!」

ロシアも当然のように騎士団を拒絶し、エストラント(Estland)がロシアの中核州に加わった。
こうしてリヴォニア騎士団の領土は周囲の大国達の中核州になってしまった。ここでロシアにとって幸運なのは、スウェーデンが騎士団を承認したためにバルト諸国はスウェーデンの中核州となっていない状態となっていることだ。ロシアがエストラントを取っても、スウェーデンに大義名分はつかないのである。

1562年、ロシアが満を持してリヴォニア騎士団に宣戦布告。

しかし、これが泥沼の戦争になるとは、プレイヤーの誰一人として予想しえなかったのである…

第二次英仏戦争

さて、1562年に待望のフランス宗教内戦が発生する。

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エリザベスI世は密かに介入を決意し、ユグノーへの支援を行い、同盟を締結。 イングランドは同盟主となっているので、現在進行中のユグノー戦争には参加できないが、ユグノーが一発併合される可能性はきわめて低いし、この先フランスとユグノーが何度も戦争するのは目に見えているので心配ない。

来るべき対仏戦の目標を重要度順に並べると、

1.大陸領土の保全
2.フランスの地図奪取
3.フランスの北米植民地の奪取
4.プファルツの奪取

である。

まずはフランスの首都州イルドフランス(Ile de France)に隣接する、コー(Caux)に砲兵を含む陸軍を徴兵し、また北米でも兵を揃える。

そして1567年9月26日、フランスが教皇領と共にユグノーに宣戦布告。イングランドは同盟を履行し、これに介入する。

まずはイルドフランスにいるフランス軍主力がユグノー攻撃に向かうまで待機し、がら空きなった隙をついてパリを包囲。砲兵の威力は絶大で、パリはわずか7ヶ月で陥落。同時にプファルツ(Pfalz)攻略にも成功。
北米では2千のフランス軍を6千のイングランド軍で殲滅。制海権はイングランドにあり、フランス海軍は全く活動できず、増援を送ることができない。

こうして1569年1月、和平が締結。イングランドはフランスの全北米植民地と、プファルツを獲得。第二次英仏戦争第1ラウンドは、イングランドの完勝であった。

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落日のフランス

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1570年、ポーランドがイベントによりリトアニアを併合する。同時に8年続いていたロシアとスウェーデン連合との戦争もスウェーデンからの賠償金200ダカットで和平が成立。

 R「しまった、単独和平のつもりで同盟主と和平しちまった…」

どうしてもリヴォニア騎士団から領土を奪いたいロシアは、和平成立からわずか4ヶ月後に再度リヴォニア騎士団に宣戦布告!
豪快に安定度が下がっているのに、気にしてないらしい。

が、やっぱり気にしなければいけなかったようで、1571年にカザンがロシアから反乱独立してしまう。

しかも、ロシアの動乱はこれだけに終わらなかったのである…

一方フランスでは。
1572年8月には"サン=バルテルミの虐殺"イベントが発生し、またもユグノー戦争が再勃発したのである。イングランドはユグノーとの同盟を履行してフランス・教皇領と戦争状態に入るが、今回は和平期間中なので豪快に安定度が下がってしまう。

それでもイングランドはすでに戦争の準備が整っており、前回の戦争以降にフランスが入植した、北米の交易所や植民地を片っ端から占領する。ヨーロッパ戦線では例によってコーから首都州イルドフランスに直行してこれを包囲。

1573年5月にはパリが陥落。フランスの全北米植民地とマインツ(Mainz)を獲得して和平が成立。第2ラウンドもイングランドの圧勝であった。

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これにより、フランスはドイツ領フランスへの移動経路を失った。そのためケルン(Koeln)での反乱を鎮圧できなくなってしまう。

その帰結として、1576年7月ケルンがフランスから反乱独立。これによりフランスはドイツの領土を全て失ったのであった。

ドイツへの足がかりを失ったフランスは、中核州を回復しようと今度はサヴォイアに宣戦布告。これはフランス有利に運ぶかと思いきや、サヴァイア同盟にスペインが参加した(!)ために、形勢が逆転。1577年にフランスが賠償金を支払って講和が成立する。

あまりフランスが弱体化しすぎると、オーストリアとスペインが強くなりすぎてしまう。三十年戦争ではオランダの舵取りが試されることになりそうだ。

そのナヴィアさんだが、めっきりおとなしくしてると思いきや、どうやらあちこちの交易センターに商人を派遣しているようだ。

 「オランダといえば商業立国ですからね」

 〜あー、でも、まだカトリックのままじゃなかったっけ…

 「…そ、そういえばそうだったわね」

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…もしかして、カトリックのままだったことに気づいてなかった、とかじゃないですよ、ね。

泥沼のバルト情勢

1562年からずーっと続いているロシアのバルト戦争(4ヶ月の休戦期間はあったが)。反乱軍の支配下にあったロシア領ウクライナ(Ukraina)がポーランドになっても、1581年にアストラハンが反乱独立しても、1585年にノヴゴロドが反乱独立しても、終結しない。

 〜そんなにエストラントって、必要なのかなあ…

 R必要かどうかは問題ではない

 「かっこいい…」

…これが、大国の意地というやつなのか。

1587年、ようやくリヴォニア騎士団がエストラント(Estland)をロシアに割譲して和平が成立。

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ロシアが16世紀の末に領土をいくつか失うのは、ヒストリカルといえばヒストリカルだな…。

イングランド国内では、エリザベスI世の統治スキルの高さを生かし、1587年までに自文化の州を全てプロテスタント化する。そう、今後もプロテスタント国家を貫く方針に固めたのである。理由はいくつかあるが、

1.国土が広くなったので生産力にボーナスが付く方がよい。
2.改革派の国はオランダを除くと少ない
3.ナヴィアさんと不毛な商人派遣戦争をするのがメンドクサイ

といった理由である。

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ちなみに1589年時点で存在するプロテスタント国は、デンマーク、スウェーデン、ブランデンブルク、ヘッセン、ザクセン、プロイセン、オルデンブルクである。


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Last-modified: 2007-02-17 (土) 11:43:07 (3690d)