欧州三国志(AGCEEP3人プレイAAR)

第6夜

…1599年、オーストリアがプロテスタントであったザクセン選帝侯を武力併合。これに対しプロテスタント諸国は一斉に反発し、1600年にはプロテスタントの旗手であるイングランドがオーストリアに宣戦布告したのである。
後に三十年戦争と呼ばれる凄惨な殺戮劇の幕開けである。

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1589年、スウェーデンに対する一時的な大義名分が得られたのでこれに宣戦布告。スウェーデン、ブランデンブルク、ブルターニュ、ノヴゴロドというこの同盟との戦争は、イングランドがスコーネ(Skane)を割譲してすぐに和平。
これで欧州のイングランド領は全て中核州のみとなったのである。

第三次英仏戦争

フランスはユグノーをイベント併合した直後、フレンチ・カトリックにも宣戦布告する。

これまでの経験上、フランス宗教戦争ではフランスが同盟国に領土を奪われることが多いことが判っている。つまり今回の戦争の場合、フランスの同盟国であるヴェネツィアや教皇領などがフレンチ・カトリックの領土を占領した状態で、フランスがフレンチ・カトリックをイベント併合(1593年)すると、それらの領地は自動的にヴェネツィアや教皇領の領地になってしまうからだ。

ということで、ヴェネツィアがラングドック(Languedoc)を占領したタイミングで、この戦争に介入することとした。あらかじめフレンチ・カトリックには独立を保証しておき、さらに通行許可を得ておいたのである。

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この戦争の目的は、

1.ヴェネツィアや教皇領によるフレンチ・カトリック領占領の妨害
2.ヴェネツィア・教皇領海軍の撃滅
3.フランスへの大陸領土の割譲

である。

フランス軍は主力をフレンチ・カトリックの首都州シャンパーニュ(Champagne)方面に向けており、南仏には全然振り向けていない。
フレンチ・カトリックと同盟しているわけではないが、ラングドックを奪回するとそれはフレンチ・カトリックの支配に戻る。エセックス伯ウォルター・デヴァルー(Essex)准将に率いられたイングランド大陸軍はラングドックを教皇領から奪還し、その後はサヴォイア領を通過してくるヴェネツィア、教皇領軍を迎え撃つ。

海軍主力、イングランド本国艦隊は南仏沖でヴェネツィアおよび教皇領の海軍主力を殲滅、さらに敵を求めてアドリア海に突入する。見敵必殺、率いるのは(史実では)無敵艦隊を破った英雄の一人、ジョン・ホーキンズ(Hawkins)老提督である。

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さすがに指揮6-砲撃6-白兵5の戦闘力(攻撃主義および質重視に振り切っているので砲撃および白兵に+1修正がついている)は伊達ではなく、迎撃に出たヴェネツィア艦隊を一蹴。結局この戦争でヴェネツィア海軍は、総数80隻が10隻あまりにまで減少したのであった。
あまり叩きすぎるとオスマン帝国に利することになるが、それはそれで対オーストリア戦略に適っているだろう。

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フレンチ・カトリックが南仏に部隊を常駐させたことを確認して和平。
イングランドが影からアシストしたことも知らないフランスは、1593年に無事フレンチ・カトリックをイベント併合し、フランス宗教内戦は終結。

戦争目的の3.は達成できなかったが、満足のいく結果であった。

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三十年戦争前夜

17世紀を目前に、各国もいろいろと動きを見せる。

オスマン帝国と無償和平することに成功したロシアは、ようやく国内の反乱を一掃し今度はカザンに侵攻。

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これは歩兵の突撃であっというまに首都を落とし、カザンを再併合する。

1598年、スウェーデンで"ジギスムント王とカール公"イベントが発生する。これでスウェーデンには宰相アクセル・オクセンシェルナが登場して三十年戦争への準備が整うこととなった。ただし目下の所スウェーデンの敵はデンマークとなっており、三十年戦争に介入するかどうかは不明だ。無事にポンメルン(ポーランドの属国)が生き残ってくれれば、スウェーデンとブランデンブルクに継承される。これを利用してスウェーデンがドイツに領土を持てばいいのだが…

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ヨーロッパでは動きを潜めているオスマン帝国だが、アジア方面では活発な動きを見せている。1599年の和平にはプレイヤーの誰もが驚いた。

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 〜これは、ペルシアの一帯を押さえたって事だな。

 「すごい、プレイヤーの戦争みたい」

 R「ちょっと待てよ、こんなに強くなったら手におえんぞ」

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一方、毎年のように大量の探検家が出現して、ひたすら探検に明け暮れていたオランダだが、1600年にオランダ連合東インド会社が登場。

 「ポルトガルと戦うにも、スペインの属国で同盟も組んでるのね…」

そう、実は1597年にスペインとオーストリアとの同盟が切れ、スペインは属国のポルトガルと、オーストリアは属国のスイスと同盟を結んだため、オーストリア=スペイン同盟は瓦解していたのだ。
普通にプレイしていると、スペインは中南米諸国とずっと戦争しているため、同盟瓦解は滅多に見られないが、今回のスペインは、サポテクともインカとも戦争していないのであった。

フランスが同盟更新の隙をつき、単独となっていたサヴォイアに宣戦布告、その後サヴォイアはスペインと同盟したのだが、スペインが盟主なのでスペインはこの戦争に介入できない。

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フランスがいい感じに大きくなってきた。これでスペインやオーストリアに対抗できるかもしれない。

三十年戦争勃発

フランスでの宗教戦争が終結してからわずか4年、今度はドイツで宗教戦争が勃発する。 1597年にオーストリア=スイス連合がザクセン(プロテスタント)に宣戦布告したのである。
ちなみにスイスはその全領土(2領邦)が改革派に改宗していたのだが、国教を改革派に変更する前に宣教師派遣によってカトリックに戻してしまい、結局カトリック国家のままとなっている。

1州しかないザクセンは、わずか2年でオーストリアに併合される。ザクセンの同盟国ヘッセン(プロテスタント国家にして神聖ローマ帝国皇帝)の命運も風前の灯火である。

これに対しスウェーデン=ブランデンブルク同盟が反応を見せた…かと思いきや、奴らはデンマークに宣戦布告するという駄目だめっぷりである。ブランデンブルク、侵攻方向逆〜。

介入を決意したエリザベスI世は、同盟相手を捜す。
フランスとは戦争したばかりで関係は最悪、北ドイツは殆どが改革派同盟(盟主は当然オランダ)だ。もちろんオスマン帝国との仲も悪い。

ということで、ポーランドに白羽の矢が立つ。盟主はロシアだ。

 〜あー、ロシアは最終的にポーランドと対決するつもりだよな?

 R「そうだな」

 〜では、オーストリアとの戦争でポーランドが消耗するのはロシアの国益に適うってことだな

 R「…まあ、そうだ」

 〜じゃあ、うちと同盟するっていうのはどう? オーストリアに宣戦布告して、ポーランドとオーストリアをぶつけられるんだが。

 R「…よし、乗った」

ということで、ロシアとイングランドは170年ぶりに再同盟したのである。
よし、これで準備は整った。全軍、前進せよ!

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予想通り、ポーランドがボヘミアに侵攻、オーストリアが対処に追われている間に、歩兵及び騎兵3万9千、砲兵100門を要するイングランド大陸軍がハノーファー(Hannover)を攻略、さらにブランデンブルク領を通過してザクセン(Sachsen)を攻略する。
ポーランドがシュレジェン(Silesia)、エルツ(Erz)を陥落させ、モラヴィア(Moravia)攻略に取りかかる。

が、上手くいったのはここまで。

7万人からなるオーストリア軍主力が反撃に出て、ポーランド軍主力をあっさり撃破。イングランド大陸軍も敗走中を襲われて、全滅(!)。砲兵の足の遅さのため、オーストリア軍に撤退先まで回り込まれてしまい、歩兵・騎兵が全滅→白兵戦フェイズで砲兵100門が消滅、というコンボを食らってしまったのだ。
歩兵を補充しようと本土から派遣していたのだが、本国で徴兵した兵士を海路ブレーメンまで運び、そこからドイツ諸州を通過してザクセンまで運ぶのでは、全然間に合わない。何となく史実のオランダ独立戦争の時の、スペイン軍指揮官の気持ちがわかってしまった。

ともあれ、およそ5万の兵を失ったのである。イングランド史上最悪の敗戦であった。

 〜(ソロプレイならリセットものだな)

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 〜すまんRyo、ここが限界点みたいだ。

 R「なんだ、もう勝ったのか?」

 〜いや、スターリングラードで全滅したw

 R「なんだと? じゃあ、ポーランドには領土をやらんで、イングランドが占領中の2州を獲得すればいいんだな」

 〜すんませんorz

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ポーランド軍の戦果のおかげで、なんとかハノーファーとザクセンを獲得して和平に成功。しかし、陸軍の損害は非常に痛かった…。

三十年戦争・第2ラウンド

三十年戦争の第2ラウンドは、カトリックと改革派の間で勃発した。1609年、オーストリアがヘッセンに宣戦布告したのである。ヘッセンの同盟国はオランダ、プファルツ、ブレーメン、オルデンブルクで、対するカトリック同盟はスイス、オーストリア、ケルンである。

 「ケルンをまず叩かないと、オランダ本国領の工場が…」

オランダ軍主力はケルンになだれ込み、速攻でこれを制圧。

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 「これでこっち同盟の連絡線は確保できたわね」

 〜オーストリア軍は強いから、注意してね…

 「なんか4万とか5万とかの軍がうようよいて…」

それでも何とか撃退には成功したようで、この戦争も3年で終結

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 「せっかくポルトガルに大義名分がついたんだけど、全然そっちと戦う余裕がないわね」

現時点ではポルトガルはスペインの属国で、この強大な海軍を持つ同盟を破れる国は…ウチだけだな(ボソッ)。

三十年戦争・第3ラウンド

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三十年戦争の第3段階は、改革派とプロテスタントの間で発生である!

 「な、何!? 属国のオルデンブルクが属国化を解除して私に宣戦布告してきたわ。大義名分もないのに」

…オルデンブルクはプロテスタント国だったからかな? 放っておいてオランダに併合されるのは忍びないので、ここはイングランドの同盟に引き入れることにする。

ということで、ロシアとイングランドの同盟を解消し、ヘッセン、オルデンブルクによるプロテスタント同盟を作成する。

 〜拝啓ナヴィア様。この度はウチの不肖のオルデンブルクが愚かにも貴国に宣戦布告するという非礼をはたらき、盟主として赤面の至りであります。ここはひとつ、イングランドが謝礼を払いますので、どうか一つ併合はせずに穏便に事を済ませてやってはくれませぬか。

 「(笑)、いいわよ」

ということで、第3ラウンドはあっさり白紙和平。後でオランダにお金を送っておいたイングランドであった。

三十年戦争・第4ラウンド

第4ラウンドは1615年にオーストリアのシュトラスブルク侵攻で始まった。同盟国のいないシュトラスブルクは1年でオーストリアに併合される。

が、これで再びオーストリアに大義名分を得ることができた。

1617年、イングランドは単独でスイス=オーストリア連合に宣戦布告。

直後に狙い通り、オーストリアで「第二次プラハ窓外放擲事件」が発生し、ボヘミアの反乱リスクが軒並み上昇する。 しかし、オーストリア軍主力がとんでもない兵力なので、反乱軍はあっという間に鎮圧されてしまう。

こうなったら自力でボヘミアを建国するか?

反乱によるボヘミア発生を諦め、オーストリアからズデーテン(Sdeten)を奪って和平する。すぐさま属国としてボヘミアを作成!

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ついでに、プファルツのイベント定義文にバグを発見したため、AGCEEP公式フォーラムで報告しておく(和訳ファイル次回配布版に添付予定)。これを修正し、プラハの冬王イベントが無事プファルツ、ボヘミア、オーストリアで発生。

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なんだか無駄な事に労力を割いている気がしてならないイングランドであった。

三十年戦争の結末

こうして三十年戦争は最終段階、プロテスタント同盟の反撃を迎えることになった。

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が、何も起こらなかったのである! 正確には、スウェーデン=ブランデンブルク同盟はオーストリアに対してアクションを起こさなかったのだ。
結果的にボヘミアはオーストリアに再併合されてしまい、イングランドの思惑は大きく外れることとなった。

結局、ドイツ三十年戦争は「北ドイツへの進出を果たしたカトリック・オーストリアに対し、プロテスタント・イングランドがこれを阻止した」戦争に終わったのであった。

これ以降、イングランドは大陸での外交方針を転換し、(三十年戦争以前のように)欧州各国の力のバランスを影から支援するようになる…。


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Last-modified: 2007-03-11 (日) 19:11:28 (3668d)