レコンキスタ in 小アジア

失地の回復

Macedoniaを得てようやくアレコレと外交で立ち回りができるように。
ハンガリーとの同盟が切れたセルビアを同盟に引き込み、モルダヴィアと二国纏めてサクッと属国化。
こうしてバルカン半島での地歩を一歩一歩固めていたところ、1443年にハンガリーがオスマンとイベントで開戦してハンガリー・オーストリア・バイエルン同盟とオスマン帝国・アルバニア・白羊朝・チャンダル同盟の全面戦争が勃発。
さらに黒羊朝・ティムール帝国同盟が白羊朝に宣戦を布告するわ、アルバニアでスカンデルベクが蜂起してオスマン同盟から離脱するわでオスマン帝国はまさに踏んだり蹴ったり。
早速横槍を…入れようにも先の戦争で経済も軍隊もボロボロ。年初の収入で騎兵を徴兵しつつ、アルバニアを同盟へと引き込んでしばらくはジッと情勢を見守ることに。

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するとオスマン帝国フルボッコ
これだけフルボッコにされてるなら行けるだろうと、Wallachiaの割譲+20Dでハンガリー同盟とオスマン同盟の講和が成立したのを確認して、突厥どもに宣戦を布告。
東から敗走してくる細切れになったオスマン軍に騎兵でトドメを刺し、小アジアのオスマン領を騎兵が荒らしまわって3年半で戦争終了。
その結果Rumeliaをビザンツが、Dobrudiaをモルダヴィアが得てオスマン帝国の欧州側領土が全て消滅。

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あとはモレアを外交併合すれば念願のビザンチンルネッサンス発動です。

ルネッサンスはバルカンを越えて

モレアを併合すればルネッサンスの始まり…なんだけど、その肝心のモレアがぜーんぜん併合されてくれない。
頼みの綱だった外交スキル7の君主は既に亡く、史実では「首を刎ねてくれるキリスト教徒大捜索大会inコンスタンティノープル」の主催者として有名な現君主のコンスタンティノス11世は外交スキル5と今一つ。
うーん、厳しい…

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そうこうしているウチに君主が交代してしまい、以降60年ほど続く無能君主地獄へ突入

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文句のつけようがない無能っぷり。泣けてきます。



無能君主にも負けず、どうにか外交併合に漕ぎ着けたのは1461年。
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実に属国化から40年もの月日が流れてしまいました。

外交併合から程なくビザンチンルネッサンスが発生

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ようやくこれで帝国復活のスタート地点に立つことができました。

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広々とした中核州。これを全部回収するのが当面の目標になるでしょう。

オスマン帝国、散る

モレアの併合で領地が6州を超えた為、こんなイベントが発生

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このイベントがあるからSmyrnaを一手目で取っても問題ないってワケです。

詳しい発生条件

  • 1430年以降
  • オスマン帝国がイベントでSmyrnaを取っていない
  • 領土が6州以上

ちなみに、Antalyaにも同様に

  • 1430年以降
  • オスマン帝国がイベントでAntalyaを取っていない
  • 領土が6州以上

って条件を満たすとAntalyaの州税が+3、人的資源が+1されるイベントが用意されてます。


〜閑話休題〜

ビザンツ帝国にルネッサンスの波が到達した頃、宿命のライバルであるオスマン帝国は白羊朝と組んでお隣のカラマンに宣戦を布告。
オスマンとの停戦条約期間もとうに過ぎて久しいので、カラマンの領内にオスマン軍が入ったところでオスマンに宣戦布告。大増殖した中核州を早速回収させて頂くことに。

陸軍技術レベルの差がこちらは2でオスマンは5と中々酷い塩梅で、騎兵オンリーでも野戦は勝ったり負けたり中々結果が安定しない。
しかも西ではポーランド・リトアニア同盟がモルダヴィアに喧嘩を売ってくる始末。
それでもカラマン軍がいい感じにオスマン軍の主力を引き受けてくれたおかげで1466年に全土を制圧して首都以外全割譲+75Dで講和。

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もはや死に体のオスマンを尻目にガッツリ領土を拡大することができました。
ポーランド・リトアニア同盟は勝手にモルダヴィア・セルビア・アルバニア軍にフルボッコにされて80Dの支払いを条件に泣きついてきて講和成立。
時折喧嘩を売ってくるハンガリーもサックリ返り討ちにして小額の賠償金を国庫にもたらしてくれるし、バルカンの小国たちはなかなかどうして役立つ同盟国です。

で、ビザンツとオスマンは講和が成立したもののカラマンはオスマンと絶賛戦争中なので…
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当然の帰結としてこうなります。
ざまーみろ蛮族めローマ帝国にたてつくからこーなるんだプギャー

もちろんオスマン帝国が消えた翌日にカラマンに宣戦を布告して殊勲のカラマンさんから上前をガッツリはねちゃいます。

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こうして領土は12州に。
どう見ても立派に東ローマは復活したように見えるでしょう。

ただ、豪快に領土を拡張したせいで領内は異教徒異民族の山に。
安定度コストが段々とヤバい数値になってきました

コーヒーブレイク

ゲーム開始50年でどうにかオスマン帝国を消滅させることに成功しました。
古いバージョンのAGCEEPでは腐れオスマンと喧嘩してると悪辣なヴェネチアが背後からブッスブッス刺してきて酷い目にあったもんですが、現行のバージョンではヴェネチアが大変おとなしいのでここまで漕ぎ着けるのが結構楽になった感じがします。
個人的にFantasy Byzantiumはオスマン帝国を滅ぼすまでが序盤の山場だと思っているので、まずは一山越えてホッと一息ってなところでしょうか。

オマケのコーナー:個人的な突厥退治虎の巻

  • 軍はひたすら騎兵
    • オスマンとの技術格差を埋めるには騎兵しかありません。まぁ、技術格差のある相手と戦争をする際の常套手段ではありますが。
    • 相手の陸軍技術がルネサンス期〜バロック期前半ぐらいまでなら、一見絶望的な技術格差も騎兵の集中運用で埋め合わせることが可能です。
  • オスマン帝国がどこかと戦争を始めたら、すかさず背後からブッ刺す
    • 当たり前の話ですね。オスマン軍主力が「どこか」の領地に入っていってから宣戦布告するのも当たり前の話。
  • オスマンに小アジアでの徴兵をなるべくさせない
    • よくある「オスマンの大軍が居てボスポラス海峡が渡れません!」な状況を防止するため。バルカン側だけでオスマンと戦うと後々苦しくなるので、積極的に小アジア側を騎兵で荒らしておきましょう。
  • ハンガリーが通行許可を求めてきたら絶対に与える
    • これも「オスマンの大軍が居てボスポラス海峡が渡れません!」って状況の防止策。これを忘れるとたちまち小アジアにオスマン軍のタワーが積みあがります。
    • 小アジアまで侵攻したハンガリーがビザンチン・ルネッサンスに必要な州までオスマンから得てしまう可能性もありますが、ボスポラスの向こう側にオスマンの大軍を溜め込んでしまうよりは打開の余地がある事態なので問題ナッスィングです。
  • 1回叩いたら立ち直る前に叩き潰す
    • 放置しておくとオスマンが東へ伸びていってイタチごっこになってしまいます。マムルーク朝を併合したりすると恐ろしく厄介になるので、ビザンチン・ルネッサンスで中核州が増えたら一気に攻めて伸びられる前に滅ぼしましょう(BBRなんざ知ったこっちゃねーってんなら中核州増加前でも可)。
    • 場合によっては停戦条約をバンバン破ってでも攻めることが大事です。条約なんてのは信頼できる文明国同士だからこそ成立し守られるべきものであって、野蛮な異教徒相手に条約を律儀に守ってやる必要なんて無いのです!(大嘘)

改革なくして前進なし

1400年代後半は改革の時代です。ルネッサンスを起こしていれば各種の有益なイベントが発生するので、各種改革イベントがsleepされてしまう1495年までにはビザンチン・ルネッサンスを発生させておきましょう。

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最初の改革イベント、経済改革。もちろんCoTがThraceに来る一番上か三番目が正解です。ここでは500D貰えて反乱も起きない一番上を選択しました。

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経済改革が発生すると、次は「聖ソフィア大聖堂の復興」が発生します。修理には500D必要なので、ここで先ほど貰った500Dが生きてきます。実質タダでThraceに美術館をゲットしたようなもんですね。

お次は「テマの再建」

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現金か各地の州税&人的資源がアップの二択です。
長い目で見れば再建したほうが利益になりますが、後で反乱イベントが待っています。再建しなくてもこの先の技術グループラテン化に向けたイベント連鎖に影響は出ないので、あえて再建しないって選択肢も十分にアリっちゃアリかもしれません。
ここではテマを再建することにしました。

3つの改革イベントで安定度が-2された上に革新主義スライダーが+2、農奴制スライダーが-2移動してしまい、ただでさえ高い安定度コストが更にアップして安定度低空飛行モードに突入。
安定度を1回復するのに一年以上平気でかかるような安定度コストに苦しみつつも、改革イベントの都合上そろそろヴェネチアから東地中海を取り返さなくてはいけないので、爪に火を灯す思いで騎兵とガレー船をチビチビ増やしていくことにします。

ヴェネツィア・タワーの島

1485年9月、何の前触れもなくヴェネツィアに喧嘩をふっかけられる。

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モギャーなんでどうしてなんだっての?
とはいえ、こっちからいずれ殴りかかるつもりだったので兵力配置はバッチリ。速やかに兵隊を船に積んでCreteへ上陸。
更にIoniaのヴェネツィア軍をHellasへおびき寄せて無防備になったIoniaも包囲開始。

するとここで「テマの反乱」イベントが発生。

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最悪のタイミングです。包囲を解除するワケにもいきませんが、反乱を放置するワケにもいきません。しかも安定度低下&反乱リスク上昇のおかげで追加の反乱があちらこちらで発生しやがります。

アルバニア軍が包囲してたRagusaを含めて3つの城をスパッと落とし、同盟国軍と共同であちこちに沸いた反乱軍をペチペチと駆除し、どうにか体勢を立て直してさて次はCorfuを落とそうかと海軍を偵察に送り込むと……

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何よこの大部隊、ふざけてるの?
しかもヒストリカルリーダーまで居るし…これでは手の出しようがありません。
しかもヴェネツィア主力艦隊の活動が活発化し、こちらのガレー船がフルボッコ。

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これだけ数の差があっても、士気にばかりダメージが行くと士気崩壊で負けてしまいます。泣いてもいいですか?
運良く兵力のほうにダメージが行けばスコンと敵が全滅するんですが、中々上手くはいかないもんです…

残るヴェネツィアの領土はVeneto・Istria・Corfuの3州。ヴェネツィア海軍が排除できないんじゃ手の出しようがありません。
ってことで方針転換。Creteを取り返そうと上陸してくるヴェネツィア軍を叩き帰したり、1隻や2隻でウロウロしてる敵の船を見つけた時だけ海軍を出したりして地道な戦勝点稼ぎをする持久戦体制に。

これが功を奏して、1492年10月にCorfuとIoniaの割譲で講和を持ちかけられたのでこれを承諾。

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賠償金が得られなかったので同盟国との仲は悪くなりましたが…手持ちのガレー船が開戦前の半分にまで減ってしまってはどうにもなりません。
本当は一番金になるCreteが欲しかったんだけどなぁ…

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ともあれエーゲ海がビザンツ帝国の手に戻ってきました。
Corfuのタワーを戦わずして消滅させることができたのも大きな戦果と言っていいでしょう。




東地中海へに続く


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Last-modified: 2007-10-13 (土) 03:22:23 (3482d)