一段落ついて

 1421年5月7日、モスクワはポーランド領となった。いずれ取り返さなくてはならないが、どうせポーランドにはモスクワを使いこなす能力はないため、かなり楽観できる。これからは対モスクワ戦でこさえた大量の借金の返済が課題となる。まずはモスクワから毟り取った賠償金を使って税収の高い州から優先して徴税官を置いていく。

 翌月SëmenからYeufimei Iに君主が交代して外交能力が2段階下がる。しかし最初からBBW同然のノヴゴロドにとってこの程度の事は本当に些細なことに過ぎない。(余談だが、ゲーム中のノヴゴロドの君主はどうやら公ではないようだ。名前もまるでフィンランド人(ウゴル系)みたいな綴りになっているし、市長の名前だろうか?ソースは何なんだろう?Sëmenはもしかしてセミョーン Семёнのつもりだったんだろうか?)8月にはスズダリがリトアニアの手に落ち、ロシアは大分掃除されてきた。

大増税時代

 1422年9月、同盟国ブランデンブルクがポンメルンへ宣戦布告、北ドイツ諸都市同盟(プロイセン、メクレンブルク、ポンメルン、ブレーメン、ドイツ騎士団)との戦争が勃発した。

 さて、古来ノヴゴロドの君主はルーシが継承者争いで乱れる度に市民を説得して資金や武器を供出させてきた歴史がある。今回も故習に従い、平和を愛する町の富豪たちから血税をいつもより大目にいただくことにする。ノヴゴロドの公は代々市民が自分たちで、争いを好まぬ温厚な人物を選んできたのだ。何を言いたいのかというと、ルーシ内のことではない(中核州がからまない)ので、今回も静観の方針をとりたいのである。

 戦争税+国庫投入の効果は平時の1年半分の月収の国庫への投入に近い。いわば金銭的に時間を圧縮するとも言える。しかし、多額の借金を抱えている状態でそれを行うと驚異的な効果が生まれる。インフレと反乱率を犠牲にして税収が半年間倍加するが、月々の支出はそのままである。つまりは1年半分の借金の利息が1/3になるのと同等の効果があると言える。我が国はこの年とその次の年の後半に戦争税を実施し、3%のインフレと引き換えに更なる5年分の利息を回避する事に成功した。

ラップランド争奪戦

 丁度借金を返し終えた1424年11月の事である。ついにもう一つの天敵スウェーデンが宗主国デンマークを伴って我がノヴゴロドへと宣戦した。リトアニアは通例どおり同盟履行を拒否だが、今回はあまり頼りにしていない。北辺を陸路で先制攻撃されるが、供給の低い土地であるため冬将軍に任せておく。その一方でこちらは都市化していないラップランドへ少数の兵を進軍させつつ、歩兵中心の陸軍を国境のケクスホルムへ集める。

 スウェーデンの州は貧しいため、わずかしか徴兵ができない。だが裏を返せばこちらも攻め込んだそばから消耗していくという事になる。運が悪いことに開戦は冬を控えた時期だった。そこで雪解けを待って一気に攻め込むことにする。ただし少数の兵がうろちょろしていて徴兵もしていたサヴォラックスへは真っ先に攻め込んで2%の戦勝点をありがたくいただいておいた。

 こうしてフィンランド各地で包囲戦が始まった矢先の翌6月、同盟主ポーランドがスウェーデンと分離和平。幸運にもラップランドが我が国へと割譲される運びとなった。一方スウェーデン領内に展開する数万のノヴゴロド軍にとっては梯子を外された格好となった。

スコーネ包囲

 このまま大量の兵の維持費を支払うのも解散させるのも癪なので、陸軍の多くはそのままデンマーク領スコーネへの攻撃へ廻された。これだけの軍を本土に置かれれば流石のデンマークも降伏するだろうと白紙和平を打診してみるも拒否。どうやらかの国には敗北の憂き目にあってもらう必要があるようだ。

対デンマーク.jpg

 自国に沸いた反乱軍や少数で侵入してくるデンマーク軍を潰しながら、1426年7月にスコーネ攻略完了。デンマークから$54を受け取って和平を結んだ。

消化試合

 我が国には海軍がない。それはすなわちさっきまでスコーネを攻めていた兵士たちが帰国できないということを意味する。戦争はまだ終わっていない。彼らは進むしかないのである。デンマークをストロー代わりにして、海峡を越えて、今度はメクレンブルクへ向かってもらう。敵兵はたかが数千だったが、こちらが歩兵中心のためか一回目は士気で敗北、二回目でようやく勝利。その後メクレンブルクを取り返そうとやってくる少数の敵軍を蹴散らすことでせこく戦勝点を稼ぎ、1427年5月に和平成立。敵はドイツ騎士団だけとなる。

 徴兵した陸軍をドイツ騎士団領へ送り込みつつ、新造のガレー船でドイツに取り残された陸軍を回収する。徴税官を設置し終わり、初期から2州を加えた今では資金的余裕もできて、敵を数の暴力で圧殺する戦術を取りやすくなってきた。今回は領土の割譲は目的ではないので、野戦での勝利だけを重視した作戦をとる。

 1428年8月2日、賠償金を支払わせて6年間の戦争にピリオドが打たれた。

野望の時

 一応の平和である。だがその間も次の侵略先を見定めなければならない。ロシア諸侯のプスコフは現在休戦期間中のプロイセンに併合され、リャザンはキプチャク汗国に滅ぼされている。はやくもライバルは全て掃討されてしまった。他の中核州は全て同盟国が保有している。

 そろそろ潮時だろう。



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Last-modified: 2011-07-29 (金) 02:49:00 (2544d)