雄飛への支度

 15世紀末から16世紀初頭にかけては陸軍技術の強化を待ちながらスペイン・アラゴン遠征用のガレー船建造を急いだ。スペインは1500年のイベントでアンダルシアにCOTと王立港を手に入れている。ここを奪い取る事はただ収入を増加させるだけではなく、植民者にもボーナスが出る。そのため可能な限り早いうちにこの州はいただかなければならない。これはスペインの入植頻度を削ぐという意図もある。

 更にスペインを邪魔したいという理由もあり、最初のイベント併合横取りはアラゴンを狙う事にした。それ以前にもプロヴァンス、ノルウェー、ミラノがイベント併合される可能性がある*1が、プロヴァンスは遠すぎかつ早過ぎて実行できず、ノルウェーはイベントの選択肢で独立を選び(デンマークとスウェーデンに攻められて分割されてしまっている)、ミラノも独立を選んでいた。

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 1501年1月、前々から衰退していたマスカットのCOTが閉鎖。原理は不明だが我が国がイスファハーンを領有したことに関係するのは間違いない。商人を送ること自体は完全に諦めて(入植者目当てに)自由貿易にスライダーを全振りした結果、イスファハーンが周辺国の商人をブラックホールの様に吸い集めた、といった按配だろうか。残るザンジバルも我がノヴゴロド領する南のザンベジアと挟撃されてかなり弱まっている。これも一つの商業競争の形だろう。

 この頃からイングランドも入植を開始したため、大金を支払って通行許可を買う。それから少し間を空けて(探検が進むのを待って)地図交換。ニューファンドランドの原住民は攻撃性がゼロなので、他国植民地を破壊して空白地を得るという方法が使えないのが難点だ。

 一方でカリブ海ではスペインの入植を妨害し続けていた。スペインのAIは同時に30箇所まで入植してくるので、神出鬼没の植民地叩きに翻弄される。

 1508年4月2日、トルデシリャス条約が発布されるも正教国であるノヴゴロドには関わりがない。寧ろ両国の軍を戦争になる前に叩いておけるので好都合といったところだ。同日アラゴンがローンを受け入れ、借金のカタに国そのものを貰いうける準備が整う。

ヴァリャーギ(自称ノルマン人)のイベリア侵入

 同年8月、船団が消耗しない様にイングランドを中継し最初のイベリア遠征軍がスペイン北部のガリシアに到着、戦争前にあらかじめ配備しておく。

 おりしも北からはフランスが侵攻してきている。フランスもまた最先端陸軍技術の持ち主であり、スペインを簡単に下してしまえる。かといって目標の州にまでは到達しておらず、全くの好機となった。

 同10月、宣戦布告。無論、同盟していたスペインがついてくる。カトリック両王との戦いが始まった。

 こちらの軍事LV9に対し敵はたったのLV5。何という皮肉か、まるでスペインプレイ時のアステカの如く突撃一発で面白いように降伏していくのである。

 イベリア戦線と別にカリブ海の島々でもスペインの植民地に予め軍を(交易所には歩兵、港のある植民地にはガレー船を1ユニットずつ)配置しておいた。

 1511年8月には戦勝点99%を得てアンダルシア(COT・王立港)とトレド(金鉱)それから原住民がなくなって破壊できないいくつかの植民地・交易所を要求。必要ポイントは本土2州だけで50%を超えたが、COT分の価値は2倍扱い*2されないのか、はたまた圧倒的戦闘力に臆したのか、割譲に成功。

アンダルシア獲得.jpg

 前半の大目標が一つ達成された。普通にプレイしていると(イベントで)造船所が手に入るのはピョートル大帝の頃になってしまうのを考えると、これで植民都市が約20箇所余計に作れる計算になる。

地中海攻略

イベリア戦線.jpg

 アラゴンの離島を攻略するために、本土で徴兵した兵を船でピストン輸送して兵力を補充する。だがガレー船の遅さを甘く見ていたため、併合イベントの時限に間に合うことが難しかった。

 可能な限り時間を節約し消耗を防ぐために、船団を分割して海上での陸軍編成を行い上陸は必要最低限の兵数だけにすることを心がけた。それにもかかわらず野戦と突撃と消耗による減少は予想外に大きく、最後に残ったシチリア州のLV2の要塞を包囲するために充分な数は残っていなかった。

 最終的にこの戦争では大金を払って(余計にインフレを進めて)傭兵に頼る他打開策が見つからなかった。

 1516年1月7日、現地で雇った傭兵が到着、最後の突撃。2月6日なんとか落城。併合イベントはそのたった三日後だった。

 フェルナンド国王から借金のカタに差し押さえたアラゴンの土地だが、その労力に見合う見返りはない。カタルーニャとシチリアを属国として独立させて、防衛の手間を省き、技術開発ボーナス(同大陸の属国1つにつきコスト-2%)を稼ぎ、BBRを3減少させた。

 ついでに5月にはエチオピアを併合した。もう一つのアフリカの属国ヌビアについては各州の収入が、本来の持ち主であるヌビアが持って何のペナルティーもない場合でも哀しいくらい低いため、改宗の必要もないにもかかわらず見送った。この国を併合するのは州数が100を越えて開発コストが増えないようになるまで我慢しておく。

ビザンツの最後

 イスパニヤ領有の興奮冷めやらぬノヴゴロドへ瀕死のビザンツから同盟を求める使者が遣わされた。

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 どういう訳かトラブゾンに飛び地領土を持って今まで生き残っている。だが白羊朝、ジャンダル、グルジアと戦争状態にあり、トラブゾンはグルジアの占領下、コンスタンティノープルは白羊朝に包囲されてしまい、放っておけば間もなく消滅してしまうのが目に見えていた。

 1516年7月、ノヴゴロドはビザンツ帝国からの同盟の申し出を受け、これらのけしからん国々にお灸をすえてやる事にした。といってもグルジアは1州だけにされ白羊朝の属国になっており、ジャンダルと白羊朝には高い税収が見込める土地はない(アルメニアはこの前奪った)。だが以前からリトアニアがキプチャク汗国(崩壊イベントを乗り切らせた残りカス。クリミアはリトアニアに、アストラハンはノヴゴロドに奪われ、カザンはノヴゴロド軍の必死の防衛で独立を免れた)の領土をさらに侵食しクバン州を領有したため、キプチャク汗国の通行許可を持つ我が国は飛び地アルメニアとの行き来が不可能となってしまっていた。それが防衛上の懸念事項だった。今回は白羊朝からの通行権奪取が目標となる。

殴られるオスマン

 歩兵だけで白羊朝に勢いよく突撃をかますさなかの翌年6月、オスマンがビザンツへ宣戦布告。これは有難い好機であると判断して同盟を履行、白羊朝とは通行権と賠償金で講和し、すかさずオスマン帝国領へ進軍していく。スペインの時と同じくただひたすら歩兵を流し込んで突撃させる。

 充分な戦勝点を稼ぎ、1519年2月にはスミルナとマケドニアを割譲させる。防衛戦争なので1州につきBBRは1しか増加しないため、もっと貰うべきと思うかも知れないが、アナトリアの他の土地はあまり税収が見込めないし、バルカン半島は後に中核州化する*3ので今回は取らなかった。

 バニラではスミルナはコンスタンティノープルがオスマンの手に落ちるとトルコ文化になり二度とギリシャ文化に戻ることはない。こうして懸念事項が一つ払拭され、将来の同文化州が安いBBRで手に入った。マケドニアは中核州化の範囲だが、税収がスミルナとともに11もあり、しかも宗教ペナルティーのないこれらの州は、先取の価値がある。

第一部完?

 講和してしばらくすると、ジャンダルと白羊朝に折半されてビザンツ帝国が消滅した。ロシア変体イベントを控え、無理やり矛盾を消滅させた様な奇妙な展開である。

 ビザンツの事は「衣鉢を継ぐ」までは忘れないだろう。もっとも第三のローマを宣言するのはモスクワではなくノヴゴロドなのだが。

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 ノヴゴロドの状態でここまで拡張したが、まだゲーム進行は1/4が済んだに過ぎない。これからは併合イベント(横取り)のたびに収入の低い土地を多く抱えることになる。来るべき西欧諸国との本気の殴り合いにそなえ、技術があまり遅れないようますます高収入州を集めていく必要がある。



*1 ブルゴーニュにも併合イベントがあるが戦争状態だと起こらないため、横取りできない。
*2 AIは中核州を割譲させるための戦勝点を2倍扱いする。
*3 中核州化とギリシャ文化追加を選択すると代わりに君主能力がゲーム終了の期間までという設定で低下するが、実際には代替わりするとその効果はなくなる。ある種のひっかけイベント。

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Last-modified: 2011-07-31 (日) 01:31:42 (2641d)