欧州三国志(AGCEEP3人プレイAAR)

ゲーム開始

時に、1419年。

グランドキャンペーンにおいて、我がイングランドは傀儡フランスとの戦争状態でゲームを開始する。

 〜これより我が軍はパリ突入作戦を敢行する。本作戦の目的は、我が国の正統なる領地であるノルマンディの奪回である。優秀なるイングランド兵の勇猛さを愚劣なるフランス人共に見せつけてやるのだ!(銀河万丈風)

 「パチパチ」

 R「ふん、介入の余地はない。好きにしてくれ」

ということで、優秀なヘンリーV世にイル・ド・フランス(Ile de France)を直撃させ、ベドフォードは6500の兵を率いてピカルディ(Picardie)を包囲。
ヘンリーはパリ守備隊を壊滅させ、そのままイル・ド・フランスを包囲しつつシャンパーニュ(Champagne)、ニヴェルネ(Nivernais)に浸透しこれを包囲。

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1419年の終わりまでにフランスの全領土の占領に成功する。ノルマンディ(Normandy)とコー(Caux)のみを要求してこれを受諾させ、和平。

つまりはトロワ条約でギュイエンヌとノルマンディを要求したのである。

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 「うーん、ブルゴーニュには為す術がない…」

フィリップ善良公はコケにされた形になるのだが、そもそもナヴィアさんはオランダ建国が目的であってフランスの領土には興味がないはず。それよりもフランスが弱体化する方が将来的に有利なのである。

…と解説してなだめておいたのだ。

モスクワのノヴゴロド戦役

一方、Ryoはロシアの序盤戦略手引きに勧められているノヴゴロドへのファーストアタックを開始。

 R「彼の地は母なるロシアの一部であり、大義は我が国にある!」

残念ながらイングランドからはモスクワもノヴゴロドも一部しか見えない。将来的に対ポーランド戦で共闘する可能性もあるため、モスクワとは婚姻を結んでおく。

 R「冬季の消耗は異常だなこれ」

文句を言いながらも、3年後にはノヴゴロドと和平。

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 R「何と他愛のない。鎧袖一触とはこのことか」(大塚明夫風)

 「???、それなんて意味なの?」

ここまでは、上々の滑り出しの様である。

第一次北方大戦争と、フランス動乱

1422年10月、ドーフィネがフランスを併合し、フランスへと変化する。このフランスは、イングランドの領有する(イングランドの中核州でもある)カレー(Calais)を中核州にもっているはずで、いずれ衝突は避けられない。

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が、戦争は別の方面からやってきた。

1423年2月1日、スウェーデンがモスクワに宣戦布告。
同日、フランスがブルゴーニュに宣戦布告したのである。

イングランドとしては、フランスに欲しい領土はない。かといってスウェーデンやノルウェー、デンマークにも欲しい領土はない。

しかし、デンマークの地図は欲しい。

早速北ドイツ諸国と婚姻を結び、軍隊の通行許可を得、モスクワに打診する。

 〜加勢しましょうか?こっちはアイスランドがもらえるなら嬉しいんですが。

 R「…うん、こっちは金がないし、スウェーデンの土地は欲しくないからいいだろう」

ということで1423年6月、モスクワはイングランドと同盟し、イングランドは北欧3国と戦争に突入する。

海軍を集中運用し、ノルウェーの植民地アイスランド(Iceland)を占領、さらにユトランド(Jylland)を攻略、海軍主力はスンド海峡(The Sund)に突入してデンマーク海軍との海戦に勝利し、首都コペンハーゲンのあるシェラン(Sjaelland)を攻略、さらにスコーネ(Skane)も攻略する。

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デンマーク陸軍はユトランドを奪回しようと海峡を越えてきた軍がユトランド渡河戦に敗北し、しかも敗北した時にはスンド海峡の制海権がイングランドにあったため、実に1万6千人ものデンマーク兵が退却不能により消滅してしまい、その後は一方的に破れ続けたのであった。

が…、そこに大きな罠が待ち受けているとは私も気がつかなかった。

 R「デンマークがアイスランドを申し入れても応じてくれないぞ」

 〜そろそろ終わりにしたいなぁ(首都を落としてデンマークの地図も手に入れたし)

 R「お、スコーネとあいすらんどをイングランドに割譲って言ってるぞ」(少なくとも、私にはそう聞こえた)

 〜お、いいじゃん。

と・こ・ろ・が

画面を見て驚愕

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 〜ちょっと待て、アイスランドじゃなくてユラン(ユトランドの別名)だろ、これ。

 R「あれ、そうだっけか。いやー、そう言わなかったっけ」

だ、断じて言ってない!

しかも、アイスランドはノルウェー領のままジャン!

つか、こんなところに領土イラネ-YO!

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…私は黙ってモスクワとの同盟を解消し、スコットランドやアイルランド諸国と同盟を組んだのであった。
それでも、ゲーム開始時よりも既知のエリアは29州分広がったのだから、戦費をかけただけのことはあるだろう。きっと。

でも、気がつくとスコットランドが属国化を解除していて、激しく落ち込んだのは内緒の話だ。

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ブルゴーニュの大逆転

一方、フランス対ブルゴーニュの戦争であるが、開戦から2年後、フランシュ=コンテ(Franche-Comte)をサヴォイアに割譲していたので、ブルゴーニュが不利で戦争が進んでいるかと思っていた。

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が、これはナヴィアさんの作戦だったようで、わずか2ヶ月後にはフランスから領土をせしめて和平。

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 「サヴォイアは山岳地形だし、兵数多いし、フランシュ=コンテはオランダになるまでには失う土地だったから、先に分離和平したのよ」

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こ、これではフランスが弱体化しすぎてしまうかもしれんなぁ…

ブルゴーニュの低地諸国への転進と、東欧の戦乱

ゲームは1430年代に突入する。

まずは西欧で動きがある。1430年8月1日、ブルゴーニュ連合とフランス連合の間に再び戦争が発生するが、開戦翌日にブルゴーニュがイベントでブラバントを併合してしまう。ここにいたり、ブルゴーニュの中心地は低地諸国に移行したのであった。

BRU1430.jpg

そして開戦からわずか25日後、ブルゴーニュの首都がブリュッセルに移動するイベントの直後、ブルゴーニュはそれまでの首都州ブルゴーニュ(Bourgogne)をフランスに割譲して講和した。

 「これでオランダになる準備ができたってものね」

こうしてブルゴーニュはブルゴーニュ〜ロレーヌ地方の領土を全て喪失し、引き替えに低地諸国を平定したのである。
…って、あと100年以上経たないとオランダにはならないんですけど。

ところが、1435年に「アラスの和約」イベントが発動。

 「イル・ド・フランスをフランスに返還って!?」

…あー、そんなイベントもあったかも。

一方、中欧では1436年にフス戦争が終結。イフラバのコンパクタートによりボヘミア教皇派がフス派を併合。

その直後、

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大国同士が隙を窺う東部戦線(仮称)で、何を考えたか首都州だけの2国が喧嘩を始めたのである。

 R「なんだよ〜、正教同士仲良くしてろよお前ら」

 〜トヴェーリにプスコフを併合させて、後にトヴェーリをまるまる外交併合する手もあるけど?

 R「…うんにゃ、ここはリヴォニア騎士団との国境地帯だから、モスクワで獲得しておくわ」

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さすがに子供の喧嘩に大国が介入すると、終結も早い。わずか1年後には終戦。

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が、それがリトアニアを刺激したらしく、直後にリトアニアがモスクワに宣戦布告。

 R「ちょっと待て、今は金無いぞ」

 〜だからポーランド=リトアニアとは仲良くしといた方がイイって言ったのに。

 R「いや、外交はやってたんだけどさ」

幸い、ポーランドの属国であるリトアニアは単独で宣戦布告していたので、まだモスクワにも凌ぐ余裕がありそうだ。

こうして、ゲーム最初の20年が過ぎたのである。各プレイヤーとも、順調に地歩を固め、少なくとも開始直後の混乱で滅亡するというパターンは防げたようだ。 最初の目標、「生き残り」は達成され、次は「拡大」が目標となるだろう、そして、その先はプレイヤー同士の熱い戦いが待っている、のかもしれない。


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Last-modified: 2007-01-22 (月) 18:49:27 (3653d)