パクス・ビザンチニカ

革命と啓蒙主義の世紀へ

ゲームはいよいよ18世紀に突入。終盤戦を迎えました。

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こちらが18世紀の小アジア周辺。Azovの所有者がいつの間にか教皇領からフランスに変わっています。
こりゃ黒海をビザンツの海とするのは無理かも…

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こちらが北欧〜中欧。
各種サポートイベントのおかげでロシアがちゃんと大国化しています。
ドイツはオーストリアとプロイセンが生き残りましたが、圧倒的にオーストリア有利といったところでしょうか。
相変わらずポーランドはクソでかい領土を保持していますが、徐々に技術後進国になりつつあります。

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欧州西部。スペインがフランス南部からイタリア北部西岸一帯まで地続きで領土を保持しています。フランスはなんだか微妙にだらしないですね。未だにイギリスを大陸から放逐することもできていませんし…
こっそりプロイセンがアイルランドへ食い込んでいたり、グラナダがひたすらしぶとく生き残ってるのがチャームポイントといったところでしょう。

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ついにビザンツ帝国も細々とですが植民地を持つ身になりました。
ちなみにマダガスカル北部とセイシェルに進出しているのはデンマーク。地味に色々なところへ進出しています。

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17世紀終盤から国庫に金を入れてまでしてひたすら改宗を続けたおかげで、欧州〜小アジアから異教徒を駆逐することに成功しました。

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北アフリカのビザンツ領からも異教徒は駆逐されましたが、レヴァント一帯の異教徒はしぶとく抵抗しています。
このあたりから異教徒を追い出すと大変見栄えがよろしい上に萌えるので、金に糸目をつけず改宗作業を行っていきます。

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改宗を続ける元手はこの通り十分にあります。
貿易収入がとんでもないことになってますね。

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世界中に散らばるビザンツ商人の努力のおかげで収入がスペインや中国を上回って世界一に。
コンスタンティノープルは世界の富が集まる黄金の都になっていることでしょう。
技術力は相変わらずイスラム勢とどっこいどっこいなので、そろそろ軍事技術へ投資の矛先を変えていかないとヤバいかも…

聖地奪還

西欧ではスペイン継承戦争で欧州三大国である墺仏西が大激突という大嵐に見舞われていますが、ビザンツ帝国は相も変わらず『改宗失敗→反乱』のコンボを繰り返し続けるレバントを除けば平和そのもの。
1710年、そんなレバントでようやくAleppoの改宗に成功

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アンティオケイア総主教はさぞ喜んでいることでしょう。
これで古代5総主教座のうち、コンスタンティノープル・アレクサンドリア・アンティオケイアの3つが正教徒の手中に収まりました。残るはエルサレムと……ローマ。
絶賛改宗作業中のエルサレムはともかく、ローマはちょっと厳しいかなぁ…

西欧ではスペインがブルボン家に継承され、見捨てられたカタルーニャがフルボッコにされ、史実通りに事態が進展する中…
英国でなんとハノーヴァー朝が流産してしまいました。ハノーファーが英国の申し出を断ったのが原因のようです。
これは西欧の歴史の流れを大きく変えかねない大事件………でもないですね。
余りに平和でこーゆーチマチマしたネタぐらいしか書くことないんですハイ。

平和を謳歌してマターリと改宗・貿易・殖民・技術開発に没頭するという、内政マニヤの気があるプレイヤーとしてはまさに至福のひと時ですが、AAR作者としては書くネタが少なく実に困った時間が流れてゆきます。

そんな中迎えた1718年、ついに…

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聖地の改宗キター

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聖地を異教徒に奪われて1080年、ようやくこれを取り戻すことができました…感無量です。
え?第一回十字軍?エルサレム王国?なんすかそれ?

脱亜入欧

聖地の改宗成功によって国内に残る異教徒州はSamariaだけになり、ようやく陸軍技術へ収入を全力投資できる環境になりました。
いーかげん技術力が西欧諸国から二歩も三歩も遅れ、イスラム諸国やアジア諸国にすら抜かれ始めてる状況を打破しなければいけません。
なんてったってビザンツ帝国はローマの正当な後継者なんですから。

18世紀前半はビザンツ帝国にとって探検と殖民の時代になりました。1710年代に探検家と征服者をランダムイベントでゲットし、彼らの働きによってアフリカと新大陸の未知の州がどんどん開拓されていきます。
さすがに南米はポルトガル&スペインによってガッツリ塗りつぶされ、北米も東海岸は英仏蘭&デンマークによって海岸線をガッツリ封鎖されています。
が、北米西海岸が何とか手付かずで残っていたので、ここと南米〜豪州航路開拓のついでに発見したタヒチへ続々と入植者や交易商を送り込んでゆきます。

もちろん、探検の途中で発見した新大陸のCoTは遠慮なく商人の集中砲火を浴びせてひたすら独占です。
新大陸を支配している英仏蘭西葡とはもれなく貿易協定を結んでいるので、ボロ儲けで左団扇もいいところです。
その代わりグジャラート&ベンガルに交易禁止を食らってインド交易からは締め出されてしまいましたが…

しかしまぁ、いい加減商人派遣と入植者派遣ばかりってのもアレなので、探検の途中で発見していたジンバブエに宣戦を布告。時に1730年のことです。
ビザンツ帝国も欧州諸国の一員なので、異教国相手なら理由無しで宣戦しようがどれだけ州をふんだくろうがBBRには一切影響ありません。実にありがたいことです。

南アフリカの植民地で徴兵した5万8千の軍を二派に分け、突撃三昧でどんどん占領。

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バロック期の陸軍はさすがに強く、3年で全ての城を陥落させて一発併合。楽勝ですね。
主に消耗で4万以上の兵が失われたのは見えないし聞こえないし知ったこっちゃありません。

ジンバブエには結構な規模の貴金属鉱山があります。さらに全土が異教州なので、改宗させてしまえば主要文化州に早変わりです。
おかげでビザンツ帝国の収入はどんどん潤い、技術開発の速度は更に加速。

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1735年の年明け、ついにビザンツ帝国も陸軍が機動戦期に突入。西欧諸国の仲間入りを果たしました。
これでようやく西欧の大国とも対等に戦争が……

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…できませんね。
陸軍技術への集中投資はまだまだ続きそうです……

ポーランド強襲

1737年8月、久々に貴族さんがやってくれました

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グッジョブ!!
これでようやくポーランドを黒海から叩き出すことができます。
2年の猶予をフルに生かして陸軍技術の格差をさらに広げ、1739年にポーランドへ宣戦を布告。
いつの間にかポーランドの宗主国に収まりこんでるスウェーデンも参戦してきましたが、技術力は既に互角なので大して問題になりません。

むしろポーランドがそこかしこに建設した規模:大の要塞のほうが余程強敵といった塩梅で、供給限度オーバーの消耗と冬季の積雪に苦しめられつつも数個城を落としてJedisanをテオドロスに割譲&賠償金でスピード講和成立。
一年程度でサックリと片が付いてしまいました。

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これで黒海征服まであと一歩です。
その一歩が実に遠いワケなんですが…

この時期ビザンツ帝国の近隣では戦争と反乱祭りが多発していたようでして、

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ポーランドとの戦争中にQuattaraがナポリから、戦争が終わってしばらく経った頃にBanatがハンガリーからビザンツ帝国の手元に転がり込んできて…

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さらに領土が拡大。超ラッキー
ラッキーついでにマムルーク朝の首都以外全土が反乱で亡命してくれないかなぁ……ってそりゃ贅沢ですね。

Jedisanを獲得してようやく用済みになったテオドロスは1767年3月に外交併合。

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220年間これだけのために属国をキープしといたのは良かったのやら悪かったのやら…
ともあれこれで領土は更に増加。

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黒海西部を完全に征服。だんだん見栄えがよくなってきました。


同年7月、陸軍技術が世界最速で革命期に到達。

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よーし、世界最強に強まったビザンツ陸軍でもって西方教会の不信心者どもに神の裁きを食らわせて…

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ごめんやっぱ無理。何だよこの極悪非道の西側連合…
ローマを取りに行くこともAzovを取りに行くことも無理じゃんか…
ほんっっっっっっっっとに西方教会の悪逆非道ぶりにはかんしゃくがおこりますね!!111!1!


征エジプト記へ続く



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Last-modified: 2007-11-10 (土) 02:03:58 (3362d)