AAR

チラシの裏

AARにするまでもない日々のプレイを書き綴るページ。AASR (After Action Short Reports) と言う。

ヴェネツィアとジェノヴァ、なぜ差がついたか…慢心環境の違い

初出は2chの本スレ。埋もれさせるのは惜しいのでコピペ

■ヴェネツィアとジェノヴァの比較 Ver1.2

ヴェネツィアジェノヴァ
初期領土6州2州
主要文化イタリア・ギリシャ・ダルマティアイタリアのみ
首都の州税1510
首都の産物装飾品羊毛
首都COT貿易額200100
首都の構造島であり防衛簡単ただの陸地
将軍21人1人
提督12人6人
初期COT数2(※すぐに片方はなくなる)
首都のイベント州税UP・工場&造船所GET大反乱が頻発
併合イベントキプロス併合コルシカ併合 (※但し反乱祭り)
他のイベントアルバニア文化獲得2つのCOTを喪失
属国化イベントジェノヴァを属国化ヴェネツィア、ミラノ、スペイン、フランスなどに属国化される
中核州増えるそのまま

インカ極東進出

EU2 1.09 AGCEEP 1.57 とても難しい 臆病 でインカ帝国のプレイスタート。既にあるインカAARの人とは別人です。 ご存知のとおり収入は豊富で改宗イベントもあり15世紀に確実に探検家が出現するので、 異教国家といえど潜在能力は高いです。

まずは北のチムーが全土に砦を築いてくれるまで何年か待ってから 栄光のインカ帝国に併合してあげました。 そして半世紀の貯金タイム。 技術開発は陸軍と貿易を重視。 内政スライダーは、 土下座外交のために貴族主義、 領土拡張と改宗時の安定度コストを下げるために地方分権、保守、農奴、 戦闘のために陸軍、攻撃、 序盤の兵力不足を補うために量重視、 と初めから最大に寄っているのでやりやすいですね。 ただ、商人と入植者の数を増やすために全力で自由貿易へ寄せるだけですみます。

待望の探検家が登場したらアステカを発見しつつ(サポテクは消滅済み) サンフランシスコまで北上、 そこからAASRのコメント欄でご教授いただいた偏西風に乗って西へ。 何かがおかしい気もしますが(笑)。 そして日本発見! ……かと思いきや蝦夷にいたのは満州。 満州(通常は日本になる) → チャガタイ → アストラハンと地図を交換して (この二国だと贈り物が安い割に広い地図をもらえる) 欧州までを確認。と同時にスペイン様に土下座外交開始。 ポルトガルが同盟主だったのでそちらにも貢ぎつつ同盟入り。 これでトルデシリャス条約に脅かされることはなくなりました。 今回は寛容令が出るまで一回も同盟が解消されず助かりましたが 通常は何回か解消されるので、 その度にスペイン様のご機嫌をとって 同盟に入れて頂かないといけないので結構キツいです。

そして欧州のCoTで19人しかいない所を探したりして商人派遣、白人ペナルティを解除。 その間に探検家はアメリカ大陸に戻りアステカ‐インカ間の陸路を探索。 寿命ギリギリで間に合いました。 交易所を立てつつ陸路から大量の騎兵を運んでアステカ併合。 この時に商人や開拓者の供給待ちが長いと時間の無駄になるので しっかりと開発を進めておきました。

アメリカ大陸の各国家は天然痘イベントで人口が激減しますが、 イベント発生以前に他国を併合することで その国の元領地ではそのイベントが発生しなくなるので、 迅速にアメリカの統一を目指しました。 人口が減ってからの方が攻めやすかったり改宗させやすかったりするので、 そちらの方がよいのかもしれませんが。

それから数年の内にスペイン様が北米に到達されたようで、 地図交換して頂いて地球一周分の地図が完成。 さて、我らインカは東西どちらにも攻めだせることに。 2chのEU2スレでアジアを攻めるべし、との託宣を得たので方針決定。 戦艦18隻に騎兵詰め込んでサンフランシスコから一路西へ。 6隻ずつにグループ分けすれば艦隊の消耗無しで往復できます。

さて、ここで一考。標的候補は中国、満州、日本、朝鮮。 インカの陸軍レベルは2。中国は10以上あるので論外。 他の3国はインカと同程度だけど、 日本は狭い割りに兵力が多いのでパス。満州は雪が厄介。 ということで朝鮮に大義名分なしで宣戦布告。 上下2州ある内で防備の薄い下に上陸し、艦隊を往復させて追加の騎兵も補充。 その数の騎兵にはかなわない模様で、上下ともに占領完了。 和平を交渉しようとしたらなぜか勝利ポイントが100%でない。 探してみると、なぜか中国奥地にも領土が……。 とりあえず半島下半分を割譲、アジア戦略の礎を入手しました。 補給も高く、かなりの兵をためておけます。

ここでちょっと兄弟喧嘩が勃発するのを待ちます。 将軍が豊富なアタワルパを選択。 首都がCuzcoからCaliに移転するのですが、 この時にCaliの砦レベルが上がります。 攻撃力表的にはしばらくは上げる必要はありませんでしたが、 陸軍レベルが2になってないとレベル2の砦が築けず損な気分なので このイベントまでには上げておきました。 レベル2になるまでは万単位で投資しなければなりませんが(笑)。

しばらくすると「インカの内戦」が発生。 これは反乱がたくさん発生するだけでゲーム的な「内戦」ではないので対処は楽です。 発生した反乱軍は一グループが現在の首都Caliに進むのを除いて、 残りは全て以前の首都Cuzcoに寄ってきます。 そしてCuzcoは山地なので、初めからCuzcoにそれなりの兵力を配置しておけば 山岳防衛ボーナスが得られるので楽に排除することができます。

さて、安定度が回復したら次の標的は日本です。 陸軍サポート限界は50万ちょっと。 本土の反乱対策に10万程度を割いて、40万の騎兵を半島に輸送。 将軍の内の2人が朝鮮半島に出現していたので攻めるのは楽で、 あっさりと全土を占領して九州、四国、関東、東北を割譲させます。 しばらく経ったら関西も頂いておきます。日本消滅。 ところでこの間に何故か仏教国の日本と 婚姻を結んでいたんですがどうやったんですかね? イベントログに記録は残ってましたが記憶になく……。

気がつくと満州が明に併合されて手出しできなくなってました。 BBRも20over/32だったので台湾を植民地化するなどして戦争は休憩。 アメリカにもCoTができているので、 既にあるインカAARを見習って商人を送りまくります。 キリスト教化したらすぐに貿易レベルが3なるよう開発を進めておき、 独占できる体制を整えておきます。 スペインとしか貿易協定を結んでいなかったので その後フランスやポルトガル、オランダに貿易拒否され、 巨万の富を逃したのは大失敗でした。

そして待望の「ヨーロッパの影響」イベントでキリスト教化。 どっかからか沸いてきた5000ダカットと+20%のインフレのおまけつき。 このイベントのために革新主義よりにしておきましたが、 これ以降は安定度コストを下げるために保守主義へ戻します。 時期を同じくしてアメリカ全土の金の採掘量が跳ね上がり、 放っておいてもどんどんインフレ率が上がっていきますが、 貿易なしでも月収200ダカット近くあり、 収入を国庫に入れるとあっというまに数千もの現金が手に入るのは非常に助かります。 とりあえず高収入の金鉱から異教徒どもを改宗させます。 初めの6箇所が全て失敗という悲しい結果に終わりましたが、 その後は比較的楽に進みました。 本当は以前にイベントで異教化していた関東と東北も改宗して アンデス文化を植えつけようとしたのですが、 改宗費用は東北で1000、関東は2000も必要の割りに 成功率20%とかやってられなかったので断念。

この辺りで少し面白いことが。 満州が明と同等の高い技術レベルを持って独立した頃、 朝鮮は中国の属国になっていたのですが半島北部は反乱軍が長い間占領していました。 そして、次のことが同時に発生。 「ランダムイベントでインカが朝鮮に大義名分を得る」 「中国が朝鮮を併合」 「朝鮮が独立・中国に宣戦布告」 しかしインカは朝鮮に大義名分を持ったままです。 月をまたがなければ内部処理がされないでしょうか?

朝鮮には一兵もいませんので3000人ほど明に先駆けて派遣します。 そのうち明軍が無駄に大挙をなしてやってきて砦の包囲を手伝ってくれますが、 将軍がいないために早い者勝ちでインカが占領しました。お疲れ様。 ここで併合すると明・満州といった高レベルの2カ国と国境を接してしまうので、 それは避け、36ヶ月待って明が自動白紙和平を結んでからの属国化にとどめます。

改宗作業も半ばを過ぎたあたりで明朝の没落で反乱祭りが始まります。 インカは技術グループがアジアになり開発が早くなったといっても、 陸軍レベルは5、中国や満州は16あります。 なので満州が若干恐ろしかったのですが反乱に乗じて急速併合で3州分捕りました。 直後に予想通り満州が宣戦布告してきたので、 一回徹底抗戦しようとしましたが殲滅させられたのでリロード(笑)。 素直に300ダガットほどお土産にしてもらって帰ってもらいました。

明の反乱は治まらず、二回目の反乱祭りに乗じてもう3州頂きました。 これにより満州領と明領を分断。 後に清が中国統一しても北部は首都から切り離され収入が下がります。

この後は停戦期間が終わる度に満州が喧嘩売ってくるので難儀しました。 300ダガット払うか、開戦直後に兵の少ない所を大群で襲って 勝利ポイントを確保し無償和平を結ぶ、 ということが清が成立した後も続き、 その何回目かでこちらの陸軍レベルも15(清は17)に到達し、 170万程度の兵力を保持していたので全面戦争に踏み切りました。 北部と南部の両面作戦はキツかったのですが、 山地をうまく使って相手の兵が減るのを待ってから反撃。 合計130万ほどの兵の犠牲の上に北部の州を複数割譲。 インフレも30%を超え、多少増えたところで気にならないので 徴兵資金が足りなくなれば国庫に月収200ダガットを放り込みます。 5年後懲りずにまた喧嘩を売ってきましたが、再び返り討ち。

そうこうしている内に、北からロシアが……。 弱体化した中国では南下を止められるはずもなく、 インカと国境を接してしまいました。 大義名分もないし大丈夫かな? とも思ってましたが 中国とドンパチ賑やかにやってる最中に宣戦布告された時はもうどうしたものかと。 陸軍レベル50以上とかもうね(ry 金でお引取り願おうとしても何故か100ダガット以上積めず、 しょぼい1州だけの割譲を要求されたのでそれでお帰りいただきました。

ロシアがまたしつこく、その後も友好度150以上・婚姻あり・大義名分なしで 何回も平気で宣戦布告してくるので呆れました。 安定度-3にしてまでとはどれだけ不凍港ほしいのかと。 スウェーデンと同盟を結んだりして対処しましたが中々キツかったですね。 全くの想定外だったので北への警戒を強め、清を攻める手も弱まります。 そんなこんなで(清の相手するの飽きたというのもあり) 最後の80年ほどはgdgdであまり領土が広げられませんでした。 最終的な領土はこんな感じ。 (青がインカ、黄が中国、上の赤がロシア、 緑は独立してた満州、左の紫はチベットとマレー半島を征したアユタヤ)

up2044.jpg

一番大変だったのは兵力の確保でした。 サポート限界は最終的に200万を突破しましたが、 仏教儒教州では1州で1000から3000しか一度に徴兵できないのがキツい。 イベントでキリスト教化した州で7000の徴兵が可能になったのがなかったら、 もっと苦戦していたでしょう。 また寛容令まで同盟は遥か遠くの欧州諸国と組まざるを得ず、 孤立無援の戦争をせざるを得なかったのも苦労しました。 ただ最終的にインフレは50%を超えましたが全くつらくありませんでしたし、 安定化コストは本土改宗が終わっても2000以上でしたが 高収入のために1年以内に+1されるので問題はありませんでした。

極東国家は未プレイだったので戦略を決めかねたり想定外のことも数多くありました。 日本や朝鮮で征西経験のある人ならばもっと西に行けるのではないでしょうか。 また今回は海軍を全く使っていませんでしたしが、 有効に使えばもっと効率的かもしれません。 また今回のように大陸でなく東南アジア諸島を狙う、 むしろアフリカを攻める、 ダゴダAARを真似てヨーロッパを征する、 トルデシリャス条約に怯える暮らしをやめてスペインとポルトガルを併合する、 南北アメリカ大陸を完全に統一する、 などの数々のやりがいあるプレイスタイルが考えられ、とても楽しめると思います。 このAARがインカプレイの参考となれば幸いです。

AGCEEPハンガリーでカトリック世界を守ってみる

はじめてAGCEEPのグランドキャンペーンで完走しました。
先頃EPポルトガルをプレイして、貿易や入植はもう飽きてしまったので、内陸型国家のハンガリーを選択してみた。

ドキドキ感を演出するため、イベントファイルはわざと見ない方向で。おかげで15世紀はイベントに振り回されて散々に・・・。ベネチアにダルマチア(ワインを産出するアドリア海沿岸のプロビ)をとられるわ、オーストリアやポーランドに中核州とられるわ、イベントで「全土で反乱軍&安定度−6&反乱率上昇」とか食らって政府崩壊を起こすわ、もうだめぽな状態。

そして16世紀にはいると、来ました来ましたオスマントルコ。
ハンガリー一国では史実のモハツチの戦いを再現してしまうだけなので、オーストリアと同盟する。もうハンガリーはハプスブルクの犬で構いません! 助けてください! と、恥も外聞も構わずにハンガリー当主をハプスブルク家から迎えることを確約し(イベントで選択できるのです)、彼らの忠実な犬としてオスマントルコと戦うこと約二百年・・・。
16世紀はやられっぱなしだったハンガリーも、17世紀からは陸軍技術で逆転してバルカンのトルコ領を解放し、バルカンの覇者になることに成功。18世紀には内政の充実に励み、総合順位はスペイン、ポルトガルに次ぎ三位につけた。入植・BBWなしでこの順位は個人的には満足している。オスマン(四位)やオーストリア(五位)にも勝ってるしね。

ところで、冒頭で述べたとおり、AGCEEPを完走したのは初めてなのだが、色々と面白い世界情勢になったので報告しておく。

1,宗教改革が熱い!

宗教改革によって、16世紀にハンガリーの中核州が改革派に改宗してしまう。
その後、この改革派と反改革カトリック派が内戦を起こすイベントが用意されているのだが、ハプスブルクの犬となった今回のプレイでは、宗主国様と同じ反改革カトリックとして立ち振る舞った。

結果、我がハンガリー領の宗教地図はこんな感じに・・・

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どう見ても火薬庫です。本当にありがとうございました。~

紫色で囲ったハンガリーの領内に、
改革派が3州(マジャールなど、北の中核州)、プロテスタントが1州(中央にあるドナウ沿岸プロビ)、正教が4州(バルカン南部のコソボ、ワラキア、ダルメシア、マケドニア)、スンニ派が2州(ブルガリアとルメリア)が存在する。うおおい、宗教スライダーどうすればいいんだYO!!!!

2,ハンガリー当主が神聖ローマ帝国皇帝に?

これを見てくれ。こいつをどう思う?

hun1656.jpg

白がオーストリア、緑がハンガリー。

前述したように、ゲーム中盤で「ハプスブルク家がハンガリーの王冠狙ってるらしいけど、どうする?」的なイベントが起こり、そこで「どうぞどうぞ。ハンガリーはハプスブルクの忠実な僕です」的な選択肢を選んでしまったおかげで、ハンガリーの君主リストがごっそりハプスブルク家の家系に入れ替わってしまった。(だから君主名に架空君主を示すアスタリスクがついている。)
ところが1656年、オーストリア・ハプスブルクのフェルナンド三世が神聖ローマ皇帝に就任。オーストリアと同君連合を結んでいたハンガリーも神聖ローマ皇帝? とか思ったが、何もイベントやメリットは起こらなかった。残念である。

3,こ、これがバタフライ現象というやつか・・・!

そしてグランドキャンペーン完走。

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1819年の東地中海。~

中央の濃い緑がハンガリー。ドナウ河下流でオスマントルコ(薄い緑)と戦い続けた。
ベネチアは何故かスペイン(黄色)が継承した。エーゲ海ではギリシャ(青)が独立。
ポーランド(肌色)は没落せず、旧教国として新教国のプロイセン(灰色)、ボヘミア(茶色)に睨みをきかしている。
リトアニアはフランス(藍色)が外交併合したが、フランス革命で亡命と独立が相次いだ。ウクライナ(青)が独立し、クリミア(橙)が生き残っている。
モスクワ大公国はロシア(紺色)になることに成功したが、他勢力に阻まれてシベリア進出はできなかった。
ちなみにイギリスはイベントがどうこじれたのかカトリックのままであり、そのためか、アメリカは独立に失敗した。

ところで、モスクワのシベリア進出を阻んでいる勢力に注目しよう。
ハンガリーと同色だが、これは私の国ではない。
ではどこの国だというのか?

この国の名前は・・・

1819-3.jpg

俺がブハラ汗だッ!

ブハラ汗。
16世紀、ティムール帝国崩壊のどさくさに紛れて独立し、同じ境遇のヒヴァ汗やキプチャク汗を食って大きくなったと思われる(当時、この地域の地図を持っていなかったため、詳細は不明)。その後シビル汗(画面左上の白色の国)とともにロシアの東進を防ぎ、オマーン(アラビア半島の青色の国)とともにペルシャに殴り込んでこの地域を併呑した。
ちなみにペルシャにはサファヴィー朝は成立せず、ファールズというマイナー国がペルシャ統一を果たしていた。このファールズはオスマントルコと同盟を結んでいて、同じく同盟を結んでいたヒヴァとともに16世紀にはバルカン半島にまで対ハンガリー遠征を度々敢行していた。両国がこのハンガリーとの戦争で国力を衰退させたのが、ブハラ躍進の遠因になっているのではないかと思われる。
いくらAGCEEPがイベント豊富だとしても、「ブハラがティムール帝国を復興する」というイベントルートは存在していない・・・と思う。

ところで、中央アジアのブハラがティムール帝国を復興してしまった、とすると、史実で「ティムール帝国を復興した」国は一体どうなったのだろう?
あのバーブルやアウラングゼーブを擁したムガル帝国は、インドで「東ティムール帝国」をつくり、ブハラの「西ティムール帝国」とどちらが正統なティムールの末裔かを巡って東西決戦! なんてことが行われたのだろうか? うーむ、そんなことがあったら、是非ノーフォッグにして見てみたい。
だが残念ながら、東西ティムール帝国決戦は行われなかった。

インドはこんな感じでした。どん。

indo.jpg

わー、イングランドがインド統一だあ、この世界でもデカン高原は綿職人の骨で真っ白なんだね・・・って思った方、大間違い。
実はこれはラージプータナなのだ。そう、あのヒンドゥー教国の。
(ちなみにムガル帝国はデリーの1州のみです。アウラングゼーブ涙目。)

1819-2.jpg

ヒンドゥー教国ラージプータナはインドを統一し、ヒンドゥー教圏の唯一の守護者となった。~

かくして、
・ベネチアを継承して、新大陸と地中海の覇者となった総合スコア一位・スペイン
・アメリカ独立を粉砕してアメリカ皇帝を兼ねるヴィクトリア女王治下のカトリック・イギリス
・オスマントルコを挫折させたオーストリア&ハンガリーのハプスブルク同君連合のドナウ帝国
・中央アジアとインド洋(ペルシャ)の陸海貿易網を支配するティムールの末裔・ブハラ汗国
・インドを統一したラージプータナによるヒンドゥスタン ・他。西アフリカを統一したソンガイ帝国や東アジアを統一した満州・清帝国など。

というステキ世界が実現したのでした。
ヴィクトリアにコンバートしたら面白いだろうなあ。

スンニ派ポルトガルとスペインに萌えてみる

ビザンツ・ヨハネ・朝鮮と萌え国家でのプレイもあらかたすんだので、代表格のグラナダに挑戦してみる。
今までも挑戦してみたけど、レコンキスタの潮流には抗えませんでした。
レ・レコンキスタに成功したとしても、グラナダは航海家や探検家出ないし、スンニ派で殖民に不利……。
だったら、ポルトガルとスペインにやってもらえば良いじゃない。と天啓を受けたので挑戦してみることに。
とりあえず大前提としてポルトガルとカスティーリャを滅ぼす。
2回ほど破産したけど、大事の前の小事。
Tagoを1486年1月、Castillaを1503年2月に改宗して、スンニ派ポルトガルとスペインを属国で作成。
……イスラム改宗後もイベントはしっかり起こるんだね。コンゴ人連れてきたよ。
15世紀末から16世紀始めにかけて、ポルトガルがアフリカ・インド・アジア方面でイベント開戦しまくる。
ちったぁ自重しろ、ポルトガル。
が、どうにも新大陸には殖民してないような?
スペインもカリブ海探索はしてるけど、全然殖民してない。
うーむ、スンニ派だと新大陸への殖民はしないようにAI設定されてるのだろうか。
1506年にコンゴ王が『キリスト教に改宗してポルトガルの支援を受ける』を選択。
あの、ポルトガルはイスラム国家なんですが。
1515年、ポルトガルがホルムズを継承。よしよし、後で外交併合してやるから今のうちにデッカクなっとけよ。
相変わらず新大陸には誰も来ないけどな。
特にスペイン、カリブ海に殖民してくれないと中南米侵攻が辛いんですが。

結局、スペインは動きそうに無いので、1548年7月に外交併合。
ポルトガルも8月に外交併合したけど、新大陸は真っ白
属国独立直後のスペインでロードしてみたところ、月収4…、年間入植者1.3人
そりゃ植民できないわ。
でも植民地化のカピトゥラシオン (協約)が頻発してるから、入植は出来るハズなんだけど。
ポルトガルはCOT3つ所有してるから、宗主国よりも収入が多いのに、ブラジルに入植せず、フローレス諸島なんかに行ったりする。

……グラナダ=カリフ国(革新性7)捨てて、保守に振るしかないのね。

ここにスンニ派スペイン&ポルトガルのデータby1503年3月置いてみましたんで、色々試してみてください。(CF日本語版AGCEEP Ver1.56)
1520年シナリオからスペイン、ポルトガルを選んでロードしてください。

AGCEEPポーランドでズルしてみたけど涙目

「なんとかしてポーランド・ドイツ・バルト・ルテニアの四文化を主要文化に持つ、最強に強まったポーランドが超作りてぇんですけど」ってことで、AGCEEP1.54のポンメルンでゲームスタート。
そして、光の速さでF12を押して「シュテッティン併合イベント→ポーランド併合イベント(自作)→ポーランド変体イベント」と次々に発生させてポーランド・ドイツが主要文化のポーランドさん爆誕。

……この時点で石礫と罵声が雨あられと飛んできそうです、ハイ。


で、残るはルテニア文化とバルト文化をゲットするのみ。
その為にはリトアニアさんにロシアへ変体して貰わなくてはいけません。
というワケでブランデンブルグとの同盟から抜け、リトアニア・マゾヴィア同盟へ参加。

とりあえずチュートン騎士団を殴り、途中参戦してきたブランデンブルグとまとめてボッコボコにしてDanzig・Kustrin・Magdeburgを巻き上げてみたり、特権を要求してきた貴族どもを徹底的に粉砕したりで最初の10年が終了。
ドイツ文化持ち&最初から領土大きめなおかげでポーランド槍騎兵を暴れさせる資金は実に豊富です。いやぁ強い強い。

そして1429年を迎え、「ルーツクの会合」を皮切りにリトアニアとポーランドの間で政治的な綱引きが開始されます。
この時期にリトアニアさんを正教に改宗させ、しかる後にルーシ諸侯を警告・保障・婚姻請求を駆使してひたすら叩き、全てリトアニアさんに平らげさせてロシアへ変体させてルテニア&バルト文化をゲット。後は適当な時期にリトアニアを独立させてポーランド・リトアニア連合にでもなっちゃおっかなーみたいなーってのが今後150年ほどのゲームプランです。

そのためにはまずリトアニアさんに正教へ改宗して貰わねばってんでイベントファイルをチェックチェック。
ところが、「選択肢Aで正教改宗」のイベントにどうやってリトアニアさんを誘導できるんだか、イベントチェーンが複雑でさーっぱり分かりません。というか、これ到達できるのか……?

もうなんかこの時点でちょっと涙目です。


知恵熱出そうなくらい考えてもどうにも打開策が出てこないので、諦めて「ルーツクの会合」で「リトアニア王国にノーという」を選択し、「ヴィタウタスの死」で「問題解決を試みる」を選択。 後はリトアニアが「ヴィタウタスの死」で選択肢Bを選んでくれるまでひたすらロードです。
選択してくれる確率は5.3%。ひたすら不毛なロードが続きます。もうわりと涙目……

何十回ものロードの果てに、どうにか正教リトアニアさんを爆誕させることに成功。
改宗で切れてしまった同盟を再び組み直してルーシへ介入するチャンスを待っていると、属国のブランデンブルグがボヘミアに宣戦布告してくれたおかげで思いがけずSilesiaをゲットするチャンスに恵まれたり、なんかハンガリーの王位が転がり込んできて思いがけずハンガリーを属国にできたりでまさに我が世の春。
またも特権を要求してきた貴族をガン無視して安定度-6食らったところでポーランドは小揺るぎもしません。まさに大国。

そして1446年、ようやくトヴェーリが警告を無視してくれたおかげで大義名分をゲット。戦力を整えて翌1447年にルーシ諸侯対ポーランド・リトアニアと愉快な仲間たちの全面戦争へ突入。

ポーランド槍騎兵は徴兵妨害に徹し、野戦や雪の包囲戦で消耗するのはひたすらリトアニアさんに一任してしまいます。
なんとも酷い話ですが欧州ではよくあること。

土壇場でばっくれたリャザンやそもそもルーシ同盟の外にいるノヴゴロドを除くルーシ小諸侯をサクッと地上から消し去り、後はモスクワ大公国の城をひたすらリトアニアに落としてもらいますが、一つの城に全軍ワラワラ集めるAIの習性のおかげで時間のかかることかかること……

5年ががりでどうにかほぼ全ての城を落とし、さぁそろそろ講和でも……と思っていると


リトアニアさんが「宗派の問題」イベントでカトリックへ電撃復帰。


なんだよそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! orz

この後さらにリトアニアを正教へ改宗させられるイベントは存在しません。もうだめぽ。
ズルしてプレイ始めてこの始末ではもうヤル気も起こりません。もう一度チートをしてリトアニアを正教に再改宗させるって手もあるにはあるのですが、ズルにズルを重ねる気にはなれずここで投了。
チートプレイの天罰というか、AGCEEP開発チームは漏れの浅知恵なぞお見通しだったというか、なんかそんな感じでした。

結論:
リトアニア→ロシアのルートは実質プレイヤー専用。
よって四文化持ちポーランド爆誕はイベント書き換えかチート祭りじゃなきゃむりむりかたつむりです。

日本で江戸時代までに何処までいけるか

AGCEEPv1.55、1419年でとても難しいー弱腰スタート。
初めての日本プレイであるが、朝鮮で西はチベット・ベンガル、南はマラッカ、北は満州、東は日本まで征服したので多分大丈夫だろう。

東アジアは既知国ペナルティがあるので、まずはこの解除を目指したいが、丁度日本は戦国直前期で国内が混乱する時期なので4万の兵力を分散。各プロヴィンスに5000づつ配置する。
儒教ペナルティによる外交へのマイナスが地味に辛いが、1422年8月7日に「外交活動」で外交官を入手したので、シアクと最初の地図交換。以後も哈密→キプチャク汗と地図交換を繰り返し、開始10年でポルトガルまでの地図を手に入れる。
1429年7月に大越が中国と戦争状態に入ったので、中国との同盟に入り、君主ユニットで戦果を横取り、Tanh Noahを新領土として単独講和。
中国は麓川とも戦争していたので賠償金狙いで向かうが、1439年2月1日の中国政府崩壊で終戦となる。
東南アジアに足場を構えたこともあり、以後は外交併合を目指した行動に移る。つか、戦争なんかお金の無駄遣いですよ。
貴族主義に振り切るのを第一とした内政政策で、次々と東南アジア諸国を属国→併合して行き、1520年には大陸側東南アジアの仏教圏をほぼ統一。
宗教政策が厳しくなってきたので、仏教を最高、キリスト教を最低にし、他は中立設定に。
この間、戦争は中国と1回のみ。
1484年11月に中国が同盟国の満州に宣戦布告したのを受けて
アユタヤ、中国、マラッカ、ラーンサーン、モン
VS
木邦、日本、満州、大越
のアジア大戦となるが、1488年に中国がGuangdong、Guangxiを日本へ、Guangzhou、 Liaoningを満州へ割譲することで終戦。
今回は中国が弱いのである。

日本01.jpg

しかし流石に50年近く戦争をしてないと暇……もとい、勢力拡大にも限界がある。
大陸側の小国はあらかた併合したので「無礼な外交」を理由に1535年8月1日、中国に宣戦布告。
チャガタイ汗国、ティムール帝国, 中国, バルフ, デリー、フェルガナ
VS
日本、満州、ベンガル(属国)
の戦争となり、相手の物量を考え、野戦を避けて城だけを陥落させていき、1542年6月にShanghai、Kowloon、Zhejiangを中国から得る。
直後にベンガルを外交併合したので、アジアのCOTを4つ直接支配することになり、月収が70を超える。

日本2.jpg この戦争中に貿易レベルが3に到達したので、地味に上海に商人を送り始める。

貿易でまったり過ごしていた1548年12月、中国から宣戦布告される。今回はティムール帝国を属国化し、火縄銃装備までもう少しなので本気度が良く分かる。
こっちはレベル3なのにorz
ティムール帝国、中国、デリー、フェルガナ、チャガタイ汗国
VS
日本、満州
仕方が無いので、徴兵直後や少数の兵、上陸戦を利用しチマチマと戦果ポイントを稼ぎ、敵が来ないところを占領していく。
それでも戦争中に中国が火縄銃を装備したので、戦線崩壊寸前に。
同盟国満州の騎馬軍団も鉄砲には敵わないのか、さっさと賠償金を払って離脱するしorz
それでも分離和平で粘って、中国からFujian、Guizhou、Wenshanを割譲させる。

日本3.jpg

この敗戦が堪えたのか、中国から宣戦布告してくることが無くなる。
せっかくの信玄、謙信、信長も出番なく反乱鎮圧で一生を終える。
それでもどうにか1579年9月に火縄銃の国産化に成功。

日本4.jpg 月収100は伊達じゃないな。

1586年11月に「宮中スキャンダル」を利用し、中国の同盟国であるクジャラートに宣戦布告。
満州、日本、デリー、チャガタイ汗国
VS
中国、クジャラート
クジャラート戦は手早く済ませて、同盟国全部で中国領に雪崩れ込み、1591年10月、中国を日本の属国とすることで終戦となる。

属国化から10年経った1601年11月、徳川家康に併合を試させたところ一発成功。見事、織田信長の唐入りを実現させる。

日本5.jpg

しかし、これからどうしよう。
探検家はオーストラリアを発見できずに死ぬし、BBRは37だし。

スウェーデンのAARがない謎に挑む!!(嘘

(2008年2月29日記)

AGCEEPv1.55、1419年でとても難しいー弱腰スタート。イベントファイルなんぞ見ていない!1,2度プレイ経験はあり。
あと|録涕魎垢覆鍬∋堋糠枌屬1619年以降10年単位でセーブ&ロードつ鵡垳△鮨L洩榲で使用しない等の各種縛りも一応入れている。

1419〜50
まずは内政政策すら変更せずに安定度をキープ。可及的すみやかにノヴゴロドに宣戦布告。KEXHOLMとFINNMARK&KOLA(植民地)の割譲を受諾させる。後者はほっておくとロシア色に染められるので、コレは最優先事項と思う。
また36年には君主指揮官が登場するので、これを利用してノルウェー領土をかっぱぐ。 デンマークとも協力して約6年ノでルウェーを全制覇しかつ全領土をかっぱいだが、悪い子点も9.7でギリギリである。ちなみに、できれば混乱に乗じてDANZIGあたりを奪うのがベストと思う。ノルウェーはまぁ後でも比較的楽だし。

1450〜1500
まず1461年にノルウェーを外交で属国化。またチュートン騎士団とリトアニアが戦争中だったので、後者に参加しLIVLANDを獲得。79年にも戦争が起き、リトアニアや聖ヨハネ騎士団の指揮官に苦しみつつなんとかESTLANDは確保、割譲を受ける。しかしKURLAMDが聖ヨハネ騎士団に渡ってしまい、結局ここを取る気力は最後まで沸かなかった。

82年にハンス絡みのイベント発生。2番目の選択肢を選ぶと予想通りデンマークの属国に。まぁ即日解除するわけですが。1番目だと本当に先延ばしなだけ、3番目だと安定度−7に高確率でデンマークと戦争になる。まぁデンマークはBBWモドキで弱ってる場合もあるので、その時は一番下でもいいかもしれない。

で、85年にはノヴゴロド王国にイベントで大義名分を得たので侵攻しINGERMANLAND入手。ただ、属国化から30年、満を持してノルウェー併合を狙うも見事失敗。しょせん外交値4である。

1500〜1550
国内政策の関係で外交値が5になったので改めてノルウェーの外交併合に挑戦。能力か時間か、いずれにせよ今度は成功。

次は24年12月。まず先だってド低脳続きだった君主がGustav Vasa先生(補正込み5−5−4)に変化している。さらにリトアニアを中心とした東欧の大同盟は期限切れしたので、リトアニアと同盟を結びポーランドに宣戦布告。リトアニアはポーランド&ハンガリーにフルボッコにされているようだが、その隙をついた感じでポーランド領を縦横無尽。見事にDANZIGとHINTERPOMMERNの海岸沿い2領邦を手に入れる。

その後、諸領邦がどんどんプロテスタント化する中30年6月ついに国教改宗イベント発生。もちろんプロテスタント選択である。
その後は旧正教地域に宣教師、殖民地にはあえて今まで殖民を控えて今から一気に都市化、残りはイベント任せという感じで全土プロテスタントを試みつつ金はひたすら安定度にまわすのだが……−2→ランダムイベントで−3の按配でまったく回復しない。 約10年間−1にすらならない状況で、この10年の投資がほぼ無駄である。せめてインフラに回しておけば……と後悔しきりだ。つかこの国宗教問わず安定度に費用かかりすぎである。

その後、ハンザ同盟絡みのイベントが発生。これは中核州を複数得られるうえに、工場やら投資やらもう大奮発の良イベントだ。で、ここで得たGotlandとSkaneの中核州を持つデンマークはポーランド等と現在絶賛大連合中。兵士も10万近く溜め込んでいる。 しかし、ブランデンブルク戦等で兵士を消耗していき、しかも国家改宗で同盟破棄&安定度も−3に!絶好のチャンスである。そこで、ザクセン同盟に参加しデンマークを攻撃。この時期のためにインフラ投資を陸軍投資に回したのである。 首都をその他を落とし、中核州とOlonetsを得たあたりで16世紀前半は終了。

1550〜1600
まずは貿易禁止を大義名分にデンマーク攻め。今度はJYLLANDを奪う。んで、フランスに首都以外かっぱがれたデンマークは62年に外交で属国化。10年後にあっさり併合。これで汎スカンジナビア体制っぽいのが無事が完成したわけです。めでたしめでたし。

その後、内戦モードまっただ中のフランスから独立したホルシュタインに婚姻→王位請求→攻め込んで属国化。 さらにホルシュタインと同盟締結した上で小国併合担当国として活躍。MAGDEBURGを自力で奪いつつ、メクレンブルクとポンメルンを併合させる。鬼であるがあちらもBBR値が10を超えてしまったので、まきこまれ戦争が怖い。

まぁ、そんなことをやりつつ、北米でまったりと殖民をしている間に16世紀も終了である。

ちなみに細かい条件はわからないが、リヴォニア騎士団が存続しているとクールラントへの変態時に旧騎士団領土等4領邦が中核州になるイベントがある。詳細がわかるなら狙ってみるのはありかもしれない。

1600〜1650
さて、小国併合国として活躍してるホルシュタインだが、実はブレーメンを属国としているためこのままでは外交併合できない。 そこで、ブレーメンを攻撃して属国を解除した上、&軍事併合させてから外交併合しようと宣戦布告したのだが、ザクセン連合とイングランド連合が次々とホルシュタインに宣戦布告。さすが悪い子点2桁。正直これだけの諸外国と戦う力はなく、ザクセン連合にずたぼろにされかけたところを、なんとかは75支払いで和解。一方のイングランドはついでに北米WIKKIAMSBURGでも奪おうと思ったが、なぜか野戦で勝てないため仕方なく無償和平。このような出来事にあいつつも、なんとも当初の予定通りホルシュタインはブレーメン併合→スウェーデンに被併合される。改革派だったブレーメンは即独立させたが、これでやっとJYLLAND〜DANZIG間が陸続きとなったのである。

さて、この戦争の余韻も冷めない段階で、今度はロシアとポーランド関係のイベントが発生する。ひたすらロシア寄りの選択肢を選んだところ、ポーランドに宣戦布告する羽目になる……まぁ即和解するだけだが。ちなみにその前のイベントでポーランドへの大義名分が貰えればいいのだが、貰えない場合理由なし宣戦布告になりBBRマズーである。このイベントで大義名分を貰えるのだが、同時の宣戦布告には対応していないので要注意である。で、まぁリスクに対応しているのか知らないが、その後ロシア方面の領邦が中核州となる……まぁ既に制圧済なんだけど。

ま、そんなこんなで1611年、ついにグスやんことグスタフアドルフ降臨!である。

まずはよく知らない人の首相任命イベント。全能力値に+4の補正(貰わなくても5−5−5な気もするが)か、意味がないと思う改革派への変更を選べる。他にも安定度&中央集権+1イベントなどあるが、基本的には高い能力と多くの指揮官を利用して…… やることもないので、ひたすら殖民と貯金である。つーか彼の登場時期と市長解禁を合わせてしまったミスであろう。

で、軍事改革で養兵数が増え、交易改革でCOT移転もおき、それぞれで投資アップのチートアドルフ君であるが、悪い子点の関係上戦争ができない。よってヘッセンを3回目、ザクセンにいたっては8回目の交渉で外交的に属国化する。

そんな彼だが、1629年になると、ドイツにBREMENとMAGDEBURGが中核州になり、かつオーストリアに大義名分を手に入れる。まぁぶちゃけ大戦争なんぞする必要はないのだが……せっかくのチャンスだし、準備は整えておいたので戦争を決心。概要はスウェーデン、ポーランド、ザクセン、ヘッセンVSオーストリア、ブランデンブルク、ヴィッテンベルク、スイス等である。
まぁ、あらかじめ用意してあった約10万+傭兵パワーで戦功99%までもっていく。 結果はSACHSEN、ERZ、BOHEMIAの3領邦と、ヘッセンにMAINZの和解案を受ける。あとこっそりブランデンベルクからPRUSIAも貰ってたりまぁ、ぶっちゃけ疲れた大戦争が終わった直後くらいにアドやんは死去。指揮官が多すぎて困るのもこの時代くらいだろうなぁ、と思う。

この後は自動商人派遣でうなるほどの金が手に入るのと、ぶちゃけ殖民がダルくてプレイ停滞。そのまま終了。ここのAARがない理由がわかった。ぶっちゃけ強くてネタにならんのだね、はっはっはっ。……新大陸への殖民不可縛りくらいが適切?けどそれだとドイツあたりと被る気がして微妙だよな

ちなみにこの後もしばらくは有能な君主が続くが、イベントは利益と不利益のバランスが取れたものになる傾向にあると思う。1720年以降は恥ずかしながら未プレイ。どーしても北米に殖民&征服者や探検家による地図拡大→疲れてプレイ中断のコンボがとまらない筆者を許してください。とゆーか誰かこの後のイベントの流れを教えて下さい。それだけが私の望みです(ぇ

AGCEEPエチオピアさんの15世紀を試し斬り

(2008年1月3日記)

v1.54、1419年シナリオでとて難-弱腰スタート。イベントファイルは中途半端に読んだけど、18世紀くらいまで結構いろんなイベントが用意されているみたい。

さてエチオピア、実はわりと強い。域内大国だし技術グループはムスリムだし、最初の孤立ペナルティもヌビア→ビザンツと地図交換すればものの数年で解除できる。しかも序盤から最強の君主ザラ・ヤコブ(指揮官でもある)が登場するのだ。弱点は周辺州の基本課税価格が猛烈に低くてまともに兵力を養えないことと、イスラム教圏の中に孤立した正教国なので他国を当てにできないこと、そしてこれが最大の問題だが、オスマン帝国が南下してくると非常にツライこと。

ともあれ指し始めの一手。宗教はイスラム教を最大、正教を中央、カトリックをゼロにする(カトリック国と正教国はどうせ当てにならない)。国内政策は「攻撃主義」にまず振る(プレーヤーチートだが、ザラ・ヤコブが即位すると歴史イベントでガンガン「中央集権」「保守主義」に振れることを知っているので、この2つは放っておく)。

地図交換による孤立ペナルティ解除後、北のヌビアと同盟を組み、東のアダルを攻める。中核州を領有されているのもあるが、歴史上ではこの国のせいでソロモン朝エチオピアは1535年に滅亡の淵に追い込まれるので、AGCEEPにも関連イベントがあるようだ。さっさと片付けておきたい。ザラ・ヤコブが1434年に即位するのを待ち、2度戦争してあっさり併合。

しかし、戦争していると対岸のアデン・イエメン・ハドラムートや東隣のモガディシュ・マリンディ・キルワがつぎつぎと戦争を仕掛けてくる。つまり北方のヌビアを除く全方向からフルボッコ。いきなり涙目。だいたい、アデンからアフリカ(アファール州)までは海軍ナシで陸軍ユニットが直接移動できるのに、逆はできないのはなんでなんだぜ?

とはいえピンチはチャンス、アフリカ諸国には賠償金を払って手を打ち、1450年ごろにアデン・イエメンを武力併合。国庫に資金を入れ続けたせいでインフレ率が10%にまで上がってしまったが、アデンCoTが手に入ったし、まあよしとしよう。

しかしBadboyレートも10ギリギリ、周辺国との友好度も-200。これ以上戦争するとイラクやらホルムズまで参戦して本気でフルボッコにされてしまう。しばらく自重し、改宗とBadboyレート下げに励みつつ、ヌビアを属国化(16世紀初頭にスンニ派に改宗してしまうらしいので、その前に外交併合しておきたい)。そうこうしているうちに、晩年のザラ・ヤコブが娘を処刑したり発狂したりと愉快な展開になったのち、1468年没。Badboyレートは5強、インフレ9%とそこそこの展開。

ここからさらなる拡大を模索する。1500年直前にヌビアを併合するのを前提として、進行方向はアフリカ東岸かアラビア半島かエジプト(マムルーク朝)だが、前の2つは消耗が激しく、また敵国が意外と強いわりに儲かる州が少ないので却下。CoTのあるアレキサンドリア州を目指す…がここで問題。マムルーク朝は弱いので怖くないが、征服後に隣接するオスマン帝国が問題なのだ。うかつにマムルーク朝に手を出すと、オスマン帝国はじめ近隣諸国にボッコボコにされてあっという間に終了。ここは慎重に行かねば。

そこでまたイベントファイル確認に走るヘタレな俺。グラナダAARなどでも紹介されているが、AGCEEPにはオスマン帝国によるマムルーク朝併合イベントが用意されている。条件は1485年以降にオスマン帝国とマムルーク朝が戦争し、かつマムルーク朝がアレッポ・シリア・エジプト州のコントロールを失うこと。これにうまく便乗したい。

だが、オスマン帝国の同盟に参加して分け前に与ることができればいいのだが、正教エチオピアではオスマンと友好関係を築けない(挨拶状だけで50Dとか泣く)。しかも今回のプレイ、オスマン帝国が序盤でアレッポ・シリアを手に入れてしまった。そのため、マムルーク朝はエジプトが落ちるだけで滅亡してしまうので、オスマン-マムルーク朝開戦後に火事場泥棒、の暇もない。

仕方ないので1500年過ぎ、単独でマムルーク朝に侵攻し、オスマン帝国の対マムルーク朝宣戦布告を待つ。…が、マムルーク朝はあっさり全土占領できたのだが、オスマン帝国が宣戦布告しねぇー! しかたないのでアレキサンドリア州までの回廊を割譲させて講和してみたら、Badboyレートが20弱に上昇…周辺諸国にタコ殴りにされて投了しましたとさ。

うーん、序盤もうちょい慎重に行かないとダメだなぁ。アダルは滅ぼさなきゃならないけど、貧乏な州を手に入れても守りにくいしBadboyレートが上がるだけだし。オマーンAARみたく貿易立国をめざすべきなのか。でもやっぱり地図は塗りつぶしたいしなあ。

(追記:1530年前後のアダル関連イベントはむしろエチオピア有利のようだ。短期間だが指揮官クリストヴァン・ダ・ガマが出るし、アダルから宣戦布告もしてくれる。アダルの領有州はどれも貧しいので、この時期まで待ってもよさそう。ただその場合、アダルの海軍力が手に入らないため、序盤でアデンを攻略するのが難しくなる…)

インカAAR

2chでインカやってる人の話を聞いてちょっと挑戦してみる。 早速広大な国土を見渡してみるが、課税価格はさっぱりで要塞が未整備の土地ばかり、 16世紀以降猛烈な産出量を誇るインカの金鉱も雀の涙。 そもそも収入があっても技術コストに猛烈なペナルティがかかっているので、あまり意味がなかったりする。 とはいえ、幸いな事に最初からインフラレベルが1なので収税官は設置可能。まずは全土に収税官を配備していく。これでインフラまで0だったら収税官の配置まで半世紀とかかかりかねん。

最初にして当面唯一の獲物は北のチムー。イベントファイルを読んでみると、モンタナを占領すれば即併合できるらしい。ちなみモンタナの初期要塞レベルは0。ひどい話だと思うが、2000ほどの歩兵をさらっと進撃させて併合完了。チムーがいくつかの領土に要塞を配備しておいてくれたのはラッキーだった。今に思えばその後1プロヴィンスで独立させておけば、属国税とCOTの関税収入が得られる分だけ得だったかもしれない。

その後はひたすら寝て暮らす。北の2プロヴィンスに植民した後は、敵もいなければ、技術開発も全く進まないのでする事がない。15世紀のインカは君主能力に恵まれ、将軍まで出てきたりするのでヨーロッパにあったらさぞかし暴れまわれるだろうに、惜しい事だ。そういえば、陸軍ブームでなんと騎兵が手に入った。スペイン到来以前のアメリカ大陸には馬はいなかったはずなのだが。

1471年、待望の探検家獲得イベントが起きる。早速北へ北へと進路を進めサポテクとアステカを発見する。サポテクがアステカの攻撃を受けており滅亡は必至かと思いきや、アステカが片方のプロヴィンスを包囲する間にもう片方から出撃して解囲するというのを繰り返して、なかなかに決着がつかない。

我がインカは本土で目いっぱいまで兵を集めたところで、サポテクとの友好関係を高めていき、サポテクからの同盟の誘いを受けてアステカに宣戦!…するも2プロヴィンスを占領したあたりで盟主のサポテクが賠償金のみで和平する。顔をぴくぴくさせながら今度は自分でアステカに宣戦するもアステカを半分ほど占領した段階で盟主のサポテクが北の植民地のみの割譲でまた和平する。そうこうするうちにスペイン到来が迫ってきたのであきらめてリロードする事にする。

そうです、私は軟弱者です。すみません。

ただ、一つだけ言い訳しておくと、スペインでやってみれば分るのだが、アステカは本当にあっさりとスペインに征服されてしまう。コンキスタドールがアステカ兵を追い払い、テノチティトランに突撃一発でアステカ終了である。そしてその後には改宗イベントで一発カトリック中核文化化とまで来る。スペインが来るまでにアステカを征服できなければ、永遠にメキシコはインカの手から離れてしまうのだ。

さて、気を取り直してアステカ接触前まで巻き戻し、アステカとサポテクが休戦するのを待ってアステカに進撃する。インカは6-1-5-1を誇る皇帝トゥパク=ユパンキの活躍もあって野戦でアステカ軍を追いこみつつ他の城の包囲を進め悠々とアステカを併合。返す刀で兵站基地として活躍してくれたサポテクも併合して万全の体制でスペインの到来を待つ事となる。

ちなみに、インカの探検家は普通の探検家なので寿命が長く、アステカ侵攻ルートのプロヴィンスを全て発見して、更にカリフォルニアやマゼラン海峡まで遠征する活躍ぶりでした。本当にお疲れ様。

さて、さて寝て暮らす毎日に舞い戻ったインカがスペインの侵攻に備えて中米のプロヴィンスの都市化+要塞化を進めていると、1520年頃、突如として疫病の大流行が起きる。慌てて周囲を見渡すとベネズエラに黄色いプロヴィンス。ほどなくしてスペインの宣戦を受け、半世紀に渡る大祖国戦争が始まった。最初のうちこそ、スペインが新大陸に拠点を持たないために1000とか2000とかの部隊が暴れまわるだけで、それですら士気の差がありすぎるために、好き放題領内を駆け回られる有様で、しかも、要塞の建設をさぼっていたインカ本土に執拗に侵入され、首都クスコを脅かされるまでになった。(ただし、クスコは要塞レベル2なので容易には落ちない) 2度の白紙和平の後に懲りて本土に要塞を配備するも、今度はメキシコ南部のテフアカンを都市化されてしまい、そこからどんどん部隊を送り込まれるようになってしまった。スペインとの関係を改善しようにも外交能力2のアタワルパに期待するだけ無理。だって、国家の贈り物が800近くかかるんだぜ。外交能力2でこれを何回繰り返せばスペインとの関係が改善できるというのか。

1560年、アタワルパが崩御、ティトゥ・クシが即位する。仮想君主扱いされているが、史実でもインカ残党を率いてスペインに抵抗を続けた人物のようだ。ティトゥ・クシはフェリペ2世に手紙を書いた事が評価されたのか、外交能力7!国家の贈り物も572まで減額されている。早速、外交攻勢を仕掛けてスペインとの関係を改善。恒久的な和平を取り付ける。これ以降、スペインとインカは同盟を結び、スペインは絶えてインカを侵攻するような事はなかった。

国内が落ち着いた1580年、ついに改宗イベントが起きる。中華技術グループと5000の資金とインフレ20%のおまけつきでカトリックに改宗する。ちなみにこのイベントにはプロヴィンスの改宗が一切含まれず、また、革新主義=5が条件なのに更に革新主義が+2されるために安定度コストが悲惨な事になり、また、宣教師の確保にも苦労する、というかなり厳しいイベントである。とはいえ、カトリック化した事でスペインとの友好関係が保ちやすくなり、恒久和平のためには已むをえないところである。

また、改宗と前後して各地の金鉱の生産量が爆発的な勢いで伸び始め、改宗で税金収入が落ち込んだ事と相まって猛烈なインフレに襲われる事となる。税金収入が30で金鉱からの収入が100、年インフレ率が+0.20%といった具合である。金鉱のおかげで改宗費用の調達にこそ困らなかったが、何分プロヴィンス数が多いため、結局、全土の改宗を完了し内政を安定させるまでには半世紀以上の月日を要したのであった。また、金鉱の膨大な収入があるといっても、未だにスペインしか既知国のないインカの技術開発は停滞しっ放し、スペインは全く地図をくれないし、他のヨーロッパ諸国は黄金の国インカ沿岸にちっとも姿を見せる気配がない。

半ばあきらめかけた1644年、同盟国スペインがヴュルテンベルグと交戦状態に突入し、ヴュルテンベルグの場所が明らかになる。さっさと単独和平して関係を改善して地図交換に成功、旧大陸の大半が明らかになる。めでたく孤立ペナルティが解消されて技術開発も進むようになってきた、とは言っても、しょせんは中華技術グループ。一直線に投資してもインフラが5レベルに達し知事を配置できるようになるのはさらに半世紀も後の事であった。その状態でも金鉱によるインフレが0.15%も残って困っていたが、貿易技術に振っていったところ、AIは新大陸のCOTの守りが甘い事もあって複数のCOTを独占して大儲け。金鉱によるインフレは吹っ飛んでしまった。どう見ても技術開発の順番を間違えたようです。尚、この間、征服者を一切確保できず植民は完全にストップ。陸軍技術を11まで進めればヨーロッパでなくても征服者を得られたみたいで、こちらも技術開発の順番を間違えたのかもしれない。

陸軍レベルの差の激しいヨーロッパ諸国との戦争は難しいので、未だに生き残っていたベニンなどを征服してみるも、人口増え過ぎで改宗費用が1000とかいう状態になっていてさっぱり役に立たず、それでもCOTを得たので一儲けと思うもスペインの商人派遣攻勢が厳しく、やっぱりさして儲からずいらいらしつつ過ごした18世紀末、スペインとの戦争に絡んでポルトガルがブラジルに遷都、和平後ヨーロッパに復帰するもブラジルが独立する。折しも陸軍技術が26レベル到達してCRTが向上したところで、ブラジルの陸軍レベルは43でCRT一つ分離されているとは言っても、新大陸国家の乏しい人的資源ならば押し切れると判断、大動員をかけてブラジルを蹂躙する。本当は属国にして外交併合したかったのだが、ポルトガルの属国のままだったのであきらめてミナスジェライス州その他を奪い取る。このミナスジェライスはまさにブラジルの至宝であり、COTと350にも及ぶ金鉱収入を持つプロヴィンスである。ブラジルはその後すぐにポルトガルに外交併合されてしまったが、この州を確保できただけでもよしとするべきなのだろう。

さて、ブラジルを攻略した時点ではすぐに気が付かなかっただが、ポルトガルの地図を引き継いだブラジルの首都を攻略した事でようやく空白地込みの地図を得るに到る。18世紀末の段階でもアマゾン・アラスカ・オーストラリア・ニュージーランド、そしてオランダが未成立のため南アフリカが植民地化から取り残されていた。ついでに言えば、ロシアもオスマン帝国に押し込められてシベリアに進出できていないので、シベリアも未踏の地として残されているのだろう。残り少ない時間を空白地の確保に費やすもアマゾンを都市化するのがやっとで、アラスカと南アフリカに植民地を建設したところでゲームオーバー。後半世紀早く地図を確保できれば…と悔やまれるゲームでした。

結論。ダコタで世界征服に挑戦は神。俺は砂粒。

(まあ、ダコタの方は探検家や征服者の獲得条件がだいぶ甘いのだけど)

AGCEEPバイエルンでドイツ建国

連投スマン。いつかAARにしようかと思ってたネタが色々あるもんで、またまた書き込んじゃいます。AGCEEPオマーンの人と同一人物ね。

えー、私事で大変恐縮ですが、春にドイツ行ってきました。そのときミュンヘンに行ったんですが、良かったですね。街にはいろんな有名人の銅像があるし、そしてなんといっても美術館、博物館。レジデンツにアルトピナコテーク。肖像画を始めとして、ヴィッテルスバッハにまつわるものが色々ありました。あ、ノイシュバンシュタイン城にも行きましたよ。そういうわけで、ヴィッテルスバッハに対する熱き思いが胸のうちにふつふつと。どうせやるならドイツ王にしてやろうかなと。というわけでプレイ開始。

ドイツ建国は基本的にオーストリア用なんで、そのほかの国でやるとなると結構大変だったり。なかでも、BBRの制約と、皇帝位の保持は中々困難なハードルなわけでして。BBRは時間と共に下がっていくので、軍事行動はなるべく早いに越したことはない。今回は、皇帝位は名君アルプレヒト4世賢公(1467−1508)の時代に奪うとして、序盤は世評は気にせず拡大戦争に打って出ることにした。

バイエルンでやる場合には、ヒストリカルリーダー・エルンスト(1395−1438)を使ったスタートダッシュが中々に有効だ。標的は、チロル・スティリアである。こいつらは後々オーストリアの餌になるやっかいな国家であるため早期に併合するに越したことはない。これらを滅ぼすことで、自領の拡大とオーストリアの弱体化という二つの目標を達成できるのだ。とはいえ、この二国、今回はファルツ・アルザス・ヴュルテンベルグなどと同盟を組んでおり、単独で当たるにはいささか強大に過ぎた。というわけで、イタリア勢(ミラノ・スイス・マントヴァなど)の力を借りることに。1430年くらいから戦争を始めて、エルンストを上手く使って包囲の優先権を得つつ、敵を撃破。1434年には敵方の領土を全土占領し、ファルツからヴュルツブルグを、チロルからバーデンをもらい、敵国すべてを属国化(スティリアをのぞく)。この間、いい子のオーストリアはちゃんとアンスバッハを返還してくれる。望みうる最高の展開だ。

バイエルン1.JPG

ちなみに、スティリアは戦争の長期化を嫌ったのと、1460年くらいにオーストリアに併合されるまでに外交併合する自信がなかったのとで、賠償金をもらうにとどまった。

ここで重大事実発覚。なんとオーストリアが皇帝位をマインツに奪われていた。序盤、ジギスムント帝、アルプレヒト帝の次は十中八九、ハプスブルクのフリードリヒが即位するはずなのだが何が起こったのやら。マインツの君主は1459年に死ぬようなので、皇帝位獲得はここに照準を合わせることにする。なお、この後イタリア同盟から脱退し、マインツと同盟を締結、即属国化。こうなると皇帝もかたなしだね。

その後はケルン、ヘッセン、ザクセン、ベルグを外征によって属国化し、1459年に予定通り皇帝即位。この皇帝位を慎重に保持していき、見事アルブレヒト賢公につなぐことに成功。アルブレヒトはアウグスブルクまで生きてくれるので、これで皇帝選挙の影におびえることはなくなったというわけだ。

1485年にはイベントでボヘミアを属国化し、意気あがるヴィッテルスバッハ家。その後ザクセンを外交併合し、アンハルトを与えて独立させる。ザクセンから奪った2領(ズデーテン、ザクセン)を加えて自領は6つとなり、ヴォルムスの条件を満たしたので、あとはアウグスブルクに賛同してくれる諸侯を増やすべくドイツ諸侯の属国化を進めていく。

で、1503年にヴォルムスを起こす。そのときのドイツ情勢。

バイエルン2.JPG

実は途中で属国のチロルをハンガリーに併合されるなどのアクシデントがあって、オーストリアの弱体化には失敗してしまった。この後オーストリアには散々手を焼かせられることに。

んで、アウグスブルク後(会議でドイツたてた直後にボヘミアは併合した)。

バイエルン3.JPG

さらにこの後ブランデンブルクを外交で、オーストリアを外征で降し属国化。 せっかくなので帝国クライスをすべて設置することを目標にプレイを続行。実は上ザクセンの帝国クライスはおいしい。これが起こるとポンメルンをただで外交併合できるからだ。それに対してオーストリア帝国クライスはあまり実利がない。オーストリアは大抵強力だし、おとなしく外交併合されるたまでもない。それでも今回は粘りに粘って1574年、ついにオーストリアを外交併合し、帝国クライスを設置。さらに1588年にはラインにも帝国クライスを設置し、ドイツ統一完了。

帝国クライスイベントは低BBRを要求されるので、オーストリアによるボヘミア併合イベント回避後に、ボヘミアは独立させた。ブレーメンがポーランド領だったり、ロレーヌがフランス領だったりする以外は至極順調。ちなみに首都はフランクフルトにしました。

バイエルン4.JPG

その後ポーランド、フランスと戦いドイツ王国の威勢を内外に誇示し、なんとなく満足した気分になったのでプレイ終了。続けるとしたらHRE領域の回復を狙いますね。中核州のサヴォイがちょうどスペイン領なんで、それをクレームにしてイタリア、ネーデルランドを奪っていくと良いでしょうね。

バイエルン5.JPG

AGCEEPオマーンで涙目

面白いページができましたね。というわけで早速。

今wikiで大人気連載中のオマーンAARに触発されてオマーンプレイ。verは旧AGCEEP。AGCEEPではオマーンは最初選べなくて、ホルムズから変体することになる。

オマーンAARを見習い「海洋交易国家」を目指してプレイ。もちろん、無駄に領土を拡張することは極力避ける。

無駄に支配地を拡げることは極力避ける。
地味な支配は属国や友邦に任せておけばいい。
インド洋の甘美な汁だけを吸うのだ。(本家オマーンAARより)

こういう名言がいっぱいあるのがあのAARのいいとこですよね。

1、ホルムズの勃興(15C)

最序盤、騎兵5千でもってアデンへ。その際ハドラマウト・マーラから通行許可をもらい陸路でいく。アデン―ハドラマウト・マーラ間の同盟切れを狙って戦争をしかけ、アデンを併合する。こうしてわが国に首都アル・カラムに続く二つ目のCOTがもたらされた。さらに戦争は続く。オマーンAARよろしく、グジャラート交易地を得るために、グジャラートに宣戦布告・全土占領し、見事グジャラート交易地を獲得。

その後将来ザンジバルにCOTが開設されること&アフリカ南端へ向けての橋頭堡の意味もかねてスワヒリ遠征を敢行。リンディ、ザンジバルを獲得。

これが大体1470年くらいまでの話。うん、順調に領土を拡大してる・・っておい。拡大しちゃだめなんじゃorz

こうしてホルムズは、アル・カラム、アデン、グジャラートなどCOTを3箇所保有する一大交易国家(?)となった・・。

2、混迷のホルムズ(16C前半)

ところがどっこい。AGCEEPではここからがきつい。そう、ポルトガルの侵入とそれに続くホルムズの衰退である。ポルトガルには逆らわないほうがいい。マジで滅びますww

さらに混乱の最中、友達だったはずのマーラに背後をつかれ、アデンを併合したときにゲットしたソコトラ植民地を焼き払われる。さらにさらに、せっかくゲットしたアデンCOTが閉鎖され、目も当てられない状況に。うーん。ここは我慢の時期なのか。

3、インド大戦争(16C後半)

さて、ようやくポルトガルによってもたらされた混乱も過ぎ去り、どうにかこうにか動けるようになる。貿易にがんばって投資をし、さらには陸軍に集中投資(笑)、陸軍Lvを9にして当時南インド一帯を支配していた大王国ヴィジャヤナガルに宣戦布告。3万人ほどの軍勢を投入し、バッサバッサとヴィジャヤナガル兵をなぎ倒し、カリカット交易地と地味豊かなゴアを割譲させて和平。ふはは、ようやくわが国にも復活の兆しが見えてきたようだ!

ところが。このときヴィジャヤナガルからゴアをもらったのが運のつきというかなんというか。「ポルトガルがゴアを要求」イベントが発生。ゴアを渡せばポルトガルとの戦争は避けられるが、COTがグジャラートからゴアに移ることがイベントスクリプトからわかる。ここは断固拒否!、ポルトガルと開戦した。幸いわが国もCRT向上を迎えている!なんとかなるはずだ・・と思ったけれど、案の上というかなんというか、ヴィジャヤナガル軍を赤子の手をひねるように破ったわが軍が、見事にコテンパンにやられましたよ。まだまだヨーロッパには勝てませんね。というわけで、有り金全部はたくから領土割譲は勘弁してちょと必至に土下座。その願いが通じたか、金250Dの支払いで講和が成立。あぶねー。

ちなみにこの時点での我が領土は、 アル・カラム、マスカット、グジャラート、ゴア、カリカット、ザンジバル、リンディの7州。

その後、1590年にインフラLv5到達、知事の建設を開始。

さらに1625年に「ナスル・アル・ヤールービーの推戴」イベントでオマーンに変体。ここより新たな歴史が始まる。

4、オマーン、海洋の帝国(17C前半)

さて、ついにオマーンへと変体を果たしたわが国。交易地がアル・カラムからマスカットに移動し、さらに1640年にはザンジバルに貿易センターが開設される。そしてそのかわりにカリカットを失う。うーん、AGCEEPだと貿易センターが移動するから結構つらい。一応、グジャラート交易地は健在なので、相変わらずわが国は3つのCOTを所有。

その後東南アジアの貿易センター、マラッカを分捕り、1648年から始まったベンガル戦争では、スルタン気了愆のもと5万の兵を動員、インド東海岸の覇者ベンガルを降し、カルカッタ割譲&属国化。こうしてわが国はインド貿易を完全支配するに至った。

新たな王朝のもと、隆盛を迎えるオマーン。インド洋に面するCOT全てを確保し(実に5箇所)、貿易大国として世界に覇を唱える。

5、インドへのあしがかり(17C後半)

この時点で本プレイのテーマであった海洋交易国家という目標は達せられた。と同時に、プレイヤーの中に禁断の領土拡張欲がもたげてくる。

というわけで、目標をインド統一に方向転換(笑)

属国化していたベンガルを外交併合し、東海岸に地歩を築くとともに、ヴィジャヤナガルがオマーンに潰された後南インドを我が物顔に荒らしまわっていたコーチンを討伐。これを属国化する。

インド三国志.JPG

さらにこの後西海岸を支配するスインドと二度にわたって激突し、属国化&外交併合のコンボ。こうしてオマーンはインドの東西海岸及び南端を占める、領土型国家となった。

陸にあがった海洋国の姿はみじめである。
オマーンは決してヴェネツィアのようになってはいけない、
そう提督は肝に銘じたという。(本家オマーンAARより)

ごめんよ、おとうちゃんインドを全部支配してみたくなってしまったんだよ。堪忍してや

6、インド三国志(18C前半)

18世紀初頭、オマーンのスインド併合によって、インドは北部を支配するデリー朝、中部及び東岸を支配するゴルコンダ、そして東北部・南部及び西岸を支配するオマーンの三大国が覇を競い合うこととなった。

1743年、オマーンはついにゴルコンダ侵攻を開始する。12万の大軍がゴルコンダへと派遣され、抵抗むなしくゴルコンダは属国化の憂き目にあう。さらに返す刀でデリーに宣戦。戦争はわずか一年で終結し、デリーもまたオマーンの属国となった。こうして、わずか4年でインドはオマーン一色に(爆)。1769年にはこの両国を外交併合し、オマーンはあっさりインドの覇者となった。

7、ヨーロッパ勢をインドからたたき出す(18C後半)

インドの覇者となったのちは、イギリスやポルトガルなどのヨーロッパ勢力を適当に追い出し、インドを完全統一。

ゲーム終了まで時間があったので、たわむれに聖地を奪還してみる。サファヴィー・オスマンと戦いアラビア半島を統一し、バグダードまで軍を進める。

さらにゲーム終了間際、エジプトに対する大義名分が手に入ったので、ここと戦いアレクサンドリア奪取。

最終的なBBRの上限値は88であった。ちなみに戦勝点はスペインに次ぐ第二位だった。

oman.JPG

やはり僕には必要以上に領土を拡張しない貿易プレイは無理だったよママン

正教リトアニアさんで涙目

リトアニアからロシアになれると聞き及んで早速プレイ開始。 首都こそカトリックを奉じているものの、ほとんど正教の歪んだ国。 早速、リヴォニア騎士団を叩いてリガを奪ったり、 そしたらすぐに交易所がダンツィヒに移動して悲しんだりと、のんびりと過ごしていると、 1430年に大公が亡くなり、それに乗じてポーランドがポドリアをかすめていく。 ポーランド許すまじ!とぐれてしまったリトアニアさんは正教に改宗、 ポーランドが近隣諸国と大戦争を始めるのを待って、背後からぐさり、 ポドリアと同じくルテニア&正教州のルヴォフを取り上げて憂さを晴らしたのであった。

翻って東方。モスクワ同盟がノヴゴロドを攻めまくっているので、 モスクワ同盟に加盟してリャザンやプスコフの属国化を狙う。 …も、属国化10年後にリャザンを併合しようとしたところ失敗&属国化解除、 リャザンを再度属国化して、プスコフを併合してやれやれと思っていると、 モスクワがイベントで勝手にリャザンを属国化。人の属国勝手に取るな! ドイツ騎士団やらリヴォニア騎士団やらの属国&併合を進めて心の傷を癒していると、 モスクワはノヴゴロドやリャザンを併合しカザンやキプチャクを叩いてどんどん強大化、 外交費が4倍もかかるほど成長してしまった。もはや国力は互角だろう。 武力併合はBBR的に無理だが、かといって外交併合なんてできるのか…?

1470年頃に覚悟を決めてモスクワに大戦争を挑む。 真冬に城攻めを繰り返して体力を落としていくモスクワを尻眼に、 こそこそと城を奪って追い詰めていく。 北方の戦争はAIの反則物量があんまり意味ないから楽で助かる。 数年がかりの総力戦でようやくモスクワ全土を占領、 植民地を奪った上で属国化を飲ませて一安心… かと思いきや、属国モスクワの領土拡張欲は衰える気配を見せず、 定期的にカザンとキプチャクを攻撃してさらに領土を拡大していき、 黒海北岸に勢力を展開しつつあったオスマン帝国と張り合う始末。 外交費は贈り物で350とかいった状況なので同盟も結ばず放っておく。

ここでとんでもない事実が発覚。

「リトアニアの第一文化はバルト!」

ロシアから取り上げた植民地がバルト文化になるのでようやく気がつきました。 リトアニアももちろん主要文化の一つですが、 パラドかAGCEEPか知らないけど、訳分りません。

追記)勘違いしていたけど、リトアニア人はバルト語族でした。国家の構成的にルテニアの方の国家かと思ってた。

追記の追記)無印で確認してみたところ、きちんとリトアニア文化があるのでした。それで勘違いしてたんだなと納得。

属国化30年を迎えた1507年、モスクワはオスマン帝国との消耗戦の真っ最中。 数年後にやっと終戦したので併合を試みるも上手くいかず困っていると、 今度はスウェーデンがモスクワに喧嘩を売ってくる。いい加減にして下さい。 モスクワがスウェーデンを撃退した頃には属国化45年を過ぎている。 属国化50年を待って併合に取りかかるも上手くいかない。 と思ったら、またモスクワはまたオスマン帝国と戦争を始める(怒 …しかもよく見ると、カザンがモスクワの属国なってるorz モスクワと同盟を結んでカザンに宣戦、首都をモスクワに占領させた上で、 単独和平を結んで属国モスクワに併合させたりして、 技術格差にボコボコにされつつ、奥深くまで攻め込んでオスマン帝国を疲弊させ、 モスクワとの和平を成立させてやろうとしていると、 またまた、スウェーデンが宣戦! 今度はモスクワと同盟を結んでいるので、技術格差に泣きつつ適当にあしらい追い払う。

かくて、属国化60年以上が経過してようやく併合を試みられるようになる。 属国化を破棄されたらお仕舞いなのでドキドキしながら併合を試みると2回目で無事成功! 時を置かずして「ロシアの征服」イベントが発動してロシアに変体! さあ、リトアニア1000年帝国の建設開始しよう!

… … … ここでまた異変に気がつく。 国家の情報を見ていると「ロシア」と「ルテニア」文化しか所有していない。 いや、バルトはどうでもいいけど(よくないけど)、リトアニアは…?リトアニアは…? 慌てふためいていると更に「西方の反乱」イベントが発動、 西部一帯をごっそりポーランドに持っていかれた上で、 タタール文化をもらって西部をあきらめるか、 ルテニアに固執してポーランドを開戦するかを迫られる。 何が悲しくてただでポーランドに領土をくれてやらんといかんのだ。抹殺確定。 かくてポーランドと開戦するも、モスクワ併合の影響で20超に跳ね上がったBBRのおかげで、 オスマン帝国やスウェーデンにも攻められる。 内政の整った西部を失い、旧モスクワ領で徴税官と回収を進めながら、 涙目になりながら泥試合を繰り広げていると、空気を読んだEU2が強制終了!

…もう寝る。寝るよね、みんなもこんな時…

リトアニアでシベリア帝国建設って夢見た事自体が間違っていたのかなぁ…

俺自身がフランスとなることだ

プロヴァンスからフランスになることでイタリア文化を、ナヴァラからフランスになることでスペインの分の文化を得られるのは有名だがそれについてのAARがないのでチラ裏で

プロヴァンスではじめる場合は序盤半世紀に君主のヒストリカルリーダーを得られるので先占権を奪うことで領土を増やすことができる。序盤はドーフィネと同盟し宣戦布告してくるブルゴーニュ、イングランドから領土を奪おう。あらかた奪い尽くしたらこんどはブルゴーニュかアラゴンと組みドーフィネを武力で属国化に持ち込もう。15世紀の間はイングランド、ブルゴーニュ、ドーフィネ三者ともに向こうから執拗に宣戦布告してくるためBBRはそこまで上がらない。二面戦争になったら領土を手放しても片方と講和しよう。

60年代にナポリに大義名分がつくので教皇領から通行許可をもらい属国化+アプリアを割譲させること。70年代にはいるとそろそろドーフィネ併合を試してみるべきだろう。ドーフィネが消えるとブルゴーニュがフランスを名乗り始めるがこれも武力で属国化に持ち込み84年以降併合を試みるといいだろう。ナポリをこの間併合し、首都移転イベントを起こしてナポリに首都を移すこと。こうすればイタリア文化を持ったままフランスに変体する。なお70年ころにはロレーヌを継承できる。ちなみに自分のフランス変体時のBBRは23.5だった。

ナヴァラの場合はヒストリカルリーダーが序盤にこないので上より困難になる。敵の手薄な場所を自力で落としていく点以外は上と戦略は変わりはない。ドーフィネを早めに武力で属国化に失敗したため今回のプレイではドーフィネがフランスに変体し、これをのちのち武力属国化して1550年ころ併合することになった。

加えて問題なのはスペイン領をどう得るかだ。自分は70年代にアラゴン、ポルトガル、ドーフィネの変態したフランスと組んで宣戦しカステラから領土を割譲+通行権をとり、二回目は領土割譲+属国化でスペインが作る交易地、植民地をつぶしながら16世紀に入って併合した。フランス変体時のBBRは36だった。

Irkut略史(watkabaoiプレイ中の妄想)

Irkutは,ロシア帝国のシベリヤ地方に位置する都市である.人口は1914年現在で8644人. Ivan IV Grozny (8-5-9)治世の1581年,コサックKoltsov-Mosalskiの指揮下に設けられた宿営地を起源とする. 街はバイカル湖西岸にあたり,当初は湖で採れる魚類をわずかに産する寒村であった.

Irkutが帝国史に顕れるのはFedor I (5-4-6)の時代である. 周囲の不毛の地に比して豊かである(基本課税3)ことに目をつけた帝は, 当時圧力を強めつつあったハルハやオイラトに対抗する前線基地とするべく,急激な人口増加で困窮した都市部の貧民を送り出したのである. Boris I Godunov (5-8-6)の代になってもこの方針は継続され,1599年Irkutは植民都市に昇格した.

Irkutが全盛期を迎えたのはその直後である. 当時TurukhanにあったCot (Center of Trade)が衰退し, かわってIrkutに置かれたことが発端である. Irkutの街には,ハン国や明,また遠く日本からの商人が訪れ, 当時需要が増大していたシベリヤ産毛皮の売買が盛んに行われた. 東方の重要拠点として,街の周囲には城壁が築かれ,徴税官や知事の公舎が街に並んだ. また多くのシベリヤ探検隊がこの地に滞在し,不足した人員を募った.希望に燃える若者たちは,街の者に見送られつつ次々と東方へと旅立っていった.そしてその多くは二度と還らなかった.

17世紀初頭のモンゴル征討においては,Ivan Moskvitin将軍率いる三千の軍が, 渡河侵攻してきたオイラト軍二万を大いに破った「Irkutの戦い」が有名である. また,苛酷なシベリヤ探索において,指揮官を喪い撤退中の探検隊が, 越冬施設のあるIrkutにたどり着く直前,厳寒のなか全滅するといった悲劇もあった (これをモチーフにしたのが『狼災記』である).

しかし,この繁栄も長くは続かなかった. 帝国の拡大に伴うモンゴル諸族や明の衰退により,ロシア商人による寡占が続いた結果, CoTが閉鎖されたのである. Irkutから商人の姿は消え,残ったのはもとの静かな漁村であった.

続く18世紀のプガチョフの乱においては,Irkutも戦火を免れることはできなかった. 叛乱軍一万による攻囲の結果,冬を待たずして要塞は陥落し,大規模な掠奪を受けたのである. なお,要塞司令官の娘がYekaterina II Velikaya (9-9-8)に謁見したエピソードは, 後に小説化されている.

現代のIrkutは,漁業の盛んな一地方都市である. 訪れる人は,残された城壁や知事公舎から,当時の繁栄をうかがい知ることができるという.

コメント


  • ジェノバとヴェネツィアの比較が面白いので貼ってみた。でも編集するのもそろそろ重くなってきた…二枚目のチラシの裏が必要かも… -- ヨハネ(ry 2010-08-17 (火) 09:59:20
  • ブハラ汗www -- 2009-04-06 (月) 21:22:09
  • ブハラ汗はウズベクが1561年ごろまで生き残ってると変体するようだね -- 2009-04-06 (月) 17:16:42
  • ウチのハンガリーは周辺国にボッコにされ15世紀には滅亡してましたw あと、ロシアどうしたwww -- 2009-03-27 (金) 22:21:04
  • ブハラ汗とか見たことねえw -- 2009-03-26 (木) 12:30:37
  • ちょうど今、ハンガリーの序盤の動き方について今書いてるんですが、ちょっと遅かったかな…w -- ヨハネ(ry 2009-03-26 (木) 11:19:10
  • 東アフリカを完全平定すると、東アフリカCOT独占→消滅→自国領内に再生のパターンでぼろ儲けできるよ。 -- 2008-01-04 (金) 22:59:04
  • 実はセーブデータ消してしまいました(汗。やり直してみようかなとも思ったのですが、16〜17世紀は最盛期のオスマン帝国とガチでやりあう戦略が思いつかない...アフリカ東岸に手を出しても兵力増えないし、オマーンみたくインドに行くのはイスラム教じゃないからメリット薄いし。 -- エチオピア饅頭の人 2008-01-04 (金) 21:17:54
  • エチオピアおもすれー。AARは、ロード禁止という暗黙の了解みたいのがあるけど、チラ裏なんだし、ここはどーんと、マムルークに手を出す直前あたりから、やり直して欲しいところ。続きが読みたいぜ。 -- Ideyoshi 2008-01-04 (金) 11:22:47
  • マップ上の海域の一部に何か矢印みたいなの書いてあるっしょ?あれ。 -- 2007-11-28 (水) 12:28:59
  • 帆船なんだから当たり前だろ -- 2007-11-28 (水) 10:16:29
  • 海域の風向きって航行速度に影響すんの? 知らなかった…… -- 2007-11-28 (水) 09:27:23
  • そんな裏技があったとは!そのうち再挑戦してみようかな… -- 2007-11-27 (火) 20:47:38
  • インカの探検家は太平洋を常に吹いてる偏西風に乗っていけば海軍技術1でも日本まで行けますぜ。日本と接触しちゃえば後は優秀な君主のおかげで孤立ペナルティ&白人ペナルティも16世紀前に余裕で解除でイヤッホゥってなもんよ。技術力は…カトリック化後にプロテスタントに改宗すると少し楽になるかも。気休めだけど… -- ビザンツの人 2007-11-27 (火) 02:25:24
  • おおお...カトリック化がインカ生き残りの道なのか -- 2007-11-27 (火) 00:52:12
  • 分ってはいたけどインカはやっぱり厳しかった…。結局、致命的な陸軍技術差のおかげで最後までほとんど身動きがとれなかった。ヨーロッパ以外の国の何がつらいかって、プレイの選択肢が限られてくる事なんだよなぁ。 -- 2007-11-27 (火) 00:47:45
  • あ、インド統一ネタを使われてしまった。バニラ版もオマーン東インド会社としゃれこもうと思ってたのに(笑/お疲れさまでした。これ独立ページでもいいんじゃない? やっぱAGCEEPだとCoT移動がガチですね。 -- 152 2007-10-19 (金) 20:00:00
  • インド制覇でなぜ涙目なのかと小一時間(ry -- 2007-10-19 (金) 02:29:25
  • ↓カマーン -- Ideyoshi 2007-10-18 (木) 11:36:54
  • 200年強のプレイのうち190年はextremely fastでハナクソほじってた伝説のチベットプレイAAR書いていい?……とか言って、もうファイルはない。 -- 2007-10-18 (木) 09:49:35
  • 母なるルーシの人がもっと詳しく書いてますね。こっちはポーランドは放置だったからまだいいけど、あのポーランドはやりすぎ、、、 -- リトアニアの中の人 2007-10-11 (木) 04:17:07
  • AASR (After Action Short Reports) というわけですな。SRとか言うと、 mk II とか枕詞に付けたくなりません? AAR mkII SR 以上とか。/知らずにリトアニアやらなくてよかったーと、とても参考になりました。寝ますね、ええ。 -- Efendi 2007-10-10 (水) 21:42:34
  • いいじゃん、これ。プレイしてて、スゲー面白い展開になったんだけど、ちゃんとしたAARとして書くのは億劫とか、そういうとき、こういうフォーマットはいいですよね。数が増えるようならカテゴリー化しましょうよ。 -- Ideyoshi 2007-10-08 (月) 11:39:28

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Last-modified: 2017-10-29 (日) 04:24:10 (27d)