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「草原の覇者」に引き続き、MESのAARをお届けします。

このMOD、一応モンゴルが主役ではあるのですが、ヨーロッパもきちんと作りこまれており、特に、フランス・ドイツ・イングランドなどはイベントも豊富、かなり楽しめると思います。

というわけで、今回の題材はアンジュー帝国。ヘンリー2世によって、イングランドとフランスにまたがる大帝国が現出され、それがフィリップ2世によって崩壊へと追い込まれていく過程を描く予定であります。

シナリオ開始時のフランス王はルイ7世なのですが、あくまでアンジュー帝国に挑むフィリップ2世という構図を演出したいので、自分ルールとしてフィリップに代替わりするまでは不戦主義を貫きたいと思います。

シナリオはグランドキャンペーン(1150開始)。難易度は「最高」、AIの攻撃性は「臆病」です。

では、始まり始まり〜

目次

第一章 アンジュー帝国の成立とその全盛期(1150〜1180)

では、まずは1150年、シナリオ開始時のフランス王国周辺図をご覧いただきたい。

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フランス王国は大変な分裂状態にある。フランス王の所領はイル・ド・フランスとオルレアンの2州のみ、という由々しき事態である。一応アキテーヌは属国なのだが、これも後に王の手からはなれることになるだろう。シャンパーニュ・ブルグンディ・トゥールーズとは同盟関係にあり、この同盟を介してフランスはかろうじてひとつにまとまっているような状態であった。一方で、おとなり、ドイツには強力な統一王朝が存在している。フランスが分裂状態にあり、ドイツが統一されている、というのは本家EU2に慣れ親しんでいる人間にとってはかなり新鮮なことではないだろうか。

アンジュー帝国に関する歴史的背景については、このページにとても詳しく書かれているので参考にされたい。アンジュー帝国成立の背景を簡単に述べると、アンジュー伯である父と、イングランド王女である母との間に生まれたヘンリーは、両親の領土をまるまる相続し、さらにアキテーヌ公であったエレオノールという女性を妻に迎えたことによって(実はこのエレオノールはフランス王ルイ7世の妃であった人物で、ヘンリーとは再婚になる)、アキテーヌ公領まで我が物にすることに成功する。こうして北はスコットランド国境から南はピレネーまで続く、途方もない勢力圏が現出されることになった。近年の歴史家はこれを「アンジュー帝国」と呼ぶのである。

ゲームを進めていくと、1151年8月にエレオノールはフランス王ルイ7世と離婚、すぐさまアンジュー伯ヘンリーと再婚する。これを受けてアキテーヌはフランスの元を離れ、アンジューの属国になる。そして、イベントによって1155年初頭には、ヘンリーは母からイングランド王国を、妻からアキテーヌ公領を継承し、史実どおりの大帝国を現出させる。こうしてイングランド王ヘンリー2世が誕生した。

1155 アンジュー帝国2.JPG

ヘンリー2世は、さらに1166年にはイベントによりブルターニュを、1170年にはスコットランドを属国化し、その勢いはとどまることを知らない。このあたりがまさにアンジュー帝国の全盛期であった。幸い我がフランス王家とアンジュー家の関係は良好かつ婚姻関係を結んでいるために、直接的な戦争には発展しなかったものの、宣戦布告されれば首が飛ぶことは間違いなく、そのプレッシャーたるや、並大抵のものではなかった。

何回かプレイしてみた感想では、この時期のアンジュー帝国(イングランド)は、中核州たるベリーを持つシャンパーニュに宣戦布告しやすいようである。 また、シャンパーニュやブルグンディはドイツ王国と交戦状態に入りやすく、ルイ7世在位中は不戦主義を貫きたい私としてはこの辺が悩みの種であった。このAARのプレイ中は、幸いにしてルイ7世在位中はさして大きな戦争もなく、すんなりと王冠をフィリップ2世に譲ることに成功する。時は1180年。アンジュー帝国崩壊の足音が、静かに近づきつつあった。

第二章 アンジュー帝国の崩壊(1180〜1206)

第一次アンジュー帝国戦

1180年、フィリップ2世が即位。後に「尊厳王」の異名をとる名君である。当然、君主としての能力値は超一流。彼は指揮官としても登場するが(1171年登場)、こちらはちょっち微妙。まあ彼が野戦において強かったという話はあまり聞かないしこれで我慢することとしよう。

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フィリップ2世は、即位と同時に「Feudal Crisis」というイベントに見舞われる。 これは、アンジュー帝国・シャンパーニュ・フランドル、このどれかの属国となるか、 それを拒否し、彼らと戦うかを選ぶイベントである。「徹底抗戦」を選ぶと、ベリーとピカルディーが中核州化し、フランドル伯、もしくはシャンパーニュ伯と交戦状態に入るのだが、この際BBRが上昇してしまうのが痛い。ここは素直にアンジュー帝国の属国になっておくことにする(まあ翌月には速攻で属国解除しましたが)。

フィリップ2世の治世にはさまざまな改革が行われ、急激に中央集権化が進んでいくことになるが、その改革のためにかなりの資金が必要になる。また、第三回十字軍やアルビジョワ十字軍にもかなりの資金を費やさざるを得ない。今回はルイ7世時代に一切の戦争を行わず、ひたすら蓄財に励んでいたために、フィリップ2世即位時には700D近いお金が貯まっており、どうにか借金なしでこれらのイベントを乗り切ることができた。

1187年には「Revolt of Richard against Henry II」イベントが発生、コー、ノルマンディ両州が中核化する。このリチャードの反乱によって偉大なる王ヘンリー2世は倒れ、リチャードがアンジュー帝国を継承する。また、1191年には「Isabelle’s Heritage」イベントが発生。これによりピカルディーを獲得。

そして、1193年、「Captivity of Richard」イベントによって旧アキテーヌ公領全州が中核州化、アンジュー帝国(イングランド)と強制的に交戦状態に入る。このイベントはリチャードが第三回十字軍によって本国を留守にしているすきにフィリップが戦争を仕掛けたというもので、これは余談になるが、リチャードは帰国の途上仲の悪かったオーストリア公爵に捕縛されていたりする。本国ではフィリップにそそのかされた弟ジョンが謀反を起こしていたりもするし、この時期のリチャードは踏んだり蹴ったりである。翌1194年にはリチャードは一万の兵を連れて帰参してしまうので、それまでに戦果をあげるのが重要だ(とはいっても扱いとしてはメーヌ州に指揮官リチャードの部隊が登場するというものなので、あらかじめメーヌ州にある程度の兵力を集結させておけば士気の差で圧倒できる。ちょっと卑怯だが。)。

<1193年 第一次アンジュー帝国戦>

1193 フランス.JPG

上図、水色の枠線で囲ったのがフランス王軍。シャンパーニュ伯やトゥールーズ伯が味方に立ってくれた。一方で、黄色い枠線で囲ったのがアンジュー帝国軍。アンジュー帝国にはウェールズやフリースラント、そして強大なフランドル伯が味方に立っている。純粋な戦力でいえばアンジュー帝国の方が圧倒的な優位に立っているといえる。しかしながら、AIは海上輸送が下手(ブリテン本島には5万ほどの大軍がうようよしていた)で、大陸側のアンジュー帝国軍が手薄なこと、そして君主リチャードの捕縛&弟ジョンの謀反によってアンジュー帝国が混乱し、各地で反乱が頻発していることなどをかんがみるに、フランス王軍にも勝機はあった。

ノルマンディー、コー、メーヌ、ヴァンデなどは後のジョン王に対する領地没収イベント「The Commise on Plantagenet french fiefs」によって獲得できるので、今回は主に南仏を割譲させることを狙って戦争を進めていった。帰参してきたリチャードを予定通り待ち伏せして撃破したりしつつ、1197年までにはリムーサン、ポワティエ、ガスコーニュの3州の割譲を条件とした講和が成立。また、この戦争の直後、外交によってエノー伯を属国化し、フランスを盟主とした同盟に招きいれた。

さらにここらでシャンパーニュの力を削いでおこうと、かの国を同盟より追放し、続けて宣戦布告。アンジュー帝国やフランドル伯との戦いで疲弊していたシャンパーニュは一年ほどであっさり降伏、ベリーの割譲と属国化を条件に講和。

こうして1199年6月、対シャンパーニュ戦終結時のフランス王国はこうなった。ちなみにイングランドではリチャードが死去し、弟のジョンが王位についた。ヘンリー2世から始まって、フィリップは実に3人ものイングランド王と戦っていることになる。史実ではこの後ジョン王の次の代の王とも戦っているがこのAARでは・・。

1199 フランス2.JPG

第二次アンジュー帝国戦

1202年、待望の「The Commise on Plantagenet french fiefs」が発生。これは、イングランド王ジョンが犯した罪(女がらみのひどいものです)に対し、フィリップが訴訟手続きをとり、ジョン王に出頭を命ずるも、ジョン王はこれを拒否、これを受けてフィリップがジョン王の大陸領土の没収を宣言した、というものである。これによってノルマンディー、コー、メーヌ、ヴァンデ、オーヴルニュの実に5州がフランス王家のものとなった。「Captivity of Richard」イベントの時と同様、今回もイベントによってアンジュー帝国(イングランド)とは強制的に戦争になる。残りの中核州であるベアルンもいただき、ジョン王を完全にブリテン島にたたき出すことにしよう。

<1202年 第二次アンジュー帝国戦>

1202 フランス3.JPG

水色の枠線がフランス王軍。今回はシャンパーニュ、トゥールーズ、エノー伯がフランス王の味方に立って戦ってくれた。対する黄色い枠線、アンジュー帝国の側にはフランドル伯、ウェールズが立って参戦。こちらは前回と同じ顔ぶれだ。

事ここに至っては、わが国もアンジュー帝国と同等の力を手にしており、アンジュー帝国に対する戦争は終始順調に推移した。が、ここでひとつ困ったことが起こった。それはフランドル伯のことである。フランドル伯はこのときドイツ諸侯を相手に派手な戦争を仕掛けており、最初私はアンジューとだけ戦ってフランドル伯を放置したまま講和したら、なんとその数年後にフランドル伯領はドイツ諸侯によって分割され、滅亡してしまったのである!フランドル伯は「ブーヴィーヌの戦い」イベントを成立させる重要な勢力であり、ここの滅亡はこのAARにとっては痛すぎる。なので、フランドル伯が滅亡したところでセーブデータをロードし、1202年に戻り、プレイをやり直すことにした。目標は、なるべく無傷に近い状態でフランドル伯を生き残らせることである。

ところがこれが結構な難題で、第二次アンジュー帝国戦の際に、フランドル伯の戦力を削がないように戦争を終結させても結局数年後にはドイツ諸侯に滅ぼされてしまった。それならば、とフランドル伯から通行許可を得て、ドイツ諸侯に宣戦布告、フランドル領に侵入にてくるドイツ諸侯を叩き潰すことでフランドル伯を守ってみたが、宣戦布告に伴うBBR上昇がかなり痛く、あまりいい結果は得られなかった。試行錯誤の結果、我がフランスがフランドル伯の全土を占領、ドイツ諸侯とフランドル伯との間で戦闘が起こらないようにし、講和せずにそのまま時間が過ぎるのを待ち、フランドル伯とドイツ諸侯との間に「一回も戦闘がおこなわれないことによる講和」が発生するのを狙うのが一番いいという結論に至る。

こうして1206年にはフランドル伯とドイツ諸侯を停戦させた上で、フランドル伯を属国化することに成功。もちろん、属国化の直後に我が同盟に招きいれ、ドイツ諸侯から守ってやることも忘れない。ちなみにアンジュー帝国とはベアルンをフランスに、ローズリンをトゥールーズに割譲することを条件に和平。これによりジョン王は大陸領土を全て喪失し、アンジュー帝国はここに崩壊した。

また、フランドル伯とドイツ諸侯が停戦するのを待つ間、ブルグンディを攻め、ここを属国化することに成功している。

第三章 英仏二重王国の夢(1206〜1223)

ブーヴィーヌの戦い

前章の最後でついにアンジュー帝国は崩壊した。戦後まもなくしてエノー伯領を外交併合。アルトワがフランスのものとなった。下図は1206年、エノー伯併合直後の勢力図。BBRは8.3。フランドル、シャンパーニュ、ブルグンディはフランスの属国である。

1206 フランス2.JPG



さて、1210年、イベント「Saint-Denis's Oriflamme」が発生。これを皮切りに「ブーヴィーヌの戦い」関連のイベントが次々起こっていく。ブーヴィーヌの戦いとは、1214年、フランス王フィリップ2世と、イングランド王ジョン・ドイツ王オットー4世・フランドル伯フェランの連合軍との間で行われた戦いで、ヨーロッパ史上大きな意味をもつとされている。

ゲームにおいては「Saint-Denis's Oriflamme」によってフランスはイングランドと三度強制的に戦争状態になるが、このとき史実とは異なり、ドイツ王やフランドル伯との間にはなにも起こらないため、フランスはイングランドだけを相手にすればよいことになっている。なので、我々にはかなりの余裕があり、よってこの戦争を利用しトゥールーズ伯を属国化することにする。まずトゥールーズ伯を侮辱するなどして、あらかじめ友好度を下げておき、イングランドと戦争状態になったときに参戦を要請(トゥールーズとわが国は現在同盟関係にある)。関係の冷え切ったトゥールーズ伯は当然これを拒否、我々はまんまとトゥールーズ伯に対する大義名分を手にする、というわけである。

この方法によってイングランドと交戦状態にはいるとほぼ同時にトゥールーズ伯に宣戦布告、2年後の1212年にはこれを属国化することに成功する。

トゥールーズ伯を攻める傍ら、イングランド攻撃用の艦隊建造に着手。次々ガレー船を建造していく。この間イングランドはといえば、ときどきノルマンディーに数千の兵を上陸させてくるだけで、両軍、ドーヴァー海峡を境ににらみ合うという状況が続いた。

そうこうしているうちに1214年6月、「Triupmh at Bouvine」イベントが発生。これによってブーヴィーヌの戦いにおけるフランスの勝利が確定した。ちなみに敵方・イングランドの勝利条件はというと、この時期までにイル・ド・フランスを占領していることである。フランス側としては要はパリを守り切れればいいわけで、このことからもブーヴィーヌの戦い関連のイベントはかなりフランス有利に設定されていることがわかる。1205年のシナリオでイングランドで開始してこの状況をひっくり返すのに挑戦するのも一興かもしれない。

それはさておき「Triupmh at Bouvine」をトリガーに、フランスの、各国に対するブーヴィーヌ勝利イベントが起こっていく。フランドル伯に対しては1214年8月に「Count of Flandern imprisonned」イベントが発生。このイベントによりフランドル伯はカレーをフランスに割譲した上でフランスの属国となる(今回は元々属国だったので後者の効果はあまり意味なかったり)。
また、イングランドに対しては1215年9月に「English barons are calling for king」イベントが発生。このイベントでaction a、「我々の息子ルイをイングランド王に据える」を選ぶと、アングリアが中核州化するとともに、このイベントの後にアングリアを占領する事で、ルイをイングランド王ルイ1世として戴冠させ、イングランドを属国化することができるようになるのだ!

今回は当然この選択肢を選び、イングランド攻撃をスタートする。1215年に「English barons are calling for king」イベントが発生するまでに33隻の艦隊の建造を終えており、王子ルイに3万の騎兵を授けイングランドに上陸させる。ルイはケントに上陸し、そこに駐屯していたイングランド軍1万をなんなく破り、アングリア、すなわちロンドンへむけて進撃していく。これに対しイングランド王もブリテン全土から3万の兵をかき集め、フランス王国軍に対し最後の攻撃を試みる。1216年3月18日、ロンドンにて両軍は激突し、ルイはイングランド軍に大勝した。この戦いでイングランド王は全ての軍勢を失い、フランス王国の勝利は決定的なものとなった。同年8月にはロンドンが陥落、アングリアの占領に成功する。同年11月にはケント割譲を条件に両王国間に講和が結ばれた。

<ロンドンの戦い>

ロンドンの戦い2.JPG

そして1216年12月、「Louis becomes king of England!」イベントが発生(このイベントは平和時に発生するので、アングリア占領後は適当な条件で講和するとよい。今回は後々外交併合する可能性もあるので、ケントを割譲させた上で講和した。)。このイベントによって、ジョン王は退位、フランス王子ルイがイングランド王ルイ1世として即位するとともに、イングランドはフランスの属国となった!

英仏二重王国の夢

王子ルイをイングランド王に即位させた後、フィリップ2世に残された仕事はフランス国内の統合にあった。すなわちシャンパーニュ、ブルグンディ両諸侯の併合である。この事業にはイングランドとの終戦後から取り掛かり、1221年までに両諸侯の併合に成功した。両諸侯の併合に5年を要したのは、対イングランド戦における負債が400Dもあったからであった。実は「English barons are calling for king」においてaction aを選択するには200Dもかかるのである。また、このイベントの直前1215年1月には「パリ大学建設」イベントが起きており、これにも175Dが必要となる。折りしも艦隊建造のために国庫は底をついており、これらがまるまる借金となってしまったわけである。フランスでプレイされる方はこのあたりご注意あれ。

1223年7月にフィリップ2世は崩御し、フランス王位は息子ルイが継いだ。フランス王ルイ8世の誕生である。こうしてルイはフランス王、イングランド王として両王国に君臨、ここに、かつてのアンジュー帝国を超えるカペー帝国、すなわち英仏二重王国が完成したのであった。

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1223 フランス.JPG

上図、イングランド、フランドル、トゥールーズは属国である。最終的なBBRは10.0。勝利点は総合3位であった。

あとがき

さて、アンジュー帝国興亡記もとい、フランスAAR、いかがだったでしょうか。

フランスでやる場合の鍵は中核州増加の流れにあると思います。序盤はイル・ド・フランスとオルレアンの2州しか中核州がなく、拡大するためにはかなりのBBR上昇を覚悟しなければなりません。今回は自分ルールでルイ7世の時代は不戦主義を貫きましたが、 難易度「最高」でやる場合には、拡大はフィリップ2世に任せ、ルイ7世の時代はひたすら蓄財に励む、というのも有効な手段なのかもしれません。

フィリップ2世の時代にはイベントによって次々と中核州が増加していくので自然と拡大することができるでしょう。アンジュー帝国(イングランド)はかなり強大な敵のように思えますが、本編のように大陸側は手薄なことが多く、勝てない相手ではありません。アンジュー帝国(イングランド)とは都合3回、イベントによる強制的な戦争が発生するので、BBRを上げたくない方は自分から宣戦布告することは控え、イベントによって交戦状態に入るのを待った方がいいと思います。

私はコーエーの「チンギス・ハーン検廚好きなので、この辺の時代はかなりツボだったりします。フィリップ2世やリチャード1世と聞くとあの顔グラがついつい頭に浮かんでしまうのはここだけの秘密。。

次回は赤髭で遊んでみようと思います。そのうちまたAARを書くと思いますのでそのときはまたよろしくお願いします。



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Last-modified: 2006-10-29 (日) 00:29:04 (3739d)