オマーン、大洋の帝国(オマーン)/15世紀 

フランク商船隊殲滅せよ

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オマーン領ザンジバルに入港するポルトガルロの商船隊

気になる知らせ

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16世紀初頭。
聡明なる獅子、スルタンムハンマド二世の安定した治世。

すでにジンバブエ戦役の傷は癒えた。
白帆をあげたダウがソハールやスールの港からインド洋へと船出してゆく。王国の所有するマスカット、ザンジバル、カッチの交易地ではオマーン商人が多数を占め、イスファハーンでも地歩を築いている。

ザンジバルへひとり商人を派遣するのに25ディーナール、イスファハーンとカッチで15ディーナール前後と王国の財政に対する負担は大きい。またこれだけの商圏を築いても、貿易の利益が王国の収入に占める割合は一割足らず。

だがムハンマド二世の頭には、利益は商業の発展に従って倍々になってゆくという見通しがあった。


一方で植民も進められている。
紅海、バブエルマンデブ海峡を望むエリトリア植民地からは珈琲と乳香。
ザンジバルからは奴隷と象牙、丁子、黄金。
インドのゴアからは胡椒、綿織物、甲冑、船材、インド米。
これら三大陸の富が絶え間なく流入してくる。
オマーンの首都マスカットはいま未曾有の繁栄に沸き返っていた。

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ムハンマド二世はマスカットのバーザールを好んで散策した。
商人の扮装をして、諸国商人たちが活発に出入りするキャラバンサライをのぞき、広場の露店商の話に耳を傾ける。街頭の珈琲売りも、なじみの客がスルタンだと知っているが別に顔色を変えもしない。

いまムハンマド二世は絨毯商のキャラバンサライにいる。あるうわさ話に興味を引かれているのだ。

「フランク人の小船団をザンジバルで見たぜ。モンバサにむけて出航していった」

「ヴェネツィア人か?」

ある商人が身を乗り出してたずねる。
彼はアレキサンドリアに駐在経験があるから、ヴェネツィア人を見慣れている。

「違うな。四角形の横帆を装備した外洋船だった。なんでもポルトガルロとかいうフランクの片田舎の船だそうだ」

「偉いもんだね。フランク人がインド洋に船を出すなんて」

「確かに珍しい。カイロのスルタンがよく許したものだ。おっとこいつは傷物だ。半値で買い取らせてもらうよ」

傷物を持ち込んだ商人は仲買人に食ってかかり、あわや乱闘という騒ぎになった。

「待て。その船、どこからザンジバルへやってきた」

商人の格好をしたムハンマド二世は問いただす。

「南からだよ。モザンビークかソファラからの帰りか……」

「行きを見た者はいるか?」

「いや。それはそれでザンジバルで話題になるはずだからね。
するとおかしいな、あの商船隊はどっから来たんだろう……おい、また傷物じゃないか!」

もみあう商人たちを残して、ムハンマド二世は王宮へと駆け急いだ。

「南から来たフランク人の船……やはり……やはり来たか……!」

紅海戦争

「説明して頂けるでしょうな」

カイロから急派されたマムルーク朝武官は珈琲の碗を受けとった。
スラブの出らしい薄い鼻梁をつんと上げ、今年採れたばかりのモカの香りを味わっている。

「まずお聞きしたい。
貴国によるペルシア湾諸港の監視ははたして万全であったのか?

ご承知の通り、我が国はフランク人に対してインド洋への進出を厳しく禁じている。
もしフランク船の私貿易によりエジプトが損失をこうむったなら、
それは外洋警備を担当する貴国の責任である」

マムルーク朝はオマーンの強力な同盟国であった。
と同時に、隙あらば属国化を狙ってくる油断ならない盟主でもある。
ムハンマド二世は慎重に言葉を選んだ。

「お聞きください。カイロが考えているよりも、おそらく事は重大なのです」


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1478-1482年の紅海戦争で
マムルーク朝はアラビア半島に覇権を確立した。

話は30年前にさかのぼる。
15世紀、紅海を支配していたのはイェーメンのラスール朝であった。ヒジャーズとハドラマウトの港を得たラスール朝はアデン商人の活躍によって商圏を大きく伸ばす。

一方エジプトのマムルーク朝は、停滞する経済を再建するためインド交易の直轄化を進めようとしていた。紅海はインド交易の最重要海域であり、マムルーク朝はラスール朝の勢力を取り除く必要があった。

1472年、オマーンがジンバブエ戦役で無惨に敗れるとアラビア半島情勢は一挙に流動化した。1478年、ハドラマウト国境で二つのベドウィン部族が衝突するという事件が起きる。片方はイェーメンの支配に服し、もう片方はマスカットに忠誠を誓っていた。
カイロは好機を見逃さなかった。

「宣戦せよ」

元属国のオマーンに対し、そう強硬に求めてきたのである。
断ればどうなるかわからない。
いまだ戦禍の癒えないオマーンは苦慮の末イェーメンに宣戦した。

部族反乱を鎮圧していたベドウィン騎兵はハドラマウトを西進する。
なけなしのマスカット艦隊はアデン港を封鎖。
その北側海域からエリトリア駐留軍がイェーメン本土に上陸する。
作戦は順調に進み、エジプト=オマーン連合軍はまもなく全土の制圧に成功した。

北ヒジャーズはマムルーク朝が併合。
ハドラマウト二州はオマーンが得ることを許されず、属国として独立した。
ラスール朝の遺臣が王位についたイェーメンは、50万ディーナールの賠償金を払うことで旧領を安堵される。
こうしてアラビア半島の大半はカイロのスルタンの勢力圏となった。

「この知らせにフランク人は大きく動揺しました。
彼らは首に刃物を突きつけられたも同然だったのです」

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新興国クリミアの圧迫により、ジェノヴァの黒海貿易は年々縮小していた。 一方、マムルーク朝は動乱のティムール朝に接するシリア方面を閉鎖、すべての交易ルートをアレキサンドリアに集中させる政策を取っている。今やヨーロッパの生命線は紅海にあると言っても過言ではない。

ヒジャーズ、アデン、ハドラマウト。
この地域の港市はイェーメン領であり、マムルーク朝の統制が及ばない。イタリア商人たちは虎視眈々と紅海沿岸への進出を狙っていた。

そこへこの紅海戦争である。
マムルーク朝は紅海一帯を掌握すると同時に、香辛料の専売化に踏み切った。
胡椒も丁子もナツメグも、ミサに必要な乳香もみな高騰した。
スパイス・ショックとでも表現すべき事態である。
イタリア諸都市が長年にわたって貯えてきた金銀がみるみる流出してゆく。
もはやヨーロッパはカイロのスルタンの前にひざまずくしかないのか?

いや、イタリア商人たちは決してあきらめなかった。
新たな事業にその富と能力を振り向け始める。
思いもよらない方向に。

インドの扉

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地中海諸国の地図。
オマーンはカイロのイバード派モスクを拠点として、アレキサンドリア交易のライバルの情報を集めていた。

ムハンマド二世はマムルーク朝武官に一枚の地図を見せた。

「アル=アンダルスのはずれに小さな国があります。ポルトガルロという名の」

「ポルトガルロ……近ごろよく聞く。
どこからか安い砂糖を大量に持ち込んでくるものだから、市場は大混乱だ」

「問題のフランク船はここの船だと見て間違いありません」

ムハンマド二世は知っていた。
このフランク人の田舎王国が異様なまでの熱心さで漁船団を育成し、
ジェノヴァやヴェネツィアから教師を招いて海事教育をさかんに行っていることを。

「マグレブ方面のうわさでは、ポルトガルロの港という港は
新しく建造された外洋船団でいっぱいだということです」

一介の田舎王国にそんな資金があるはずもない。
ポルトガルロの後押しをしているのは明らかにイタリア商人であった。
だが、何のために?

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毛皮商人になりすましてインドの情報を探るコヴィリャン

「紅海戦争からおよそ10年。
コヴィリャンというフランク人が陸路インドへやって来ました。彼はインドのどこにどんな港と産物があり、どういう航路があるかを調べ上げます。

それからスワヒリ海岸に渡ってソファラまで南下し、南の果ての岬を船で回ることができるかどうかを訊ねまわったのです。
調査によれば彼はポルトガルロ宮廷の間諜だったことが解っています」

スラブ人マムルークはどうも解せないという顔つきをした。

「インドを調べたのは解る。だが、なぜフランクの田舎王国がそんな地の果てのことを気にする?」

「なぜだと思います? コヴィリャンは岬の向こうに何があるかを知っていた。ただ、その岬を回ることができるかどうかは知らなかったから、調べに来た。つまり……」

「……回りこんで来る……フランク人が……地の果てから!?」

「彼らはインドの扉を南から開けようとしたのです」

その町はすべてを吸いこむ

すぐに解ったのは、ポルトガルロ人の救いがたいほどの野蛮さだった。

水先案内人を誘拐し、王族を人質に取り、町を焼き、倉庫を襲い、
インド洋の商慣行を無視してスワヒリ海岸の物産を根こそぎ奪ってゆく。
商品と称する粗雑な毛織物の束を自慢げに残してゆくのだが、
脂っぽく毛の堅いそれはアレキサンドリアの物乞いでも嫌がるような最低級のしろものだった。

「ほんとうにイタリア人と同じキリスト教徒なのか?」
「まだザンジュのほうがましだ」
「もう、海賊と考えていいだろう。さっさと討伐しましょう」

オマーンの太守たちのなかにはそんなことを言う者もいた。
だが、問題の本質は別のところにあった。

オマーンは三つの交易地を保持し、
年150万ディーナールにものぼる商品関税を大きな収入源としている。
インド諸国やスワヒリ都市が物産をオマーンの交易地に持ち込んでくれるおかげである。

その点、ポルトガルロ人はまったく異質な行動を取った。
彼らはマスカットやザンジバルに現地の物産を持ち込まない。
すべてを首都リスボンへ送ってしまう。
損失額は微々たるものだったが、ムハンマド二世はそこに秘められた危険を察知していた。

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ポルトガルロの都、リスボン。諸国の富を集め、急速に発展している

「これがフランク人のやり方だ。我々の海が虫食いにされる……!」

聡明なる獅子、スルタンムハンマド二世は決心した。

「フランク船隊を殲滅せよ。交易所は焼け」

1515年、オマーンは始めてヨーロッパ人との交戦を経験した。
スルタンムハンマド二世はそれと意識してはいなかったが、
このとき何百年にもわたる戦いの火蓋が切って落とされたのである。

イスファハーンは世界の半分

キジルバシュの姫君

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再び15世紀末に戻る。

雪深いエルブルズのふもとから、ひとりの姫君がマスカットに輿入れしてきた。
名をファーティマという。

ファーティマは黙っていれば月夜の若柳のように美しかったが、あいにく口も達者だった。
馬を乗り回すのを好み、下手な衛士より弓をうまく射た。
兄弟喧嘩の終わりに泣いているのはいつもファーティマの兄君たちだった。
族長は妃に嘆いたという。

「あんなのにもらい手があるものか。どこでもいいからはやく片付けてしまえ」

「なにをおっしゃいます。あの子は賢い子ですわ。きっと部族のためになります」

妃は断言したが、一方ではファーティマの嫁入り先を探しにかかった。


11世紀、セルジュークの勃興とともに多くのトルコ系遊牧民が西上した。
カフカーズにも、はるか内陸アジアからやってきたトゥルクマン諸族が定着する。
彼らは故地のシャーマニスティックな風土を色濃く残しながらも、
15世紀末にはシーア派傾向の強いイスラム神秘主義教団、サファヴィーの主力軍団となる。
遊牧民の戦闘力とスーフィーの法力を合わせ持つ彼らを
人々はそのターバンにちなんでキジルバシュ(赤頭)と呼び、恐怖した。

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1482年、白羊朝に雇われてティムール領の攪乱に従事していたキジルバシュの一部が、タバリスタンなど4州で自立した。
キジルバシュ部族連合の旗揚げである。

ティムール朝の内紛に乗じてキジルバシュの勢力は急速に拡大し、1487年サマルカンド政権が崩壊するとさらにその版図を充実させた。

目指すはカイロか。サマルカンドか。
これから飛躍してゆこうとするキジルバシュの族長たちにとって、婚姻による同盟関係は重要な政略だった。

「わたくし、ファーティマはきちんとした信仰を奉ずるお国に嫁がせたいと思っておりますの」

「当然だ。異端なんぞにやる娘はない。で、当てはあるのか」

「スハールの太守ムハンマド殿はご存じ? 将来オマーンのスルタンになるかもしれないお方ですわ」

「馬鹿な! あそこはスンニーでこそないが、正統(ここではシーア派)でもない!
どこの馬の骨とも解らないような奴を選挙で選んでイマームと呼んでいるイバード異端のやからではないか」

「イバードだかなんだか存じませんけど、オマーンの方はみな素晴らしい信仰心の持ち主です。
わたくし、存じております。
それに今あそこに嫁がせねばならない理由というのがございますの」

妃の目には異様な光が燃えていた。
若い頃、彼女がいにしえの技を使う魔女だといううわさがあったことを思いだし、
族長は背中にぞくりとするものを感じた。

イスファハーン堅し

スハールの太守、若きムハンマドは征服欲に燃えていた。
年齢のせいでこのたびの紅海戦争には参加できなかったからだ。
いにしえのスルタンたちはオマーンを統一し、ザンジバルを獲り、カッチを獲った。
あの心を病んだスルタンスレイマンすら、世界の南の果てにまで遠征を敢行したではないか。
では自分は? 自分はどこを獲る?

「俺はイスファハーンを獲る!」

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にぎわうイスファハーンの露天市場。
バグダードやタブリーズを押さえて成長したこの町は 
「イスファハーンは世界の半分」と言われる一大交易地となっていた。

あの町を取らないうちはペルシア湾を制覇したとは言えない。
オマーンに四つ目の交易地をもたらすのは自分だ。
同い年の嫁をめとった、というよりうるさ方の家臣団に押しつけられたのは、
そうやってムハンマドが遠征の準備を整えている最中だった。

「赤頭どもと仲良くできるならありがたい。
イスファハーンもホルムズもキジルバシュ領に囲まれているからな。
だが援軍はいらないぞ。俺が自力でサマルカンドから削りとってやる」

「馬鹿じゃないの?」

これが、馬乗りの娘ファーティマがムハンマドにかけた最初の言葉だった。
彼女は黒い瞳で夫を見すえる。

「城攻めのことなんかなんにも知らないくせに。
包囲してるうちに叛徒に逆襲されるのが落ちよ」

1490年春、ムハンマドはぷりぷり怒りながら出撃していった。
そして秋がきて、ファーティマの言うとおりになった。
麻のように乱れたティムール帝国では連日のように反乱が起こり、
もはや戦役を行うことすら危険な場所になっていた。
スハール軍はザンジュ傭兵中心で士気も低く、反乱軍と正面衝突すると戦線崩壊は避けられない。

「だから言ったでしょう? 次もどうせ白旗あげて帰ってくることになるわ」

お妃は魔女

1495年夏、体勢を立て直して再度イスファハーンを包囲。
ところが今度はサマルカンドの政権が崩壊したため、イスファハーン州全体が極度の混乱におちいった。
村々は燃やされ、都市の倉庫は荒らされた。
物資の欠乏で包囲を継続できなくなったスハール軍は、
白旗をあげ、自力で退路を切り開きながら帰ってくるしかなかった。

「なにもかもあれの言う通りになる……それにあの貫くような目!
俺はトゥルクマンの魔女かなにかを嫁にしてしまったのだろうか?」

若きムハンマドはひとり煩悶した。
そんなことも知らぬげに、ファーティマは夫を励ます。

「サマルカンドもそろそろイスファハーンをあきらめると思うの。あと一息よ」

そして1497年1月6日、ザンジュ兵を訓練中のムハンマドは決定的な知らせを受けとった。

「ティムール朝が赤頭にイスファハーンを譲っただと!?
イスファハーン! ああ、俺のイスファハーン!」

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1497年、キジルバシュを母体に建国されたサファヴィー朝ペルシアは
1540年代までに劇的な拡張を遂げた。

後継者争いと遊牧民の跳梁に板挟みになったサマルカンド政権は、
ついに全イラン高原をキジルバシュに引き渡し、西方の憂いを絶つことを決めたのだ。
狂喜したキジルバシュたちはサファヴィーの少年教主イスマーイールを王として推戴し、
教団の名にちなんでサファヴィー朝ペルシアと号した。
全キジルバシュを統べる軍団長に選出されたのはファーティマの父だった。

「残念だったわね」

がっくり落ちこむ若いムハンマドをファーティマはそっと慰めてやる。
だがその目は異様な喜びに輝いているのだった。

3年後、ムハンマドは全オマーンの太守に信任されてスルタンの座につくことになる。
謎めいたファーティマの存在がうわさの種になり、
彼女が夫を魔法でスルタン位につけたのだと言いだす者もあらわれた。
オマーンとペルシアはカイロ枢軸の一員として強固な関係を結び、
対ムガル戦では二人の新王が肩を並べて戦った。

聡明なる獅子、ムハンマド二世。
オマーンに空前の繁栄をもたらし、ポルトガル人を追い払い、
その勢威でインド内陸部のマラータ諸族を帰順させた彼も、
交易地イスファハーンを同盟国ペルシアから奪うようなことは結局できなかった。
1535年、スルタンムハンマド二世は安らかに一生を終えた。
生涯、妃のファーティマにだけは逆らえなかったという。

付:オマーン海軍の創設

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1500年当時、マスカット政権が自由にできる軍用大型ダウはわずか4隻にまで減少していた。
オマーン船の安全はマムルーク朝海軍、スワヒリ諸都市との同盟によって保障されていたが、新たに台頭してきたポルトガルはインド洋における特異なプレゼンスとしてオマーンを脅かすことになった。

1520年ごろ、スルタンムハンマド二世は全土の太守に新しい海軍役を布告した。
各港の持ち回りで沿岸用ダウを年1隻ずつ建造させ、水夫とともにマスカットに献上させる。
ゆくゆくはこれを大型の外洋ダウに切り替えてゆく方針であった。

5割が戦闘または消耗で損失するとして、100年で25隻の沿岸ダウ、同数の外洋ダウを保有する。
アラビア艦隊に5隻、インド、アフリカ艦隊にそれぞれ10隻の沿岸ダウを配置。
戦時に25隻の外洋艦隊を加えて、オマーン権益下のどの海域においても
常時30~35隻の戦力を運用できる態勢が目標とされた。

16世紀後期

オマーン、大洋の帝国(オマーン)


添付ファイル: filefleetplanfor17c.jpg 121件 [詳細] filepersiarising.jpg 121件 [詳細] fileisfahan.jpg 134件 [詳細] filekizilbashrising.jpg 123件 [詳細] fileroyalwedding.jpg 114件 [詳細] filelisbon2.jpg 140件 [詳細] fileeastwesttrade15c.jpg 135件 [詳細] filemed1512.jpg 132件 [詳細] filecovilha.jpg 148件 [詳細] filelisbon.jpg 120件 [詳細] fileaden.jpg 125件 [詳細] fileredseawar.jpg 138件 [詳細] filecarpetmerchant.jpg 131件 [詳細] filetradingarea1512.jpg 123件 [詳細] fileporfleet.jpg 125件 [詳細]

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Last-modified: 2007-02-20 (火) 15:26:49