オマーン、大洋の帝国(オマーン)/15世紀/16世紀前期 

亜大陸激震

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ガンジス河谷になだれこむアフガン騎兵

チェスの指し手たち

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左:1545年のインド。この直後、ムガール軍はデリー入城を果たす
右:1550年のインド。ムガールの南進。一方オマーンはインド東岸とセイロンに寄港地を得た

1545年、ムガール軍がパーニーパット平原を突破した。
英君フマーユーンはデリーに入城し、カブールからの遷都を宣言。
ムガールはアフガニスタンの地方政権から北インドを押さえる一大強国へと変貌する。
同時に旧デリー領では、複数のヒンドゥー王国がムスリムの支配に反旗を翻していた。

その余波はオマーン領にも及ぶ。
北印グジャラートは直接ムガール軍の脅威にさらされ、
中印マハラーシュトラではムガール南進に呼応した反乱も起きている。
インドをチェス盤に例えるなら、フマーユーンという名手を得て盤上は激変した。

ならば、わがオマーンの次の手は?
スルタンバラカートはゴアの離宮に全オマーン領の太守たちを召集する。

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激しく議論する太守たち
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「重要なのは交易地だ。とにかくカッチの防備を固めよう」

「むしろこの混乱をついて、ベンガルの交易地ガンジスを奪ってはどうか。中継港にはセイロンが便利だ」

「逆に言えば、カッチ、セイロン、ガンジス以外のインドに用はない」

そう主張したのはスハール、ザンジバル、カッチの太守。
海上航路と交易を重視する、インド洋の伝統的な商人貴族たちである。


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「卿らは解っておられぬ。こちらに用がなくても、ムガールは必ず潰しに来ますぞ」

「マハラーシュトラを失えばスルタンはどこで徴兵するのか? すぐに全インドが失われるだろう」

「ガンジスなど後回しだ! ヒンドゥー諸国と連携し、今のうちにムガールを叩かねば」

ムガール領に接するマハラーシュトラのマラータ諸侯は熱弁をふるった。
デカン高原に位置するマハラーシュトラは人口が多く地味も豊か。
人口の限られたオマーン領の中で、いま急速に存在感を強めている地域である。


大事なのは港か。土地か。
議論が紛糾するあいだにも、フマーユーンの軍は着々と南下してくる。
スンニー国ベンガルが同宗のムガールに急接近しているという情報も入ってきた。
時間がない。

マスカット太守バラカートはグジャラートから来た傭兵隊長の子であった。
聡明なる獅子ムハンマド二世が身まかると、バラカートは全オマーンのスルタンに推戴された。
その出自のせいかインドに関心が強かったという。
議論を黙って聞いていたスルタンバラカートはついに口をひらいた。

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「全力を挙げてガンジスを奪取しよう。間を置かずに東航し、マラッカへ侵攻。
インド洋に面した5つの交易地をすべて確保するのだ」

「だが、ムガール軍が!」

マラータ諸侯のひとりが悲痛な叫びをあげた。

「どちらにせよ、今の国力ではムガールに対抗できぬ。
インド洋交易を一手に握った上で南インド諸港を占領、
南インドとマハラーシュトラを核として、50年でオマーンをインドの強国に作り変える」

インドの強国?
スルタンはインドに都を移す気か!?
「マラッカ遠征」と聞いた驚きも忘れて、古くからのアラブ人太守たちは激しく動揺した。

ガンジス戦争

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コモリン岬の海戦。
いったんはセイロンを占領しインド西岸をうかがったベンガルだが、
ゴアから派遣されたオマーン大洋艦隊に完敗、ベンガル湾の制海権を失った。
インド洋における二大海上勢力の争いのすきを突いて
イングランドとフランスが交易地を開設していることに注目。

このガンジス戦争ではマハラーシュトラが主な兵員徴募地となった。
オマーン軍と冠してはいるが、実質的にはマラータ諸侯の連合軍である。

「いくさを見込んで仕入れたザンジュ奴隷はどうなる!」

ザンジバルの奴隷商人たちは悲鳴をあげた。
一方、アラビア半島のベドウィン諸族も怒りに震えていた。

「これは部族に対する侮辱だ!
我らは常にオマーンの尖兵を務めてきたのに……」

だがそんな怨嗟の声も、
オマーン軍がベンガル本土に上陸したという吉報の前に一気にしぼんでしまう。

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ガンジス戦争。
オマーンはヒンドゥー国オリッサと一時的な同盟を結んだ。
いまだ強力なベンガル艦隊を避けるため、
オマーン軍はオリッサ領を通って進軍。
一部の部隊はガンジス左岸を制圧するため河を遡上した。

破竹の進撃を続けるオマーン。
ついにガンジス州が陥落すると、商人たちはもろ手をあげてスルタンバラカートに喝采を送った。

「偉大なるスルタン万歳!」
「これでベンガル湾交易は我らのものだ」
「さっそく商館を開設せねば。ああ忙しい」

なにしろガンジスは世界で一、二を争う豊かな交易地なのだ。
商人ならずとも心が躍るではないか。

しかし彼らの喜びは長くは続かなかった。
せっかく得たガンジスなのに、準備銀の不足を理由にオマーン商人の進出が当面禁じられたのだ。

「スルタンがインド商人の便宜を取りはからっているのでは?」

スルタンはインドのパールシーやジャイナ教徒を相談相手として重用していたから、
この疑いも根拠のないものではない。

「我々はろくにスルタンと話もできないのに……」

豊かなベンガル湾交易に参加できないアラブ人太守たちはいらだつ。
それでいて、年50万ディーナールにも及ぶガンジスの関税はスルタンが一人占めしているのだ。
さらにオマーンの宮廷をゴアに移すという衝撃的な布告が出るに及び、
アラブ人太守たちの怒りに火がついた。

「バラカート許すまじ……!
そんなにインドが好きなら、ぜひ貴様の死体はインドの土に埋めてやろう!」

1559年、ゴア宮廷での会議中にバラカートは暗殺された。
バラカートの強力な支持者であったマラータ諸侯や異教徒商人たちはまとめて捕らえられ、
スハール近郊のルスタク砦に幽閉されてしまう。
こうしてスルタンバラカートのインド構想はわずか10年で頓挫し、
すでに征服したガンジスは別にして、マラッカや南インドの征服計画は白紙に戻った。

「これでよし! さあ新しいスルタンを選出しようじゃないか」

そうして1560年、カイロでスンニー派法学を修めていた貴族の青年がオマーンのスルタンに選出された。
名をマフズームという。

軟弱王マフズーム

カイロ仕込み

マフズームはひょろっとして色も白く、見るからに頼りなさげな書生だった。
居並ぶ太守たちの前で彼はおずおずと切り出した。

「僕は実際の政治のことはよくわかりませんから、太守のみなさんにおまかせします」

そうこないと!
太守たちの邪魔をしないのが良きスルタンというものだ。

「ただ、ひとつだけ希望があります。
カイロから教授を招き、首都マスカットにイバード派のマドラサ(学院)を作りたいのです」

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アズハル大学。
カイロには何十というマドラサがあり、
将来のウラマー(聖職者、教師、法学者、裁判官)たちが養成されていた。
マドラサの多くはワクフ(寄進財)として建設された。
寄進者とその子孫は用益権や収益を放棄するかわりに、
管財人としての安定した地位や配当を半永久的に期待することができた。

年間およそ12万ディーナールの配当が見込めるし、
なんといってもオマーンの政治的安定のためにはぜひ建てたい施設だが……。
必要な金額を聞いて太守たちはどよめいた。
890万ディーナール!?
この青白い顔をした若造はどこからそんな金を見つけてくるつもりだ?

「マラッカを獲ります。
インド洋に面した5つの交易地をすべて確保すれば、関税だけでも年額230万ディーナールになる。
交易地の関税はスルタンが自由にしていいはずですよね?」

こいつはどうも、おとなしいというのとは違うようだ。
どこかで聞いたようなマフズームの台詞に、アラブ人太守たちは居心地悪そうに身じろぎをした。

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マラッカ遠征は二回に渡って行われた。
1565年の第一回遠征では仏教国アユタヤと一時的な同盟を結び、
3年でマラッカ全土を占領。
ペラク州、ジョホール州をアユタヤに割譲させる。

1573年の第二回遠征では首都マラッカを併合。
ついにインド洋に面した5つの交易地すべてがオマーンの手に帰した。

「この機会にガンジス交易地に対するオマーン商人の進出制限を解きます。
太守のみなさん、どんどん儲けてください」

マフズームはマドラサ建設の資金をためると、さっそくマスカットに土地と資材を用意した。
太守たちはまんざらでもない顔でささやきあう。

「あの『軟弱王』はなかなかやる」


マドラサの建設が進むある日、マフズームは太守たちを集めた。

「セイロンにサトウキビ農園をお持ちの方は?」

過半数の太守が手を挙げた。砂糖景気に沸くセイロンではいまあちこちでザンジュ奴隷を使った開拓が進んでいる。

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1554年、イスタンブールで世界最初のマクハー(カフェ)が営業を始めた。
珈琲代を払うだけで歌や講談、おしゃべりを楽しめるマクハーは人気を集め、
ダマスクスやカイロでも大流行した。

「最近カイロのお洒落なマクハーでは珈琲に砂糖を入れて飲むのがはやりなんです。
この波は絶対に来ますよ。
そこで相談なんですが……セイロンの砂糖はもともと質がいいですから、
製糖所を建てて最新の技術で純度を上げればもっともっと高値で売れます。どうでしょう?」

「それはぜひやりたいね!」

「だが、珈琲に砂糖を入れるのか?」

「都会の人の考えることは無茶苦茶だな……」

大都会カイロの奇習にはオマーンの太守たちもついていけない様子であったが、
資金を持ちよってセイロンに製糖所を建てることで話が決まった。

しかし、実際には1590年になるまで製糖所は建設されなかった。
あのジンバブエ戦役にも比すべき大乱が70年代オマーンを待ち受けていたのである。

裏切られた忠誠

1575年当時のカイロ同盟。
結成当初はマムルーク朝を盟主とするアラビア半島の属国連合だったが、
ペルシアの加入後はカイロ=テヘラン=マスカットというシーア派枢軸の色彩が濃くなった。
異教国ジンバブエは16世紀になってムスリム商人の活動の自由を認めたため、
マムルーク朝スルタンによってその独立を保障されていた。
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オマーンは伝統的にカイロのスルタンに忠誠を誓ってきた。

エジプトやシリアの内乱に兵を提供したこともあるし、折りにふれて貢納もしている。オマーンほどカイロに尽くしてきた国はほかにない。

デリー・スルタン朝の崩壊のあと、ある土侯国がカイロ同盟に加わった。ラージャスタンのヒンドゥー王国、ジョドプール。前王朝がオマーンとカッチ交易地を争ったという因縁の国である。

1576年、そのジョドプールがオマーンに宣戦してくる。オマーンはマラッカ遠征のため一時的にアユタヤと同盟していた。カイロ同盟から離れた一瞬の状況をジョドプールは見逃さなかったのである。

「かつて罪のないグジャラートが併合されたように、マラッカが併合された!
オマーンのスルタンは血に飢えた危険な海賊である。 我々は力をあわせてこれを征伐せねばならない!」

ジョドプールの宣戦布告を太守たちは鼻で笑った。
なにが征伐か。カッチ交易地への未練が丸出しではないか。
ヒンドゥーの土侯の言うことなど、カイロやテヘランが本気にするわけがない。
逆にひねり潰してやる。

次の朝、太守たちは急使の報告を受けた。

「カイロ同盟が参戦しました!」

「当然だ。マラッカを併合したあとも我が国の評判は好ましいままだ。
ジョドプールはいい気になりすぎた」

「違います! オマーンに対して参戦してきたんです!」

太守たちは耳を疑った。
異教国ジンバブエはともかく、同宗のマムルーク朝やサファヴィー朝がジョドプールにつく?
そんな馬鹿なことが……。

カイロで学生時代を送り、カイロの町を愛していたスルタンの受けた衝撃は特に大きかった。
マムルーク朝と戦うということは彼の前半生を否定するに等しい。
スルタンは居室にとじこもり、胃がきりきり痛くなるまで珈琲をあおった。

「嘘だ……誰か嘘だと言ってくれ!」

インド洋戦争

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大反乱。
ジョドプールの宣戦と前後して、オマーン海外領で反乱が頻発した。
スルタンは親衛騎兵を率いて各地の鎮圧に奔走した。

貿易摩擦、国境紛争、改革政策へのウラマーの反発。
開戦を狙ったようにいくつもの事件が起こり、オマーンはさらに混乱する。
特に主要な徴兵地マハラーシュトラではマラータ諸侯らが続々と蜂起し、
4州すべてが反乱軍に支配されるという異常事態におちいった。

「他国の間諜がさかんに活動し、社会不安をそそのかしているようです!」

虎視眈々と南下を狙っているムガールの仕業だろうか?
マムルーク、ペルシア、ムガールの三大国に包囲されてはもはや勝ち目はない。

ある日、カイロの使節がひそかにマスカットを訪れた。
使節は声を低くしてスルタンにささやく。

「黒幕はサファヴィー朝のシャー・タフマースプだ」

タフマースプはホルムズを拠点としたインド洋交易を復活させようとしていた。
そのためにはペルシア湾口をふさぐオマーンが邪魔となる。
同時に、2万程度の兵しかないのに5つの交易地を持つオマーンはあまりに美味しい標的でもあった。

「ジョドプールをたきつけたのも各地の反乱もシャーのお膳立てだ。
ムガールのアクバル帝はカザフ・ウズベク戦があるから表立っては動かないが、
シャーと協同してマハラーシュトラに傭兵を送りこんでいる。
今やオマーンは包囲されてしまった」

サファヴィー朝ペルシアはイスラーム最強国にのしあがっていた。
遊牧民騎兵18万を擁し、技術力でもマムルーク朝の30年先を行っている。
カイロは参戦に反対だったが、シャーの意向に逆らうことはできなかったという。

「済まないが耐えてくれ。
我々はできるだけ早期の停戦をシャーにもちかけてみる」

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だが善戦むなしく、ジョドプール軍3万に包囲されていたカッチ交易地は1577年陥落した。
マハラーシュトラの叛乱は拡大し、オマーン最後の砦ボンベイも危うい。

「マハラーシュトラは元来オマーンのものではない。
あちらからくっついて来ただけで、今また別れたいというのなら勝手にさせればいいではないか」

交易派であるスハールの太守がスルタンに助言する。
だがスルタンは激しい口調でそれをさえぎった。

「卑怯なペルシア人どもにいいようにされて黙っていられますか!
僕がオマーンのスルタンに選ばれたからには土のひとかけでも守り抜きます!」

しかし、翌1578年にはペルシア軍がホルムズ海峡を押し渡り、オマーン本土に上陸。
首都マスカットを含む二州をペルシアに占領されてしまう。
インド東岸パラキメディやアラビア海の要衝ソコトラ島にもキジルバシュの旗が揚がった。
マシーラー島に拠ったわずかなオマーン軍だけが抵抗を続けている。

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マハラーシュトラとマスカットを失った今、
まともに徴兵できるところはザンジバルしかない。
スルタンはザンジバルに移動し、この島に仮宮廷を置いた。

「市場に出ているザンジュ奴隷をすべて買い占めろ。
5000人? それでは足りない。もっともっと奴隷をよこすように!」

だぶつき気味だった在庫を言い値で買ってくれるスルタンに商人たちは大喜びした。
スワヒリ商人たちは奮い立ってアフリカ本土の代理人に連絡を取り、
大々的な奴隷狩りを次々と行わせた。
集められたザンジュ奴隷たちは、息をつく暇もなく急仕立ての奴隷船に乗せられる。

「訓練はいい。とにかく戦線へ送ってくれ」

わがもの顔にアラビア海を遊弋するペルシア艦隊の目を盗み、
マシーラー、ボンベイ、ガンジス、マラッカへ奴隷船が次々と出航してゆく。
オマーンの命運はまさにこれら奴隷船団の往復する速度にかかっていた。

何のための王か

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乗馬のイマームとベドウィンたち。
アラビア半島内陸のルブアルハリ砂漠は
精強なベドウィン戦力と高品質の軍馬をオマーンに供給した。

「スルタンに会わせてくれ」

開戦から8年後、白い服を着た老人が砂漠の野営地をたずねてきた。
老人は天幕への招きを断り、ひと握りの米をマフズームの足元に投げつける。

「見るがいい! これはある村の貯えのすべてじゃ。もうどうしても食えぬから妻と子供は乞食になって、父親たちは匪賊になった。彼らは昨日あんたの軍隊に殺されたわ」

1584年、オマーンの保有する大型ダウは戦闘用・輸送用それぞれ十数隻にまで減っていた。
そのすべてが軍隊輸送用に徴用され、漁業や貿易は完全に途絶。
インドからの米の輸入も止まる。
各地で飢饉が広がり、食糧を求める匪賊がオマーン領の都市や港を連日のように襲撃していた。

「あんたは間違っておる。
こんなに民を飢えさせて……何のための王かっ!」

老人はかつて砂漠に追放されたイバード派イマームの後継者だった。
突然の導師の出現にベドウィンたちはあわてふためき、いっせいにひれ伏す。
マフズームも額を絨毯にこすりつけて叫んだ。

「師よ! しかし戦わねばオマーンがなくなってしまうのです!」

「そんなもの、もう民の心からなくなっておるわ!
アッラーの御心に従い、早く戦争をやめて荒れた国を立て直しなさい!」

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一見オマーンの商圏は広大であるように見えるが、
激しい戦乱の結果、オマーン商船の通航が減少するばかりでなく、
インド洋の通商活動そのものが縮小している。 
歳入の半分近くを関税収入に頼るという経済構造に注目。
交易地であるカッチやマスカットが占領されると収入は半減する。
また年間670万ディーナールに及ぶ歳入のほとんどは戦費についやされた。

一週間後、『軟弱王』スルタンマフズームは
ペルシアのシャー・ムハンマド・フダーバンデとスハール港で会見した。
すでにスハール港にはキジルバシュの旗が揚がっている。
マスカットに愛想をつかしたスハールの太守はサファヴィー朝の支配を受け入れてしまっていたのである。

「降伏する。そちらの条件を呑もう」

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1580年代のアラビア海。オマーンは本土のスハール港とインド東岸を失った。
だが戦乱の疲弊と同盟国に裏切られたという落胆は、領土の喪失以上にオマーンに打撃を与えた。

シャーは占領した領土の割譲と77万ディーナールの賠償金で和平に応じた。
しかし本当に戦争が終わるのはさらに2年後、
ジョドプールの支配に対する民衆蜂起によってカッチが解放されてからのことである。

復興するオマーン

「軟弱王マフズームが頭を下げてやってまいりましたぞ」
「はいつくばって、誇りもなにも捨てておりますな。ああはなりたくはない」

1586年、シャーやジョドプール王の冷笑に耐えつつ、
スルタンマフズームはカイロのスルタンに再び臣従を誓った。

兵は少なく、士気は低い。
大陸国家との同盟なくしてはオマーンがまったく無力であることを
マフズームは骨身に染みて感じさせられたのである。

「ああ……いくさは嫌だ……」

マフズームは心の底から戦争に倦んでいた。

「わたしは民を苦しめてしまった。
治世中に二度といくさはしたくない!

だが、嫌だと言っても向こうからやってくるのがいくさと言うものだ。
土侯ふぜいに舐められないようにせめて技術で勝っていきたい。
まずは商業と教育だ。
アッラーに誓って、わたしはオマーンに繁栄を取りもどす!」

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アッラーに復興を誓うスルタンマフズーム

1588年、各地の反乱がようやく収まった。
貿易量の回復による物価下落と好況に助けられつつ、
マフズームは各地へ活発に商人団を送りこみ始めた。

「貿易を復活させよう! 平和の海となったインド洋に白帆をあげよ!」

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王権の保護下、莫大な利益を得たオマーンの豪商たちは公共施設を競って寄進した。
バーザール、キャラバンサライ、上水道、浴場……。
これらのワクフ財から上がった収益は併設されたモスクや施療院、学校の経営にあてられた。

「もっとたくさんのクッターブ(寺子屋)で子供たちに読み書きを習わせ、算盤や簿記も教えよう。
マスカットのマドラサでは神学や法学だけでなく科学や医学、地理学や航海学の講座をひらき、フランク人の機械でコーランを印刷させよう!」

首都のマドラサを卒業した新世代のウラマーたちも続々と実務につき始めていた。
彼らはスルタンが法を重んじる限りはマスカットに忠実であり、
エリートとしての誇りを持っていたので太守たちの思いのままにはならなかった。


「民から税を取りすぎてはいけない。かたよった裁きをしてはいけない。
シャリーア(イスラム法)とカーヌーン(世俗法)にしたがって正しい統治を行うように!」

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富の蓄積と社会的要請によりワクフ財の寄進が促進された。
また、各地に割拠していた太守たちの権力がしだいに制限され、
スルタンの司法権がオマーン領のすみずみにまで行きわたり始めた。

さらに1590年、680万ディーナールを投じて念願の製糖所を建設する。
カイロから呼ばれた技術者はセイロン産砂糖の品質について
「氷のように涼やかで、天上の甘さである」と太鼓判を押した。

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15世紀初期には卓越していたオマーンの商業技術は
ジンバブエ戦役とそれにともなうインフレーションの影響で長い沈滞期に入った。
16世紀末になるとムハンマド二世、マフズームの両スルタンによる革新政策が効果を表し始める。
良質の砂糖生産により、今やオマーン商人の競争力はイスラーム圏随一のものとなった。

スルタンマフズームはセイロン島を出帆するダウにむかって呼びかけた。

「さあみんな、世界中にセイロンの砂糖を売ってくれ。
そして伝えてほしい、オマーンは復興しつつあると!」


17世紀前期

オマーン、大洋の帝国(オマーン)


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Last-modified: 2007-03-12 (月) 01:07:39