オマーン、大洋の帝国(オマーン)

スルタンマリクの野望

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午睡を妨げられるイマーム

全オマーンの王、スルタンマリク

1419年、アラビア半島、マスカット。
最古のイスラム教プロテスタント、オマーンのイバード派は大きく揺れていた。
イスラム教で唯一、選挙で選ばれるイマームがマスカットの太守マリクと強硬に対立していたのである。

イマームはゆるやかな商人貴族の連合による現状維持を望んだ。
そして太守マリクは……。

「余は全エリュトゥラーの王になる」

すなわち、ペルシャ湾、紅海、インド洋そのすべてを手中に収めるという宣言。
そのためには強力な政権が必要となる。もはや田舎太守たちのゆるやかな連合は許されなかった。

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1419年、アラビア海。オマーンはこのほかにアフリカ東岸ザンジバル島を領有している。
マスカットから追放されたイマームはドファール地方を与えられた。

太守マリクがまずおこなったのはイマームの追放であった。
オマーンに二つの権威はいらない。
マリクは午睡にまどろむイマームの宮殿を包囲し、使者を送った。
寝ぼけまなこのイマームは日が落ちるまでに宮殿を退去させられた。
マリクは彼に砂漠だらけのドファール地方を与え

「生きのびたいならイェーメン領アデンを獲れ」

と高慢に告げたのである。

「坊主には砂漠が似合いだ。余はスルタンを名乗り、海をもらうぞ」

アラビアのはずれ、大砂漠の突端にあるこの小さな港町から、
いま世界の歴史が書き変わろうとしている。

スルタンマリクの計画

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エリュトゥラーは商業の海だ。
交易地を獲ることがすなわち勝利である。
香辛料や陶磁器を産する地は押さえておきたいが、無駄に支配地を拡げることは極力避ける。
地味な支配は属国や友邦に任せておけばいい。
インド洋の甘美な汁だけを吸うのだ。

現在マスカット、ザンジバルというふたつの小規模な交易地を保有している。
イスファハーン、アレクサンドリア、カッチ、カルカッタ、マラッカといった大規模な交易地の領有が将来の目標となる。

まずは近場で小国のグジャラートのカッチを狙う。
ほころびが見え始めた遊牧民の大国、ティムール帝国のイスファハーンが次。
力をつけてカルカッタ、マラッカを攻略し、光輝の都アレクサンドリアは最後となるだろう。

貿易自体をも制するため、貿易とインフラ技術の発展にも中断は許されない。
そして海軍。
あまたの戦艦に守られた輸送力こそがオマーンの手足となる。
スルタンマリクは渋る太守たちから7隻の戦闘艦と14隻ものダウをかきあつめた。

「ダウの1艘や2艘で騒ぐな。余は貴様らに百万の富と百万の奴隷をもたらしてやる」

カッチ攻略戦

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1431年、カッチ攻略戦は首尾よく終わった。
ティムール帝国とカリフ教国を引き込んだおかげで手際よく進撃。
インダス州、シンド州をティムール帝国に割譲させた。
オマーンもグジャラート州を足場として確保。

「だがこれではまた攻めねばならぬ……」

交易地のカッチは首都であるため、割譲をまぬがれたのだ。
だが、悩むスルタンマリクに朗報があった。
隣国のジョドプールが疲弊したグジャラートに宣戦を布告、これを併合してしまったのだ。

「今ぞ」

単独でジョドプールに宣戦、全土を占領しカッチを割譲させることに成功する。
スルタンマリクは失意に沈むグジャラート王をジョドプールの都から救い出し、同列の王として会見した。

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グジャラート王秘蔵のアストロラーベ。スルタンマリクに献上された。

「血なまぐさい征服が本意ではない。余は貿易によってエリュトゥラー海を世界の中心にしたい」

そう言ってグジャラートの本貫であるグジャラート州を与え再独立させたのである。
グジャラート王は涙を流してスルタンマリクの足下にひざまずき、諸々の協定を結んだ。

これで3つの交易地がオマーンのものとなった。
そのころはるかなアナトリアのかなたでは、オスマンという名の聞きなれない土侯がギリシア人の帝国の都を陥落させたことが評判になっていた。

ジンバブエ戦役

スワヒリ海岸の富

「『ペルシア、シーラーズの七王子が南遷してこれらの都市を建設した』
という伝説がまことしやかにささやかれているが、真偽のほどは定かでない。
……
スワヒリと呼ばれる住民の色は黒く、内陸のザンジュたちと見分けはつかないが、
ペルシア語にアラビア語を混ぜてザンジュの言葉にふりかけたような独特の言葉を使う」
ーー出資者にあてたあるホルムズ商人の手紙
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即位したばかりの若きスルタン、スレイマンは怒りに燃えていた。
彼の目はスワヒリ海岸に注がれている。

黄金、丁子、象牙、そして奴隷……。
アフリカ東岸、ソマリアからモザンビークにかけて、豊かなスワヒリ海岸には商業都市国家がところせましと林立している。

ひと昔前はどこを見てもアデン系商人が商売を牛耳っていた。
だが、今やオマーン商人の天下だ。
ティムール帝国領ホルムズへの奴隷輸送が盛況であることが、スワヒリ海岸でのオマーンの地位を急激に押し上げていた。
しかもスワヒリ諸都市との貿易協定が効いている。
強引なまでに物産の流れをコントロールし続けるオマーン=スワヒリ商業連合の前に、かつて覇を競ったアデン商人は気息奄々といったありさまであった。

オマーンの商業覇権のもと、さらにスワヒリ諸都市は繁栄してゆくに違いない。
誰もがそう考えていた。
しかし。

1452年、スワヒリ海岸に衝撃が走る。
黄金を豊富に産出することで知られる内陸の大帝国ジンバブエが、キルワの属国ソファラに電撃侵攻、これを併合したのである。

ついに。
ついに黒い巨龍が海岸への進出を開始するのか。

19歳のジハード

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使者の報告を聞くスルタンスレイマン

スワヒリ同盟の盟主キルワから、ザンジバルを経てマスカットの王宮に至急報が届いた。

「全スワヒリ都市は異教帝国ジンバブエとの戦役に突入した。
宗旨は違えど、アッラーの名のもとに参戦を乞う」

王宮に参集した太守たちは19歳のスルタンを見守る。
いくさほど儲からぬ商売はない。
歳を経た彼らにはそれがよくわかっていた。

「しかもジンバブエ?
南の海の果ての果て、既知世界のどんづまりにも等しい野蛮国ではないか。
相手にするだけ金の無駄。
陛下がいくらお若いとはいえ、このオマーンの支配者、それくらいのことは存じておられるはず」

あまりにもわかりきったことだ。
太守たちは儀礼用短剣のこみいった装飾をなぞりながら、彼らの主人の返答を待っている。

スルタンは無言。
紫檀の椅子のひじかけをつかむ手は真っ白だ。
蒼ざめた顔は何を語るのか。
若きスルタン、スレイマンはついに立ち上がり、声を震わせて叫んだ。

「異教徒の暴虐許してなるものか……ジハードだ!」

彼は技術開発の凍結を命じ、すべての植民事業を中止する。
同時に王国の全戦力をザンジバルに集めるよう命じた。

1454年、春。
イスラーム世界最先進国の座からオマーンを一挙に転落させた、ジンバブエ戦役が始まる。

ソファラ上陸戦

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スワヒリ都市ソファラ。
内陸ジンバブエの物産積出港として栄えた。

「ここがダール・アルイスラーム(イスラーム世界)の果て……こんなに静かなところなのか……」

北東モンスーンに吹かれ、ザンジバルからひと月の船旅。
モザンビーク南部、サビ河口には広大な沼沢地帯が広がっていた。
オマーン艦隊は河口に碇泊し、ソファラ近郊に上陸を狙う。

深い葦の茂みが風にゆれる。
水鳥が群をなして飛び立ってゆく。
水深のほとんどないクリークにダウは入ることができない。
短艇に分乗したザンジュ兵たちが、静かに櫂をこいで迷路のようなクリークを進んでゆく。

ホルムズ向けのザンジュ奴隷を押さえたため、オマーンは同盟諸国のなかでもっとも早く軍備を整えることができた。
騎兵はベドウィンの精鋭を7000人、包囲用にザンジュ奴隷兵を10000人。
ザンジバルの奴隷市場ではさらに高値で買い占めを続けさせている。

「どうもこの河口は気に入りませんな。いやらしい地形だ。
ザンベジ河かリンポポ河へ回ったほうが、遠回りのように見えても安全に上陸できると思うんだが……」

いくさ慣れしたペルシア人の船長が独り言のように言う。
短艇が帰ってくる前に、船長の不安が的中した。

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「アッラーは偉大なり! アッラーのほかに神なし!」

ほかならぬムスリムのときの声をあげながら、
4隻あまりの武装した中型ダウが外海からオマーン艦隊に突入してきたのである。

「あの艦形は……『アル・マンスール』号に『金の鷲』号……ソファラ船だ!
やつら、異教徒どもに寝返りやがった!」

オマーン艦隊は急いで錨を揚げた。
だが、大型ダウが多いのと河口が狭いのとで身動きが取れない。
たちまち数隻のダウが炎上し、または拿捕されてしまう。

「陛下。やつらが相手じゃ無理です。
技量は同等、地形は不利ときてます。退きますぜ」

「馬鹿な! ザンジュ兵の先遣隊がすでに上陸しているんだぞ!」

「ザンジュなどあとでいくらでも補充がききます。今は退くんです!」

オマーン艦隊は場所を変え、数回にわたって強襲上陸をかけた。
しかし、そのたびに追跡してきたソファラ船によって上陸を阻止されてしまう。
兵の疲れはかさみ、慣れない水域ゆえに砂州に座礁するダウも出てきた。
スルタンスレイマンのあせりは募る。

「いったんモザンビーク港へ引き上げましょう……。
同盟諸市の足並みがそろうのを待って、ザンベジ河かリンポポ河のどちらかから上陸。
それが懸命な策ではないかと思われますが」

船長の進言に、19歳のスルタンはうなずくしかなかった。

ロズウィの悲劇

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明けて1455年、オマーン=スワヒリ同盟軍の上陸作戦が再開された。
目標はジンバブエの首都ハラーレの占領。
およびジンバブエ領ザンベジア(旧ソファラ)の割譲。

イスラーム世界最先進の技術をほこる同盟軍にも都市を急襲できるほどの技術はない。
包囲に要する何万人もの軍勢を戦地に運ばねばならない。
モザンビーク軍が海岸伝いにザンベジ河口に達するルートを開拓していたが、原住民の抵抗があり消耗も激しい。
そこで同盟諸都市の艦隊によってザンベジア沖を封鎖し、ザンベジ河口の安全を確保する。

オマーンのベドウィン騎兵軍が河口部から内陸に侵攻。
ザンベジ南岸沿いにハラーレまで打通し、のちリンポポ河口に向かって反転する。
ベドウィン騎兵の後を追うように、オマーンおよび同盟諸都市のザンジュ歩兵隊が諸州を包囲、占領してゆく計画である。

「進め! 進め! ベドウィンの戦士たちよ! 異教徒の都はすぐそこだ!」

サバンナにひるがえる赤旗。
1455年夏、スルタンスレイマン率いる騎兵6000はザンベジ南岸を快走していた。
部隊の平均年齢は若い。
19歳のスルタンみずからアラビア半島の内陸におもむき、砂漠の部族の次男、三男を集めて編成した精鋭である。
馬を知らず、粗末な弓矢しか持たない黒人たちに負けるわけがなかった。

数週間後、河口のオマーン艦隊からモザンビーク市の同盟軍本営に急報がもたらされた。
内容は簡潔だった。

「ベドウィン騎兵、全滅、ロズウィにて」

軍営として使っている当地の商館に、泡を食ったオマーン太守たちが集まってきた。 スルタンスレイマンの安否が不明なまま緊急軍議が開かれる。

「お助けせねば! ニンベレ包囲中のザンジュ歩兵8000がある」
「いかん。包囲を解けば同盟諸都市が動揺するぞ」
「ザンジバルの奴隷市場も底をついている。マシーラの太守殿、ベドウィンの追加徴募はまだか」
「ろくに集まっていないというぞ。しかも到着するまで半年かかる」
「本当にそこまでする必要があるのか? もう生きておいでではないかもしれん」
「この際……ええ?…どうだ? 国へ引き上げるというのは。いい口実になる」
「馬鹿なことを! ニズワの太守殿は、ジンバブエになにがあるかお忘れか!」

動乱オマーン

誰が忘れることができよう。
ジンバブエの黄金。
旧約聖書にすらうたわれたオフィールの金山。

乳臭い若者の宗教的情熱に辟易しながらも、オマーンの太守たちが従軍してきたのはなぜか?
それは、ジンバブエの金鉱を手に入れたいという個人的な欲心があったからだ。

「旧ソファラの港?
はるばる世界を半周させられておいて、そんな獲物で満足できるか!
若いスルタンをおだてて異教国ジンバブエを一気に併合させる。
そのために来たのだ!」

そして金産地の太守に収まるのは誰か?
それはもちろん自分でなければならない。
モザンビーク市にとどまった欲深い太守たちは、ひたすらそのさや当てを続けていたのだ。

スルタン不在のまま、黄金に目のくらんだ太守たちはザンベジ流域に派兵を繰り返した。
短い休戦を挟みつつ、その戦役はまるで果てしなく続くかのようであった。

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1472年、モザンビークの海岸はおびただしい血で染められていた。
18年の長きに渡るジンバブエ戦役はオマーンに何ひとつ利益をもたらさなかった。
同盟都市モザンビークまでも黒い手にもぎとられて、ジンバブエ戦役は終わる。

すさまじい物価の高騰と人々の喪失感。
どこの交易地にもオマーン商人の姿はなかった。
マラバル海岸やエリトリアの植民事業は中座し、王国は荒れに荒れ果てた。
エジプトのマムルーク帝国に臣下の礼を取ったおかげで侵略からは守られていたというものの、その年々の貢ぎ物は確実に国家の財政を圧迫していた。

「このままではオマーンは潰れてしまう」

内地のモスクでは、イバード派聖職者たちが太守らを非難するフトバを相次いで発した。
彼らはイスラーム法廷連合を作り、アラビア半島とグジャラートで蜂起を繰り返す。
欲深い太守たちを追い出したのち、イスラームの教えにのっとってオマーンの再建を始めようとしたのである。

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マスカット王宮。この奥にスルタンスレイマンが押し込められている。

一方、スルタンスレイマンは生きていた。
身代金目当てにジンバブエの異教王によって捕虜として囚われていたのである。
内地からザンジバルへ追い出された太守たちは、スルタンスレイマンをかついでオマーンへ侵攻、法廷連合軍を破ってマスカットへ入城した。
スルタンは再びオマーンの支配権を手にする。

だが、長い捕虜生活にスルタンスレイマンの心はむしばまれていた。
スルタンは長いあいだマスカットの王宮に蟄居状態にあったが、8年後、ザンジバルの太守の反乱を鎮圧するため親衛隊が動員されたすきに暗殺されてしまう。

こうしてオマーンではわずか20年の間に5人ものスルタンがめまぐるしく交代した。
オマーンがその安定と商業的な繁栄を取りもどすには、16世紀の到来を待たねばならない。

16世紀前期 フランク商船隊殲滅せよ、イスファハーンは世界の半分

オマーン、大洋の帝国(オマーン)


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Last-modified: 2007-02-20 (火) 15:31:25