ケルト語圏統一戦争(〜1647年)

 前章から、15年ほど時代が下って1640年。先代ほどではないにせよ外交と統治に秀でた君主リシャルトI世のもと、ブラジルへの植民をコツコツ進めます。ここ半世紀の間、ブルターニュ半島のロシア領Armorをどうにかできないかなーとじっと見ていたところ、ようやくランダムイベントで開戦理由を得たのですかさずロシアに宣戦。西欧にまともな同盟国をもたないロシアからはまったく抵抗もなく、1年足らずでArmorの占領に成功。

 ただ、ウェールズにロシア本土を攻める力はとてもないので、しばらく放っておくことにします。

清教徒革命(四王国戦争)勃発

 さて、ロシアとの戦争が膠着する中、イングランドでは清教徒革命が勃発。史実ではクロムウェル率いる議会軍が政権を掌握し、ステュアート朝のチャールズI世が処刑(1649年)されてしまいます。

 AGCEEPでは残念ながら、ウェールズ側になんのイベントもないのですが(一応指揮官「ジョン・オーエン」が出るが)、ゲーム中における立場を考えると、ステュアート朝と一蓮托生でしかも国教カトリック、さらにアイルランドまでついてくるウェールズが「イングランド共和国」と対立しないはずがない!

(などといいつつ新教国オランダと同盟を組んでいるあたり、ずいぶんいい加減なプレーヤーですが)

 とにかく1645年、開戦理由なしでイングランドに宣戦布告。火事場泥棒を避けるため、同盟国オランダには参戦要請をせず、今回も1vs1の対決です。

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清教徒のイングランド議会軍vsカトリック王党派ウェールズの激戦(1645年頃)

 しかし前回の戦争とは違い、ブラジル植民を進めているウェールズの国力は大きく上昇。気がつけば、すでにイングランドとは互角です。

■1565年(第一次ブリタニア戦争開始時)
                 所有    養兵   人的                  イン
     陸Lv  海Lv  州数    限界   資源    収入   貿易   フラ
ENG    13    11    12       -      -   43.6D     43     46
WLS    12    10     9   33000     16   19.1D     41     37

   ↓

■1645年(第二次ブリタニア戦争開始時)
                 所有    養兵   人的                  イン
     陸Lv  海Lv  州数    限界   資源    収入   貿易   フラ
ENG    19    17    10       -      -   42.2D     49     45
WLS    18    16    11   55000     25   51.0D     37     56
  • いずれも所有州数はブリテン諸島のみ。収入・貿易・インフラは前年12月の台帳画面より

 フェアファクス卿やクロムウェルなど優秀な敵陸軍指揮官や、ガレー船主体の劣勢な海軍力のため局地的に苦戦しつつも、陸軍の質の高さを活かしたゲリラ戦術で戦果ポイントを稼いでいきます。とはいえ、相変わらずの徴兵力不足により長期戦には耐えられないので、先方がドミニカとコーンウォールの割譲を提案してきたところで受け入れ、1647年に終戦。

 そしてその直後、7年も戦争状態のまま何もせずに放っておいたロシアに和平交渉を持ちかけ、Armorを割譲させて講和。(何年も放っておくと、1州しか占領していなくても割譲に応じてくれる)


 こうしてついに、ケルト語圏を統一!

……もっとも、ひとくちにケルト語といっても、この時代にはお互いに通じないほど別の言葉に変わってしまっていたそうですが、この際そんなことは無視。全領土にウェールズ語を強制してくれるわ。(←根本的に間違っている人)

 なお、史実では清教徒革命とそれに続く名誉革命の中で、アイルランドのカトリック教徒は厳しく弾圧され、スコットランドに対しても国教会イングランドの支配がますます強まり、国王から議会へ権力が移っていくわけなのですが、今回のAARでは立場がちょうど逆になった感じ。ケルト系カトリックの王党派とアングロサクソン系清教徒の議会派が激しく争い、困窮した民衆はしかたなく北米植民地に移住していく、と。結果的にあんまり史実と変わらないような気もしますが。

ウェストファリア条約(1648年)後の西ヨーロッパ

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西欧に燦然と輝く統一ケルト王国(1655年)

 というわけでイングランドはやや没落。しかし、まだ北米などの植民地は拡大傾向にあり、油断はできません。

 フランスは、未だにパリを奪還していないにもかかわらず、外交併合などで東方に拡大。(なぜかウクライナも領有)

 バイエルン(青)は一体何がしたいのか。ハンガリー化しつつあるオーストリア(白)とあわせて、中欧を混乱に突き落としています。

 ポルトガルというライバルがいないスペインは、何度も襲う破産イベントにも負けず、順調に中南米植民を継続中。

 そして全ケルト人の指導者となった我らがウェールズ大公国(自称)は、まさに陽の昇る勢いでイングランドに拮抗しつつあります。狙うはイングランド征服思い上がった議会から国王を助け出すのだ! ステュアート朝絶対王政万歳! 微妙に西欧の辺境っぽくなりつつあるのは気にしない!

 次回、いよいよクライマックス!

ウェールズ とほほ人物列伝#6

 初代ジョン・ウィンのアレっぷりと比べると、その後の登場人物はどうしても小物に見えてしまうのが正直なところ。あとは君主7人と指揮官2人だけなので、さらっと行きます。

ジョン・オーエン(John Owen)1616〜1683

 ゲーム中では1642〜1666年、陸軍指揮官として登場。なんといっても約1世紀ぶりの指揮官なので、非常に役立ってくれると思います。能力値も「階級3/機動2/白兵3/射撃4/包囲0」と、階級と機動以外はリース・アプ・トマスよりも強い。

 この人の経歴はというと、ノンコンフォーミスト(ピューリタン)の神学者として頭角を現したのち、オリバー・クロムウェルの知己を得て、アイルランドに布教しに行ったりクロムウェルのスコットランド遠征に同行したりしてる人……だと思うのだけれど、なぜ陸軍指揮官として登場しているのかは謎。この時代でウェールズ系というとこの人のはずなのだけれど、同姓同名の別人なのかなあ。そうでないとリースが可哀相……

第2代グウィディル准男爵リチャード・ウィン(Sir Richard Wynn)1588〜1649

 リンカーンズイン法学院(現在でもロンドンの四大ロースクールのひとつらしい)卒で、1608年以降チャールズI世(即位前の1617〜1625年はウェールズ公)の侍従として仕え、1623年にはチャールズのスペイン旅行に付き従い、旅行記を書いたりもしてる文人肌。

 清教徒革命の前というのは大地主と貧農の二極化が進んだ時代で、それゆえ地主階級の中には地域貢献をした人も多かったのだけれど、この人もスラーンルウストに教会や学校、貧民院を建てています。中でもスラーンルウスト橋(Pont Fawr)は王室おかかえの名建築家イニゴー・ジョーンズに造らせたもので、なかなか評価が高いようです。なんでそんな人がこんな田舎に? とも思いますが、イニゴー・ジョーンズはウェールズ系で、王妃アンリエッタ・マリアのために仕事をしたことがあり、さらにリチャードが一時期王妃の出納官を務めていた関係で、友人だったようです。

 で、それだけ王家と深い関わりがあったにもかかわらず、清教徒革命のときはチャールズI世をあっさり見捨てて知らんぷり。このへん父親譲りというかなんというか。

 ゲーム中では1626〜1649年に君主「Rhisiart I」として登場し、能力値は「外交6/統治7/軍事3」となかなか。

  • ちなみにスラーンルウスト橋について「馬車一台分しか通れないほど幅が狭く、逆方向に行き合った人々がしばしば橋の上で喧嘩したことから"cross over the bridge"という言い回しが新たな意味を持つようになった」という解説をつけているサイトを見つけ、思わず民明書房かお前はとツッコミを入れましたが、考えてみたらこのAARもあまり他所様のことを言えないいい加減っぷりなのであった。コレを読んでる良い子のみんな、話半分くらいに聞いといてね。

第3代グウィディル准男爵オーウェン・ウィン(Sir Owen Wynn)1592〜1660

 初代ジョン・ウィンの次男で、イートン校→ケンブリッジ大卒と学歴だけは一人前。食品商の見習をした後、1642年に国教会の有力者の姪と結婚するのだけれど、時は清教徒革命の真っ只中。兄貴のリチャードが子供をつくらずに亡くなってしまったので、1649年(まさにチャールズI世が処刑された年)に3代目グウィディル准男爵位を継がされてしまい大ピンチ。

 で、どうしたかというと逃げた。その後(王党派が多数を占めるウェールズの人なのに)オリバー・クロムウェルを支持する宣言を出すなどして、無事領地没収を免れるどころか官位を得たりしております。その後は錬金術に凝ってみたりなんかして、悠々自適の一生を送ったそうで。動乱期だからといって英雄ばかりじゃないんだよなあ、と当たり前の感慨に耽らせてくれる人ではあります。

 ゲーム中では1649〜1660年に君主「Owain III」として登場し、能力値は「外交4/統治4/軍事3」と最低クラス。

第4代グウィディル准男爵リチャード・ウィン(Sir Richard Wynn)1625〜1674

 3代目オーウェンの嫡男として順当に爵位を継承。共和制の時代も下院議員を務めたりと大過なく過ごしていたのですが、1659年、王党派の陰謀事件に巻き込まれて(嫁さんの父親が首謀者だった)投獄されてしまいます。1660年5月の王政復古で命拾いしたのかな。一人娘しかいなかったので、領地を娘婿に、爵位を従兄弟(初代ジョンの十男の息子)に譲って1674年死去。

 ゲーム中では1660〜1674年に君主「Rhisiart II」として登場し、能力値は「外交4/統治5/軍事4」とこれも平凡。耐える時期が続きます。




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Last-modified: 2006-07-02 (日) 11:12:20